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46 文化の違いと言葉の壁

 ほんのちょっとですが、仲間内のギスギス展開があります。苦手な方はご注意ください。

【大陸歴1415年7月6日 早朝】


〈十四郎視点〉


 地上に戻った俺は、パトラと土ゴーレムたちをその場に残し、ユーリィたちが暮らす大きな家の中に入った。


 ユーリィたちは、ちょうど寝具を片付けているところだった。


 部屋の中には、香水のような甘い匂いが立ち込めている。花とも、石鹸の香りとも違う、独特の香りだ。


 この匂いの正体は、彼女たちが使っている香油。彼女たちは、入浴後に香油を髪や身体に塗る習慣がある。


 これはおしゃれや身だしなみのためというよりは、砂漠の強い日差しから、肌や髪を守るという意味が強いらしい。






 俺が浴室を作ってから、みんなは毎日のように入浴するようになった。


 しばらくすると、みんなからこの香りがするようになったのだ。


 香油と言っても、さほど強い香りがあるわけではない。でも俺は、この香りにとても助けられている。


 というのも、浴室ができるまで、みんなが集まった部屋の中は結構、いや、かなり臭かったからだ。






 そもそも、ユーリィたちには入浴の習慣がない、水が貴重な砂漠という環境を考えれば、それも当然だ。


 高温多湿な日本と違い、汗をかいてもすぐ乾いてしまうため、作業後に汗を流す必要もない。


 なんなら、トイレの後にお尻をきれいに拭き取る必要もないくらいなのだ。


 そんな環境で生活しているからなのか、ユーリィたちは他人ひとの体臭がまったく気にならないらしい。


 ただ、日本人の俺にとってそれは、かなり耐え難い状況だった。






 以前、俺の事務所のアニメ好きの後輩、伊達だてちゃんが「異世界アニメの主人公が日本人だと、すごい高い確率で、ヒロインたちのために風呂を作るんですよねー」って話してくれたことがある。


