128 包囲防衛戦 ③
本格的な衣替えと共に、ダイエットを始めることにしました。でも初日から会食の予定があり、早くも挫折しそうです。
*子どもに対する残酷表現があります。苦手な方はご注意ください。読みたくないよという方は、一言あらすじをお読みください。
【一言あらすじ】間者による撹乱工作、人質の発覚。
【大陸歴1415年11月20日 早朝】
〈レオニス視点〉
避難を終え、出入り口を閉ざした桟橋の地下空間では、新たな混乱が起こっていた。
「押さないでください! 順番に!」
レオニスとその配下たちが必死に制止しようとするも、一部の船乗りたちが彼らに食って掛かっているのだ。
「水が足りないぞ!」
「こっちはまだ一滴ももらってねえ!」
「ふざけるな、俺たちは先に来たんだ!」
「静かに! 全員に行き渡るよう手配しています!」
「嘘だろ! この人数だぞ!?」
「落ち着いてください!」
「これが落ち着いてられるかよ!」
怒りの声を上げた男が、水場の側に積み上げられた他の船の積荷を音高く蹴り上げる。
「うちの荷に何をするんだ!」
「うるせえ、水を独り占めしやがって!」
「やめなさい! ここで争ってどうする!」
新たな諍いに、レオニスがすかさず割って入る。
しかし、男の振るった拳はレオニスの頬に当たり、彼はその場に倒れ込んだ。
「おい、その人は御子様の代理人だぞ!」
「そうだ! 騒ぎを起こすなら出ていけ!」
争いを見守っていた商人たちが口々に男を非難する。
たちまち、船乗りと商人たちによる乱闘が始まった。
するとその時、一陣の風のようにその場に駆けつけてきた黒い一団があった。
「パトラさん!」
レオニスを助け起こしたパトラの分身体たちは、短刀を構え乱闘する男たちに向き合った。
「なんだ、この魔獣! 俺たちを襲うつもりか!?」
「大変だ、みんな! このままじゃ魔獣に殺されちまう!」
殊更に大きな声でわめき始める船乗りたち。
その言葉に、周囲の避難民たちの顔に怯えの色が浮かんだ。しかし。
「お前ら、見かけない顔だ。一体どこの船のもんだ?」
よく通る低い声が雷鳴のように響いた。
「ディエゴさん!」
「大丈夫かい、レオニスさんよ。あんたにゃ荒事は無理だぜ。」
褐色の肌をした偉丈夫は、騒ぎ立てる男たちに近づいた。
「俺は人の顔を覚えるのは得意な方でな。港に出入りする連中の顔は一通り知ってるつもりだ。だが、お前らの船を見た覚えがねえ。」
ディエゴはさらに一歩踏み出すと、避難所中に轟くような声で男たちに迫った。
「お前ら、いつ、どうやってこのシャーレに来た?」
ディエゴの言葉に、周囲の避難民が顔を見合わせる。「見たことねえ」「知らない」という囁きが広がるのを聞いて、たちまち男たちは顔を歪めた。
「どけっ!」
「うわあ!?」
騒ぎ立てていた男たちは、周囲で見ていた人々を押しのけて、たちまち姿を消してしまった。
「待て!」
「逃げたぞ!」
「追ってはいけません! 今は混乱を抑えるのが先です!」
追いすがろうとする配下たちをレオニスが留める。
「ありがとうございました、ディエゴさん。」
礼を言うレオニスに、ディエゴは素早く頷いた。
「おおかた避難の混乱に乗じて潜り込んだ連中だろう。あっちは俺に任せときな。」
ディエゴはそう言い残すと、男たちを追って姿を消した。
「恐れていた通り、内部に間者が紛れていたようですね。パトラさん、御使い様にこの状況を伝えていただけますか?」
レオニスがそう言うと、パトラは小さく頷いた。
「助かります。では、私は私の仕事に注力いたしましょう。」
レオニスは配下たちとともに、避難民たちのもとをまわり、落ち着かせようと努めた。
しかし、一度振りまかれた不安の種を完全に消し去ることは難しい。
