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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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番外編⑦  ブラックスターズ狂⑤

 プレイボールと同時に失点し、早くも発狂する星菜や周囲のファンたちを見て、真凛は首を傾げる。太刀川の防御率は1点台なのだから今日はもうこれ以上失点しない確率が高い、後は心穏やかに見られるのでは?と。


「あなたは甘いわ、真の地獄はこれからよ」


 それはどういう意味なのか……四回の表に明らかになった。



『ガイエスの打球はショートゴロ………あっと、倉木が後逸!スリーアウトチェンジが一転、ペンギンズに追加点が入りました!』


「………ほら、こうなるのよ」


「……防御率は悪化しない失点というわけですか………」


 ブラックスターズのチーム打率はまだリーグ最下位ではない。しかし日に日に全体の調子が下降しているうえに得点圏打率、接戦での打率は酷かった。見た目の数字ほど怖くない打線だと言われていた。



「シーズン最初は大逆転劇も何度かあったのよ。勝利投手はいつも太刀川、だから太刀川は負け試合に投げさせる役目のほうがチームの調子はあのままいい状態を維持できた!それか野手にもっと専念させるか………」


 五回が終わって2ー0。チャンスを生かせない打線はもはや長打でしか点が入らないのか。まだ接戦ではあるがこの2点は重そうだ。星菜がチームの方針に対する愚痴をこぼしかけたが、真凛は珍しくそれに同意しなかった。


「そうでしょうか?目先の1勝や2勝が欲しいのならそれもいいのかもしれません。しかしそれではいつまでたってもブラックスターズは優勝できませんよ」


「………え?」


「あの太刀川みちがいないと先発ローテーションはもっと悲惨なことになっています。試合にならない日が続きますよ」


 つい昨日ブラックスターズを知り、今日の仕事中に半分サボりながら勉強した程度の知識とは思えない真凛の見事な反論に星菜は黙ってしまう。



「それに敗戦処理のリリーフ登板だとスタメンを外れる試合が増えるでしょう。太刀川の打撃を失うだけでなく、マークが一点集中してこれまでよりずっと厳しくなる木谷の成績も急降下します」


「………そ、そうね。目の前の1勝よりも全体を見ないといけない………」


「私もこれまで通りの先輩との付き合い方でそこそこ楽しかった。でもその先に行くためにはリスク承知で賭けに出るしかない。それに勝てたらいままでの数倍幸せになれるんだから………そういう決意で私は行動したんです」



 太刀川みちを先発に固定することで大逆転や代打の一振りで試合を決める派手な勝利は減り、その場の損得しか頭にない人間には不満があったかもしれない。


 しかし冷静に考えると、この活躍がまぐれではなく本物だった場合、太刀川みちはチームの勝利にこの先どれだけ貢献するだろうか。控えめに見積もっても50勝、それ以上の100勝を先発投手として挙げるだろう。また打者としてチームを何勝させるだろうかと考えても可能性は尽きない。


「………結局私はその場で一喜一憂しているだけで長い目で見ていなかった。あなたとの関係も現状維持で十分だと思い、将来どうしたいかなんて考えず何もせず………」


「…………」


「しかしあなたは違った。私よりずっとしっかりしているわ。喜びなさい、私以上のブラックスターズファンになれる資質があなたにはある。チームを温かく見守り、長い目で応援できるのだから」



 5連敗程度しただけで、こいつは4番にふさわしくない、給料ドロだと怒ったり、これまでの実績を無視してセーブ失敗した抑え投手を激しく罵倒する………これがファンの正しい姿なのだろうか。


 新人監督が最初のたった一月調子が出なかったことで、監督としての才能がなかった、これ以上名を汚す前に無期限休養しろ、そんな我慢の足りない言葉を吐くのがファンなのか。