 俺はその時「へーそうなんだ。やっぱ、サービスシーンが必要ってことなのか?」なんて答えて、伊達ちゃんに「先輩、エッチっすね!」って言われてしまったっけ。


 でも、伊達ちゃん、今ならその理由がはっきりと分かるぞ。


 その主人公は多分、ヒロインたちの体臭に耐えられなかったんだ。


 長期間風呂に入っていない人間が集まった時の臭いが、こんなにすごいものだなんて、俺はこれまで考えたこともなかった。






 普通に、野外で一対一で話しているだけなら、さほど気にならない。


 ただ、屋内で多くの人が集まると、もうとんでもないことになる。それは、たとえ相手がどんな美女だろうが関係ない。


 いい年したおっさんの俺でさえ、こんな感じなのだ。


 伊達ちゃんみたいな日本の若い女が、この環境に放り込まれたら、きっと発狂して死んじまうに違いない。


「私も異世界に転生して、ワイルドなイケメンたちにちやほやされたいですー」なんて言ってたが、現実(?)はそれほど甘くないぞ、伊達ちゃん。






 俺が風呂とトイレを作れるようになったのは、この間の船長の襲撃後からだ。


 罠で荒くれたちを一網打尽にできたことで、俺はレベルが上がったらしい。


 建築アイコンで、金属性の扉や罠の仕掛けなど、いろいろなものを作れるようになったのだ。


 作れる罠には壁の隙間から炎や熱湯の噴き出す罠や、底に針の生えた落とし穴、廊下を転がる大岩、落ちてくる吊り天井など、いろいろな種類がある。


 しかも様々な機能や形状を、自由に選ぶことができる。


 これを応用して作ったのが、ユーリィたちの家にある自動コンロとシャワー施設、そしてウォシュレット付き洋式トイレだ。


 実は、新しい罠作成アイコンをいろいろ試しているうちに、火力や水温を自由に変えられることに気がついたんだよね。


 驚いたことに、個人の好みの温度にできるよう操作盤も取り付けることができた。


 もちろん、誤操作して小さい子どもたちがやけどしないように、温度の上限もしっかり決めてある。


 そのおかげか今のところ、みんなからの評判も上々だ。


 これ、罠本来の使い方とは言えないだろうから、制作者的にはアウトなのかもしれない。


 けど今のところ、ナビさんが何か言ってくることもない。


 何よりちゃんと使えるのだから、別にいいのだろう、多分。


 ユーリィたちが喜んでくれたし、なにより俺が臭いから解放されたしな。






 ただ、トイレの使い方を説明するのは、かなり苦労したっけ。


 最初にウォシュレットを使ったとき、事前に説明してたのに、ユーリィは悲鳴あげて便器から飛び上がってたからなー。


 今はやっと、みんな慣れてくれたみたいだ。特に小さい子どもたちは、もうすっかり馴染んでいる。


 ちなみに、水洗トイレにしなかったのは、単純にその必要がなかったからだ。


 ナビさんがいれば、何にも言わなくても、領土内にある不要物は何でも消してくれる。


 人間の排泄物から魔獣の死体まで、何でもだ。


 全部試したわけじゃないけど、今のところ消せないのは、元から砂漠にあった石や砂くらいだと思う。


 もしそれが出来るなら、完全に掃除要らずの家が作れるんだけど。


 でもさすがに、そこまで便利にはできないらしい。


 今、この街の住民はユーリィたちだけ。でも、今後街を発展させるなら、こういう便利な施設はどんどん増やしていきたいところだ。


 先立つmpがないから、それはもう少し先の話になりそうだけど。






 ちなみに防衛用として、外壁のあちこちに殺傷力の高い罠もちゃんと仕掛けてある。


 もちろん、壁の内側には仕掛けていない。ユーリィたちが引っかかると困るからな。


 一番いいのは、これらの罠を使わずにすむことなんだろうけど、そう都合良くはいかないだろう。


 覚悟と対策はしっかりしておくに越したことない。






 朝の身支度を終えたユーリィたちは、朝の畑仕事に出かけるため家を出た。


 ちょうどよいタイミングなので、俺は彼女たちに新しく仲間となった土ゴーレムと火の拳を紹介することにした。


 家の側に石灯籠を建て、その中に火の拳を隠れさせると、薄暗かった家の周囲が一気に暖かい光に包まれた。


「すごく明るくて安心しますね、御使い様。」


「それにこれなら、不死者アンデッド避けにもなりそうです。お気遣いいただき、感謝いたします。」


 ユーリィとフーリアさんは、それぞれ俺にそう言ってくれた。


 パトラに通訳してもらったのだが、俺の説明が悪かったせいか、皆は火の拳のことをただの街灯だと思ったようだ。


 ちゃんと伝わらないのは少しもどかしいけど、変に怖がられるよりはいいかもしれない。






 ユーリィたちが使っている言語は『大陸公用語』というらしい。この世界で一番広く一般的に使われている言語なのだそうだ。


 そして、ナビさんが話しているのも、この大陸公用語。


