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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第71話 神がかり

「いや〜………世の中何が起きるかわからないね」


 ベンチでわたしとみやこは試合を見つめる。わたしは五回以降も相手に出塁を許さず、すでに八回裏になっていた。3打席目にみやことわたしは連続タイムリーを放った。それでいて相手は無得点ということは………。


『さあ、14ー8!八回にブラックスターズ追加点!とうとうロメックにもタイムリーヒットが生まれ、これで先発全員安打!』 


 みやこの満塁ホームランで流れは完全にわたしたちが掴んだ。早い回に相手の先発ピッチャー八木を降ろせたから2番手以降の攻略が楽だった。このロメックのタイムリーで、スタメンはみんな2安打以上もしくはタイムリーかホームランを打てたという打撃陣にとっては素晴らしい一日になった。


 となると課題は8点を失った投手陣………わたしが一人でやられたからチームのダメージは最小限だ。しかも三回から九回まではパーフェクトピッチングに成功して…………。



「うりゃ――――――――――――っ!!」


『野尾空振り、ゲームセットとなりました!152球目にして今日最速の146キロが出ました太刀川、まさかの完投勝利!立ち上がりは最悪の投球でしたがその後は完璧に抑えました!』


『最近の投手では珍しい、無尽蔵なスタミナの持ち主ですね……打たれた分を自分で取り返したのも含めて、私が若いころ……昭和の野球選手を見ているようでしたよ』


 

 8失点完投勝ち、打撃はホームランを含む2安打4打点。みんな打ちまくったせいで誰を呼ぼうか困ったらしく、結局わたしとみやこがお立ち台に呼ばれた。みやこのインタビューのときは大歓声と拍手ばかりだったけれど、


「いや〜………どうなるかと思いましたが終わりよければ全てよし!ということで………」


 わたしの照れ隠しの言葉が観客の怒りを買った。


「ふざけんな!血管切れるところだったぞ!」

「じゃあ最初からやりなさいよ、ちんちくりん!」


 ブラックスターズファンだけでなく、負けてもすぐに帰らない物好きなコアラーズファンからも、


「畜生が!ぬか喜びさせやがって、ボケ!」


 今日は圧勝だと喜んでいたのに大逆転負け、7イニング無出塁とリリーフ崩壊のおまけつきで敗れた恨みをぶつけてきた。どうやら次回は最初から勝ち目のない一方的な完敗を希望しているようだ。その期待に応えられるように頑張ろう。



 球場の過激なファンとは別の方向で、わたしに関するとんでもない噂がネットの世界で広まっていた。無傷の4連勝はいずれも神がかり的であり、太刀川は野球の神に愛されているから今年は無敗のままなのではないかと。本人が負けたいと思う日までこの奇跡は続く……誰かが冗談で言い始めたのがみんなその気になり、それに狂スポが乗っかる形になった。


『完全に太刀川がセ・リーグを支配したため、他5球団は横浜の神が登板する日は最初から試合を諦め主力選手の休養日にしたほうがいい、気がする』


 久々にハジけた記事だった。近々独占インタビューもやりたいそうで、連勝の秘訣を聞きたいとのことだ。




「最多勝争いで完全に抜け出した……防御率はまた地道に良化させていけばいい。みちならすぐに1点台に戻せる」


「……まだ四月だよ。いまが出来すぎなだけ」


 昨日の試合前0.43だった防御率がいまは2.73まで悪くなっていた。当然セ・リーグトップ10からも落ちたけど、最近の傾向からいけば、どんなにこれから先打たれたとしても一年間先発ローテーションを守ればセ・リーグの選ばれし10人に入れるのは確実だった。


「短いイニングで降板したりゆとりのあるローテーションのせいでそもそも規定投球回に届く先発がリーグで10人もいないからね………」


「指名打者制のパ・リーグでもそうなのだから時代の変化と言える。継投前提での起用になっている」



 表彰されるタイトルじゃないけれど、先発になれたのだからわたしは『最多投球回』の座を狙おうと思っている。シーズン通して先発剥奪もなければ大きな故障もしない、他の投手の負担を減らしている証の立派な数字だからだ。


