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127 包囲防衛戦 ②

 今日はすごく長い一日でした。書く時間が取れないのが辛いです。


*子どもに対する残酷描写があります。苦手な方はご注意ください。読みたくないという方は、一言あらすじをお読みください。


【一言あらすじ】バグラの卑劣な作戦が始まる!

【大陸歴1415年11月20日 早朝】


〈フーリア視点〉


 突然鳴り響いた半鐘によって、私たちは畑仕事を中断し、ようやく共同住宅に引き返してきました。


 普段は穏やかな中央広場も、今は誰もが落ち着きを失い、ざわめきが絶えません。


 荷物を抱えた多くの人たちが行き交い、口々に助けを求めています。


 扉を開いて私たちを出迎えてくれたサラさんは、息を弾ませた私たちを見て、すぐに顔色を変えました。






「ハナたちとトゥンジャイは!?」


「ハナたちはヤギの世話にいっていたの。トゥンジャイは、3人を迎えにいくって、走っていってしまって・・。」


 ユミナおばさんがそう言うと、サラさんは青ざめた顔で、家の外に飛び出そうとしました。


「待って、サラさん! 私がいきます!」


「で、でも・・!」


「もし何かあっても、私は自分の身を守れます。行き違いになるといけないから、ここで4人を待っていてあげて。」


 私は半ば強引にサラさんを引き止め、皆と一緒に共同住宅に入ってもらいました。






 ヤギのいる家畜小屋は東の外壁の内側。


 ここからは少し離れていますが、全力で走ればそんなに遠い距離ではありません。


 私はすぐに混乱する人たちをかき分け、ヤギの柵の方に向かいました。


 実はさっきから、4人のことが心配で仕方がなかったのです。


 いくら混乱しているからと言っても、もうそろそろ帰ってこなくてはおかしい。


 もしや、あの子たちの身になにか起こったのでは・・?


