Chapter12 「祝勝会」 【MM378】
Chapter12 「祝勝会」 【MM378】
『ドカッ!』
「うわー」
兵士がホバーに跳ね飛ばされた。衝撃音と兵士の悲鳴が営庭に響いた。
「転がって避けるの! 常に動くの! 怖がってたらだめなの!」
ナナミ大尉の声が響いた。ナナミ大尉はバイク型の高速小型ホバーバイクを操縦していた。ホバーバイクのボディには厚く緩衝材が巻かれていた。前には直径1.5メートルの白い楕円球状の物体が備え付けられている。ギャンゴの頭に見立てているのだ。
「次、来るの! 前の球をギャンゴの頭だと思って頭頂部に直角に弾丸を打ち込むの!」
ホバーが動きだした。ホバーは上下左右に激しく動いた。ハンドガンを持った兵士がホバーに近づく。ホバーが下から兵士を突き上げた。兵士は後ろにふっ飛んだ。
「ナナミ大尉、厳し過ぎます。兵士達はボロボロです」
ジーク少尉が苦言を呈した。
「甘いの! ボロボロならまだマシなの! 本番で失敗したら命が無いの! 私は、首から上を喰い千切られる兵士を目の前で見たの! 催涙弾が無くても勝てるようにならなきゃダメなの。ギャンゴはこっちの都合なんか構ってくれないの!」
ナナミ大尉はギャンゴに勝つために、そして兵士が生き残る為に心を鬼にしている。
「ジーク少尉、変わるの。操縦して欲しいの。遠慮はいらないの。見本を見せるの。もし私を跳ね飛ばすことができたら今日の訓練は終わりにするの」
ジーク少尉はホバーに跨ると、スロットルを開放してナナミ大尉に突進した、距離は30m、ホバーバイクが高速で接近する。ナナミ大尉は5メートルほどの高さにジャンプして体を捻って着地した。ジーク大尉は右旋回で体制を立て直そうとする。ナナミ大尉はホバーに向かって勢いよく前転した後、右に転がる。ホバーがナナミ大尉を追いかけようと左に舵を切ってスピードが落ちた瞬間、ナナミ大尉は立ち上がり2メートルジャンプして楕円球の頭頂部に直角に当たるようにハンドガンを撃った。
『ドウッ!』
大きく低い銃声が響き、楕円球の頭頂部が赤い塗料で染まった。ペイント弾だ。
「おおっーーー」
「凄い!」
「さすがナナミ大尉だ」
兵士達から歓声が上がった。
「常にギャンゴの首の動きと逆に動き続けるの。そうすれば頭が止まる瞬間が来るの。そこで撃つの。常に逆に動く、これが基本なの。超濃硫酸噴射も浴びなくて済むの。それとジーク少尉、ホバーは上下にも動かすの。ギャンゴの頭は左右の動きだけじゃないの」
「はっ、今後はそうします」
「この弾丸はペイント弾だけど反動が同じになるように装薬は実弾と同じなの。このあと実弾で射撃訓練を実施するの。反動に慣れるの。自分の手のように扱えるようにするの。ワイヤー銃も百発百中になるまで訓練するの」
「大尉、さすがです。最初はこの訓練の効果が疑問でしたが、体に覚え込ませるのは有効かも知れません。痛い思いをすることでギャンゴの恐ろしさも疑似体験できます」
ジーク少尉は感心してる。
「本当はシミュレーターを作りたかったけど時間が無いの。キツイかもしれないけど死なないためなの。私の事は恨んでもいいの。でも訓練にはついてきて欲しいの。それが貴方達の為なの、生きて欲しいの」
訓練は対ギャンゴハンドガンとワイヤー銃が地球から届いたので開始されたのだ。ギャンゴはワイヤー銃で転倒しても激しく長い首を動かす為、ホバーを使って訓練をしている。ナナミ大尉発案の訓練は連日実施された。負傷する兵士もいたが、皆確実に上達し、殆どの兵士が頭頂部にペイント弾を当てる事ができるようになった。実戦で催涙弾を使えばギャンゴ動きが鈍るので楽に対応することができる。2ヵ月程でナナミ大尉発案の訓練を100個体以上が終了した。皆ナナミ大尉に感謝していた。その中にはポイント9(ナイン)監視所で出会った兵士達もいた。これで彼らもギャンゴを恐れることはないだろう。
