第64話 開幕戦の終わり
九回のマウンドには守護神の川崎さんが上がる。だから体力温存を考える必要はない。ゴーレムズのエース、菅はみやこに被弾してマウンドを降りた。二番手は右の中継ぎ上野。菅に比べたら打ちやすい右投手、わたしも一発を狙っていたけれど、
「ボール!フォアボール!」
一つもストライクがこなかった。上野が開幕戦独特の空気に緊張しているわけではなくて、これは作戦だったと試合後にゴーレムズの桑山監督が話していた。
わたしが完封勝利を狙っているから打席に立ったと決めつけていた、だからわざと歩かせて疲れさせようと思ったと。けれどもこれがゴーレムズの失策だった。
『ブラックスターズ、選手の交代をお知らせします。バッター、上里に代わりまして奈村、バッターは奈村!背番号99』
「え………代打?」
『ファーストランナー、太刀川に代わりまして荒川、ランナーは荒川、背番号4』
「あ………あああっ!?代走ですって?」
桑山監督だけでなく球場もざわついていた。でもわたしがベンチに帰るとき、ブラックスターズのファンからは大歓声で送られ、小さく手を振りながらフィールドを後にした。後援会の人たちや井上さんを始めとした自主トレでお世話になったメンバーも確認できた。
『これは大きい!フェンスダイレクトヒット!荒川はあっという間に三塁を蹴っている!打った奈村紀子もセカンドへ!ボールは中継に戻っただけ!ブラックスターズ、積極的な選手起用が成功して試合を決定づける3点目!』
「やった―――っ!紀子さ―――ん!」
続く大和さんも四球で出塁、ロメックは三振に倒れたけどもう安心だ。あとは川崎さんが締めておしまいだ。
「カ・ワ・サ・キ!」 「カ・ワ・サ・キ!」
不動の抑え、『川崎 秋』。人気はみやこと並んでチーム一、二を争う。ゆっくり見届けよう。
『ウィーガーの打球は飛距離は問題なし!フェアかファールか………入った、入った!レフトへのホームラン!ゴーレムズ、九回にようやく一矢報いるソロホームランとなりました』
あ、あれ?いや、これは平気だ。点差があるときはソロホームランならいい。四球やヒットでランナーを溜められるのがまずい。これなら………。
『四角の打球も痛烈だ!ライトの中園、クッションボールを捕りましたが悠々と二塁到達!ツーベースヒット!』
ん、んんん?まだノーアウトだよね、確か……。
『柴山ダイビングも捕れない!田沼、レフトへのヒット!二塁ランナーの四角はホームへ向かうが佐々野は投げられません、ホームイン!とうとう3ー2!1点差だ―――っ!!』
はい、なるほどなるほど………。こうなっちゃったらもうだめだ。初勝利、初ヒーローインタビュー、また会う日までさようなら………わたしは悟りを開いていた。
『打ちました!長崎の打球はセンターへ……』
ほ〜ら、こうなると思ったよ。川崎さんのせいじゃない。わたしの不運ぶりが本物なだけだ。別に落ち込むほどのことじゃないさ…………。
『いや!大和が捕った!ダイビングキャッチ!すぐに二塁に送球、アウト!石河も素早く一塁に!奈村紀子が体を伸ばして低い送球をしっかり捕りました!一塁もアウト!!』
…………ショートは大和さんだった。さすが守備の名手!センター前確実の打球をゲッツーにしちゃった!
