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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第58話 日本代表辞退

 山奥の別荘での自主トレ二日目。まずはわたしの希望通り走り込みからスタートだ。前半の5キロをみやこ、後半の5キロを練習の手伝いをしてくれる井上さんがいっしょに走る。この坂だらけのコースを10キロ走ってその後すぐ練習できる人間はほとんどいないらしいからだ。


「ふ〜っ……いい汗かいた。じゃあ投球練習を始めようかな。フォームを確認して安定させるところから……」


「はぁ、はぁ………す、凄い体力ですね。マラソンランナーになれるんじゃないですか?」


 スタミナは自信があるけどスピードがない。中学校の運動会、女子1000メートル走もペース配分に失敗して4着だった。体力は残っていたのに速さと頭が足りずにもったいない負け方だった。



「ストレートと変化球でフォームが変わらないように心がけるべき。微妙なズレの話ではあるけれど」 


 みやこが言うには、ブラックスターズの投手陣、一軍の勝ちパターンで投げるような主力投手のなかにも実は致命的な癖がある人が数人いるらしい。


「去年はそれが相手に見つからずに抑えられた、しかし研究されて腕の角度や投げた瞬間の声で球種がわかってしまうと簡単に打たれる投手がいる。彼女たちが自主トレでそれを直しているとは考え難いからキャンプで矯正させる」


 何をどこに投げるかわかっていても打てない、それなら最高だけど現実的じゃない。全球そんな決め球を投げていたら短いイニングしか投げられない。



「地道に練習するしかないってことだね。魔球でも投げられたら話は別………」


「魔球?そんなものいらない」


 

 根性や泥臭さが売りの昔の野球マンガが好きなみやこ、だけど『魔球』だけは嫌いだったのを忘れていた。星ピューマはあのコントロールとミットから煙が出るような球速があったのだから米リーグボールなんかいらなかったと。普通の変化球を2つくらい投げておけば目指していた光り輝く星になれたのに、と。



「まあ凄い球っていうのは体への負担も大きいよね」


「以前に言ったように、みちは球種を増やす必要はない。チェンジアップすら不要。カーブとスライダーがあれば問題なく抑えられる」


 わたしは魔球とまではいかなくても球種を増やそうかと考えていた。シュートや落ちる球、肘に多少は負担がかかるとはいえ強力な武器になりそうだ。だけどみやこはいらないという。


「あなたは300勝以上できる投手。変な真似をしてケガをしたら悔やんでも悔やみきれない」


「………30勝じゃなくて300か………確かにケガは一番の敵だ。どれだけの名投手がそれに泣いたことか」


 

 ここはみやこを信じよう。本格的な投球練習を再開した去年ならまだしも、昔以上にいい球が投げられるようになったいまでも変化球はこのままでいいと言ってくれているんだ。


「井上はバッターボックスに立ってみてほしい。鈴木は後でデータをまとめておいて」


「はい!」 「お任せください」


 

 自主トレ期間中に大幅な成長や進化を遂げたって選手はほとんどいない。キャンプのための体作りがメインで、あまり厳しくやるとキャンプの前に脱落だ。そう考えると、今回のわたしたちのトレーニングはややハードなメニューだった。


 大晦日、そして新年を迎えたのもこの別荘だった。星がきれいに見えるから、みやこと二人空を眺めながら新たな年に突入した。


「今年もよろしく、みやこ」


「こちらこそ、改めてよろしく」


 敵チームに勝つ前に、まずは横浜の先輩たちにチーム内の競争で勝たないといけない。そのためにはハイペースのトレーニングで正解だ。ケガなんてするものか。




『昨季新人王の木谷が自主トレ中に右肩を負傷し、二月後半から三月前半に行われる日本代表候補メンバー入りを事前に辞退すると発表があった。代表監督は、当然選出するつもりだった、残念です、とのコメントを残した』

 

 ………ん?どういうこと?目の前のみやこは何不自由なく右手で優雅にアイスコーヒーを飲んでいるけど。ちなみにみやこは猫舌、わたしも熱い飲み物は苦手だ。こんな冬でも冷たいものばかりを飲んでいた。いや、いまそれはどうでもいいか。



