10 飲食店トロースその2、風格の人
作成日:2016年 05月05日
――微かにざわめく店内、一気に張り詰める空気。
『風格の人だ』『あれが風格の人か…』『かっこいい』、
『あら嫌だ奥さん、ご主人もいらっしゃるのに』『ふっ……惚れちまいそうだぜ』
風格の人? ざわめきの中心を見ると風格の人と連れらしき人達が席に座るのが見える。
あの人、風格っていう名前なのか? それとも風格の人? ……分かんね。
「ぼやぼやしてないで、ラスティは今入ってきたお客さんから注文を取ってくる!」
ミカサさんの声が響く。え、俺? 何ゆえ? 以前からこんな感じだったの?
……だとしたら、やる事はひとつ。
ミカサさんに返事を返し、抱くように胸の辺りに抱えていた雑貨屋ペッパー特性胡椒をカウンターの端へ置き。
カウンターに置いてあるメニューと注文板(書き消し可能)とペンを持ち、言われた席へ注文を取りに行く。
風格の人の席には他に三人の連れらしき人が座って居た。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
挨拶をしながらメニューを風格の人に手渡す。
「おう、ラスティ。バイトか?」
「いえ、少しだけお手伝いをしてまして」
「そうか。俺とこいつはトントロース大盛りと、ぷくぷく」
風格の人が注文をしながら親指で指し示したのは、横に座っていたこれぞ戦士的なごつい鎧を身に纏った大柄の男。これまたごつい楯をすぐ横の壁に立て掛けてある。
この人はパーティー的には前衛でタンク兼、攻撃役ってところだろうか?
一方、風格の人を見やると背中には剣を背負ってはいるが、盾は持っていない。前衛で攻撃担当なんだろう。
注文された品を注文板に書きながら復唱する。
「はい、トントロース大盛り二つとぷくぷく二つでございますね」
「私は…そうね、ペッパー地獄とサラダバーにミルクンをお願いするわ」
「はい、ペッパー地獄とサラダバー、ミルクンでございますね」
次に注文をしてきたのは杖を携え。金髪ロングに碧眼、耳先が尖った綺麗な女性だ。
……耳先が尖った? もしかして、エルフじゃないのかこの人?
「ん? なーに? そんなに見つめられるとお姉さん恥ずかちい」
「すぁ、申し訳ありません」
「別に誤らなくてもいいのよ。私達ってちょっと珍しいものね」
ニコリとした笑顔を向けてくる。見とれてしまいそうだ。
珍しいって事はエルフなんだろうな……金髪碧眼エルフきたー! 初エルフ、わっしょーい!
そうか、この世界は亜人も居るんだ。という事は、他にも違う種族が居るかもしれないって事か。
次の注文は……してこない。メニューを見て考え込んでいる様子。
魔法使いと思われる格好、杖と帽子を背中に背負い、黒髪ショートに小柄な体格。
なんていうか……そう、キュートで愛らしい感じ。魔法使いなんだろうな、たぶん。
て事は金髪エルフが回復役なのか?
注文が決まったのか、メニューを見ていた魔法使いは顔を上げこっちを見つめてくる……なんだこの生物は可愛いすぎんぞ。
だが、キュートな魔法使いはそのキュートな唇から、開口一番こう注文してきた。
「食べたい……あなたを」
「はい、食べたいあなたを。おひとつでございますね」
「ご注文を確認させていただきま」
「ち、違う……」
言葉を遮り、ラスティを指差す魔法使いちゃん。
そして言い方を変え同じ注文をしてくる。
「あなたを……食べたい」
「はい、ラスティさんお一つですね」
「え!? この子食べられるの? なら私も追加でお持ち帰りにするわ」
と少しテンションが上がった様子のエルフが追加注文を要求。
金髪碧眼エルフのってきたー。けど、あまり変な事をしているとミカサさんに怒られるかもしれない。
でもあれだ、リミーナがあれだけやって怒られないって事は大丈夫? ……まあいいや。
「って、お客様。申し訳ありませんが私は食べられませんし、メニューにも載っていませんので」
「なーんだ、残念ちゃん」
「……じゃあ……吸わせて?」
エルフはテンションが落ちた模様。一方、魔法使いちゃんは吸わせてとか言い出してくる。
食べたいだの吸いたいだのどういう意味で言っているんだこの子は……。
お兄さん少しドキドキしてしまいそうですよ。
真意を問いたい。そう、魔法使いちゃんの言っている言葉の意味を。
「こほん……吸うと言いますと、どんな感じで?」
かしこまった感じで話しかけると、魔法使いちゃんは席から立ち上がり背負っていた杖を手に構え、ぼそぼそと何か詠唱をしだしたかと思った瞬間、杖が微かに光り始める。
……やばい。何か魔法を発動させる気だ。それもラスティへ向けて。
「ストーップ! 店内での魔法はご遠慮ください」
「……やだ。吸う」
「やだじゃないし、駄目です」
「だって……美味しそうなんだもん……」
目をうるうるとさせながら、もんとか言っちゃって可愛いなぁ……杖を構えたままだけど。
だがしかし、店内で変な魔法を使わせる訳にもいかないだろうさ。
ただでさえ他の客の視線が集まっているのに、これ以上はミカサさんに何か言われかねん。
「もんとか言っても駄目なものは駄目、ステイ、お座り」
「………」
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
杖を背中に背負いしょんぼりと席に座り直す魔法使いちゃん、と突っ込みを入れてくる金髪エルフ。
何を言っているのだろうこの人達は。
「いやいや、減る。減りますよ? 何を吸うのか知りませんけど」
「普通、ならね」
間髪いれずにそう言うエルフ。何の事やら……もしかしてラスティの中身を見破られている?
