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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第62話 重い先制点

 この開幕戦は当然テレビ中継されていた。出場しているわたしたちがその実況や解説をプレーしながら視聴するのは無理だ。だけど怖いもの見たさという意味でみんなこの放送には注目していた。


『今日の解説は超豪華!説明不要の名将『村野カツ代』さん、そしてご意見番、張田伊佐美さんです』


 犬猿の仲の二人を並べていた。わたしが生まれる前のミルルト黄金期を築き、選手としても伝説の人、村野さん。この人が以前に少し触れた、張田さんが若いときにオールスターゲームの後のお風呂でちょっかいを出して、その後もネタにしたせいで打席でバットで殴られた人だ。


 二人とも高齢の女性で、気難しく互いの意見を全否定する。それがついに今日、共演した。どちらか、もしくは両方が高血圧か何かで倒れるか殴り合いが始まるかもと言われていた。



『ゴーレムズは7番の舛田が打ちましたが……ピッチャーゴロ!これではいくら足が速くても無理!スリーアウトチェンジです。どうですか、ここまでの太刀川の投球は?菅には見劣りしますが何とか無失点、まずは張田さんから………』


 張田さんは深くため息をついてから話し始めた。


『………あなたは野球実況のベテランだったはず。それなのに見る目がなさすぎて……悲しくなってきたわ』


『は………はい?』


『太刀川が菅に劣る?どこをどう見たらそう言えるのか。彼女は自主トレ期間中、かなり走り込んだと聞いている。下半身の安定感や力強さが菅とは比べ物にならないでしょうに』


 辛口コメントが多いハリーこと張田さんにしては手放しにわたしを褒めたそうだ。そういえばオールスターのときも評価してくれていた。となると村野さんは逆の意見になるだろう。 


『下半身……村野さんはどうお考えですか?』


『う~ん、足腰だけじゃない、全体的にしっかりしとるね。この回はコントロールが素晴らしかったから、これが続けば投げ勝つのはこちらじゃないかと思いますけどねぇ』



 大物たちに菅以上の投手だと言われていることをこのとき知らなくてよかったと思う。気持ちが舞い上がってしまって相手の打球まで大空高く舞い上がる事態になっていたはず。



『菅の圧倒的なピッチングが続きます!オープン戦絶好調のフォックス、急成長した佐々野、巧打者中園を寄せつけません!』


 六者連続三振こそ免れたとはいえ、いまだ打球は外野まで飛んでいない。強い打球のアウトも惜しいファールもなかった。セ・リーグで最強の投手が絶好調だとどうしようもない。



『坂友はセカンドへのポップフライ!三回もゴーレムズは三者凡退!しかし珍しい、去年のブラックスターズのような無意味な早打ちでゴーレムズ打線が凡打を重ねます』


『太刀川の球が一見打ちやすいからでしょう。球速は150に届きませんし変化球もそんなに曲がらない。だから厳しいコースに手を出してしまう』


 三回で球数は31球。三振3つ、四球1つの割には少なかった。緊急登板だからそんなに長くは投げないだろうけどこれならいけるところまでいけそうだ。



「みやこが8番だなんて……ぜいたくな打線だね」


「私としてはあなたが9番というほうが驚き。あの外国人たちよりずっと期待できるのに。ただしこれは私には捕手、みちには投手の役目に専念してほしいという理由がある。昨年までの適当で滅茶苦茶な打順とは違う」


 わたしが先発投手として出場するときは打順は必ず9番だとキャンプの時点で監督は決めていた。前日に他のポジションでスタメン、4番を打っていたとしてもラストバッターにすると。


「ただし交流戦、パ・リーグの本拠地で指名打者制のときどうするかはまだ決めていない。そのときの調子次第だね」 


「はい。そこまで一軍に残れるように頑張ります」


「ハハハ!一年間上にいてくれないと困るよ!」


 

 肩や指を痛めるような打撃や走塁は去年よりも何倍も注意しないといけない。自主トレやキャンプの期間中にもみやこやコーチたちに何度も言われた。全力プレーはいいけどケガだけは気をつけてほしいと。


