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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第61話 あの日と違うのは

 試合前練習、数々のセレモニー……ほとんど覚えていない。気がついたら始球式も投球練習も終わっていた。いよいよプレイボールとなってもわたしはいまだに夢の中にいるようだった。


『先攻のゴールデンゴーレムズ、1番、ショート、坂友。ショート、坂友!背番号6』


「プレイボール!」


 ゴーレムズの応援が始まる。ようやく目が覚めた気がした。みやこのサインは直球、内角だった。



(そうか……わたしが投げないと試合が始まらないんだな)


 初登板が開幕戦の先発投手。僅かな例しかないとはいえ別にプロ野球界初めての話じゃない。でもそれはほとんどが期待の新人で、六年目の去年まで控え捕手だった選手が公式戦初登板で開幕投手なのはこれまでも、これからもないと思う。



『さあ今年も始まりました女子プロ野球!横浜は今中が高熱でダウン!その代役はなんと太刀川みち!オープン戦でも痛打されるシーンが目立ちましたが………その初球!』


 いつも通り、足を大きく上げて投げた。自主トレで心がけた下半身の安定、球を放す位置。練習でやったことが完璧にできた。


『小さな体からダイナミックなフォームで投げました!打った、坂友が初球打ち!しかしこれはショートゴロ!』


 ストライクを取りにくると読み間違えたのか、坂友を打ち取った。平凡で難しくないゴロだった。



『ショートの名手、大和が捕る……あ―――!?弾いた!今年から横浜の大和撫子!まさかのファンブル!』


 Eの文字が点灯する。ゴールデングラブ賞にも選ばれた大和さんがエラーだ。すぐにマウンドに走ってきた。


「ごめん……緊張してないはずなんだけど」


「ハマスタのバウンドって難しいんですよ。大丈夫です。次の梶田でゲッツーお願いします」


 大和さんがエラーしてくれたおかげでわたしの緊張は完全になくなった。こんな上手い人でも失敗するのならわたしが何を怖がる必要があるのかと。


 

 無死一塁。2番は去年からゴーレムズに入ったかつての先輩梶田。さすがにブーイングはもうなかった。


(低めに直球………オッケー)


 セットポジションからみやこの要求通りに投げる。すると梶田はバットを寝かせた。予想外だった……バントだ!


『梶田は送りバントだ!しかしこれは強く転がってピッチャー太刀川の正面だ!』

 

「やった!セカンド………うがっ!!」


 チャンス到来に焦りすぎた。わたしの送球は悪送球になって外野へ転がっていった。


『二塁に滑り込んだ坂友はすぐに起き上がって三塁へ!ブラックスターズ、なんと2球で2エラー!』



 さっきの大和さんと同じ言葉が出た。緊張してないはずなのに。完全に真っ白になったわたしは続く四角にストレートの四球を与え、ノーアウト満塁の大ピンチとなった。


『ノーヒットで満塁!しかも無死、しかもしかもバッターはゴーレムズの若大将、4番田沼侑!』


 内野が集まるにも三塁はロメック、一塁はフォックスの助っ人たち。石河さんと大和さんが互いに一声かけてくれるだけで終わり、その後にみやこが来た。マスクを外すと、その顔は笑っていた。わたしの嫁はやっぱり美人だなあ、なんていらない感想に浸っている場合じゃない。どうして笑顔?



「うふふ、みち。この状況……どこかで似たようなことがあったのを覚えているかしら?」


「いきなりこんなピンチ………あっ!」


 思い出した。わたしとみやこが初めて出会ったあの試合だ。今和野高校対令嬢実業の試合、似てるどころか同じだ。


 先頭打者が野手のエラーで出塁、次の打者のバント処理をわたしがミス、そして四球で満塁。迎えるは最強バッター………あのときの打者はみやこだった。


「私は詰まったセンターフライ……しかしセンターの落球で私まで生還した。内容ではあなたの完勝だった……今回は下手な高校生がバックではない、プロの野手が守っている!」


