第59話 調整ミス
フルスイングが代名詞のスラッガー、奈村紀子。ホームランを確信したときのバット投げや派手なリアクションで大人気の選手だった。弱点というか欠点もかなり目立っていた。
「ゴーレムズがウチにどれくらい出してくれんのか興味はありますわな。ジャガーズの話もまた聞きたいし」
とにかくお金好きで、いろんな要求をしては球団を困らせた。だから少しでも力が落ちたらすぐに放出になってしまう。
「若手選手にパワハラしてたって聞いたわ」
「采配や指導への批判もあったとか………」
悪い噂もいくつかあった。でもわたしはあまり心配していなかった。新しいチーム、しかも今回がおそらく現役最後のチーム。頼れるベテランとしてわたしたちを支えてくれるはずだと。黒ノリと呼ばれる悪い顔は出てこないと信じられる。
「どうも、奈村です。今日からブラックスターズの一員として精一杯頑張らせてもらいます」
練習前にさっそく自己紹介の場があった。代田二軍監督と並んで満面の笑みで頭を下げる奈村さん。わたしはすぐに拍手したけれど周りが誰もついてこない。どう迎えたらいいかわからずみんな棒立ちだった。
「こちらこそよろしくお願いします!」
こうなるとわたしもいつまで拍手を続けたらいいのかわからない。異様な空間になりつつあったけど、わたしに続いてみやこが手を叩いて歓迎の意を示すと、一気に全員拍手をした。
(……わたしじゃ誰も動かないけど、みやこならみんなついてくるってわけか。我ながら悲しいな)
「今日は一軍との紅白戦もあるから、入れ替え目指してしっかりやるように!スタメンを発表する!」
表向きはいまだ故障明けで調整中のみやこはベンチに入るだけで出場はなし、奈村さんはいきなり先発出場、わたしは二番手の投手として3イニング投げる予定だった。
「ナイスバッティング!鋭い打球ですね」
「ハハハ、ずっと練習はしてたからこれくらいの球なら楽勝やね。すぐに結果を出さんとまずいからなあ」
さすがは元ホームラン王。全力投球じゃないとはいえわたしの球をスタンドまで運んでいく。新浦監督が連れてきたのはただ友だちを救済するためってわけじゃないみたいだ。まだキャンプは始まったばかり、開幕一軍もじゅうぶん間に合う。
「あまりノリを持ち上げないでよみっちゃん!すぐに調子に乗って黒いところが出るんだから」
「ちょ、何を言うとるんですか!」
奈村さんの暴走が起こらないように二軍コーチ陣の年齢も高めだ。しかも新浦監督は親友。その親友の顔に泥を塗ったり、まして采配の悪口なんか言ったりはしない。球団としてはちゃんと計算済みで奈村さんを獲得したというわけだ。
「そうそう、木谷。お前のバッティングを動画で見たけどな、あれさえ直せばもっと………」
「……!確かに。自分ではわかりませんでした」
あのみやこにアドバイス、しかも的確。コーチとしての働きも求めていた球団の狙いは成功している。わたしもいろいろ教わらないと損だ。迷惑にならない程度に近づいてみよう。
(あの子に救われた。明らかに厄介者が来たって空気だったからな。ウチの悪い評判は予想以上に広がってた。今どきこんな純粋な目をした子がいるんだな………)
意外なことにこの後、奈村さんのほうからわたしに話しかけてくれて、打撃の微妙なズレを指摘してくれたり昔の経験を話してくれたりした。みやこがいるところでそうしたのも、わたしたちの関係に配慮してみやこに余計な心配をさせないためだったのかもしれない。そのおかげでみやこも奈村さん、いや、紀子さんと親しくなった。
『打ったー!二軍メンバーチームの紅組、5番の奈村がタイムリーツーベース!紅組が主力勢の白組を圧倒!』
一軍入りアピールに燃える紅組が得点を重ねる。
「ストライク!バッターアウト!」
『投げては紅組二人目の太刀川がパーフェクトピッチング!一人のランナーも許しませんでした!』
