07 葛藤と兆し
――広場の近く。
ここから見える範囲に居るのは、ベンチに座っているシェリスだけ…か。
珍しくウェイトレスみたいな格好をしちゃって、何をやっているんですかね。あの子は。
……って、ちがーう! ウェイトレスの服を着ているという事は、あれはシェリスじゃない。
『飲食店トロース』のウェイトレスその2、イズミだ。
シェリスとイズミは双子でも姉妹でもないという事だが、服装でしか見分けがつかないくらいに似ている。
シェリスが街の事を教えてくれた日に、飲食店トロースに寄った時は絶対双子だと思ったが。
何故あんなにそっくりなのだろう。ドッペルゲンガーかよ、謎すぎるわ……。
ちなみに飲食店トロースはシェリスの実家でもあるので、ちょっと紛らわしい。
て、今はそんな事を考えている場合じゃない。
再び広場とその周辺を観察してみるが、これといって怪しい人物は居ないみたいだ。
しいて言うのなら、物陰に隠れながら広場を伺っている自分?
ここに居てもらちがあかないな、とりあえず広場に行くしかないだろう。
広場に近づくと、ベンチに座っていたイズミが声をかけてくる。
「こんにちはラスティ」
「こんにちは、休憩ですか?」
「まぁ、そんなところかなぁ」
「ラスティは?」
「店が早く閉まったので散歩です」
「そうなんだ」
「うん」
イズミに手を振りながら通り過ぎると、突然スマホからSNSの着信音が鳴った。
「おわっ!」
思わず小さな声を出し驚いてしまった。なんていうタイミングで鳴るんだよ。
まるで監視されているみたいじゃないか……。
今更ながらマナーモードにしておくんだったと思うが、時既に遅しってやつ。
背伸びをしながら平静を装いつつ、周りを確認する。が、やはりイズミしか居ない。
イズミはこっちを見てはいないけれど、下を向いて何かを弄っているみたいだ。
あの位置ならスマホの音と驚いた声が聞こえたかは微妙な感じだが、たぶん大丈夫だろう。
たとえ聞こえていようが、事情を知らない人にならなんとでも言い訳が出来る。
「ふん、ふんっ、ふんっ」
背伸びからそのまま体操に切り替え、引き続き周りの状況を伺うが、怪しい人物は見当たらない。
うーん、やはり遠くから監視でもされてる?
「ピコピコッ、ピコピコッ」
思考を巡らせていると、またSNSの着信音が鳴った。
「ああ、これはタイミング的に見られている可能性大。というか見られているわー」
「いったい何処から、見ているんだ…よっ」
体操を続けながら上半身を右に捻った瞬間、イズミがこっちを見ているみたいだった。
「体操をしているのがっ、気になってでもいるのだろうかっ……な?」
上半身を左に捻り再度右に捻る。と、イズミがベンチから立ち上がるのが見える。
続けて左に捻り右へ捻る。と、イズミが目前まで来ていた。
なんだこれ……だるまさんが転んだみたいな。
「ラスティ」
「はい?」
「ラスティの辺りで、何か音が聞こえたんだけれど」
「そうなんですか?」
「ええ、そうなんです」
「へー……」
体操を止めると、イズミが目前でスマホの操作をしだす。
スマホ、あー……イズミが広場で待っているという、ぴーえす@なのだろう。
SNSでは僕とか言っていたので男かと思っていたが、女じゃん……。
当然、ラスティのポケットのスマホからSNSの着信音が鳴り出した。
「何か音が鳴りましたね。ラスティの体から」
「ですね。それが何か?」
「ラスティさぁーん?」
なんとなくとぼけた感じの反応を返すと、途端に目がギラつくイズミ。
怒らせるとやばい系だなこの子。
「はい、ごめんなさい」
観念してポケットからスマホを取り出し、ダイレクトメッセージを見てみる。
一通目のメッセージには、
『電波が不安定なので、念の為にもう一度送ります』
『僕も今シリウスの街にいます。あの広場で夕方に待っています』
『電波が不安定なので、今日が無理な場合はなるべく夕方に広場に居ます。是非会いましょう』
二通目のメッセージには、
『ぴーえす@です。たぶん……近くに居ると思います』
三通目のメッセージには、
『目の前に居ます』
という文章が書いてあった。
文章だけ見るとアレだ。ちょっとホラー的なストーカー的な。
とか思っているとイズミが話を切り出す。
「このSNSの名前『トゥルー箱』ってラスティですよね?」
「そうだけど」
「でも何かおかしくないですか?」
「うん?」
「私の知る限りラスティって、ずっと雑貨屋ペッパーの店番とか、お手伝いをしてましたし」
「たまに飲食店トロースにもお使いで来たりもしてて、昔からあそこのお孫さんですよね?」
そりゃ…、そうだったんだろうけれど。今は中身が違うんで…。
「うん、そうだけど?」
「じゃあどうやって……」
イズミは最後の言葉を濁らせ聞き取れない。何か会話がおかしいような?