またいつ、何かのきっかけで騒動が起きるか分からない。
そんな気持ちがレオニスの心を過る。
それでもレオニスは、できるだけ冷静に商人たちとの対話を続け、事態の収拾に向けて全力を尽くしたのだった。
〈十四郎視点〉
「主様、避難所で衝突が発生しています。」
「何だって!? 規模は?」
「水や場所を巡る小競り合いですが、複数箇所で同時に起こっています。レオニスの話では、間者が侵入しているかも知れないとのことです。」
くそっ! もうすでにバグラの手先が侵入していたのか。
シャーレの警備を担当しているのは、俺の魔獣たち。戦闘では頼りになる彼らだが、致命的な弱点もある。
それは、個々の人間を見分けて、臨機応変な対応をすることができないという点だ。
さらに、言葉を話せないため、仮に怪しい人物を発見したとしても、尋問して身元を確かめたりすることができない。
急激に発展し、人が増え始めたというこの街の弱点を見事に突かれてしまった形だ。
「どうされますか。」
「パトラ、分身体を回せるか。」
「可能です。しかし・・。」
「警備が薄くなる。そうだな?」
「はい。」
パトラが言い淀んだ理由が痛いほど分かる。
シャーレ中に配置したパトラの分身体たちは、見たもの聞いたことを瞬時に俺に伝えてくれている。
俺にとっては文字通り、目であり耳なのだ。だが。
「・・住民の安全を優先する。怪しい動きをする奴がいたら、すぐに俺に知らせてくれ。」
「承知いたしました。」
「ありがとう。頼りにしてる。」
俺の言葉に、パトラは小さく頷いた。
ユーリィが不安そうに俺を見上げた。
その瞬間、ふっと俺の心にずっと引っかかっていた事実が浮かび上がった。
そうだ、子どもたちだ!
そう言えば、子どもたちはちゃんと避難できただろうか?
今すぐにでも確認に行きたい。しかし、バグラと魔獣たちを対峙させている今、それは不可能。
胸の中に湧き上がってくる不安を押し殺し、俺は目の前で動きを止めたバグラの船をじっと見つめた。
〈デケム視点〉
外壁の見張り塔にいた黒い兵士たちが、次々と姿を消すのを見て、バグラはニヤリと笑った。
「しかけは上手くいったみてえだ。」
バグラの言葉に、デケムはわずかに眉を顰めた。
作戦は理解していたつもりだった。
攻略対象は巨大な石の外壁を持つ城砦。それを守るのは、強大な力を秘めた魔獣たち。
まともに戦えば、この程度の戦力で落とせるはずがない。
だからこその搦め手。
陽動の隙に内を乱し、指揮系統を混乱させて、目標を一気に叩く。
この作戦の骨子を作ったのは、他ならぬデケム自身だった。
今回の戦いの目標は、城砦の攻略ではない。
シャーレ神の御子と呼ばれる少女を手に入れることだ。
作戦通りなら、今頃密偵によって、少女の身柄は確保できていたはず。
しかし、御子の周囲は黒い女兵士によって厳重に守られていたため、次善の策を取らざるを得なかった。
そのことは、デケムもよく分かっている。
しかし、理解できても、感情はついてきていない。デケムは、足元に転がる麻袋に目を向け、ぐっと目を瞑った。
「潮時だ。アーシ、船を出せ。」
バグラの号令に、舵輪を操作していたアーシが頷く。
「帆を張れ! 前進だ!!」
船員たちが動き、膨らんだ帆が風を捉えると、船はゆっくりと進み始める。
デケムは太鼓を持つ船員に指示をし、次の作戦を伝える符丁を打ち鳴らさせた。
〈十四郎視点〉
太鼓の音が響くとともに、バグラの船が、ゆっくりとこちらへ向かって動き始めた。
しかし、他の船は動かない。じっと後方に控えたままだ。
太鼓の音が響いているから、あらかじめ計画された動きなのは間違いない。
まさか、俺たちに一騎打ちを挑むつもりか?