みやこじゃない別の捕手と組んで、しかも全力投球封印でも完璧に抑えられた。普通のスポーツ新聞でもなかなか大きな記事になったけど、狂スポが頭一つ抜けていた。
『今年から投手挑戦の太刀川が圧巻の投球でその名を全野球ファンに知らしめた。キャンプは始まったばかりとはいえ、ブラックスターズの主力打線をたやすく料理。勢いと技術両方においてすでにマウンドの支配者と呼ぶ動きがあってもおかしくないような気がする』
「…………」
『隕石落下クラスの不運がない限り最優秀投手賞受賞はほぼ内定、チーム成績に関わらずリーグMVPは当確と結論する見方が広まりそうな気配もあり、他球団は無駄な抵抗をするよりも降伏したほうがダメージが浅いかもしれない』
相変わらずオーバーだ。そもそも野球で試合前から無駄な抵抗よりも降伏ってどういう状況なんだろう。相手の絶対的エースにはダメ元で谷間の投手をぶつけるとか、主力の休養日にするとか?まあ狂スポの書くことは無視していいか。
頼れるベテランが仲間になって、わたし自身も絶好調。これで今年はわたしもチームもいい年になる、そう思っていたのが甘かった。わたしの好投は思わぬ展開を生んだ。
「………」 「………」
これまで数年間先発投手として横浜を支えた先輩たちからしたら、実績のないわたしがいきなり背番号18をもらって、しかもローテーション当確なんて聞いたら面白くないのは当たり前だった。競争意識が激しくなったのはよかったけど、オープン戦がコンディションのピークになった。みんな早く仕上がりすぎた。
『これは凄い打球!レフトスタンドに突き刺した!』
野手では、とにかく二人の新外国人がオープン戦で大暴れした。わたしや紀子さんとポジションを争う二人は早くも首脳陣を笑顔にさせる。打率も長打率も文句なしだ。
何が言いたいかというと、チーム内にライバルがとても多い。チーム全体がスロースタートな去年までと違って、この時期から全力全開。みやこですら、読み間違えた。
「木谷はまだ完調ではないと記者に言っちゃってるから……キャッチャーは山木。みっちゃんも今日は7割くらいの力で投げてほしい。打たれたとしても撒き餌だよ」
「はい」
新浦監督もそれは同じだった。わたしを開幕ローテーションに入れるのは確定、内容よりも調整に重きを置くようにと指示された。みやこも監督も、シーズン開幕に合わせていた。結果的にそれが大失敗で、そしてわたしは素直すぎた。
『これは大きい!打った瞬間のホームラン!これで5点目!今年から二刀流の太刀川、球威がありません!』
三回で5失点。いいところがまるでなかった。
『昨年のパ・リーグ覇者のスーパーコンドルズ、打線爆発!9番打者のキャッチャー、甲斐田にも一発が飛び出して8ー3!太刀川のスライダーを仕留めた!』
「えへへ、御無礼っ!」 「………」
二試合目は四回を投げて結局9失点。キャッチャーがみやこじゃないから打たれるのか、気持ちを全面に出すのが武器のわたしがそれを封じて投げているからだめなのか、そもそも実力が足りなかったのか………わたしを含めて皆がわからなかった。
「……みっちゃん、まさか私たちのせいで……」
「気に病ませちゃったかしら………ごめんなさい」
わたしをライバル視していた先輩たちすら心配して、ピリピリしていたのを謝らせてしまうほどわたしの投球は酷かった。こうなったらバッティングで取り返すしかないと野手としても出場したけど、今度は焦りすぎて結果が出なかった。
もともとの予定ではオープン戦の内容がいくら悪くても構わないはずだった。だけどチームとしては嬉しい悲鳴、わたしにとってはとてもまずい展開になっていた。
『止まらない―――――っ!!凄いパワー、フォックス!規格外の助っ人がやってきた!セト以上だ!』