ラスティの見た目のせいだろうか? 最初はこんな体じゃなかったんだけれど。
「うーん…そのスマ…、プレートどうしたんですか?」
「この前店の仕入れで出かけた時、帰りに拾ったんです」
何故か咄嗟に嘘をついてしまう。
「へぇ、なるほど……で、何でそのプレートの文字を読み書き出来るんです?」
ポーチに入れておいた新品の方位球を掌に載せ、すっと目の前に差し出し、
「この、私が作った方位球を見てください」
と言い放つと素直に方位球を見つめるイズミ。
「そういう事です」
「は?」
「つまり、天才なのでこのプレートの文字も読み書きが出来てしまうのです!」
そんなつもりはないのに、ドヤ顔で嘘を語ってしまった。
何か変だ……自分に違和感を感じる。
「そっかー、そうなんだ……ラスティ凄い! ラスティ天才! そして可愛い!」
「いやいや、イズミのほうが可愛いってば」
「えー、またまたまたぁ。そんな事を言っても何も出ないんだからね」
微かに頬を染め照れている様子のイズミ。
照れる姿が可愛いな、この子。
にしてもSNSとか日本語で読み書きしているし、どうなっているんだ。
見た目はシェリスと同じ異世界人なのに。
自分と同じ世界から来たのかと思っていたが、もしかして違う?
それにイズミの話し方がたまに訛っているというか、片言な感じがするし。
「こほんっ、ところでイズミはそのプレートを何処で手に入れたんです?」
「あ…これは元々私が持っていた物で……その、まぁいいじゃない」
元々持っていた? やはり自分と同じ世界から来た人なんじゃ。
それだと見た目がここの世界の人なのがおかしいしなぁ……。
もしかして自分みたいな事になっているとか、そういうパターン?
「そうなんだ。さっきの質問をそのまま返しちゃうけれど」
「うん?」
「イズミはなんでそのプレートの文字を読み書き出来るのかな?」
「うーん、詳しくは言えないんだけれどね」
と言うとイズミは周りを見渡してから、ラスティの耳元に顔を近づけ呟く。
「私も天才、だ・か・ら」
「マジで?」
「マジマジもんの、本当なの」
なんか、たまにシェリスみたいな言い回しをするなこの子。
本当は双子なんじゃないのかと疑いたくなる。
「ところで、ラスティはあの動画なんでアップロードしたの?」
「うーん…なんとなく?」
「……そっか」
少し間が空いてイズミが話を切り出してくる。
「まぁ、何の運命か知らないけれど、同じプレートを持った者どうし仲良くしよう?」
「うん。なんか困った事があったら、いつでもうちに来て」
「うっ…ラスティってば、なんて良い子なの」
突然イズミが屈み気味に、ぎゅっと抱きしめてくる。
なんか石鹸が混じったいい匂いが……嘘を付いたうえにこんな事を考えるなんて……。
「そろそろトロースに戻らないと、ラスティも何かあったら遠慮なくトロースにおいでよね」
「あっ、これの事は秘密よ? ばらしたらデコピンの刑に処す」
と言うとスマホを片手に持ち、ラスティの額に銃を撃つような形の手を向け、ウインクをするイズミ。
「じゃあまたね!」
「うん、バイバイ」
お互いに手を振りながら別れると、夕日が街を綺麗に照らし出していた。
このままでいいのだろうか。改めて考えようとすると、どうしたらいいのか分からなくなってきそうだ。
少なくとも今は、この体の中身をおばあさんやシェリス、イズミに知られたくない。
孫や親友は死んでいました。
中身は見知らぬ男に入れ替わっていて……知られたらどう思われるだろう。
そう考えると頭がぐるぐるして絶対に知られたくない、という気持ちが心の底から強烈に沸き起こってくる。
「なんなんだよ、これ……」
小さく呟くと、雑貨屋ペッパーに向けて駆け出していた。
雑貨屋の前に着くと建物の裏に回り込み、裏の扉のノブに手をかけようとした瞬間に感じた。
この扉のノブを外側から勝手に開けるとやばい事になると。何故か分かる。
玄関の前に戻り中を覗く……おばあさんの姿は見えない。
この扉は音を出さない開け方のコツがあって、自分はそれを知っていた。
扉をゆっくりと開けそのまま忍び足で二階の部屋に入り込む。
タンスの一番上の引き出しに入れて置いた、財布を取り出す。
とりあえず、免許証が入っているこれだけでも処分しておこう……。
ポケットに入れゆっくりと階段を降り、おばあさんが居ないのを確認し店の扉から出ると、宛てもなく歩きだす。
――人気の少ない西門の内側を、壁に沿うように歩いていた。
燃やす? 埋める? いや、埋めるのは無しだ……掘り起こされる可能性がある。
これをどうすれば、財布を取り出そうとした瞬間。
!? 何かに足を引っ掛けて転ぶ…財布はその拍子に投げ出され、前方の地面に落ちた。
転んだ時に何処かを傷めたのか痛みを感じるが、構わずに立ち上がり頭の中ではこう考えていた。
くそっ……あんな物が無ければ、私は私でいられるのに……消したい、消したい……消えろ!!
掌を財布へ向けながらゆっくり息を吸い込むと、自然に口から言葉が溢れだす。
「すぅ……ふっ、火球!!」
夕日により影を落としつつあった辺り一面を、赤く眩い光が走った。
ラスティは攻撃魔法を放っていた。
財布は跡形も無く消え去り地面だけが黒く焼け焦げている。
何故か魔法が使えた事には疑問を抱ず、むしろ当然だと思った。
……転んだ時に打ったのか膝が少し痛い。
「おばぁちゃんが待ってる……帰ろう」




