第78話 太刀川みちの実力は?
『太刀川は今日も安定したピッチング!八回まで無失点、そして当然のように九回もマウンドに上がります!』
この日の球数はちょうど100、いい調子だ。
『前回大量失点したコアラーズに三塁を踏ませない好投、同じ相手に続けてやられることはないと証明する形になりました』
『この太刀川のいいところはそれですね。ホームランやタイムリーを打たれても、その打者にそれ以上は打たせない。結果、誰も太刀川が得意だと言える打者はいないんです。だからチームメイト同士で協力して攻略するのも難しい』
太刀川なら打てるな、と思われたら厳しい。余裕を持って打席に入られるせいでいろんな戦略が通用しなくなる。そのうち打たれ続けるとわたしもその相手に苦手意識を持つようになり、ますますカモにされる。それだけは避けようと自主トレのときからみやこと話していた。
2打席連続でヒットを打たれないようにする、ホームランを打たれたら次の打席は三振を奪いにいく、試合の後半は特に力を入れて投げて、できる限りその日最後の対戦は凡退させて悪いイメージを植えつける………いろいろ目標を決めている。
「できれば全てのピッチャーにやってほしい。しかしみち以外の先発投手では実力不足で無理。理想どころか夢物語レベル。みちだけがそれを実行できる」
「………調子次第だろうけどね」
この会話を一月の自主トレ、つまりわたしがまだオープン戦の登板すらないときにしていた。あれから四ヶ月、いまのところうまくいっていた。コアラーズ打線なら投げやすい、そう思えるようになり、これからも勝ち続けられそうなイメージも持てた。
『ビッシ、なんとかバットに当てましたがショートゴロ!大和が一塁に送球、奈村紀子がしっかり捕ってスリーアウト、試合終了!ブラックスターズ、4ー0で快勝!』
これで7勝目。でも勝利の瞬間は何度味わっても飽きない。ナゴヤでは初勝利で、『初の〇〇』を探していけばしばらくは何か一個は初めてがあるだろう。次回は無四球完封ができればやっぱり初めてになる。七回に与えたフォアボールは無駄なものだったから、今日もじゅうぶんチャンスはあった。
こうやって反省点も見つけていけばますます飽きない。みやこと組んでいる限りは毎試合成長できる。さすがにこのままのペースで勝ち続けるのは無理だとしても、とにかくいつも楽しく投げられるというのはうれしい。早くも次回の登板が待ち遠しくなってきた。
「そろそろ世間もあなたを無視できなくなってきた。絶対王者の天下無双……理由を知ろうとするはず。いや、すでにその流れになっている」
「試合前に短くインタビューされることも増えたね。いままではみやこの横にいるおまけみたいな扱いだったけど」
「真実をすべて話すわけにもいかない、しかし真っ赤な嘘をつくことも許されない……みち、きっとあなたなら苦労せずにそれができる。変に意識したり練習する必要はない」
変な発言のせいてファンを敵に回したりチームから干されたり、なんて苦い経験も聞く。リトルリーグ時代から注目選手として数えきれないほど取材を受けてきたみやこの助言は聞いてみたかった。ところが、必要はないの一言で話を打ち切られた。
「みちが考えていることをそのまま言えばいい。それだけで皆があなたをもっと高く評価し、支持するようになる」
うーん……別に支持されなくてもいいけど毎打席大ブーイングや腫れ物扱いは困るからやっぱり無難な言葉を並べて話すべきだろうな。頭のなかをそのまま言うのは危険だ。
「そう、あなたに汚れなんかない。言葉も、身体も……」
みやこがわたしの腰に手を伸ばしてきた。わたしはすぐに後ろに下がって逃げた。その手つきが明らかにいやらしかったからだ。
「こら、みやこ。明日も試合はあるでしょ。それにここは遠征先のホテル、プロレスごっこはできないよ」
「………少しだけ…………だめ?」
うひゃあ。その顔、その瞳で迫られたらわたしみたいな弱き者はとても耐えられない。
「わかったよ。ちょっとなら………」
「ふふふ……今日こそみちを満足させてみせる」
『フライングクロスチョップ―――――ッ!!』
『逆水平の乱れ打ちだ――――――っ!』
