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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第73話 肉を切らせて骨を断つ

 昨日の投稿後、ほんとうに神里(上里)絡みでランニングホームランもどきが出るとは、と喜んでいましたが、フライ処理での大和絡みの事故、そして大和の相手が負傷退場というところまで現実になってしまい愕然としています。心から喜べる快勝が見たいところです。

「月間MVP………」


「うん、みっちゃんは絶好のチャンスだよ」


 四月も残り約十日、三月と四月を合わせた月間最優秀選手の候補にわたしが入っていた。しかも投手と野手の両方で。


「まさかまさかのW受賞、あるんじゃない?」

「記念の盾やトロフィー……宝物になるわ」


 きっとみやこの『太刀川みちコレクション』のなかでもかなりの品になるだろう。でも今月はどうかな………。


 野手としてはそのみやこがわたしよりも受賞に近い気がする。去年も惜しいところまでいって結局あと一歩届かなかったから今年こそ獲ってほしい。わたしは打率でみやこに負けているし本塁打数を重視するならゴーレムズの田沼が選ばれる。


「投手のほうは何人か強敵がいるわね………」


 無傷の4連勝投手や防御率1点台前半、成功率100パーセントで10セーブ……わたしも九回8失点の試合とガイエスのランニングホームランで敗戦の試合、そのどっちかがなければチャンスはあったと思うんだけどね。



「みち、6勝できればあなたが選ばれる。あと二回登板が残っている…………」


 みやこはまだ諦めていない。自分の受賞よりもわたしのことを気にしている。確かにみやこはこの先何回もチャンスがあるけどわたしは一生に一度のことかもしれない。わたしのためにわざとバッティングで手を抜いても田沼に持っていかれるだけなのはみやこもわかっている。


「ジャガーズ戦はリッチの後で投げて1失点だった。点差があったから雑なスイングに助けられた………今日が初めての真剣勝負だね」


 まずはチームの勝利のために頑張ろう。盾、トロフィー、30万円………それは一度忘れよう。他の投手たちが週一回の登板、期間内に最高でも5勝なら、中5で投げるわたしが評価で上回る方法はみやこが言うように残り2試合いずれも勝ち投手、6勝目を挙げること………ダメだな、忘れるって言ったそばから意識しちゃってるよ。






『近田盗塁成功!これで今日3つ目!』


 みやこはわたしのためなら自分の成績が落ちても全く気にしていなかった。ランナーが出てもツーアウトならわたしに走者無視、バッターに全力でいくようにと言ってくれた。


『昨年はリーグでもトップクラスだった木谷の盗塁阻止率ですが、今年はなんとリーグ最下位!本人のせいではなく原因は太刀川にあるのですが……』


『しかし盗塁を許しても失点は許していません。数字よりも勝利にこだわった真のチームプレーの体現者と言えます』



 わたしがランナーを気にしてボールの質が落ちる、それが一番よくないとみやこは口にした。牽制悪送球やみやこの二塁への送球、ダブルスチールや守備のミス………いろんな要素を考えて、無視してもいい場面の盗塁は相手の好きにさせる作戦だった。


「みちが無死満塁のピンチでバッターだけに集中していたのを思い出した。ホームスチールはありえないので、三振を奪い続ければ失点はない」


 大差がついた終盤で敵の盗塁を見逃すことがある。でもみやこはわたしの登板時に限り、初回からバッターだけを相手にする。わたしのコントロールと勝負の一球の力を信頼してくれて、暴投やボークはないから三塁にいても大丈夫だと。

 


『しかし続く井原がまたしても三振!近田の出塁と盗塁は無駄骨となりました』


 意外と理にかなっている考えだった。楽に盗塁できるおかげで、バッターには『待て』の指示が出る。ちょうどいまも、近田が二盗、三盗と連続で成功させる裏で井原は初球は見逃し、次は盗塁アシストのために空振り。三球勝負どころか一球勝負、2ストライクから打席が始まったも同然だった。



(せっかく走ったのに…………)


(チャンスはラストボールだけ、しかも太刀川の渾身のストレート……打てるはずがないのに………)


 ランナーやベンチ、ファンからすれば毎回打てないバッターに対して不満が溜まる。でもそのバッターからすれば常に追い込まれた状態から打てと言われても厳しい。普通に打たせてくれたほうが得点できるのに自分は信頼されていないのかと調子を崩す。