「ふ〜っ……やっと本来の動きができた」
『プレイボール直後にエラーの大和が汚名返上!ゴーレムズの反撃ムードは一瞬で吹き飛びました。長崎は移籍初の試合で厳しい結果になり、横浜ファンは大喜びです!』
一発出たら同点、だけどいまのスーパープレーの後でそんなことが起きるはずはなかった。最後のバッター、岡戸はワンバウンドするツーシームを豪快に空振りした。みやこが走る素振りのない岡戸にタッチして、アウトが成立した。
「アウト!ゲームセット!」
『空振り三振!試合終了!!最後はヒヤヒヤしましたが横浜ブラックスターズが東京ゴールデンゴーレムズを下して開幕戦勝利!白星スタート!』
試合後のハイタッチでナインを迎える。上機嫌な紀子さん、ホッとした様子の大和さん、頭を下げてきた川崎さんたちを迎え、みやことも手を交わした。そして監督やコーチたちとも握手。最後に全員で一列に並んでファンの前に立った。
「新浦―――っ!」 「太刀川―――っ」
「横浜優勝――――――――――――っ!!」
大歓声は鳴り止まないままヒーローインタビューの時間になった。わたしとみやこの二人が選ばれ、みやこはすでに何回も経験済みとはいえ、わたしの初めてのお立ち台をいちばんそばで見られると喜んでいた。
「みちの初めて、みちの初めて………ふふふふ」
みやこの様子には不安しかなかったけどそこは優等生、受け答えは普通にできていた。内容はとんでもなかったけど。
『突然の先発変更、太刀川選手はもちろん、木谷選手も苦労されたと思いますが』
「問題ありませんでした。予定とは違うとしても、明らかにレベルが高い投手への変更ですから」
『……初登板の太刀川選手をリードし見事八回無失点でしたが、プロ初登板の投手をうまく導いた秘訣を……』
「みちのリードは楽です。あれだけの投手なら気持ちよくサインが出せます。九回のほうがずっと大変でした。たまたまファインプレーに救われましたが………」
ベンチの川崎さんもテレビで見ているはずの今中さんもみやこについてはよく知っているから怒ったりせずに苦笑いしているだけのはず。でも後で謝ったほうがいいな。
「はい、夢みたいな気分であっという間てした。結果は百点満点ですが反省するところもありました」
一方のわたしは、いろいろ言いたいことはあったけれど結局無難な受け答えだった。いや、真面目にやるのが正しいからこれで正解なんだけど、我ながらつまらないことを言ってるなあと思った。
だけど実はわたし本人よりも他の選手、しかも他球場のインタビューで驚くことが起きた。ハマスタが一番最初に試合が終わったことも影響した。まずは北海道だ。
『佐藤優李投手、見事な完投勝利!昨年完全に復活したスターはやはり『持っている』んじゃないですか?』
「いやいや、私なんか。持っているのは横浜の太刀川ですよ。凄かったそうじゃないですか。早く帰って映像を確認したいです。彼女から学ぶために」
そして敵地福岡で勝利した仙台フェニックスのジェリーこと根津。やっぱり聞かれてもいないのに、
「太刀川みち、新たなるボクのライバルにふさわしいよ。まだ三月なのにもう交流戦が待ち遠しい。絶対に直接対決させてもらうよ」
埼玉の木森や西宮の富士見といったわたしと激しく戦った選手たちもそれぞれ開幕戦で活躍し、コメントを求められると、早く太刀川と勝負したい、自分が土をつけてやるからそれまで負けるなと試合に関係のないわたしへの宣戦布告に終始したらしい。
「そうですか、彼女が……フフッ、それならペンギンズにトレードでこなかったのは大正解だった。厄介な好投手が生まれたのは大変だけど、野球界を考えたら……それに私個人の気持ちからすると……素晴らしい結果になりましたよ、太刀川さん、おめでとう!そして投手・太刀川みち。ミルルト打線は今年も強力だから覚悟しておくことだね!」
ミルルトの投手コーチになった木更津さんからもコメントをもらった。予想以上の反響だ。ここまでわたしが周りに影響を与える日がくるなんてわたしを含めて誰が想像できただろう。いや、みやこだけは最初から言ってたか………。
「最高のシーズンの始まりにふさわしい日だった」
「長いペナントレースの1試合にすぎないけどね。これがピークだった、なんてことにならないように頑張るよ」