翌朝、わたしのKO勝ちですでにプロレスごっこは終了していた。いつもと同じ展開で、みやこは最初は勢いがあって一気に攻めてくる。でもわたしが凌いで攻守逆転するとあっさり陥落する。わたしの連勝記録はまだ続きそうだ。
「はひ………はへっ………みち!やっぱりあなたはこちらも一流!一晩で何回負けたか……もう覚えてない…………」
「みやこが弱すぎるだけじゃないの?他の人とやったことはないから比較はできないけどね」
「ふふ………私も生涯あなたとだけでいい……」
さて、みやこが予告した通り、五月の半ばですでに7勝のわたしを雑誌やテレビが特集するようになった。打者としてはすでに去年から覚醒の兆しがあったものの、投手再転向一年目から活躍を見せているのはどういうわけかと。
他球団の強打者たちが首を傾げながらインタビューに応じる様子が映っている。広島の鈴本や西宮の小山、ミルルトの川田………みんなわたしよりほんの少し上の世代の選手だ。
『なぜ打てないか……さっぱりわからないんですよね。ストレートはマックスでも150いかないし変化球だって高校生クラスだと思います。う〜ん……謎です』
『でも140キロそこそこの球がまるで光るようにして向かってきて………空振りしていた』
『もっと研究すれば打てるようになると思うんですが太刀川にばかり構っているわけにもいきませんから……仕方ないです』
昔の野球マンガのライバルの一人に、主人公の必殺球を打つために特訓を重ね、打ったはいいけど代償として全身ボロボロ、シーズンを棒に振るというストーリーがあった。現実ではそんなのは無理だ。そこまでして誰か一人をターゲットにする必要はない。失うものが大きすぎる。
「とはいえ……いま語っていた連中がみちを攻略するためには命を賭けても及ばない。その程度で負けることはない」
「いや、打たれるときは打たれるよ」
「それは仕方がない。しかし真に攻略した、屈服させたと彼女たちが誇る時は来ない。たまたま打てた、運がよかったからなんとかヒットになった……その程度までが限界」
そのためにも2打席連続でヒットを打たれないことやその日最後の対戦で悪いイメージを相手に植えつけることが大事だ。結局シーズン終わりまで太刀川からはそんなに打てなかったって敵のバッターたちに思わせることができたら大成功、来年も有利に戦えるはずだ。
次の特集では、投手太刀川みちの評価が若い世代ほど低く、50代以上から上がっていって70歳を超えた人たちからは大絶賛されている、というものだった。
『太刀川は球界一の低身長からの球が打ちにくいに過ぎませんね。そのうち皆慣れてきますよ』
『スタミナや根性を鍛えたって言ってる時点で論外でしょ。彼女を打てないとしたら彼女が凄いのではなく日本の野球が衰退しているだけ。時代遅れの投手が好き勝手できるんだからね』
最初は最近引退した解説者の言葉、次はアメリカでプレーしている日本人投手、『カルビッシュ楓』がネット上でわたしを評価したコメントだ。球速や変化球のキレが足りないことを理由に今後の活躍は厳しいと言っている。
『太刀川のときだけは球速はプラス10で考えたほうがいい。魂のこもった球は数字にはできません』
『完投能力、勝負根性、ピッチングスタイル……かつての大投手たちが蘇ったみたいで見ていてわくわくしますよ。久々の200勝投手が誕生するかもと期待しています』
殿堂入りを果たした重鎮たちからの期待は大きかった。球場でもわたしへの声援はけっこう年配の人が多い気がする。若いファンだと、完投ばかりだから抑えの川崎が見れなくてつまんない、そう愚痴る声も聞こえた。八回で降りてくれないかな、と。投手陣一番の人気者川崎さんとぶっちぎりの不人気太刀川みちでは仕方ないか。
そして、わたしの活躍の一番の理由は天才捕手の木谷都の好リードあってこそ、そう推察する流れもあった。
「最大の要因はこれだと思うよ。みやこのリードはわたし以上にわたしを知っていないとできないよ」
「どうかしら、続きを見てみましょう」