 みやこが自分の盗塁阻止率を犠牲にして得るのはわたしの勝利だけじゃない。内部崩壊の種をまいて、その毒がだんだんとチームを蝕みやがて致命傷に至らせる罠だった。



『ジャガーズの金木監督、なんとピッチャーの富士見にも盗塁のサイン、しかも成功!太刀川の隙だらけの投球でジャガーズは走り放題だ―――っ!』


「ストライク!バッターアウト!」


『しかし好調の近田、その次の井原と連続三振!盗塁よりも好機で一本出ない残塁のほうが目立ちます!』



 ジャガーズベンチが苛立っているのが伝わってくる。これもみやこが提案した作戦で、わざと富士見をフォアボールで歩かせて盗塁までさせる。そして次の打者二人を抑えて塁上で攻守交代を迎えさせる………まんまと相手がハマってくれた。


 


『ライト線はフェア!石河の打球はヒット!三塁ランナー太刀川、二塁ランナーの荒川が生還!この回一挙5点!投手戦が続いていましたが富士見がスタミナ切れです!』


「こんな簡単に成功するとは……目先の利益に飛びつく人間だという話を聞いていたとはいえ……」


「他のチーム相手だとここまでうまくいかないかもね」


 金木監督の性格や癖を見抜いた頭脳プレーだった。わたしは何も考えてないけど、共に作戦に参加したことでわたしが策士な投手だと勘違いする人たちもいたとかいないとか。




『試合終了―――――っ!!8ー1!ブラックスターズの完勝です!太刀川は完投勝利でリーグ単独トップの5勝目!』


 球数は120を超えた。でも相手が盗塁するとき、絶対にスイングしてこないとわかるタイミングが何度もあったから普段よりも余力を残した勝利だった。エラーのランナーが還ってきただけで自責点は0、一方でバッティングのほうは一度四球で出た以外はタコ。いい打球もなかった。


「修正できるところがまだまだあるので……はい、伸び代があるとプラスに考えたいと思います」


 う〜む…またつまらないインタビューになっちゃったな。爆笑を狙っているわけじゃないけどもっと何か……いやいや、わたしは芸人じゃなくてプロ野球選手なんだから真面目でいいんだよ。




「もう5勝……この勢いは本物だ!」

「イニングを稼いでくれるのも大きいですよ」


 今シーズンの横浜ブラックスターズはなんとか大崩れせずに戦っているとはいえ、一番の問題は投手力だった。先発陣が皆六回前後で交代、中継ぎ頼みになる試合が続き、早くもリリーフに疲れが見え始めていた。


「セットアッパーになってほしかった岩田は期待外れでしたが先発再転向できっかけを作ってほしいですね」


「エスバーンと川崎はいいだけにそこまで繋げれば……結局先発が貧弱なんだよ、ウチは」


 新浦監督、皆藤投手コーチもやりくりに頭を悩ませる。全試合でスタメンマスクのみやことバッテリーコーチの大江原さんも含めて話し合いの席が設けられた。わたしは本来いるべきじゃないはずの会議に、みやこの要望でなぜか同席していた。



「完投できるみちの登板試合はブルペンでリリーフの肩を用意するのも最小限でいいでしょう。そのぶん他の試合で継投を惜しまず、先発が頼りないなら最初からブルペンデーにするのも考慮するべきかと」


「ほほほっ……十年に一人の逸材と呼ばれる木谷さんでも先発投手たちをリードするのは難しいと?」


「まだ開幕して一月ではありますがコントロールに難のある投手ばかりです。四球で走者を出して自分で自分を苦しめたところで痛打される、改善の兆しが見えません。いろいろ試すほど彼女たちに武器はないので………」


 わたし以外のブラックスターズ投手陣で2勝以上しているのは中継ぎの渡久地さんだけで、先発はローテーションを守っている人ですら早々に降板するせいで規定投球回に達していない。


「まさか太刀川に全てを託すことになるとは思わなかったわ、常識的に考えて……」


「しかし木谷がみっちゃんの毎試合完投を要望とはね。もっと大事に扱えって過保護になるモンだと」


 みやこはわたしの勝利投手の権利が逃げていくことを警戒している。みやこにとってわたし以上の投手はいないから、継投したとたんに失点の確率が数倍になると本人が言っていた。抑えの川崎さんですら危険だと。