 いや、ファンだからこそ冷静さを失い、言葉は荒くなる。チームを心から愛し応援している証であり、必死になる。



「タイムリー、タイムリー、し・ば・やまっ!」


 何度裏切られても見捨てず、我が子の成長を見守るがごとく支え続ける。


「いいぞ太刀川!ナイスピッチング!」


 その愛が報われるかどうかはわからない。それでも声を枯らし思いを届ける。



「…………」


 昨日に続き、今日も試合の進行が早かった。あっという間に九回裏、ブラックスターズ最後の攻撃となっていた。


「2ー0のまま……でも打順は悪くない!」


 出塁率の高い5番の中園から。ミルルトはストッパーの新外国人ミケガフをマウンドに送りこんでいた。



「………もしこのまま負けたら本気で会社やめるつもりなの、あなた?」


「もちろん。これが嘘や冗談なら勝ったときの約束までなかったことになってしまいますからね」


「……いいじゃないの、別に。明日は明日の風が吹く……去年まで監督だったラメセスが好きだった言葉。たった1敗、そんな重大なことにしなくても。負けたらとりあえず私たちの今後は保留、次の試合でまた決めたらいい」


 星菜が前監督の決め台詞を引用して真凛の心を軟化させようとした。すると、これがとんでもない事態を招いた。



「………まだ現実的に逆転できる点差なのに負けたときの話とは………ファン失格ですね」


「は、はぁ〜〜〜!?」


 昨日ブラックスターズを知った女にファン失格と言われては星菜も怒る。その間に中園は四球を選んだが、ロメックは三振、倉木の代打上里もセンターフライに倒れていた。


「勝ったときの話をしましょう。同棲くらいじゃ生ぬるいですね。私たちの新たな関係を職場の皆に公表して来月には籍を入れる、それくらい盛ってもよかったかもしれません」


「……………いやいやいや、それは」


「私はどこかのファンもどきと違ってブラックスターズが勝つと信じていますから」


「〜〜〜〜!!好きにしなさい!」



 最初の条件がうやむやになりつつあるだけでなく、籍を入れるだのいきなり話が飛びすぎだ。しかし星菜は憤りに身を任せ、あっさりと認めてしまった。


「木谷が打ちましたよ!ツーアウトで二、三塁!ヒットで同点、ホームランならサヨナラ!」


「バッターは……太刀川ね。一塁が空いているから歩かされ…いや、それはないか」


 打力だけを考えたら敬遠すべきだが太刀川を塁に出したらサヨナラのランナーになる。俊足の代走が出てきて、外野を抜かれたら走者一掃で即終了。勝負するしかない。



(サヨナラ死球とか悪運はあるけど走塁ミスでサヨナラ打にならなかったりツイてないところもある……さあ、どっち!?)


 プロ入り前まではミルルトファンだったと発覚し、昨シーズンの終わりにはミルルトとのトレード話があったと噂される太刀川だ。もしかしたら無意識に全力が出せていないのかも……いろいろと心配する星菜に対し、


「……打ちそうな気配がしますね」


 真凛はシンプルだった。素人ゆえの単純な考えか、それともこの外野席からでも繊細に雰囲気を読み取り太刀川が打つと思ったのか。


 どちらが正しいか………初球だった。



「「あっ!!」」


『打ちました―――っ!!会心の一撃!』


 ミケガフの速球に逆らわず、流し打ちなのにもの凄い飛距離のライナーになった。



「あ―――っ!あ――――――っ!!」


 大歓声と共にボールはライトスタンドに吸いこまれていく。打った瞬間ホームランとわかる打球だったためそこで決着している。しかしスタンドではストーリーはまだ続いていた。


「うわ――っ!きた、きた―――っ!!」


 なんとその打球が星菜めがけて飛んできた。長年観戦していて、観客が少なく席がガラガラだった時代に誰もいない場所に落ち、しかも誰も拾いに行かないホームランボールをゲットしたことはあるが、ダイレクトで硬球が、しかもかなりのスピードで襲ってくるのは初めてだ。



「あ――――――っ!!」


 金縛りのように動けず、このままだと顔面か頭部にゴツンだ。いままで太刀川の力を信じずに軽視していた罰なのか………。



「!!」

 

 しかしそうはならなかった。星菜の目の前が一瞬だけ暗くなったが、ボールではなく横から差し出された手だった。



「………あ………ああ………」


「危なかった………無事でよかったです」


 真凛がワンハンドキャッチ、しかも素手でホームランボールを掴んでいた。

 最終回の予定でしたがもう1話続きます。ホームランボールをとってしまったからです。

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