28 王妃は殺された?
「で、でしたら、カリーナ様からいただいた練り香水はお渡ししますけど、勝手に渡したことは他言無用でお願いしますわ。くれぐれもカリーナ様の前でつけられることがないようにお願いしますね」
お母様は、エリザベス王妃の制御を諦めたようだ。
そう私に伝えるが、完全に顔が般若になっている。
「リアランス夫人、私は出し抜かれやすいようですけど、相手ががっかりされるような行為はしないとお約束いたしますわ」
完璧なお母様しか見たことがなかったので、おかしくてたまらない。
とにかく、軽い皮肉で返して受け取ろうとすると、なぜかそのまま私を素通りし、そのままグレイお兄様のところに行く。
「こちらの護衛騎士に荷物は預けておきますから」
えっ?
そこは、まずは私に受け取らせるところでしょう?
王妃のやりとりといい、いつものお母様らしくないわ。
私は思わず後ろを振り返ると、お兄様がお母様と少し言葉を交わしている。
お兄様の表情も険しい。
「リアランス夫人も離婚後、息子さんと接する機会になかなか恵まれないのよ。少し話をさせてあげたらいいじゃないの。連れてきていただいて良かったわ。」
エリザベス王妃は、お母様が、お兄様と話したかったのねと思ったようで満足そうだ。
「ただ、本当にお茶会は憂鬱だわ。今回倒れたのも、わたしが緊張しすぎていたこともあるのよね」
小さくため息をつく王妃に、やっと普通の会話ができると思い、穏やかに慰めの言葉を伝える。
「すでに出来上がっている関係の中に、新たに入っていくのですもの。緊張は当然ですわ」
「そうじゃないの!ゲオルク王子に関係したことだから、リリアーナ様にもお伝えしたかったのよ。なのに、破局しちゃうんだもの」
エリザベスは、プリプリ起こるようにいう。
一度も破局したとは伝えていないんですけど...
まあ結果は同じなんだけどね。
公爵ぐらいの身分になると、自らが言葉を選ぶ必要がなく育ったのだろう。
貴族の令嬢としても王妃としてもコレは酷い。
お母様、これは産まれる子供以前に、王妃の再教育が必要ですわ。
「先ほどもお伝えしたように、今後についてのお話は言えないこともあります。でも、ゲオルク様の進まれる道が健やかなものであるようにお祈り...」
「あああっ!そういう社交辞令的なものはいいの、そんなのはお茶会で十分!」
無難に返答を交わしておこうとそう口を開くが、それすら遮られる。
もうっ!ちゃんと最後まで聞きなさいよ!
教育係ではない私まで、頭を抱えたくなる。
そして、エリザベス王妃はツカツカとわたしの元に歩いてきてわたしの手をガシッと握りはじめた。
私は唖然とする。
「エリザベス様!お待ちください」
グレイお兄様に荷物を預けて、何やら会話していたお母様が慌てて叫ぶ。
公爵家のマナーってこんなのでいいの?
こ、これは...第二ラウンドはエリザベス王妃の勝利!
「いいのよ!リアランス夫人!これはわたしとリリアーナ様の私的な話なんですもの。ねえ、聞いてくださる?わたしの話」
わたしは手を握られ、お人形のようなエリザベス王妃に見つめられたままコクコク頷く。
顔は可愛いんだけどなあ。
それとも王はこういう無邪気なタイプがお好きなのかしら?
ゲオルクは、好きではなさそうだけど.....
まあ、向こうのペースに合わせてみるしかないわ。
「わかりました。エリザベス王妃が外に漏らさない限り、他言はいたしませんわ。」
ここまで言われて、王妃の話は聞きませんと言えるわけがない。
ただ、本心は当然だけど聞きたくない!
だって、お母様が止めるような内容よ。
知らぬが仏って言葉もあるのよ。
ああ、倒れるふりをしてしまいたい。
「漏らさないわよ。あなたにだけ言うの!ゲオルク王子の次のお相手は第一王妃が選ぶ相手なわけだし。
だからこそ、誰かに伝えないと不安で仕方ないの。リアランス夫人の息子さんも、他言無用よ!」
とばっちりのようにグレイお兄様にも、視線を注ぎ、言葉を飛ばしていく。
グレイお兄様も、嫌そうに目が泳ぐが、諦めのように薄く頷いた。
その反応を見て満足したように第五王妃は語り始めた。
「あのね、わたしの教育係も兼ねていた侍女が、実はかつてこの王宮で第二王妃の侍女をしていたの。」
王宮侍女が、歳をとって、公爵家の侍女になるのは別におかしくないし、名誉なことだ。
ただ、その教育の賜物がこの出来なのか?と思わないでもないが...