 不安が不吉な予感となって、私の体を突き動かします。


 背後から呼び止める声も聞こえましたが、足は止まりませんでした。






 広場を抜けるとすぐにヤギの柵が目に飛び込んできました。


 いつもなら柵に入っているはずのヤギたちが、柵の外に集まっています。


 その真ん中に倒れている姿を見た時、私は息が止まるかと思いました。


「トゥンジャイ!」


 声を張り上げ、たった1人の弟のもとへ駆け寄ります。


 私の姿を見たヤギたちは、開け放たれた柵を越え、小屋に逃げ帰っていきました。


 その途中、思わず私の足が止まりました。






「・・え?」


 地面に、赤いものが滲んでいました。


 砂に吸われきらず、点々と続く染み。


 その瞬間、嫌な予感が確信に変わりました。


「・・っ!!」


 駆け寄った瞬間、私は息を呑みました。


 地面にうつ伏せに倒れたトゥンジャイは、全身が血に濡れていました。


 白くなった手はぴくりとも動きません。


 血に塗れた衣服は裂け、そこから覗く肌には明らかに刃物で刻まれた傷がはっきりと見えました。






「トゥンジャイ!」


 私は弟の名を呼び、その体を抱きかかえました。


 温もりを感じてホッとしましたが、ぐったりした小さな体からは、どんどん血が流れ出しています。


 私は反射的に唱句を唱えていました。


「慈悲深き砂の女神よ! 御身に仕える忠実なるしもべの願いに応え、失われし血を贖わせ給え! 〈癒やしの光〉!」


 全身全霊の祈りで、弟の傷に当てた私の右手が強い光を放ちました。


 やがて淡い光が、小さな体を包み込みます。


「お願い・・戻ってきて!」


 強く願いながら、私は魔力を注ぎ込み続けました。


 それにしたがって、傷がゆっくりと塞がっていきます。


 溢れていた血が止まり、止まっていた胸がかすかに上下しはじめました。






「・・うっ・・。」


「トゥンジャイ!?」


 かすかに開いた瞳に、私は顔を寄せて名前を叫びました。


「・・おねえ・・ちゃん?」


「ええ、私よ。しっかりして!」


 必死の呼びかけに、弟は私の目を見返しました。


 トゥンジャイの傷はまだ完全には癒えていません。でも、なんとか生命をつなぐことだけはできました。


 私の魔力をほとんどすべて使っても、今はこれが限界です。


 しかし、ホッとしたのも束の間、次に続いた弟の言葉に、私は凍りつきました。






「ハナ・・たち・・が・・。」


「え?」


「つれていか・・はやく・・たすけ・・。」


「トゥンジャイ!?」


 トゥンジャイの指が、かすかに宙を掴むように動きました。


 でもすぐに、その小さな体からはぐったりと力が抜けてしまいました。


「トゥンジャイ!? しっかりして!」


 呼びかけても、返事はありません。


 弟は再び意識を失ってしまったのです。


「御使い様にお伝えしなくては! でも、どうすれば・・!」


 私は血に濡れた弟の小さな体を抱きかかえたまま、途方にくれました。


 でも、迷っている時間はありません。


「トゥンジャイ、お姉ちゃんが助けてあげるからね。」


 私はすぐに立ち上がり、弟を背負いました。


 魔力を使い切った私の足は、ガクガクと震えています。


 それでも私は弟の託した言葉を御使い様に届けるため、すぐに走り出したのでした。






〈十四郎視点〉


 バグラ率いる戦艦隊は、シャーレを完全に包囲したものの、それ以上積極的に攻撃をしかけてくることはなかった。


 俺の魔獣たちを警戒しているのだろうか? 相手の意図がまったく読めない。


「それじゃあ、こっちから攻撃を仕掛けよう! 石化蜥蜴バジリスク隊、前進!」


 右翼、桟橋側に待機させておいた石化蜥蜴が叫び声をあげながら前進し始める。


 それに続くのは、アリ太郎と砂漠ハゲワシの混成部隊。


 近づきすぎると石化蜥蜴の攻撃に巻き込まれてしまうので、距離を取って周囲を守らせる。






 石化蜥蜴は俺の魔獣の中でも、トップクラスの攻撃力を誇る。


 初手の一撃としては、かなり有効なはずだ。


 さらに、正面に控えていた石ゴーレム2体も前進させる。


 4m以上はある巨大な石像たちが、ゆっくりとした動きで相手の船に向かって進んでいく。


 素早さこそ低いが、火力・防御力共に申し分ない連中だ。


 まずはこの2つで様子を見、相手の出方を見た上で、次の動きを決める。


 俺はそう考え、魔獣たちを動かした。






 しかし、石化蜥蜴が動き出した途端、バグラの乗る旗艦から太鼓の音が響いた。


 拍子をつけた太鼓の音色は、並んでいる船を伝播して、瞬く間に戦場全体へと共有された。


「なに!?」


 こちらが魔獣を進める速さに合わせ、包囲している船たちが、ゆっくりと戦列を下げていく。


 まるでこちらを誘い込もうとしているかのようだ。


「罠でしょうか?」


 パトラが俺にそう尋ねてきた。


 彼女の言う通り、その可能性が高い。


 魔獣たちは、俺の領土から離れすぎると、指示が通らなくなってしまう。


 この位置からだと、せいぜい前進か後退を指示することしかできない。






「石化蜥蜴、ゴーレム! 一旦戻るんだ! 無理に追うな!」


 俺の命令に従い、魔獣たちはゆっくりと後退を始めた。


 するとまた太鼓の音が響き、包囲がもとのように狭まっていく。しかし、それ以上に攻めてくる様子はない。


 統制の取れた動きに、底知れない不気味さを感じる。


 一体、奴らは何を狙っているんだろう。兵糧攻めにでもするつもりなんだろうか?


 でも、ここは砂漠のド真ん中。


 兵糧攻めなら、無制限に水を確保できているこちらのほうが何倍も有利のはずだ。


 相手の出方が分からないまま、俺は魔獣たちをその場に待機させることしかできなかった。






〈バグラ視点〉


「へぇ・・思ったより統率が取れてるじゃねえか。だが情報通り、あまり離れたところには攻撃できねえようだ。」


 旗艦『奪い去る刃』号の船首に立ち、戦場を眺めていたバグラは、後ろに立つデケムを振り返った。


「こっちの動きは完璧だ。さすが、軍経験のある旦那が仕込んでくれただけのことはあるぜ。」


 しかし、デケムは憮然としたまま、バグラを睨み返しただけだった。


「どうした、旦那。浮かねえ顔だな。」


 デケムはバグラの足元に転がる麻袋に目を落とした。


 革紐でしっかりと口を封じられた麻袋は3つ。事前に放っておいたバグラの密偵が、ここに届けにきたばかりだ。






「・・やり過ぎだ。」


「あぁ、何がだ?」


「こんなやり方は聞いていない!」


 デケムの言葉に、バグラは冷ややかな目を向けた。


「こいつのことか?」


 バグラは足元の麻袋をぎゅっと踏みしめた。その瞬間、麻袋はビクリと小さく震えた。


 かすれた呻きがかすかに漏れる。


「止めろ! 約束が違うぞ!」


 デケムが拳を握りながら叫ぶ。


 だが、バグラはそれを一顧だにすることなく、麻袋を踏みつける足に力を込めた。


 今度はか細いうめき声がはっきりと聞こえた。


「砂賊に約束を求めるなよ、デケム」


「・・っ。」


「安心しろ。俺の目的は、あの娘だけだ。こいつらはただのエサ。用が済んだら、船から放り出す。あとは、旦那の好きにすればいい。」


 バグラは踏みつけていた麻袋を硬い革長靴ブーツで蹴り上げた。


 押し殺した悲鳴とともに、革袋がコロコロと転がり、デケムの前で止まった。






「バグラ!」


「こいつは砂賊の戦い。殺るか殺られるか。きれいごとはなしだ。」


 バグラはデケムを正面から見つめた。


「俺たちが負けりゃ、今度はペルアネゲラの連中がこうなる。それとも、旦那はサファをこんな目にあわせたいのか?」


 デケムの脳裏に、ようやく1人で歩けるようになったサファの儚げな面影がよぎる。


 デケムは奥歯をぐっと噛み締め、足元に転がる麻袋から目を逸らした。






「そうだ。それでいい。さっさと仕事を終わらせるとしよう。」


 バグラは目の前にそびえるシャーレの外壁と、その上に立つ赤い毛皮を着た少女に目を向けた。


「そろそろ仕込みが動き出す頃だ。そんときは、しっかり頼むぜ旦那。」


 バグラは後ろを見ることなく、デケムに言った。


 デケムは白くなるほど拳を握りしめる。


 そんな2人の男たちを、甲板に固定した肘掛け椅子の上から、オルワはじっと眺めていた。


 黒檀の削り出したかのようなその美しいかんばせには、何の表情も浮かんでいない。


 しかし、残忍な光をたたえたその瞳だけは、これから始まるであろう惨劇の愉悦を前に、歪んだ輝きを放っていたのだった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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