アメリカのメジャー選手、『ソレミア・フォックス』。年俸3億円以上の大奮発が大当たり、勢いが止まらない。
『こちらも負けていないぞ、『ジェンティル・ロメック』!ライナーがそのままスタンドインだ!』
もう一人の新外国人ロメックも素晴らしい。わたしが9失点した試合は二人の助っ人を中心とした打線の力でなんと逆転勝ちしている。二人のポジションはそれぞれファーストとサード。外野三人もほぼスタメンは固まり、わたしは野手としてはベンチスタートが濃厚になった。紀子さんも代打要員になった。
『まさにナイスピッチング!今年のブラックスターズは助っ人たちが引っ張ることになりそうです!新戦力のリッチ、練習試合とオープン戦、いまだ自責点なし!』
わたしが入るはずのローテーションに割り込むほどの好投を続けたのは『ボルジア・リッチ』。サウスポーが次々と三振を奪う姿を見たら、わたしと入れ替わって先発ローテーションを勝ち取るのも納得だった。オープン戦首位を走るチームにわたしは完全に取り残されていた。
『ブラックスターズの詐欺師こと太刀川みちは今日もノーヒット。身長だけでなく能力もリトルリーグレベルであることを証明し、今年の秋の戦力外最有力候補に名乗りを上げた。投打共に精彩を欠き、二刀流挑戦がいかに無謀で図々しい行為であったかを証明してしまった』
「……………」
『チームは絶好調、太刀川に注目させ他選手のマークを緩くした新浦監督の有能ぶりが際立つが、そのために太刀川に背番号18を与えてしまったのは大きな代償でもあった。醜態を晒し続ける太刀川が第三捕手の立場に戻るのは時間の問題かもしれない』
ここぞとばかりに狂スポが煽ってくる。でも事態はもっと深刻で、みやこと組んでそこでもだめなら第三捕手どころか二軍スタートというピンチに陥っていた。
(油断や慢心はなかったんだけど……厳しいな)
去年の年末からの自主トレ、それにキャンプのときはまさかこんなことになるなんて考えてもいなかった。今年はいけると夢見ていたのがほんとうに夢になっちゃいそうだ。昨シーズンの開幕ですら一軍にいられたのに………。いただけだったけど。
「……これは完全に私の失敗だった。余計な動きをせずに二人で一軍キャンプに参加しオープン戦でも結果が出せるように調整していれば………」
「いまさら悔やんだって仕方ないよ。日本代表を回避してゆっくり仕上げる、みやこだけじゃなくて球団もそう考えたんだから。わたしも危機感がなかったのがいけなかった」
チーム内のハイレベルな競争の流れにもっと敏感だったら、みやこや監督たちが何と言おうが気持ちを切り替えて方針転換できたはず。誰が悪いかと聞かれたらもちろんわたしだ。
「それより明日の試合に意識を向けよう」
「………ええ。先のことはそれから考えましょう」
かなり落ち込んでいるみやこを慰めるように抱きしめてあげたけど、わたしのせいなんだよな、この窮状は。
好事魔多し、いいことばかりはありゃしない。思い描いていた理想は叶わなかったけど、気持ちは切らさずにいこう。
奈村 紀子(横浜ブラックスターズ内野手)
キャンプ途中から加入した新浦監督の友人。右投右打。フルスイングからホームラン量産、そのぶん金や人間関係のトラブルも量産し、所属チームがなかったところをブラックスターズに拾われた。40歳とは思えないほどプレーめ外見も若々しい。
元になった選手……まあだいたいあの方だというのはおわかりでしょう。実績やエピソードが豊富すぎて逆にここでは書けない。
横浜入団の初年度はセカンドを守ったことも。そして横浜ベイスターズとしての最終戦、最後のバッターだった(その裏に石川のエラーから山口がサヨナラ満塁弾を打たれて負けという最低の試合)。翌年はラミレスが出遅れたため、DeNAの初代4番でもある。