ナナミ大尉は士官、下士官及び兵士の合同施設の休憩室の隅でぺユングソース焼きそばを隠れるようにして、こっそり食べていた。レジスタンスキャンプでは士官と下士官及び兵士は別の宿舎で生活している。食堂も分かれているが、訓練などで個体の出入りが多いため、共有施設も多いのだ。
「ナナミ大尉、訓練の成果が出ています。この1週間でギャンゴを12頭倒しました。誘引装置と催涙弾の効果も大きいのですが、訓練の賜物です。10個体の兵士がギャンゴキルマークを胸に着けてます。もし催涙弾に不具合があっても訓練のおかげで皆冷静に戦えます。訓練の評判はたいへん良いです。師団を問わず、連合政府軍の兵士達の対ギャンゴ戦闘訓練への応募が増えてます。今回の実績が報告されればさらに増えるでしょう。皆ギャンゴが恐ろしいのです、勝てるようになれる訓練は夢のような存在なのです」
ジーク少尉がナナミ大尉を見つけると報告した。
「良かったの。私以外にもギャンゴキルマークを着ける兵士が増えれば第1政府に対していいアピールになるの。ギャンゴを兵器として使うのは無意味だと教えるの。教官と高速小型ホバーバイクをもっと増やすの。訓練は兵士達の為なの、なるべく早く沢山の兵士を訓練するの。
それに『ドスギャンゴ』用の徹甲炸裂弾も研究所で開発してるみたいだからギャンゴの脅威が減るの」
「そうですね、我々はギャンゴを恐れなくて良くなるのですね。ところで大尉、ジャック少尉と士官宿舎を探し回りましたが、ここにいたのですね。こんな所で何をやっているのですか? それは何ですか?」
「カップ焼きそばなの。美味しいの。一口食べてみるといいの」
ナナミ大尉はジーク少尉にぺユングを一口食べさせた。
「おおっ、美味しいですね! 初めて食べました。クセになりそうな味ですね。地球の食べ物は興味深いものばかりです」
「今回の地球からの補給は飲料用のペットボトルだけじゃなくて調理用の水も大型タンクで運ばれたの。500トンなの。だから勝利食の回数も増えるの。カップ麺やレトルト食品も運んできたから勝利食の内容も充実するの。水の濾過装置もあるから一回使ったお湯も再利用できるの」
「素晴らしいですね。しかし大尉は勝利食を自由に食べられる権限があるのですか?」
「えっ、違うの! これは食料が傷んでないか検査してたの。だからズルじゃないの・・・・・・ジーク少尉も食べたから共犯なの・・・・・・」
ナナミ大尉は下を向いた。ナナミ大尉は我慢出来なかっただけだった。規則違反である。
「大尉、見なかった事にします」
「助かるの、ジーク少尉はイケメンなの。輸送された品目リストをチックしてたらペユングがあったの。カップ麺があるのは知ってたけど、まさかペユングあるとは思わなかったの。久しぶりで我慢できなかったの、タケルの大好物なの」
「イケメンとは何ですか?」
「地球の誉め言葉なの」
「ナナミ大尉、話は変わりますが、感情を持つことは危険ではないでしょうか? 申し上げにくいのですが、先日、ナナミ大尉が捕虜に発砲した件が兵士達の間で話題になっています」
「どういうことなの?」
「ナナミ大尉ほどの戦術眼を持った軍人が合理性を欠いた行動をとったことに皆納得がいかないのです。地球の食事を食べて、音楽を聴くとウルーンが頻繁に反応して感情が芽生えるという話を聞きました。私も最近感情が芽生えてきました。勝利食が待ち遠しく、食べた時は喜びといわれる感情が現れます。音楽を聴いた時は曲によってウルーンの反応が違い、いろいろと気分が変わります。感情を持つことは良い事だと思っていたのですが、不安でもあるのです」