 あとは完投数もリーグのトップになりたい。代打を出すために仕方なく交代というのがわたしにはないし、体力なら誰にも負けない。完投できる条件は揃っていた。とはいえ抑えの川崎さんがセーブ王を目指しているから難しいかもしれない。セーブ機会ならわたしに余力があっても川崎さんの記録を優先するだろう。



「みち、そろそろ張田伊佐美のコーナーが始まる」


「ん、そうだね。今週は喝を食らいそうだなあ」


 張田さんがわたしについて好意的なコメントをするようになってからみやこは評価を大きく改めて、張田さんを尊敬し始めた。どうしようもない老害から見る目のある名解説者に格上げだ。




『それでは女子プロ野球からいきましょう。パ・リーグの大阪タヌキーズ、プロ入り三年目のこの選手が大記録を達成しました』


 みやこ、それに画面内の張田さんの表情が露骨に険しくなった。不快極まりない気分を隠そうとしない。


『昨日の埼玉キャッツ戦の六回裏、表の守備からゲームに入っていたその選手の登場にスタンドは敵味方関係なく大歓声!今年21歳、プロ野球界のアイドルが打席に立ちます』


 キャッツの十和田が内角高めに直球を投げると、あっさりと空振りしてそのまま一回転、尻もちをついていた。これで三振、なのにキャッツファンだけでなくタヌキーズファンからも盛大な拍手が送られていた。


『これで記録は節目の100打数連続無安打!四球や犠打、代走で出場しての盗塁はありますがいまだプロでノーヒット、ついに100連敗となりながらも挫けずに戦い、笑顔を絶やさない姿が人気大爆発!次こそ念願のヒットが出ると諦めない彼女を応援するファンは日に日に数を増しています!』


 

 タヌキーズのアイドル選手、『春うらら』。とうとう100まで伸びたんだ。わたしだったらとっくに心が折れている。それなのに明るく全力でプレーする彼女は凄い。


 本名は『高知(たかち) 春麗(しゅんれい)』、名前の呼び方を変えればハルウララと読めるから、登録名は『春うらら』。守備走塁は悪くないんだけど打撃が致命的に厳しかった。プロ野球は商売だからこういう選手の形もありだと思っている人も多いけど、張田さんは明らかに憤っていた。



『喝、喝!二つじゃ足りない!もう一つ喝!』


『………これは……激励の喝でしょうか?』


『そんな価値はないですよ、この選手も球団も。よく笑っていられますね、私なら切腹していますよ!こんなことをしているからタヌキーズは今年も話にならないんです!』



 パ・リーグの最下位は去年まで三年連続でタヌキーズだった。お金は使っているのになぜか勝てない。日本代表になれるエースピッチャーが二人、若きスラッガーがいるのに最下位。


「今年はここまで2勝11敗1分!私たちのチームはまだ恵まれているのだと思い知らされる」


「去年監督代行だった人が正式に監督になったけど……もう進退に関する話し合いをしているって話だからね………」


 開幕したばかりで、わたしの好調はこのまま続くのかまだわからない。でもタヌキーズの低迷だけは続くと言い切れた。



『負けてもいい、そんなものプロでも何でもありませんよ!それより結果を出している選手の話題に早く移りましょう!』


『ハ、ハイッ!では次です!セ・リーグの最多勝争いが異常事態です。昨日の横浜でのゲームをご覧ください』


 わたしの炎上から始まり、自分を援護するスリーラン、そしてブラックスターズ打線爆発とVTRは進み最後の打者、野尾を三振に仕留めてみやこと握手するわたしの顔のどアップで映像はスタジオに切り替わった。



『あっぱれですよ。三回以降見事に立ち直り打つ方でも大活躍!アメリカに行った大仁田よりも二刀流にふさわしい!向こうも力はありますが太刀川ほどの頑丈さがない』


『確かに体はしっかりしていますよね。張田さんが今後追いかけていく選手になりそうですか?』


『すでに本物ですよ。ただ、いつまでも無敗とはいかないでしょうから、黒星がついたときにすぐに切り替えてほしいですね。打撃もいいのでピッチャーとして調子が落ちたときそちらに逃げたくなるかもしれませんが我慢すべきです』