反対意見もあった。今年のブラックスターズの先発投手は太刀川以外壊滅状態ではないかと。捕手がどれだけ頑張ろうが投手の能力が低すぎたら無意味、太刀川に力があるから木谷のリードが生きているのだ、名将として知られる村野カツ代さんはそう言った。捕手だった村野さんの言葉なら説得力がある。
『太刀川は何をしても壊れそうにないから木谷のほうがケガに気をつけておけばチームの調子も上がってくるでしょう。優勝できるとまでは言えませんがね………』
みやこと組めないとき……もしかしたらそのときがわたしの真価を試される最大の試練かもしれない。オープン戦で山木や戸場さんが捕手だった試合はぜんぶ炎上した。あれが調整ミスのせいではなく実力なのだとしたら……。
「……みやこがいなかったらどんなものなのか知りたいような知りたくないような………。いや、やっぱり知らなくていいか。みやこがレギュラーを奪われるなんてあるわけないし、トレードもしばらくはだいじょうぶ……」
「つまらない負傷さえしなければ問題ない。きっとみちなら私が相手でなくても平気……私がみちとのバッテリーにこだわるのは他の者と喜びを分かち合い、私以上のパートナーを見つけてほしくないという私のわがままにすぎないのかもしれない」
「あはは、わたしが心配するならともかく……」
ところがこの次の登板の前日になって、予想外のプランが提示された。まずないだろうと思っていたことがあっさりと。
「明日は休養日……ですか?」
「うん。代打で出てもらうかもしれないとはいえ、キャッチャーの守備にはつかない。たまには休みを入れないと」
安定した投球ができているという理由で、わたしならみやこじゃなくても問題ないと監督たちは言う。明後日がまたブルペンデーで難しい一日になるからそこはみやこにやってもらいたいらしい。
「みっちゃん、確かにあなたたちの相性は抜群だよ。でもキャッチャーが木谷じゃないとダメっていうのはまずい。木谷がケガしたらみっちゃんもいっしょに休むわけにはいかないよね?」
「もし将来、太刀川がまだまだ元気なのに木谷が引退するとなったとき、木谷以外のキャッチャーに投げられないとなったら揃って引退だよ。早いうちに試しておいたほうがいいでしょ、常識的に考えて」
この場にみやこはいなかった。だからすでに話してあるか、先にわたしに話して了承させてみやこに休養を促すか……そのどちらかなんだ。
「…………」
「いまのみっちゃんなら勢いがあるからなんとかなるはず。木谷のためにも明日は………」
わたしがどう答えても決定は変わらないだろう。だけど、いつもは忠実なわたしがこのときは違った。
「……わたしの将来のことまで考えていただいて、ほんとうにありがとうございます。それどころか……今シーズンを犠牲にしてまでわたしに成長の機会を与えてくれて……ありがたいです」
「え……?今シーズンを犠牲に?」
「いまキャッチャーを変えたら流れも大きく変わってしまう、そんな予感がします。おそらくわたしは明日の負けはもちろんとして、この先もなかなか勝てなくなります。一度崩れたリズムは戻りません」
監督やコーチを半分脅しながら話すなんてこれまでもこれから先もないと思う。たった1試合みやこと組めないだけで一気に勝てなくなるかどうかはわからない。わたしのわがままだった。
「みやこに助けられていたところが大きいですから……明日の試合でわたしの癖や弱点がバレてしまうかもしれません。そうなるとみやこに戻してももう遅いですね」
「癖……?弱点……?どこが?」
「それはわたしたちだけの秘密です。どこから外に漏れるかわかりませんからね。でもいまのところ皆さんにも隠せている……つまり成功していると思います」
そこまで言うと、監督たちは苦い顔をしながらもみやこの休養日を明後日に決め直してくれた。頭の悪いわたしがハッタリを使うなんて思わなかったんだろう。うまくいった。
「みっちゃんで負けてもブルペンデーで負けても同じ1敗、しかも前者は後々にも響く負けとなると……仕方ないか。調子がいいうちは変にいじらないほうがいいもんなぁ」
みやことのバッテリー継続を勝ち取ったのだった。
明日の更新で本編はいったんお休み、明後日からは番外編をお届けします。予告していた内容以外にも何話か書きます。




