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後日談 ある騎士の残業

後日談です。本編を読み終わってからお読みください。

 久しぶりの休暇を終え、第三騎士団の隊舎に戻ると、いつもと違う様子だった。


 王都で暗躍する人身売買組織に対する警戒のため、最近は夜の巡回も多く、なかなか家に帰ることができなかった。もともと気ままな独り身だ。夜の巡回もたいして負担ではなかったのだが、団長がそろそろ休めと言ってくれたので、お言葉に甘えて1日休暇をいただいた。

 少し離れたところに住む母に会いに行き、そろそろ孫の顔が見たいと恨みがましく言われうんざりした休暇が明けた翌日。出勤すると、騎士団の隊舎がざわついているのである。


「どうした?」

 ちょうど入口付近でうろついていた同期に声をかけると、そいつは慌てた様子で答えた。

「ああ、マリウスか。どうしたもこうしたもないぞ。昨夜、例の人身売買組織が捕まってな――」

「おお、ようやく捕まったか。それは良かった! だから、今日は皆騒いでいるのか」

「いや、そうじゃない」

「そうじゃない?」

 では、何があったのだ。これほどまでに落ち着きがないのは、他に何か驚くような出来事でもあったのか。

 首をかしげていると、彼は続けて口を開いた。

「その組織を捕まえたのは、なんとあのセシリアちゃんなんだ」

「なにっ、セシリアちゃんって、あの事務官のか!?」

「そうだ。昨日帰宅中に誘拐されかけたらしくな、そこを団長が助けに入ったんだ。しかし、団長も敵を完全に制圧することができず、セシリアちゃんが人質になってしまったんだが……ああ、事務官マニュアルってあるだろ? そこに載っている護身術を使って、セシリアちゃんが敵の主犯格を倒したんだそうだ」

 俺の脳裏には、優秀だが野暮ったい眼鏡をかけた、小さくて地味な事務官の姿が浮かんだ。人身売買組織を捕まえるような体格でも性格でもないように思えるが、彼女が捕まえたのが本当だとすると、これほどまでに騒然とする理由も納得がいくというものだ。

「そうか、それは驚くのも無理はないな。だから、こんなに騒ぎになっているのか」

 うんうん、と頷く。

「いや、そうじゃない」

「それも違うのか!?」

「それもそうなんだが、それどころじゃないんだ」

「どういうことだ。何があった?」

「それがな」

 やつは一度言葉を切って、大真面目な顔をして言い放った。

「そのセシリアちゃんが美少女になったんだ」





 やつや周りのやつらの話を総合すると、セシリアちゃんは人身売買組織のやつらに誘拐されかけたときに突き飛ばされ、それまでかけていた眼鏡を破損してしまったのだそうだ。夜遅くで新しい眼鏡を買いに行くこともできず、もともと視力が弱くなかったこともあり(それではなぜ眼鏡をかけていたのか、気になったが理由はわからなかった)、今日は裸眼で出勤しているのだそうだ。

 その眼鏡をはずした姿が、とにかく美少女なのだそうだ。

 もともと男女比でいうと、圧倒的に男ばかりのむさい職場である。俺も含め、若い独り身の男ばかりがそろっている。女騎士も数人いるが、彼女たちはそんじょそこらの男よりもたくましく、気も強い。守ってやりたいタイプではない。

 そんな騎士団に、いきなり姿を現した可憐な美少女の存在は、騎士団の男どもを揺るがすほどのものであるらしい。

 

 見ると、いつも彼女が座っている席の周りに人だかりが二重三重にできている。首を伸ばして彼女の姿を垣間見ると――


 いた。彼女だ。

 いきなり態度の変わった野郎どもに顔をややひきつらせながら、真面目な彼女らしく丁寧に受け答えをしている。

 その姿を見た途端、俺のハートはドキンと大きく高鳴った。


 眼鏡で隠されていた黒目がちの垂目は潤み、抜けるような白い肌にサクランボ色の唇がちょこんとのっている。いつもはひっつめにしている髪は、今日はなぜだか後ろに流されていて、窓から射す日の光を浴びてつやつやと輝いている。彼女の小さくて華奢な肩は、俺の鍛えた腕で抱きしめたらガラス細工のように壊れてしまいそうで、少し困った様子も庇護欲を掻き立てられる。けがれを知らない純粋さの中に、年相応の艶やかさも感じられた。

