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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第74話 延長十二回完投

「やっぱりね……球団は応じるのかな?」


「タヌキーズは金はあるから金銭トレードを希望している。でもうちも代わりの選手をよこせって譲らないみたい」


 ラメセス前監督がパ・リーグの最下位球団、大阪タヌキーズの新監督に就任して早々にトレードの話があったらしい。お気に入りだった二人の野手、内野手の倉木さんと外野手の音坂さんを金銭トレード、もしくは金銭+選手一人で獲得しようとしている。


 この二人は今年、一軍ではまだノーヒット。出場機会そのものが激減していた。二人からすれば早く横浜を出たいだろう。わたしもみやこと仲良くなれなかったとしたら、このまま控えで終わるより必要としてくれる新天地で、と思ったはず。トレードだから志願はできてもあとは球団に任せないといけないんだけどね。



「まだ出番がないだけで戦力として考えているから金銭なんかで簡単に成立してほしくないですが………」


「出番………あの二人にある?ほんとうに?」


 監督やコーチたちも結果をじっと待つしかないらしい。チーム内でもラメセスニュースで話題は独占されていた。ただ一人、みやこだけはすでに関心を失っていた。



「いつまであんな無能の話で盛り上がっているのやら。すでに私たちには何の関わりもない人間だというのに。それよりもいまチームの救世主として孤軍奮闘する英雄を称えるべき」


 相変わらずわたしのことしか見えていないみたいだ。これはこれでうれしいけどひとまず落ち着いてもらわないと……。



「まあまあ、わたしはいいよ。他のみんなから注目されなくてもみやこだけがわたしを大事にしてくれる、そのほうがずっといいから」


 その瞬間、みやこの全身がビクっと跳ねた。


「……………!!ふぅ、ふぅ………みちの言葉だけで意識が飛ぶところだった……下半身はまだ震えている………」


「だいじょうぶ?一回休む?」


「いいえ、この状態ならあなたをいつも以上に感じることができる……練習を続けましょう!」


 本人が平気と言うからピッチング練習を再開した。確かに交流戦で3試合しか対戦しないパ・リーグのチームの話をするよりも月間MVPがかかる今月の最後の登板に備えよう。いや、もしお互いに日本シリーズに出ることになれば………それは厳しいか。






『さあ、昨日は早々に横浜の先発、東山をKOした広島打線!地元で連勝して素晴らしいゴールデンウィークの幕開けにするための壁となるか、横浜の新エース、太刀川みち!』


『ここまで5勝1敗!ラッキーな白星がいくつかありますが投球内容も見事なものですよ』


 広島コイプリンセスの本拠地でのゲーム、明日は先発に二吉さん、その後はブルペン総動員が決まっている。ラメセス監督時代と違って突然ブルペンデーだと言われたわけじゃないからみんな準備はできていた。あとはわたしが今日、最低七回は投げてリリーフ陣を休ませることができれば完璧、理想は完投だ。


 去年はこのブルペンデーで惨敗してからチームの勢いが止まって落ちていった。まだ四月とはいえ、これから浮上するか低迷するかが決まる大一番を迎えたかもしれない。




「あっ………しまった」


『打った―――っ!!レフトスタンド一直線!コイプリンセスでも特にプリンセスの名がふさわしい堂森翔子!第3号ツーランホームランで待望の先制点――――――っ!!』



 全力投球じゃない、置きにいったストレートを打たれたのが悔やまれる。全球目いっぱいに投げるのは無理だからこういう球も必要だけどいまのは油断していた。



「仕方ない仕方ない!堂森はまぐれがあるんだ」

「まだ2点!すぐに取り返しましょう!」


 このところ打線の調子が落ちている。わたしとみやこと紀子さんでしか得点できない日が増えてきた。ときどき石河さんとロメックも打つけど全体的に下降気味だ。たった2点が遠く、重く………。



『抜けた抜けた!大和の打球がしぶとくヒットになった!奈村紀子に続いてセカンドランナーの中園もいまホームイン、ブラックスターズ、取られてすぐに追いつきました!』


 

 嬉しい誤算であると同時に、わたしの展開を読む力がいかに足りないかがよくわかるシーンだった。これじゃ将来解説者にはなれないな。


「みっちゃんに月間MVPを獲ってほしいからね。賞金が入ったら何か奢ってもらおうかな。記念パーティーをやろうよ」


「ははは…大和さん、冗談ですよね。年俸1億の人が何を仰るんですか」


 そんな集まりを開いたら大和さんの他に何人来るんだろう。野球選手の飲食代……30万円じゃ足りないよ。みやこが野手のMVPに選ばれて二人で仲良く受賞となれば60万……それならいけそうだけどみやこは無駄遣いを嫌うからなあ。