 完璧とは言えないが、ここ一ヶ月ほどの会話を通して、俺もこの大陸公用語を少しは理解できるようになった。


 我ながら結構な上達だと自画自賛しているのだけど、これにはパトラの活躍がかなり大きい。


 彼女の通訳がなければ、正直全然手つかずのままだったと思う。今の火の拳についての説明だって、全然伝わらなかっただろうしな。マジでパトラ様々だ。


 もちろん、これで言葉の壁がすべて取り払われたというわけではない。


 パトラはアリなので、人間の細かいニュアンスは理解できないからだ。


 特に日常的でない会話、今みたいな魔獣の説明やゲームの仕様・攻略に関する内容については、行き違ってしまうことのほうが多い。


 言葉については、俺自身が精進する必要がありそうだ。とにかく実践あるのみで突っ走るしかない。






 火の拳の次は、土ゴーレムについて説明した。


「ずいぶん大きいですね。これまで畑を守ってくれていた土人形さんたちよりも、すごく強そうです。」


 ユーリィは土ゴーレムを見上げながらそう言った。


 こっち説明は、ツチマンの前例があるからか、すんなりと理解してもらえたようだ。


 大人の女性たちは、その巨体に少し圧倒されたように、土ゴーレムのことを見ていた。


 無理もない。土ゴーレムと彼女たちとでは、およそ2倍ほどの身長差がある。


 彼女たちにしてみたら、ちょっとした重機みたいなものだ。ただ、圧倒されていても怖がる様子はない。そこは少し安心した。







 小さい子どもたちに至っては、怖がるどころかむしろ興味津々という顔で土ゴーレムを見ている。


 特に男の子たちは目をキラキラさせて、ゴーレムの巨体を見つめていた。


 男の子って、こういうロボとか、重機とかって大好きだよね。俺も分かるぞ、その気持ち。


「ゴーレム、ちょっとその場で動いてみてくれ。」


 俺がそう言うと、ゴーレムはその場でゆっくりと動き始めた。


 手を上げ下げしたり、その場でくるりと回ったり。


 ゴーレムがドシンと音を立てて足を踏み変えるたび、子どもたちからは「わあっ!」という歓声が上がった。






「ねえちゃん! もっと近くで見ていい?」


「何を言っているの、トゥンジャイ。あれは御使い様のお作りになったもの。あなたのおもちゃじゃないのよ。」


 フーリアさんの横にいた弟くんが、ゴーレムを指さして何か言った。


 けど、その直後、姉にたしなめられたようだ。今はしゅんと眉を下げている。


 その様子が気になった俺はすぐに、ユーリィとパトラに通訳を頼んだ。






「二人は何を言ってたんだ?」


「主様、あの小さいオスは土人形をもっと近くで見たいと言っていたようです。」 


 やっぱりそうか。これは大チャンス!


 俺の魔獣たちが怖くないことを、皆にアピールできるぞ!


「あの子にゴーレムの側に来るように言ってやってくれ。」


 俺がそう言うと、パトラはその言葉をユーリィに伝えてくれた。






「ユーリィ様、主様があのオスをこの人形の前に差し出せとおっしゃっています。」


「!! み、御使い様!? 何かお気に障ったのですか?」


 途端にユーリィが青ざめた顔で俺の方に近寄ってきた。あれ、なんかうまく伝わってなくないか、コレ?






「主様はお怒りか、とユーリィ様は尋ねていらっしゃいます。」


「えっと、いや、別に怒ってないよ。トゥンジャイくんとゴーレムを『遊ばせて』あげようと思っただけだよ。」


 俺がそう言うと、パトラは少し考え込むような仕草をした後、ユーリィに向き直った。






「主様は、あのオスに土人形の『相手をさせたい』とおっしゃっています。」


「そ、そんな・・・トゥンジャイをゴーレムと『戦わせたい』って・・・!!」


 ユーリィが上げた慄くような声を聞いて、周囲の女性たちもさっと表情を変えた。


 あれ、これかなりまずい流れでは? 絶対うまく伝わってないぞ。






「御使い様! この子の言葉がお気に障ったのでしたら、私を如何ようにも罰してください!!」


 フーリアさんはそう叫ぶと、俺の真下の地面に身体を投げ出した。


「あたしたちからもお願いします。どうかこの子をお許しください!」


 ユーリィをはじめ、その場にいた女性たちも一斉に地面に平伏してしまった。


 小さい子どもたちは何が起こったのかと戸惑って、今にも泣きそうな、不安の表情をしている。


 当のトゥンジャイくんに至っては、完全に表情がなくなり、悲壮な様子になっていた。


 でも、その直後、彼は決然とした表情でゴーレムの前にさっと飛び出していった。






「僕、戦います! だから、おねえちゃんに酷いことしないで!」


「トゥンジャイ!」


「主様の邪魔をしてはなりません。」


 弟を追いかけようとしたフーリアさんの前に、パトラが立ちふさがる。


 フーリアさんは、凄まじい形相でパトラを睨みつけた。


 これは絶対にマズイ! 早く止めないと!






