09 飲食店トロースその1、荒ぶるウェイトレス
――飲食店トロースの前で看板を見上げるラスティ。
飲食店トロース、シェリスの実家。開店は遅めだが夜も営業をしている。
ここの料理は絶品だと評判で、シリウスの街一二を争う程だという。
メニューにはお酒もあり、夕方から夜の時間帯には居酒屋みたいな感じになるそうだ。
なんとなく、入りづらい? 気もしたが扉を開け入っていく。
「あら、こんにちはラスティ」
店内に入り真っ先に声を掛けてきたのは、トロースの店主ミカサさん。
ミカサさんはシェリスの母親で、ラスティとも顔馴染みなのだろうが、自分が会うのはこれで二回目だ。
顔も雰囲気も何処となくシェリスに似ている。
顔が似ているのは親子なのだから当たり前といえば当たり前ではあるが。
しかし、子供がいるにしては見た目が若い……というか若すぎる。姉妹と言われても違和感がこれっぽちも感じなれない程だ。まさに、違和感なにそれ? 美味しいの状態。
気になります、何歳なのかと問いたい。子一時間問い詰めたい。
それは置いといて、子供がいる上にウェイトレスを二人も雇い。こんな立派な店を構えているなんて、大したものだと思う。
「こんにちはミカサさん」
挨拶を返すと、他の客に給仕をし終えたらしいウェイトレスが続けて声を掛けてくる。
「よう、ラスティ元気してる?」
「こんにちは、まぁまぁかな?」
声を掛けてきたのは、飲食店トロースのウェイトレスその1、リミーナ。
リミーナが着ているウェイトレスの服は、若干胸を強調するかのようなデザインだが、いやらしくもなくこの店に合っている感じだ。リミーナの胸はというと、普通? Cカップくらいだろうか。
服のデザインに合った大きさだと思える。
「ふーん、まぁまぁねえ……」
何か意味深な言い回しと目付き…?
「!?、ひゃん」
――不意に尻を触られた感触に思わず声が出る。
今はこの身体、変な声が出ても仕方がない……と思いたい。
自身が出した言葉に羞恥心を感じ、頬が染まっていくのが分かる……のが、ちょっとくやしい。
「ひゃん! だって、かーわいい」
すれ違いざまに尻を撫でていったのは、リミーナだ。
何事もなく通り過ぎようとするその背中に向けて、
「酔っ払いのおっさんかよ」
と突っ込み兼、抗議を入れる。
「ちっちっちっ、おっさんじゃありませーん。当店の看板娘、リミーナちゃんさんなのですー」
「看板娘がセクハ…」
「セクハラじゃありませーん、女の子同士のスキンシップなのです」
「なので合法、合法なのですよー。分かりますか? ラスティちゃーん、にひひ」
「なっ…」
リミーナは振り返り、抗議を遮るように立て続けに声を被せてきた。
トレイを人差し指で器用にくるくると回しながら、悪そうな表情をしているリミーナ。
ちょっとくやしい。でも、これはこれで有りだな…うん。
だがしかし、小娘にやられっぱなしというのもなんだ。反撃と行こうじゃないか。
「じゃあさ、私がリミーナのお尻を触ってもいいんだよね?」
「ほほう。この看板娘であるリミーナさんのお尻を触りたいと申すか、ふむ宜しい」
「皆さーん! この子がリミーナさんのお尻を触りたい。公衆の面前で撫でくり回したいと言っている
のでござるが。 ジャッジメントはどうYO!」
食事をしている客に向かって審議を求めるリミーナ。こいつ……頭がお花畑な人なのか?
客からは『オッケー』『どうぞどうぞ』『あら嫌だ、奥さんあの娘ったら女の子同士で』『あの子あそこのお孫さんよ…』『私も触りたい』色々な声が聞こえてくる。
「ジャッジメントー! 触っても良いと思う人は挙手を!」
「ほい、ほい、ほいな」
リミーナが客の挙手を数えだす。までもなく全員挙手をしているのだが……。
おい、そこのひそひそ話をしていた奥さんども。なんで挙手しているんだ。おかしいだろ。
ふっと厨房を見ると、調理をしながらミカサさんまで小さく手を上げていた。
ラスティの視線を感じたのか、小さく上げていた手の形を変化させ親指を突きたてる。
触ってもいいのよ? グッドラック? どういう意味なんだ……。
「アホだ……ここにいる皆、全員アホだ。なんだこの空間……」
「はい。ありがとうー、皆ありがとうー」
「満場一致で、オッケーという事になりました。では、どうぞラスティ」
とお尻を向けてくるリミーナ。そして何かを語りだす。
「店内に張り詰める空気と交差する視線、うずめく思惑。そして突然巻き起こる事件。
果たしてこの先生き残るにはどうすればいいのか。続きは次回『交差する乙女達』――」
は? 何を言っているんだこいつ。
確かに客の視線が集中してはいる。まだかまだかというような空気も感じるが……。
「リミーナさん。大丈夫ですか? 主に頭の辺り的な意味で」
「いや。私、その……初めてだから……優しくして、ね?」
って、おいおい。その言い方はやめろ、卑怯だぞ。そして頬を染めるな。
んな事言われて、こんな公衆の面前で触れる訳ないじゃん。言われなくてもだけどさ。
一方的に触られるだけなんて、なんかくやしいぜ。
「くうーっ! はいはい、負けました。リミーナさんの勝ち。勝ちでいいです」
「小娘が、この街一番の飲食店トーロス看板娘の特権と力を舐めない事ね。ふっ」
ラスティの方向へと振り返り、勝ち誇った顔のリミーナ。
いやいや、君も十分小娘じゃん……そのうち借りは返してやんよ。
「そこの二人、アホやってないできりきり動く!」
カウンターの中で料理を作っていたミカサさんの声が飛ぶ。
ええ……ミカサさんもさっき手を上げてたじゃない。
「はいはいはいー看板娘、只今まいりまーす」
こいつ、看板娘を強調し過ぎだろう…。リミーナはミサカさんへ返事を返すと、
「また後で遊ぼ」
打って変わり、屈託の無い笑顔をラスティへ向けると一言放ち、給仕の仕事へ戻って行った。
リミーナ、元気というか奔放というか、フリーダム過ぎる看板娘。
だがそこに痺れたり、憧れたりしはしないが、不思議と嫌いにはなれないと思わせる、そんな子。
――と、そこへ店の扉が開き数人の客が入ってきた。