「んお――――――――――――っ!!」

 

「ああっ……!」



 お互いに得点が入ったイニング以外は淡々とアウトが積み重なる。もう八回裏、今日11個目の三振を奪ったところでわたしの球数は105球、試合時間はまだ二時間半だ。


『九回表、広島は今日3番手のフランソワがマウンドに上がります。セーブ機会がなくなり、いいピッチャーから出すベき場面となれば守護神登板は当然でしょう』


 広島は継投で繋いでくる。わたしにも打席が回って、フランソワの速球に手が出ず空振り三振だった。ベンチに戻ったら座らずにすぐにキャッチボール。九回も続投だ。



「ここからは常にサヨナラ負けのピンチか……こんなプレッシャーでみんな投げてたんだ……」


「気負う必要はない。ホームランだけを注意して、油断しなければ抑えられる」


 いつ交代と言われてもおかしくないイニングに突入した。もう様子見の球や体力の配分を考える必要はない。いざとなればベンチ裏でこっそりみやこと抱き合って追加のパワーを生み出せばいい。



「みち、あなたにしては珍しく疲れが見えている。この先も投げるとしたらすぐに体力回復の儀式をしましょう」


「…………」


「この九回はおそらく凌げる……しかし次は厳しい。ただ抱き合うだけでは足りないかもしれない。誰かに目撃されたとしても勝利のため、誇れる行為なのだから………」



 わたし以上にわたしをよく知っているみやこがわたしの状態を間違えるはずがないんだよな〜。呼吸が荒いし、まさか試合中に我慢できなくなった?



「ストライク!バッターアウト!チェンジ」



 試合は延長戦になり、フランソワに代打を出した広島は4番手の蟹江が登板した。一方でわたしたちは、


「みっちゃん、もうこの試合は任せた!白黒つけてきな!」


 どうにか白星をという親心か、決着までわたしが投げることを監督は許してくれた。それを聞いたみやこはにやりと笑うと、わたしを連れてベンチ裏の誰もいない場所に下がった。




「……ふ――っ……ふ―――っ…………」


「ぷはっ………だからいまはやめたほうがって言ったのに」


 みやこは腰砕けになって悶絶していた。自分から誘ったり手を出したりして、結局よくわからないうちに先にダウンしている………いつものことだった。


「まだ試合は続いてるよ?交代してもらう?」


「ハァ、ハァ、ハァ………それは絶対にありえない。あなたの球を受けるのは私以外にいない、他の者たちでは無理。この絶頂は私にとってプラスなのだから………」


 しばらくしてからみやこはどうにか両足で立ち、裏の守備のためにキャッチャー一式の装備を始めた。試合中にいちゃついたせいでサヨナラ負けなんて勘弁してほしい。




「セカンド!」


『二塁は………アウト!先頭打者の間野がヒットで出ましたが送りバントを木谷が見事に処理!バント失敗です!』


 わたしの心配を一蹴する、普段以上のフィールディング。強肩と守備のセンスを最大限に発揮したプレーだった。



「うお――――――っ!」


「うぐっ!!お、重い!」


 次の打者は注文通りのセカンドゴロ併殺、結果的に三人で終わらせた。みやこの好プレーのおかげだ。


『延長十回だというのに太刀川の球威は落ちません!この回から登板したリリーフのような球でした!』


『恐るべきスタミナですね……今日の最高球速は146、いつでも打ち崩せそうな感じなんですが』



 十一回の広島は5番手のケメコ。アメリカ出身ながらドラフト入団した日本人選手扱いの右腕だ。そのケメコからツーアウトランナー二塁のチャンスというところで打順は8番のみやこに回る。ネクストに向かう前に自分のバットで決めると誓ったみやこへの期待は高まった。


『おっと、申告敬遠です、木谷を歩かせます』

「……」


 勝負してくれないんじゃ仕方ない。だったらわたしがやってやる!みやこも塁上からわたしに期待の視線を送ってくれている。わたしの6勝目のためにここまで投げさせてもらったんだから、最後はわたしが決めないと!