「ユーリィ! トゥンジャイ、キケン、ナイ! アソブ、イッショ!」


 俺は覚えたばかりの単語を並べて、ユーリィに直接語りかけた。


 すると彼女は戸惑いながらも、すぐにフーリアさんに向かって叫んだ。


「フーリアおねえちゃん! 御使い様が危険はないって! 一緒に遊ぶっておっしゃってる!」


「遊ぶ? いったい、どういう・・・!」


「分かんない! でも、御使い様を信じて!」


 ユーリィの言葉に、フーリアさんはハッと表情を変えた。


「私としたことが、御使い様を信じることが出来ませんでした。どうかお許しください。」


 フーリアさんはそう言って祈りの姿勢をとると、泣きそうな顔で俺と弟を交互に見つめた。


 彼女の噛み締めた唇は色を無くしている。あまりにも強く組み合わせているため、その指は乾いた砂のように白くなっていた。


 皆は固唾を飲んで、事の成り行きを見守っている。






 いや、どうしてこうなった?


 これ以上何か説明しても、ますます誤解を招きそうだ。ここは、言葉よりも態度で示すのが一番だろう。


 俺はゴーレムに命じて、トゥンジャイくんに腕を差し出させた。


 華奢な彼に巨大な腕が迫るのを見て、皆は小さく息を飲んだ。


 ゴーレムはトゥンジャイくんの身体をそっと両側から挟んで持ち上げると、怯える彼を自分の肩の上に乗せた。


「えっ?」


 ゴーレムの肩にちょこんと座った彼は、呆気にとられた顔で小さくそう呟いた。


 ゴーレムは彼を乗せたまま、その場でくるくると踊り始めた。


 トゥンジャイくんは、しばらく引きつったような表情をしていたけれど、やがてフーリアさんに向かって声を上げた。






「お、お姉ちゃん! こいつ、全然怖くないよ! ほら!」


 トゥンジャイくんが、ゴーレムの丸い頭に軽く触れる。


 その顔にはもう怯えの色はなかった。口元には僅かに笑みさえ浮かんでいる。


 それを見たフーリアさんは、放心したように大きく息を吐いた。他の女性達も、ようやくホッとした表情を見せてくれた。


「トゥンジャイ、いいなあ。俺も乗りたい!」


「あたしも!」


 小さい子たちが口々に何か言っている。俺はゴーレムに命じて、その子たちを次々にトゥンジャイくんの隣に座らせた。


 子どもたちの明るい笑い声が響くようになったことで、俺もようやくホッと胸をなでおろすことが出来た。






 さっきはマジで焦ったよ。何が起こったのか分かんないけど、酷いことにならなくて本当によかった。


「御使い様の御心を理解できなかった私をお許しください。」


 フーリアさんはそう言って、俺に深く頭を下げた。


「あたしがちゃんと御使い様の話を聞けなかったのが悪かったの。ごめんね、おねえちゃん、パトラさん。」


「ユーリィ様、主様。お二人の言葉をきちんとお伝えすることが出来ず、申し訳ありません。」


 ユーリィとパトラも互いに謝り合っている。いや、むしろ謝りたいのは俺の方だよ。


 俺は二人に謝罪の気持ちを伝え、それをさらにみんなにも伝えてもらった。


 やっぱり、言葉の壁はまだまだ厚い。


 子どもたちの楽しそうな様子を見ながら、俺はしみじみとそう思い知らされたのだった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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