「みやこ!このニュースは!?」


「見ての通り、日本代表メンバーによる合宿と試合を断った。あなたが開幕ローテーションに入れるかどうかの大事な時期にチームを離れるわけにはいかない」


「嘘の故障……!バレたら大変だよ?」


「チームも共犯だから問題ない。私がシーズン前のお遊びなんかで調子を崩したら今年は終わりだとわかっている。あなたが代表入りするのなら当然参加した………」



 超一流選手たちとの自主トレお断りの次は日本代表辞退。その原因が全てわたしだとバレたらいよいよ暗殺者が派遣されるかもしれない。球界の損失になっているんだから。


「お、お遊びって………」


「本番の世界大会は秋、日本シリーズの後なのだから春の招集や練習試合に意味はない。いまは一軍の主力でも秋になれば戦力外通告を受けている選手もいるのだから」


 確かにシーズン前の日本代表戦は重要じゃない。お金儲け目的で親善試合をするだけという見方もある。オーストラリア、韓国と一試合ずつやって終わりだ。でも今回辞退すると本番も呼ばれないかもしれないけれど……。



「だから二月からのキャンプ、私は二軍スタートになる。最初はマスコミやファンの前では軽い運動しかしない。この自主トレ期間中にしっかり調整しておけば問題ない。強めのトレーニングはあなたも望むところでしょう?」


「二軍で………大丈夫かなあ」


「メリットはある。あなたも投手再挑戦の最初のシーズン、まずは二軍キャンプだと聞いている。完全非公開の練習であなたの球を受ければいい」


 

 まあみやこがそう言うのならいいか。きっとこれまで通りうまくいく。フォームの安定、球速アップを目指した自主トレは大成功に終わった。お世話になった五人のスタッフさんも開幕戦には応援に行くと約束してくれた。



「素晴らしい年始だった。昼も夜も」


「………うん、濃厚だったね」



 別荘、そしてマンションの寝室で夜、わたしたちが何をしているのか?ふかふかの大きなベッドで薄着の二人………それはもちろんプロレスごっこでしょ!あのベッドなら大技が出せる。


『ダイビング・セントーン!』

『フライングボディアタック―――っ!!』


 実際には寝技が多いというか………うん、無理があるな。わたしたちの真の関係を内密にしているいまはまだ話せない。後になってから明らかにするかもしれないししないかもしれない。




 とにかく順調に物事が進んだ。みやこと同じメーカーの野球用具を今年から使う。感覚のズレや余計な負担が心配だったけど、これはいい。もっと早く出会えていたらよかったと思うほどにしっくりくる。


「そのうち太刀川みちモデルのグラブやバットが登場する……あなたのような選手になりたいと皆が思うようになる」


 体が小さくてもプロになれるって勇気を与えられるならいいことだ。そういう意味でわたしを目指してもらって、外見や成績はみやこを目指してもらおう。


「今年はみやこのおまけ、でも来年はわたしの実力で契約してもらえるようにならないとね」




 心身共に充実した状態で二月になり、キャンプが始まった。投手と野手、両方の練習をする特殊なスケジュールを組むために、みやこの予告通り二軍キャンプに入った。


 全体練習が終わったあとでみやこを相手にピッチングをしていると、新浦監督がわざわざ一軍キャンプを離れて見に来てくれた。そして練習終わりに、凄いプレゼントをくれた。

 

「やっぱり凄いボールだ……このチームで一番かもしれない」


「あはは……どうも」


「みっちゃん、明日からはこのユニフォームを着てほしい。いらないとは言わせない」


 