だが、あまりにも不用心だ。何らかの罠。そう考えるのが自然だろう。
その時。
「主様、フーリアがこちらへ近づいてきています。」
パトラはそう言うと、すぐにその場を離れ、外壁を飛び降りた。
そして程なく、外壁の内階段から、フーリアちゃんとパトラが姿を見せた。
「フーリアおねえちゃん! その姿は一体!?」
彼女の姿を見たユーリィは、そう叫んで2人に駆け寄った。
フーリアちゃんの服は血で真っ赤に染まっていた。
そして、パトラの腕には、ぐったりと意識を無くしたトゥンジャイくんが抱えられていた。
ここまで必死に走ってきたのだろう。
青い顔をしたフーリアちゃんは息も絶え絶えに、俺たちに言った。
「トゥンジャイが、何者かに、襲われました。ハナたちが、連れ去られた、そうです。」
彼女はそう言うと、その場にがっくりと膝をついた。
ユーリィがフーリアちゃんの身体を支える。
あまりのことに、俺は頭の中が真っ白になってしまった。
血塗れで力なくうなだれる2人の姿と、三姉妹の愛らしい笑顔が頭の中で交錯し、俺の思考は混乱した。
「主様、あそこをご覧ください。」
パトラの一言で、俺の止まっていた思考が動き出した。
彼女の指さす方向に目を向ける。
こちらに迫りくるバグラ。その足元に、3つの麻袋のようなものが転がっている。
ちょうど子どもが入るくらいの大きさ。
その途端、俺の脳裏に、最初にユーリィと出会った時の記憶が鮮明に蘇る。
瀕死のユーリィが砂漠に捨てられた時、ちょうどあんな麻袋に入れられていた。
いや、そんな。
そんな、バカな。
理性が導き出した答えを、俺の感情が全力で否定する。
しかし、バグラはそんな俺に、揺るぎようのない現実を突きつけた。
バグラは左腕の鈎で麻袋の1つを釣り上げると、右手に持った曲刀を大きく振りかぶった。
「やめろ!! 何をする気だ!!」
俺は思わず大声で叫んだ。
届かないと分かっていても、俺は叫ばずにいられなかった。
フーリアちゃんの介抱をしていたユーリィが、俺の叫びに突き動かされるように顔を上げる。
そして、目の前の光景を見て「ひっ・・!」と小さく息を呑んだ。
バグラは見せつけるように麻袋を掲げた後、曲刀を袋めがけて振り下ろした。
その瞬間、麻袋は大きく裂かれ、中身がズルリと甲板にこぼれ落ちた。
「・・ハナ・・!!」
顔色を無くしたユーリィが、甲板に横たわる小さな身体を見て、力なく呟く。
バグラは右手でハナの髪をつかみ上げると、まるで狩った獲物を自慢するかのように、高々と掲げた。
ぐったりとした細い身体を見た瞬間、俺はこの世界のすべての音が消えたような錯覚に陥った。
大切な存在の死を突きつけられ、俺の心に絶望が満ちる。
しかしハナは、俺の見ている前で痛みに身を捩った。
ハナは死んでいない。生きている。
その事実に、俺は全身の力が一気に抜けたような気がした。
バグラはそれを知ってか、吊り上げたハナに、左腕の鉄鈎をゆっくりと近づけた。
ユーリィの顔が再び恐怖に歪む。
「やめて!!」
ユーリィが叫ぶと同時に、バグラはハナの服を鉄鈎で引き裂いた。
ハナの痩せた身体が顕になる。
彼女の両手足は背中に向かって捻じ曲げられ、細い革紐でひとつに括られていた。
さらわれてから、おそらくずっとその状態だったのだろう。
細い手足は紫色に変色し、革紐で縛られた部分には、薄く血が滲んでいた。
「いい顔するじゃねえか、小娘! いや、今は『シャーレの御子』だったか?」
恐怖に震えるユーリィを見て、バグラは高笑いをした。
身体を揺らされ、布で猿轡をされたハナは小さな呻き声を漏らした。
「ああ、痛えのか、ガキ!」
さらに強く揺さぶられ、ハナの目の淵に涙が浮かび上がる。
「安心しろガキ。おめえはまだ殺さねえよ。おめえに、あの小娘を釣り上げる価値があるうちはな!」
苦痛に身を捩るハナ。
俺の大切な仲間。守るべき存在。
それが今、もっとも憎い敵の手中にあるという事実。
残酷な現実を前に、俺はその光景を見つめることしかできない。
互いの声がはっきりと聞こえるにも関わらず、その距離はあまりにも遠かった。
くそっ、何が神の御使いだ!
俺は目の前のバグラと同じくらい、自分の無力が憎くて仕方がなかった。
目がくらむような絶望と怒りで、視界が霞む。
心の奥底から、じわりと赤黒い何かが湧き出てくる。
しかし、ここで冷静さを失ってしまったら、もうハナを救うことはできない。
絶対に取り戻す・・!
俺は内側から身を焦がすような激しい憎悪を無理矢理押し殺した。
そして、バグラを打ち倒すための一手を求めて、必死に考えを巡らせたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。