「ボール、フォアボール」

「……ありゃりゃ……」


 ストレートで四球、強引に打てそうなボールすらない、完璧に外れた球ばかりだった。入んないんじゃ仕方ない。おそらく今日最後の打席で打つことはできなかった。



『上里打ちましたが………上がっただけのセンターフライ!センター足が止まって捕りました!ブラックスターズ、満塁のチャンスで無得点!コイプリンセスはケメコのピンチを新人左腕の浦森が凌ぎました』



 三者残塁。絶好機を逸して悪い流れが漂う。


「流れなんかあなたの前には些細なこと……あなたなら調子に乗る塵芥どものプライドと勢いを簡単にへし折れる!」


「ここはいい意味で空気が読めない人間にならないとね。そうじゃないと一気に飲まれちゃう」


 最長でも残り2イニング。ぜんぶ全力とはいかなくても失投を避けるための力はまだまだ残っている。体力と頑丈さだけが武器でもこんな展開ならそれが役に立った。



「そりゃあっ!」


『太刀川、セーフティバントにも落ち着いています!まだまだ元気、そう言わんばかりの軽快な守りでした』


 この回も無事に切り抜けた。今日ホームランを打たれた堂森相手にはそれ以外の打席全てで三振に斬って取った。これなら次回以降の対戦で得意意識を持たせることもないはず。自分が活躍した打席のことしか覚えていなくて、失敗をまるで教訓にしない選手なら話は別だけど……。




「ついに最終回!一人で投げてきたみっちゃんのためにも1点取るぞ!形は不格好でいい、とにかく得点を!」

 

「2番からの絶好の打順、何としても!」


 相手は7番手の内田、こっちはわたしだけ。これなら明日の試合はかなり有利に戦えそうだ。どのチームもリリーフに余裕はない。四月の終わりでチームの試合数の半分くらい登板しているピッチャーが何人もいる、そんなところばかりだ。


 わたしがイニングを稼ぐことがたとえ今日の試合で結果が出ないとしても後々もっとペナントレースが苦しくなったときに実を結ぶと信じて………。



『奈村の当たりはフェンス手前まで!センター間野がキャッチ、3アウトとなってこれでブラックスターズの勝ちはなくなりました』


 勝てなかったのは残念だけどまだ引き分けがある。ベンチを出てすでにキャッチボールをしていたわたしはそのままマウンドに向かった。



「すまんな……みっちゃん。ウチがあと5歳若かったら入ってたわ。この裏も続投するんか?」


「はい、せっかくですから最後まで投げさせてもらえることになりました。だいぶ夜遅くなっちゃったんでサクッと終わらせて早くホテルに帰れるように頑張りますよ」


「いやいや、最後なんやから丁寧に投げなアカンやろ。サクッとなんて言うとったら敵の餌食やで」


「は、ははは………ありがとうございます。気をつけます」


 

 もう一度気持ちを引き締め直して最終回を投げ切った。守備固めを使ったら残り野手はもう0人、相手の広島も投手が残り1、野手は控え捕手がいるだけという両チーム総動員の試合でどうにか負けずに終わることができた。



『一塁アウト、試合終了――――――っ!!2ー2の引き分け!横浜ブラックスターズの太刀川、166球で十二回完投を果たしましたが勝ち負けつかず!』


 

 わたしの成績は5勝1敗、防御率は1.84。58イニングと3分の2は当然両リーグ最多だった。月間MVPのチャンスはあるかと思ったけど、ゴーレムズの抑え投手ドラレサが今日の試合でなんと今シーズン13セーブ目。防御率はいまだ0.00で完璧な守護神ぶりを見せた。


「………終わったな………」 「…………」





 わたしと二人で月間MVPに輝く夢が消えたみやこは翌日明らかにやる気をなくしてノーヒット、わたしはやる気があったけどノーヒット。相手の先発投手に完封されて、前日にリリーフを疲れさせた意味もない敗戦になっちゃった。

 広島コイプリンセスの投手たち


 全員名字を少し変えただけ、広島カープのリリーフ陣が元ネタ。ここでは登場しませんでしたが2021年のカープは素晴らしい抑え投手のルーキーがいますね。彼だけでなく全体的に中継ぎが頑張っているので上位浮上も十分にありえます。



 延長完投


 2020年に中日の梅津が10回無失点完投、2006年に楽天の有銘が12回1失点完投。そして1942年には、延長28回を大洋の野口二郎と名古屋の西沢道夫が共に4失点完投という記録がある。


 なお、上記の試合は全て引き分けに終わり、無失点でも完封は記録されなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勝ちはつかなかったが、12回完投は凄い。 [一言] イニングイーターてホント魅力ありますね。みんな好き。テンポもいいから観てて楽しい。真のエースて感じでカッコいい。
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