「我が公爵家は今までみんな男児で、王家に嫁げる娘がいなかったのよ。わたしは、お父様が再婚して産まれた初めての遅い娘なの。
だから、王家に嫁ぐことは、生まれてすぐに決まっていたわ。だから、王宮のことを知っている侍女が教育係になったわけ」
「そうなのですね。」
王と歳の差は親子だ。でも、貴族の結婚なんてそれが当たり前なのかもしれない。
ゲオルクが私のことをよく、純粋だと言ったのは、物語の話ばかり夢見て、世間知らずといいたかったのかもしれないわね
「その侍女はすごく可愛がってくれたわ。孫ぐらいの歳だったのだもの。でも、結婚が近付くとその侍女は、第一王妃のお茶会には気をつけるように私に話したの」
そこまで言ってエリザベス王妃はブルっと震える。
心なしか顔色も悪い。
「第一王妃のお茶会に......それは、ご不興をかうことがないように?ということですか?」
第一王妃のお茶会に顔を真っ青にしたゲオルクはお母様が亡くなったのだからわかる。
でも、第五王妃にまで怯えられるお茶会って......準備も大変だろうに、そこまで言われるのは第一王妃もお気の毒な気がする。
「そうじゃないの。侍女は第三王妃が殺されたお茶会にいたのよ、だから第一王妃の恐ろしさを知っているのよ。」
険しい顔つきで、エリザベス王妃は、真剣に私に縋るように話しかけてくる。
病死なのに、第一王妃に殺されたと誤解した人がここにもいるんだわ。
わたしはその噂でゲオルクがまた傷つかなければいいけどと心配になってきて眉をさげた。
「殺された......あの、第三王妃は、病死で...」
とりあえず訂正をしておいた方がいいわよね。
おしゃべり好きな王妃だから、訂正を広めてもらって...
そう思ったが、再び、私が話す途中で遮ってくる。
「違うの!違うのよ!間違いなく第一王妃に殺されているのよ。第三王妃は、突然泡を吹いて倒れたの。
普通は、お医者さまでしょ?それなのに、第一王妃が呼んだのは見たこともない男の人で、医者でも神官でもないのよ。その人が第三王妃に触れるうちに亡くなったって。
そして、その男性は姿をすぐに消して、次にお医者様がやってきて死亡宣告だったそうよ」
わたしは、思わず行動が止まる。
カリーナ様からは、その男性の話は出ていない。
「でも、緘口令が敷かれたのですって。第三王妃は病死だって。変な憶測が出ないように余計なことは言うなって。
だけど、その後侍女は、気になってしまって、人払いされた時、こっそり聞き耳を立てたんですって。」
「聞き耳ですか...」
王宮侍女で、教育係なのに聞き耳を立てた上に、その話をエリザベス王妃に話すなんて...
わたしはチラッとお母様を見ると、とんでもなく渋い顔をしている。
多分、わたしもお母様と一緒で渋い顔をしているかも。
でも、エリザベス王妃はそんなことをお構いなく話し続ける。
「そうよ!こっそり第一王妃と第二王妃が言い争っているところを聞いているの。
中からは、第三王妃が殺されたと言うことは永遠に胸にとどめろって言う第一王妃の声が聞こえたって。幼かったカリーナ様の泣き声が部屋からは聞こえて耳から離れなかったそうよ。」
─── えっ??
わたしはとんでもないことを聞いたんじゃないの?
それを聞いて、背中から冷気を感じ、ぞわっとする。
お兄様も、聞きたくない話を知ってしまったという真っ青な顔をしている。
悔しいけど、思わず、お母様をすがるような目で見てしまった。
お母様は、軽く頷いて、ふーっと淑女らしらぬため息をつく。これは、何度も言うなと止めていたけど、止まらなかった感じね。
「エリザベス様、そう言うことを不用意に仰れば本当に危険が身に降り注ぎかねません。そうでなくても......カリーナ様にその侍女の話をなさって、カリーナ様も困惑されておられたじゃないですか」
お母様は覚悟を決めたのか、わざとわたしに聞かせるように話す。
そうか......これはわざと...
それなら、最後まで聞いた方がいいのかしら?
「ま、まあそうですの?それは驚かれるかもしれませんね?」
私も相槌を打つ。
「やだ!流石に殺された話の内容はしないわよ。その時の侍女が、私の教育係になって、当時のカリーナ様の心配をしていたと伝えただけよ。」
ぷいっとエリザベス王妃は横を向く。
どうやらその件は相当お母様に怒られたらしい。
「カリーナ様にとっては、思い出したくない出来事かもしれませんね。エリザベス王妃、ゲオルク様もお母様への想いに区切りをつけられて前を向こうとされておられます。
どうか、その時の話は、彼を傷つけることになるので外に向けて話されるのは本日を最後にしていただけないでしょうか?」
私は、エリザベス王妃を見つめた。
エリザベス王妃も、わかっていると頷く。
「誰にも言わないのは苦しかっただけだからもう言わないわ。そうなのね、ゲオルク王子が、第三王妃のものを片付けて、第一王妃のお勧めする方と結婚するというのは、全てを受け入れられたからなのね」
エリザベス王妃は、違う意味に捉えたようだが、わたしの手をがしっと握ったまま伝えてきた。
「リリアーナ様、おつらかったわね。でも、確かに第一王妃の認めた人と最初から結婚する方が、ゲオルク王子にとってもリリアーナ様にとっても良いご決断だと思うわ。これ以上誰にも言わないって約束するわ、私も胸に留めておくわ」
「ご配慮ありがとうございます」
そう伝える私の横で、絶対この王妃、またどっかで話そうとしかねないと言うお母様の三白眼になった顔が見える。
初めて完璧じゃないお母様を見たわ。
なんていうか.....お母様もお疲れ様──
だけど、カリーナ様が話すただの病死だったという発言と今度は噛み合わなくなってしまったわ。
当時の侍女の勘違いか?
それとも....カリーナ様が何らかの理由で嘘をついたのか。
わざと聞かせたお母様は、何かを知っているのね。
ゲオルクは──大丈夫かしら?
わたしは胸がザワザワしていた。