 新浦監督が現役時代身につけ、そして引退後は欠番になっていた背番号18。球団からは監督がこれだ、と思った投手に自由に与えていいと言われていた、エースナンバー。



「え……?こ、こ、これをわたしに!?」


「一軍キャンプも見て考えた結果だからね。来年以降に持ち越しても同じこと、アタイの後継者……というよりはアタイを超えるハマのエースになれる!確信したから渡すんだ」


 まだ公式戦未登板、練習を見ただけで大事な背番号を渡すなんて、新浦監督は思い切ったことをする。みやこは戸惑うわたしの肩を叩くと、


「遠慮しなくていい。素直に好意を受け取りましょう」


 明日どころかその場でわたしに新しいユニフォームを着させた。昔よりは背番号の持つ意味も薄くなって、エースピッチャーが背番号18というのも古い話になりつつあるけれど、わたしの背にずっしりと重みがのしかかる。わたしが失敗したら監督やみやこも恥をかくことになる。



「……ありがとうございます。期待に応えて、監督のような…いや、監督以上の投手になれるように頑張ります」


「いい目だ。楽しみにしてるよ」


 この重さが、プレッシャーが心地よく感じていた。わたし自身、今年はいけるという手応えがあるからだ。秋のキャンプ、みやことの自主トレ、そしていま、実感している。


 たった一日の練習、一回のピッチングでこんなにパワーアップできていると感じるようになったのはみやこと出会ってから。そして関係が親密になればなるほど効果的な練習ができたと思う機会が増えている。



「順風満帆ね、みち。これならいつ実戦になってもいい状態に仕上がっている」


 期待されている、愛されている、応援されている……やっぱりそういう力って大事だったんだ。どうせわたしなんか、そんな気持ちだと殻を破れないのも当たり前だった。ファンの声援のおかげで打てましたっていうお決まりの言葉も嘘じゃないとわかった。



 

 さて、このままわたしは何の問題もなく開幕を迎えたのか、そんなはずはなかった。実はこのキャンプの時点ですでに間違った道を進んでいて、オープン戦でそれに気がつくことになる。でもその話の前に、まずはチームの大きなニュースを紹介しよう。



「え―――っ!?」 「嘘でしょ!?」


 皆が大声で驚き、戸惑っている。キャンプ三日目だった。静かな二軍キャンプの練習後、ただごとではない。


「みっちゃんたちは知らないの?新加入選手のことを!」


 今年の新人たち、新外国人選手たち、西宮からFA移籍してきた大和(だいわ)さんが新戦力で、新人は半分、それに助っ人と大和さんは一軍キャンプだ。彼女たちの誰かにトラブルが?



「故障ですか?それともコーチとケンカとか?」


「……いいえ、あの人たちじゃないわ。明日から合流する選手がいる。トレードとかじゃない、戦力外になっていたところを拾った………」


「この時期に?」


 みやこも首を傾げている。確かに十二球団のキャンプが始まっても現役続行を諦めない選手が一人で黙々とトレーニングを続けるニュースはよく聞く。でもそこから契約を勝ち取れた例はほとんどない。各チーム編成はほとんど決まっているし、オファーがあって独立リーグや海外のチームだ。



「ラメセスと違って新浦さんは自分の贔屓選手を無理にねじ込んだりはしないと思っていたけど…ラメセス以上だわ」


「入団させちゃうんだもの、自分と同い年、仲がいい選手を。40歳でしょ?どこで使うつもりやら」



 監督と同じ年齢、所属先未定だった……それを聞いてわたしはすぐに明日から来るのが誰かわかった。



「え!ノリさんがブラックスターズに!?」


「………正解。あ~あ……どうなっちゃうのかしら………」



奈村(なむら)紀子』。引退の危機にあったベテランが衝撃の入団、明日からチームメイトになることに決まった。

 星ピューマ


 みっちゃんも都もよく知っている昔の野球マンガの主人公。都は昭和の根性勝負のマンガが好きで、みっちゃんに惚れたのもそこだと思われる。


 元ネタ……もちろん巨人の星。作品中でも触れたが、飛雄馬はあの精密なコントロールと速球があったのだから大リーグボールに手を出さなくてもよかったと思う。


 巨人にいた星選手もベイスターズの飛雄馬選手も残念ながら真のスター選手の座には届かず。プロになれただけ凄いことではあるが。


 

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