エルフの特殊能力とかそんな感じで。だったらこのエルフやばくないか?
「このエルフやばくない?」
唐突にエルフの口から飛び出してくる言葉……うおっ、なんで、
「うおっ、なんで考えている事が分かるんだー」
……思おうとした事を先に言われてしまう。読心術か何かのスキルか?
やばい、この人やばい。無心、無心になるんだ。それしかない……
「ああ、エルフたんマジ可愛い、萌えりゅ。そんなエルフたんのおっぱいに顔をうずめたいよー。なんでも言う事を聞きますからお願いします」
「……は? エルフたん、ボク…じゃなかった。私そんな事微塵も思っていませんよ?」
「ふふっ、冗談。ごめーんちゃいっ。 私はリディア、よろしく」
「あまり警戒しないで、こう見えても生きている時間が長いの、経験でなとなく分かるだけだから」
敬礼をしながら名前を明かしてくるエルフ。まぁエルフといえば長命とか不死が定番か。
興味はあるが今はやめておこう。てか、さっきのは何処まで冗談だったんだ……。
経験でなんとなく分かるっていうレベルじゃなかったぞ……思考先読みとかぱないわー。
この人の前では、あまり変な事を考えないほうがいいのかもしれない。
リディアを見ると、悪戯そうな目がまた何か言いそうな感じだ。
たまらず顔を逸らし魔法使いちゃんを見る。視線が合いじいっと見つめてくる。
おお、いっつあ、キュート。魔法使いちゃんもまた何か言い出しそうな感じ。
更に顔を逸らし風格の人を見ると話し出した。
「こいつらがお前を気にいるとはな、そういえば二人とは初めてだったか?」
「こっちの奴はさっき言っていた通り。で、このちっこいのはピーカー。よろしくやってくれ」
「あ、はい。ラスティと言います。よろしくお願いします」
「改めてよろしくー」
「うん……美味しそうな、名前……よろしく……ごくり……」
あれで気に入ったっていうのか……変なの。
こっちに向かってピースサインを出しているエルフたんはリディアで、魔法使いちゃんはピーカーね。
って、ピーカさんこっちを見ながら唾を飲み込むなって。そんな仕草も可愛いんだけれど。
ちなみにあなたの正式な名前と、横のごつい人の名前は知らないです。すいません。
「――ラスティ、お前うちのパーティーに入るか?」
あらま、唐突なお誘い。けど雑貨屋の仕事もあるし、この人達に着いていくと死にそうな気がする。
というか死ぬ気しかしない。この人達強そうだし、それなりのダンジョンとかに潜っているんじゃないの?
そんなパーティーにおいそれと入れやしないでしょうよ……。
「無理です。ここだけの話、火球しか使えませんし」
「そうか……変な事を言って悪かったな」
「お前は雑貨屋の店番をしているのが似合っているぜ。良い意味でな」
そう言うとニカっとした笑顔を向けてくる風格の人……また歯が光った。
だから何で歯が光るんだこのイケメンは、俺が女だったら惚れてしまうかもしれないぜ?