「それ以上に大きな違いがあるよ。キャッチャーはみやこなんだ。あの日以上に全力で投げられる。バッターもみやこじゃない、もっと楽な相手だよ」


 みやこが嬉しそうに微笑み、わたしにボールを手渡ししてホームベースに戻っていった。ああ、あの日の続きというかやり直しをしている気分だ。追い詰められたなんて気持ちはちっともない、田沼との勝負を楽しみにしている自分がいた。



「若大将!今年こそ三冠だ!」 「田沼さーん!」

「侑さん素敵!愛してるわ―――――っ!」


 老若男女、みんな若大将が大好きだ。一方で、


「ふざけんな新浦!さっさと何の役にも立たないゴミをマウンドから降ろせ!」

「新浦も太刀川も大和も帰れ!太刀川死ね!」

「レズレイプしてやるわ―――――っ!!」


 わたしのほうはとんでもない罵声の嵐、初回からスタジアムの警備員や係員に緊張が走っているのが伝わってくる。何かあったらお願いします。



(…………!!)


(みち、この球しかない) 


 プレー再開、みやこのサインはど真ん中に全力投球。あの日と全く同じだ。だったらわたしもとことん付き合おう。



『おっと!太刀川はセットポジションをやめてワインドアップ!満塁だから走者は気にしなくてもいいということか?』


 絶対に盗塁はない場面、しかもこれは罠かもと思ってゴーレムズの三人のランナーのリードは小さい。



「応援してくれる皆さんのためにもここは打つ。夜空の星にむかって特大のホームランを!」


「うおおぉぉおお〜〜〜〜っ!!」



 わたしと若大将・田沼の意地とパワーがぶつかり合う。高校野球最後の試合でみやこに投げたあの球よりもずっと力を込めて、全力の速球をみやこが構えるミットに投げた。 



『太刀川、大きく振りかぶり投げましたっ!!』


「え………ひ、光の矢…………!?」



 田沼がフルスイングした瞬間、木のバットが粉々になった。そのまま田沼は転倒し、みやこはバットの破片を無視して素早くボールを捕るとホームベースを踏んだ。


『あ―――っ!!バットが砕け散って田沼が倒れた!打球は真下に落ちたが木谷が拾ってホームを踏む!ワンアウト!あっと、木谷はそのままサードに送球!』


 みやこは見逃さなかった。三人のランナーのうち、二塁ランナーの梶田は田沼が倒れた瞬間、バットが砕けたのもあってスタートが遅れていた。衝撃的な光景に動きが止まっていたという。


『サードもアウト!そしてすぐにロメックは一塁へ送球!しかし送球が逸れたか!?田沼は俊足………だ………』


 ゲッツー完成。でもロメックの送球が悪い。一塁手のフォックスはベースから足を離して捕らないといけなかった。だから一塁はセーフ………。



『い、いや!フォックスは余裕を持って一塁ベースを踏み直します!田沼は手首を抑えたまま、まだバッターボックスと一塁の中間を走っていました!アウト、アウトだ!』


 去年の日本シリーズ、木更津さんが柳葉を仕留めたあの球がわたしにも投げられた。憧れの存在に近づけた喜びに小さくガッツポーズしていると、敵も味方もみんな自分のベンチに帰っていった。



『ト、トリプルプレーの完成です!2ー5ー3でスリーアウト!キャッチャーゴロ三重殺!二塁ランナーをよく見ていた木谷が目の前の田沼にタッチせず三塁に投げたのが大ファインプレーでした!終わってみれば7球でチェンジ!』


 スタジアム全体がどよめいた。ブラックスターズファンは歓声を、ゴーレムズファンはため息をつくのも忘れ、ただただ驚き、何が起きたのかを近くの席に座る人同士で語り合うしかなかったようだ。


「よかった〜……ラッキーだった!」


「2点は覚悟したのに無失点!最高だわ!」


 ベンチで熱い歓迎を受けた。初回で試合が終わったと諦めていたら奇跡のトリプルプレー。みやこはわたしが初めて奪ったアウトの記念としてボールを持ち帰っていた。今年もボール集めは続けていくみたいだ。