「わたしは別に何も変えなくても……おっ!?」 


 先頭打者の石河さんの打球はボテボテ、狙っても打てない死んだ勢いのボールがピッチャー、キャッチャー、サードの誰が捕っても間に合わないようなところに転がった。狙ってこれが打てるんならみんなやってる。首位打者確定だ。 


『振り遅れ、カスった打球が内野安打になりました!両チーム合わせて初めてのヒット!』



 石河さんのラッキーヒットがノーアウトから飛び出した。ただ、今日の菅から連打は難しい。いくらみやこでも攻略するのは苦労しそうだと眺めていると、


「……えっ!?」 「……………」


 みやこは1球で上手に送りバントを決めた。1アウト二塁にはなった。だけどこれは………。



『は、8番とはいえ昨年あれだけ打った木谷がバント……これはベンチの指示でしょうか?それとも木谷本人の判断なのか……ピッチャーの太刀川にチャンスで回しました』


『自分より太刀川のほうが打てる可能性は高いと信じているんでしょう。これで併殺もなくなりましたからね』


 みやこのほうが去年の打撃成績は全て上だった。でもそれはわたしの打席数が少なかったせいだという。



「みちのホームランは10本全部が完璧なホームランだった。私のものは狭い球場やその日の風に助けられたものもある」


「どれだけ飛ばしても1本は1本だよ」


「いいえ、この差は必ず一年間フルで出場したとき、数字に差が出る。みちは田沼や村下、外国人たちよりも本塁打王に近い存在!」


 

 本塁打王か。アメリカに行ったセトが来日一年目にケガで出遅れたのにハイペースで打ちまくってタイトルを獲った。でも普通に考えたら打席にたくさん立たないと無理だ。


(……いけないいけない。ここで狙うのはホームランじゃない。石河さんの足は速いんだからヒットでいいのに)


 ゴーレムズの優勝がかかった大事な試合でわたしは菅から特大ホームラン、あの感触を早く忘れないと一発狙いの低打率バッターが生まれてしまう。狙うだけでたくさん打てる保証もない。



「…………」


 わたしは去年のことをさっさと忘れようとした。しかしマウンドの菅はあの日からずっと覚えていたようだ。


「太刀川〜〜っ………あのクソチビ!あいつさえいなければ私たちが日本シリーズ!原田監督も辞めなくてよかったのに〜〜っ………!できることなら殺してやりたい!」


 まさかそれはないだろうと思う。でもわたしがケガをしない理由の一つ、危機察知能力が警報を鳴らしている。ここは注意して打席に入ろう。




『さあ得点圏にランナーが進んでバッターは太刀川!マウンドの菅、まるで主砲に対するような鬼の形相で……投げましたっ!!』

 

 菅の指からボールが離れた瞬間、わたしは思いっきりしゃがんだ。そこまでしなくてもよかったかもしれない。


『あ―――っ!これは大暴投!菅にしては珍しい!太刀川の頭上、そのさらに遥か上!』

 

 石河さんが進塁して一死三塁。これなら何でも1点だ。高いバウンドの内野ゴロ、犠牲フライ、ワイルドピッチや牽制悪送球でも点数が入る。みやこのバントは大正解だった。



(………ぶつけてしまおうという気持ちと野球で借りを返そうという気持ちが葛藤してどちらでもない球になった!)