……って、何で頬が上気しているんだ俺は。いやいやいや、その気なんてないし、身体がこれだからだろうさ。まぁ、この身体って髪を弄る癖とかあるしな……気をしっかりと持て、俺は男だ俺は男だ……
「ところで、ピーカーさん。ご注文の方はどう致しますか?」
「あ、私は駄目ですよ?」
「ラス……ぐぅ……トローススペシャル特盛り……と、ミルクン……」
「はい、トローススペシャル特盛りとミルクンでございますね」
注文を復唱すると周囲の客が一瞬ざわめいた。
『マジかよ、さすが風格の人の連れだな』『ぱねぇ……』『あら嫌だ奥さん、トントローススペシャル特盛りですってよ』『ピーカーさん可愛いですぅ』
?……まあいいや。
「ご注文承りました。トントロース大盛り二つ、ペッパー地獄とサラダバー、トローススペシャル特盛り、ぷくぷく二つ、ミルクンふたつ」
「でございますね。では少々お待ちください」
注文板に書いた品を読み上げ、カウンターへと戻り。
「ミカサさん、トントロース大盛り二つ、ペッパー地獄とサラダバー、トローススペシャル特盛り、ぷくぷく二つ、ミルクン二つ、入りましたー!」
「あいよー、ちょいお待ち」
ミカサさんへ声を掛け注文板をカウンターへと置く。
「ラスティ、先に飲み物を出しておくれ」
「はい」
飲み物ね。ぷくぷくとミルクンを二つずつ……あれかな? 厨房の中に入り持ち手がある木で出来た器を手に持ち、樽で出来たドリンクバーっぽい物の蛇口に器を当て、コックを引いた。
すると木の器に紫色の液体が満たされていき、適度に満たされた器の中の液体からは、ぷくぷくと炭酸みたいな泡が浮き上がってくる。
泡がぷくぷくしてるから『ぷくぷく』という名前なのかこの飲み物は……って、アルコールくさっ!
間違いない、これは酒だ。これをふたつと、あとはミルクンか……。
ぷくぷくの横の樽から同じように木の器に液体を注ぐ。木の器に満たされた液体は白濁としていた。
匂いは無臭? よく分からないが、ミルクンというだけにミルクなのだろう。
『ぷくぷく』果実から出来たお酒、生成される過程で泡が沸くようになる。ワインみたいな物。
『ミルクン』トントロという家畜から搾り出されるミルク。無臭で飲みやすく、栄養満点。
ぷくぷく二つ、ミルクン二つを満たした木の器の持ち手を両手で持つと結構重い……が、そこはそれ。
「スーパーの品出しで鍛えたこの体!」
……今は違うんだった。運ぶのに集中しよう。
――両手両腕に力を入れながら風格の人の席に近づいた刹那、前方からおぼんを胸に抱え悪い表情をしたリミーナが近づいてくるのが見えた。給仕を終えてカウンターに戻るのだろうが、またやる気だなこいつ……。
「今は近づくな! 触るな! ぶっとばすぞ! Cカップ!(褒め言葉)」
と、すれ違う前に言い放ってやった。
両手が塞がった状態で尻撫でを回避する為、本気で罵倒した訳じゃないし、分かってくれるだろうリミーナなら。
「はいはい。リミーナさんは近づきませーん、触りませーん、ぶっとばされませーん……Cカップって何?」
「いやいやいや、今はCカップとかどうでもいいじゃん!」
「ぷうー、ちっぱいの癖に生意気だぞっ」
「煩いわん! ちっぱいこそ至高! ちっぱいは正義なんじゃい!」
「はいはい、至高で正義ね……ふっ」
勝ち誇った顔ですれ違っていくリミーナ。
負けてない何も負けてやしない。むしろ勝ったと言ってもいいくらいだ。正義は勝つ。
「こちらぷくぷく二つ、ミルクン二つになります」
風格の人の席に運んできた飲み物を配り終えると、
「お前って、たまに激しいのな」
「ぷはーっ、お姉さんもCカップを注文しちゃおうかなぁ」
「……食べたい」
「…………」
風格の人、リディア、ピーカーの順に話し出した。
風格の人、激しくても問題はないのです。たぶん。
リディアはミルクンを飲みながら冗談で言っているのは分かる。が、Cカップの意味を理解しているのかは疑問だ。
ピーカーの食べたいはどう聞いても本気だろう。そしてごつい人は無言のままだ。
「残りの品はもう少々お待ちください」
軽くお辞儀をしてカウンターに戻ると、厨房からミカサさんが『トントロース大盛り二つ、ペッパー地獄とサラダバー上がり』とカウンターへ出してくる。
それをおぼんに載せ風格の人の席へ二往復、
「こちらトントロース大盛り二つになります」
「こちらペッパー地獄とサラダバーになります」
「トントローススペシャル特盛りはもう少々お待ちください」
「では、ごゆっくりどうぞ」
配り終えカウンターへ戻った。
『トントロース』豚肉のしょうが焼きみたいな肉が木の器の中心から円状に、ご飯が見えなくなる程載せてある丼物。アクセントとして葱状の物が盛り付けてある。肉汁がご飯に染みていて美味しいに違いない。トロース名物料理。
『ペッパー地獄』見た目はラーメンだが全体的に黒っぽい色、どんだけ胡椒を使っているんだっていうくらいに鼻を突く匂いがする。油断するとくしゃみが出そうだ。使用されている胡椒は雑貨屋ペッパー特製。
『サラダバー』は色々な種類の葉物が入った普通のサラダとそう変わらない。
カウンターを背に客席を見ながら待機していると、ミカサさんの声が聞こえ振り返る。
――「トントローススペシャル上がり!」