 なぜ今まで誰も、彼女の可憐な美しさに気づかなかったのだろう。


 母ちゃん、孫はちょっと気が早いが、今に可愛い嫁さんを連れて行くぞ――


 俺は運命のようなものを感じ、決意した。

 彼女に鼻息荒く群がる野郎どもを押しのけ掻き分け、ようやく彼女のもとに辿りつく。

 おい、と仲間から咎めるように声をかけられたが、あえて無視をした。

 美少女(かのじょ)のもとに膝をつき、右手をそっと差し出して、今までで一番自分がかっこよく見えるよう微笑みかける。

「可愛いお嬢さん、今夜僕と食事でも行きませんか」

 キラッと光るよう、歯を軽く見せるのがコツである。

 抜け駆けしやがって、かっこつけんな、とあちこちから非難の声が上がったが、これも無視する。こういうのは先に行動した方が勝ちだ。今周りにいる無駄な筋肉ばかりの芋っぽい奴らより、俺の方が顔も整っていて、美しい筋肉がついている。可憐な(かのじょ)を守る騎士として最適だ。

 きっと彼女は、戸惑いながらも頷いてくれるに違いない。心の中でほくそ笑みながら、妖精(かのじょ)の答えを俺は待った。

「ええと……」

 予想どおり、天使(かのじょ)は視線をうろうろとさまよわせながら、真っ赤になって顔を伏せる。長い睫毛が瞳に影を落とし、その純朴で新鮮な反応に、感動を禁じえなくて胸がきゅんと高鳴るのがわかった。

「うん?」

 女神(かのじょ)に甘く微笑みかけて、答えを軽く促したそのとき。

「おい、お前ら」

 背後から、地を這うような低く冷たい声が響いた。ギギギ、と固まりながら振り返ると、そこには。

 第三騎士団のヴィレム・ファン・エイク団長が、かつてないほど恐ろしい笑顔で立っていた。

 いつものように笑っているように見えながら、背後には見えるはずもない地吹雪(ブリザード)が見える。ゴゴゴゴゴ、と地響きのようなものまで聞こえる。いや、見えるはずも、聞こえるはずもないのだが……。

「朝っぱらから何をやってるんだ?」

 笑顔でゆっくりと、俺たちに尋ねる団長。

 いつもは俺たちの馬鹿なノリにも笑って乗っかってくれる団長が、まさか怒っている……? なぜだ、何が起こっているんだ!?

「……マリウス」

 笑顔の形相の団長がこちらに視線を向けて俺の名前を呼ぶ。ドッと大量の冷汗が俺の背中を伝うのを感じた。

 右手を差し出したまま凍り付いているアホな状態の俺を置いて、周りにいた野郎どもがそそくさと自分の席に戻ろうとするのが目の端に見えた。

「お前は何をやっているんだ?」

 俺が何かやらかしてしまったことだけはわかる。団長の怒りを抑える、最善の答えを一生懸命考える。

「ええと、あのですね、今晩ヒマで、一人で飯を食いに行くのも寂しいかと思いまして、今飯に誘おうかと……」

 俺はしどろもどろになりながら答えた。

「そうか。残念だが、お前が飯に誘ったセシリアは俺の(・・)でな。すでに先約が入っている」

 だだだ団長っ、と叫びながら、彼女が団長の言葉を遮ろうとするが、それを無視して団長は続ける。

「それに、そいつのものになるのは俺だけとも決まっているのだ。残念だが、お前のつけ入る隙はない」

 そして団長は、にぃと深く笑って俺にとどめを刺した。

「諦めろ」

 完全に心折れた俺は、ぶんぶんと首を振って了解の意を示す。もう涙目だ。

「まあ、大方、見た目が可愛くなって、守ってやりたいとか思ってるんだろうが、セシリアは一方的に守られたいタイプじゃないぞ」

 呆れたように団長が小さくひとりごちる。

「え?」

「いや、なんでもない。そうだ、そんなにヒマなのであれば、今夜残業するか? 例の人身売買組織が昨日捕まったのだが、残党がまだいる可能性があるんでな。しばらくは巡回を続けることになったのだ」

「はいぃ! 是非、自分にやらせてください!」

 団長のどす黒いオーラに、イエスの返事しか選択肢はない。ビシッと敬礼すると、団長は満足そうに頷いた。

「それは助かる。さあ、朝礼の時間だぞ。さっさと席に着け」

「それでは! 失礼します!」

 解放され、その場を足早に立ち去る。

 それにしても、ひどい疲労感だ。もう絶対、こんなことしない……。

 

 母ちゃん、やっぱり可愛い嫁さんは待ってください――。

 そして、俺は今日の残業のことを考え、長い長いため息をつくのであった。



嘆息する騎士の背後での会話


「団長、恥ずかしいこと言わないでくださいよっ!」

「あいつらはお前の良さを何もわかっていない。眼鏡をやめたくらいで群がりやがって。俺とあいつらとでは、お前に対する気持ちの大きさも年季も違う!

「ななな何言ってるんですか!」

「そうだ、眼鏡(むしよけ)を買いに行くから今日は残業するな」

「な、団長が眼鏡似合わないって言ったんですからね。それに、残業だって団長が……」



蛇足になるので書くのを我慢していたのですが、調子に乗って書いてしまいました。

遅筆なのでいつになるかわかりませんが、スピンオフも書いてみたい今日この頃です。


ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。

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