「運なんかじゃない、これがみちの真の実力。私に勝ち、心まで掴んだのだから当然の結果」


「あはは、みやこが味方だったおかげだよ」


 あの日は4失点、今日は無失点。でも一回表が終わったばかりで、喜ぶのはまだ早い。ゴーレムズ打線は5番以降も強力で、しかも中盤や終盤によく打つ。気は抜けない。



『ライトの梶田に代わりましてウィーガーが入りレフト、レフトの四角がライトに入ります』


 わたしが悪送球しただけで本来ならバント失敗、しかも走塁ミス。手首を痛めた田沼じゃなくて梶田を下げた。


「まだ初回なのにね。ゴーレムズは厳しいね」


「いえ、これは仕方ない。もし私に指揮権があるのならあなたの足を引っ張る選手たちは試合中であっても荷物をまとめて横須賀に行かせる。あなたの素晴らしいショーに水を差す愚行を犯したのだから、誰も同情しない」


 みやこは口だけじゃない。行動力があるし、クールに見えて実は感情が激しい。やりたい放題できる権力を与えちゃいけない人間なのかもしれない。




『これは凄い!ゴーレムズの先発、菅が完璧な立ち上がり!上里、大和、ロメックと三者連続三振!太刀川と違い真の実力で抑えてみせました!これがエースだと!』


 わたしは7球、菅は11球。内容は大違いだけど無失点の立ち上がり。そして二回の表、ライトスタンドが大ブーイングだ。


『FA権行使での移籍で今年からゴーレムズでプレーする長崎!横浜ファンは彼女に容赦ない罵声を浴びせます!』



 長崎は入団会見で「ずっと黄金軍に入りたかった」とか「ブラックスターズは嫌いだった」なんて失言をしていないのにこれだ。もしわたしが去年の秋にトレード成立してペンギンズに行ったら危なかった。


「子どものころからペンギンズが大好きでしたから嬉しいです。応援歌も横浜のやつよりペンギンズのほうがいまでも歌えるくらいですから。あのまま控え選手でいることを考えたら横浜を出る喜びに満たされています」


 いくら選手に決定権がないトレード移籍だとしてもハマスタではブーイングの嵐、とても街を歩けなかっただろう。



「………」


 かつて元監督のラメちゃんが現役時代、ゴーレムズに移籍してブーイングを受けても全く気にしていなかった。悪態をついて挑発し返す選手もいた。さて、長崎はどうだろうと様子を見たらこれは敵ながら同情するくらいショックを受けていた。


「ストライク!バッターアウト!」


 でも勝負だから……ありがたく三振をいただいた。これが公式戦では初奪三振。みやこがボールを内野に回さずにベンチに転がしていた。


「いけるで!ゴーレムズなんて楽勝や!」

「このまま記念ボールでベンチを埋めつくせ!」


 紀子さんや皆藤コーチから励ましの声が飛ぶ。最初はどうなるかと思ったけれどこれならいけそうだ。




『打った―――っ!!ゴーレムズの若きアーチスト、岡戸の打球は特大!場外に消えそうな勢い!』


「うわっ!!」


『しかしこれはファール!絶好球すぎて焦ったのかもしれません!タイミングが早くポールの外!』



 いやいやいや………命拾いした。少しでも気を抜いて慢心したらこれだ。全力投球の球じゃなくても一球一球丁寧に投げないと即死だ。油断できる身分じゃないし実力でもないんだから。


「あ―――っ!悔し―――っ!!」


『岡戸は空振りの三振!三振前の大ファールに過ぎませんでした!これで2アウト!』



 まだ二回表の途中。ほんとうの試練はこの先だ。

 FAは選手の権利、だからチームを出ていっても私はブーイングはしません。とはいえもうよその人間なので応援もしません。


 活躍していたら引き留めなかった球団の甘さを悔やみ、そこそこだったらたまにはその選手の思い出に浸り、大失敗であれば静かに悼みます。


 

 横浜から出ていく選手の結果は様々ですがだいたいは成功しています。一方で横浜に来る選手はほとんど悲惨な結果になっています。トレードや戦力外からの獲得で成功する選手は多いのにFAは………。今回から登場の『大和 撫子』の元ネタの選手は最近出番こそ減っていますが四年目を迎えられたのでいいほうだと思います。

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