 かなりの褒め言葉を頂いた。みやこも満足気に何度も頷く。


「あなたの進化は止まらない。まだまだこれから」


「ははは……みやこにいろいろ助けてもらえなかったらわたしも春うららのような選手になっていた。彼女と違ってアイドルになんかなれないからマイナスしかないよ」



 みやこがわたしの眠れる才能を呼び覚ますと誓ったのは入団する前からで、実際にチームメイトになってからもたくさんの手助けをしてくれた。高級店と呼ばれるお店に連れていっておいしいものをたくさん食べさせる、このマンションや別荘を用意する……それはわたしのパワーアップに直接の影響を与えていた。


 高校一年のあの日、両親が事故でいなくなってからわたしの食生活が大きく変化した。それまで家ではたくさんおかわりして学校には大きな弁当箱を持ってきていたのが、優しい友だちや先生からもらったお米をどうにかやりくりする、常にお腹が空いている毎日になった。


「昼ごはんは具なしのおにぎりだけ、夜は納豆ご飯と卵かけご飯のローテーションだったね。意外と飽きなかったな」


「………」


 この話を聞いたみやこは驚いていた。プロテインのような補強食と無縁であるどころか満腹じゃない状態であれほどの完成形だったのかと。プロに入ってからも先輩たちに奢ってもらえる日以外は寮のカレーや牛丼をガツガツ食べるだけだった。





「私はそこで確信した。食事と環境を整えるだけでみちは超一流になれると。そして二人でトレーニングをすることで更にその先の世界に行ける………私の考えは正しかった」


 こんな贅沢をしていいのかなと思っていたけど、どうやらプロとして必要な贅沢だったらしい。栄養やエネルギーが足りない状態でこれまで戦っていたとみやこに指摘された。


「私の予想すら凌駕する真の太刀川みちが見られると思うと毎日が楽しくて仕方がない!それに……どんなアイドルよりもあなたのほうが私は………」


「………ふふっ、ありがとう。うれしいよ」



 もしわたしが春うららみたいな、負けすぎて注目される存在になっていたとしても、あんなに可愛くないからファンの罵声を浴びるだけ。似ているのは背が低いことだけだ。でも不思議なことにみやこだけはわたしの顔も体も大好きだという。一人でもそんな人がいる、それでもう大満足だ。



「そろそろ準備して球場に行こうか」


「ええ。この二週間は全て関東……あなたとの二人の時間もたっぷり楽しめる。今日も帰ってからまた………」


 今週はずっとハマスタ、来週は東京ドームと神宮。こんな楽な、そしてみやことじっくり過ごせるときはあまりない。遠征も楽しいけれど、二人で暮らすようになってホームゲームのありがたみを心から味わうのだった。

 春うらら (大阪タヌキーズ外野手)


 本名は高知春麗。親しみやすいあだ名、春うららがそのまま登録名になった。右投左打。とにかく打てず、ついにプロ入り後100打数ノーヒットを記録。しかしその負け続けても前を向いて元気に頑張る姿が人気を集めている。グッズ売上や集客に貢献しているので、球団は客寄せとして一軍に置き続けている。


 元になった馬……その名の通り、かつて高知競馬に所属していたあの連敗馬。社会現象にもなり、武豊騎手が騎乗するとなったときにそのピークを迎えた。とはいえ武豊は交流重賞の黒船賞でノボトゥルーに乗るために高知に来たため、こっちの馬はそのついでだった。(そのノボトゥルーも中央競馬のGI馬なのにレースに無茶苦茶使われていた。まああの厩舎だし………)


 この出来事があった2004年に、野球界では近鉄が合併されて消滅、他球団の合併や解散も視野に入れた1リーグ制への流れが進み、選手会のストライキが決行。一場裏金事件も発覚し、ファンは離れていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みっちゃん、神の子、不思議な子。こりゃ負けないわ。 [気になる点] 春うらら酷すぎるw100打席無安打は確かに人気でるかも。 [一言] 現実の今日の負けはキツかったですね。ベイスボール…。…
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