 マウンド上で菅が悔しがる。わざとやったわけじゃないようだ。その後ストライク、ボールときて2ボール1ストライク。コーナーを突く完璧な投球が甘くなるとしたらここだった。


 ちなみに今年のわたしの応援歌はかなり特殊だった。一月ごとに応援歌が変わるという前代未聞の応援団の遊びだった。昔の応援歌をまたやりたいけどなかなかできない、なら太刀川でやればいい。一週間だと慌ただしいから一ヶ月でローテーションするそうだ。



『太刀川に対して4球目、菅、投げましたっ!』


「うりゃ―――――――――っ!!」


 低めだけどコースがやや甘い。強引に引っ張った。



『打った!これは速い打球!しかし前進守備のサードゴロでは………』


 真正面ならだめだ。でも少しでも左右ならわたしの勝ちだ。サードの長崎、去年から打球反応が鈍くなっているのをわたしたちは知っていた。正面の強烈なゴロやライナーは捌けるけど、動かなくちゃいけない打球への反応はピークを過ぎている。そこまでわかってゴーレムズは獲得したのかな?


「長崎さん!バックホーム………えっ!?」


『いや、抜けた!抜けたぞ!長崎は打球が抜けてからダイビング!ヒットになりました!ブラックスターズ、ピッチャーの太刀川が自らを援護するレフト前タイムリーヒット!三回の裏、先制したのは意外にもブラックスターズでした!』



 スタジアムじゅうが揺れた。大歓声や歓喜、得点を祝う歌が響くのがライト側、落胆やため息、怒りの声が出るのはレフト側。


 今シーズン最初の打席でいきなりタイムリー。チームの今年初打点はわたしだ。一塁コーチの新堂さんとハイタッチした。


「最高のスタートね。おめでとう」


「ありがとうございます。チームもわたしもこれが続けばいいんですが………」


「それは厳しいかもしれないわ。菅が相手だと」



 コーチの予想は当たり、上里さんは三振、大和さんはセカンドフライだった。あまり粘ると塁上のわたしが何度もスタートしないといけないから大和さんは早打ちを強いられた。チームプレーだから仕方ないにしても、ちょっと申し訳なかった。



『この回先頭のウィーガーはファーストゴロ!フォックス、やや緩慢な動きでしたが太刀川がベースカバーに入りアウト!』


 みやこや石河さんは、普通にやってたら自分でベースに入れただろうとフォックスを睨みつけていた。でもわたしは正直なところ、早めに実戦でピッチャーの守備をやりたかった。練習と本番はまるで違うから、いつまでも機会がないと不安になっていた。ほんとうにちゃんとできるのかと。


「いい調子!あいつらはまだノーヒットだわ!」


 ベンチから声が飛んだ。あっ、言われてみればまだヒットを打たれていない。初回のピンチのせいでそんな感じはしなかった。だけどテレビの野球中継とかでもそうだ。こういうのは口に出すとたいていの場合………。



「……ほ〜ら、やっぱり………」


『四角がセンター前にクリーンヒット!ゴーレムズに初ヒットが生まれました!』



 勝負球の前の球を打たれてしまった。1アウトからの走者、あまり焦る展開でもない。次のバッターが彼女でさえなければ。


「………田沼……侑」



 黄金軍の若き4番田沼を迎え、試合の主導権……いや、結果そのものを決めそうな打席だった。

 村野カツ代 (解説者)


 現役時代は右打者として歴代最高の成績を残し、捕手としても超一流だった。兼任監督の経験もあり、引退後は弱小チームを率いて好成績を残す紛れもない名将。鈍足で打球が速いのて併殺数はぶっちぎり1位、みっちゃんと似たタイプの選手だが、あまりにも凄いレジェンドであるためみっちゃんは目標の存在とすら考えられなかった。


 元になった選手……自称月見草のあのお方。数々の偉業、伝説、畜生行為はこれからも語り継がれなければ球界にとって大きな損失だ。南海、ヤクルト、阪神、楽天と率いて生涯勝率5割は素晴らしいの一言に尽きる。教え子たちも数多く選手や指導者として大成した。




 みっちゃんの応援歌(3・4月)


 前年はシーズン途中から呪いの歌『ニューヒーロー』を与えられた。今年はなんと月ごとに懐かしの応援歌がみっちゃんで蘇る企画が行われている。


 4月は『限りないパワーを感じてる』応援歌。この元ネタの選手は開幕戦がピークだった外国人。みっちゃんも開幕戦が一番よかった、とならなければいいが……。

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