「みっちゃんは構わない?疲れは………」


「はい、わたしならいくらでも投げられます。中4日で回してもらってもたぶん平気です」


 中4はあくまで最終手段、シーズン終盤にチームがいい位置にいたらやるかも、と言われた。そこまでわたしの快進撃が続いているかは別として、いまのところは先発がいない日はブルペンデーにしてごまかすことに決まった。



「四月の終わりから五月の始めはゴールデンウィーク!連戦だからなぁ………ローテーションを考えると今から頭が痛い」


「みちの次回登板は祝日前のナイター、その日はブルペンを休ませ前後の試合で中継ぎをフル回転させてください。それこそ去年のラメセスのように」


 みやことしてはわたしが6勝目を挙げて月間MVPに選ばるように、余計なピッチャーを使わないでほしいと思っているんだろう。わたしはチームの勝敗のほうが大事だけど、わたしが完投することで投手のやりくりに貢献できるなら最高だ。



「ラメセス前監督と違って先発に長いイニングを投げさせたかったんだけど………今年は諦めるかな」


「8番投手をやめただけでもありがたいです………ん!?」



 わたしはびっくりして椅子から転げ落ちた。まさかちょうどその話をしているときに………とんでもない偶然だった。


「みち!どこか痛みは………」


「いや、大丈夫だよ、みやこ。それより大変なニュースが!大阪タヌキーズが……」


 たまたま誰かのスマホが震えているのを電話の着信と勘違いして、手を伸ばしたらその緊急ニュースが目に入った。 


「タヌキーズ?まさかついに春うららがヒットを打った?それとも監督が休養かしら?」


「ぶっちぎりの最下位だからね……四月でもう終わりとは」


 以前からタヌキーズの監督が退任するかもという噂はあった。去年もシーズン途中で監督が成績不振で休養、その代行監督が正式に監督就任したまではよかった。超短命の政権だった。



「毎年そんなことしてたら誰も監督にならなくなっちゃうわよ。別のニュースでしょ?」


「いえ………監督が代わるみたいです。しかもまだシーズン序盤だからか、新監督が…………」


 代行や内部昇格ではなく、外から新監督を連れてきたのだ。もしかしたらと部屋のテレビをつけると、わたしたち全員がよく知る顔がそこにいた。




『大阪タヌキーズは明日から新監督が指揮します。昨年まで横浜ブラックスターズの監督、今年はフリーだった(アンデルセン)・ラメセス氏です!』



「ラ、ラメセス!?」 「そりゃあ驚くわ」



『タヌキーズはいいチームです!現在は実力を出しきれず最下位と苦しんでいますが今からでもAクラス入りは可能ですよ。投手も野手も素質のある選手は揃っているので試合でそれを発揮させることが私の仕事だと思っています。機会を与えてくれた大阪球団には感謝でいっぱいです』



 それまでの話し合いの内容なんか残らず吹っ飛ぶほどの衝撃だった。去年までわたしたちの監督だった人が、リーグが違うとはいえもう現場に復帰して明日から采配を振るう。


「交流戦で戦うことになるね」


「ラメセスに自らの無能ぶりを思い知らせる機会が早くもやってきた。みちの才能を見抜けず第三捕手としてベンチで腐らせていた愚将………今から楽しみ」


 いまだにみやこは前監督を嫌っていた。これはもう直接対決で勝たないといつまでも悪感情が残りそうだ。ラメセス采配がダメだったのか、わたしたち選手が力不足だったのか………シーズンの終わりにはその答えが明らかになる。

 〜え!?万年Bクラスのチームを上位の常連にした私が退任?ハリボテチームが翌年急に成績悪化したのは当然だし今さらもう一度監督になれって言われてももう遅い。家族サービスとYouTuberの生活が楽しいので〜


 

 現実の前監督は一度リフレッシュ、様々な活動のため球界を離れましたがこちらのラメセス監督はすぐに復活します。パ・リーグなので8番投手はありませんがその独特の采配が大阪タヌキーズをどう蘇らせるのか………。


 タヌキーズの元ネタ?もちろんあの裸族狸です。「んほーーーー!!」。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] すいません、怪我したのはレフトでしたね。なんで二遊間と思ったのか…。現実で大事な二塁手が離脱してゾッとしました。 [一言] ラメちゃんが大阪!強そう!現実でもそうなればいいですよね。選…
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