家でみやこと二人、ささやかな祝勝会をした。初めてのアウトをトリプルプレーで奪った記念ボール、八回表のラストボールの他にも結局15球もみやこは持って帰ってきていた。三振はいいとして内野ゴロやフライも初めてのボールはぜんぶ回収している。
「完投や完封、節目の記録などまだまだ増える。いずれみちの偉業を讃える記念館ができる、そのときに所狭しと展示されることになるでしょうね」
「………わたしの記念館………一日で10人来るかどうか……」
さすがにまだ先の話だ。みやこがたくさんボールを集めているとしてもいまのままだと記念館の展示はスカスカだ。もっといっぱいボールや他のものを飾るためにも、明日の試合からもう一度頑張らないと。今日のことで浮かれるのは今日だけだ。
『ゴーレムズは開幕戦黒星スタート。しかし最後の追い上げは明日以降の反撃を予感させました。横浜は太刀川の好投が光りましたが、初物に弱いゴーレムズのジンクスは健在でした。まずは張田さん……いかがでしたか?』
『初物関係なしに太刀川はいい投手ですよ。昨年のオールスターのときも言いましたが、太刀川は体格、投球フォームに球種……私たちが現役だったころのピッチャーそのものですよ』
『走り込みで下半身強化に積極的に取り組み、根性で勝負するピッチャー……張田さん好みの投手ですね』
『他球団の選手と馴れ合わないのも好感が持てますよ。150キロ超えは一球もありませんでしたがバッターは160にも感じたでしょう。昔の投手はみんなこうでしたよ』
戦前の日米野球とかで投げていたあの投手は150を出していたとか、170キロ、180キロを投げていたと豪語する昔の大投手。そんなわけがないのはわかっているけど、もしかしたらあの時代の投手たちの魂の込められた球はそれくらいに見えたんじゃないか。どうせ確かめる方法もないんだから夢を見るくらい自由だと思う。
『………で、では村野さんは?』
『……張田の言う通りだよ。普段は対立してばかりだけど、あんな投手がまだいたなんてね。これから注目してみたくなりましたよ』
高齢の解説者ほどわたしを高く評価してくれた。毒舌で知られる人でも手放しに褒めてくれたとか。
『私事ではありますが、去年妻のサチ子と死に別れましてね。私もすっかり生きる気がなくなって……もういつ死んでもエエ、そう思いながら今日までぼんやり生きていたんですわ』
『えっ……!?村野さん……』 『………』
当時はまだ女性同士の結婚が当たり前じゃなかった時代。村野さんは兼任監督の座を追われチームから捨てられても愛を貫いた。サチ子さんが亡くなったのはとても辛かっただろう。
『ただ………あの太刀川がこの先どれだけの投手になるか、見てみたくなりましたよ。それまでもう少し生きてみようかなと思いました。サチ子にはちょっと待っていてもらいますが、なあ張田』
『……そうですね。かつての先輩方や仲間……彼女たちにいい土産話を持っていかなくちゃなりませんからね。これからの活躍を楽しみにしますよ』
土曜日の朝になった。プロ野球開幕ということで、スポーツ新聞は野球一色だった。わたしの顔が一面を飾る新聞が多いなか、つい狂スポに手が伸びていた。また面白おかしく書いてあるのかなと楽しみに読んでみた。ところが、
『横浜ブラックスターズの先発太刀川がゴーレムズ打線を真っ向から打ち倒し、プロ初登板初勝利となった。セ・リーグを代表する菅以上のピッチングを見せ、八回を被安打3で無失点。打者としても先制タイムリーを放ち、新浦監督の初陣を飾る活躍。二刀流挑戦は視界よし、ようやく本来の実力を発揮する機会に恵まれたプロ六年目の苦労人から目が離せない』
なんだか普通だ。まさか賀瀬さんがクビになって執筆の人が変わった?慌てて賀瀬さんに電話してみた。
「賀瀬さん!今日の記事は!?とうとう解雇…」
『みっちゃん、それは私が書いたよ。あんな活躍を見せられたら茶化すなんてできないって。みっちゃんのインタビューをテレビで見ながら感動しちゃって涙が止まらなかった……ずっと頑張っている姿を知ってる私は泣いたよ』
「………賀瀬さん………」
『これからも狂スポはみっちゃんの応援を続けるよ。そのやり方が変わるだけでね……』
シーズンだけじゃない。いろんなところでいろんなことが新たに始まろうとしていた。