「私も同じです。不安になる時があります」
ジャック少尉も話に割り込んで来た。他の兵士も注目している。
他の士官や兵士達もナナミ大尉の周りに集まって来た。
「私も地球に行ったばっかりの頃は地球人の感情が理解できなかったの。でも不安になることはないの。今に分かるの」
「ナナミ大尉、感情を持っても合理的で理性的な判断はできるのでしょうか?」
レックス少尉が質問した。
「悲しんだり、喜んだり、怒ったりすれば理性的に判断できなくなることもあるの。だからルールや周りのフォローや仲間が必要なの。感情だけで行動するのは良くないの。それでも感情は持つべきなの。ジーク少尉、最近いつ笑ったの?」
「はっ、それは、思い出せません」
「笑った方がいいの。ジャック少尉は怒るって感情はわかる?」
「いえ、よくわかりません。合理的に考えて納得がいかない時はありますが」
「時には怒る事も必要なの。理不尽な事には怒っていいの。そうしないと何も変わらないの」
「笑ったり怒ったりすれば何かが変わるのですか?」
ジャック少尉が質問した。
「私達は高度な知能を持った知的生命体なの。機械やコンピューターじゃないの。岩や砂でもないの。存在する事と生きることは違うの。存在するだけなら私の鼻クソでもできるの!」
「はい、確かに我々は生命のある有機体です」
「皆がより良い方向に向かう為には喜んだり、悲しんだり、怒る事が必要なの。頭で考えるだけじゃダメなの。合理性が全てじゃないの。心で感じて、それから考えることが大事なの。命令された事だけやればいいわけじゃないの。言われた事だけをすればいいわけじゃないの。心で感じて、考えて、より良い未来を作るの。自分たちで未来を作るの。全てを政府に任せたらだめなの」
「難しい話ですね」
ジーク少尉が眉間に皺を寄せる。MM星人は目が一つで眉毛も無いので眉間はないのだが、そんな表情をしたのだ。
「感情を持つことにはデメリットもあるの。でも、感情を持たないと幸せにはなれないの。生きているとは言えないの。存在するだけで感情を持たなかったら岩や砂と一緒なの。嬉しかったら笑うの。悲しかったら泣くの。嬉しいっていう感情を大事にするの。悲しいっていう感情も大事にするの。感じるの。誰かがが泣いてたら自分も悲しくなるの。誰かが笑ってたら自分も嬉しくなるの。みんなが笑えるようなるにはどうしたいいか考えるの。誰も泣かないようにするにはどうしたらいいか考えるの。感情があるから話し合いが始まるの。一緒に考えるの。だから不安にならなくていいの。美味しい物をいっぱい食べるの。音楽をいっぱい聴くの。そこから始まるの。怖がらなくていいの」
騒がしかった休憩室が水を打ったように静かになった。
「今週、ギャンゴを12頭も倒したんでしょ!? 私はそれを聞いて嬉しくなったの! 自分の事のように嬉しいの。凄い事なの。あんなに怖がってたギャンゴを倒したの。努力の結果なの。皆で喜びを共有するの。今日は私がトージョー大佐に頼んで勝利食を出してもらうの。レトルトやカップ麺もあるの。甘い物もあるの。嬉しい気持ちを共有するの。祝勝会なの」
休憩室に集まった兵士達の顔が明るくなった。
「ナナミ大尉、ありがとうございます。私も嬉しい気分です。部下達の健闘を称えましょう」
ジーク少尉とジャック少尉とレックス少尉も明るい表情になっていた。
「今日の勝利食は楽しみですね」
「ジョン二等兵にも食べさせてあげたかったの、残念なの」
ナナミ大尉は表情を曇らせた。




