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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第54話 激しい雨の日

 この日の練習後、わたしとみやこはホテルの周りを散歩していた。ただのんびり歩いているだけ、二人の時間を楽しんでいる。


「みちが決めたなら。私が反対する理由はない」


 キャッチャー練習の時間を大幅に減らして、本格的に他のポジションに移りたいと伝えたらみやこはあっさり背中を押してくれた。いっしょにいる時間が減るから嫌がるかと思ったらこれだ。みやこから見ても早くそうすべきだったってところだろう。


「う〜ん、まあ自分から言ったから捕手失格じゃなくて卒業ってことにしておこうかな……どっちでもいいか」


「捕手のことは任せてほしい。いまは他の守備位置のほうがレギュラーになりやすい………というよりいない状況だから。みちなら彼女たちと競争になっても簡単に奪い取れたとは思うけど」


「いない………そのとおりだよ。来年はまずいね」



 ペロス退団、セトとヒュウズもおそらくアメリカでプレーするために退団。大筒さんはポスティングでやっぱりアメリカ挑戦、長崎さんはもうゴールデンゴーレムズと話がついているって噂だ。主砲4人と後半戦のエースが全員退団だ。


「レギュラー確定なのは捕手みやこだけ。有力なのは二塁手の石河さんともし獲得できたなら………」


 守りを固めたいという新浦監督の要望に応えて、内野と外野全てを守れる、本職は遊撃手の堅守が自慢の選手をFAで狙っているという。



大和(だいわ)撫子(なでしこ)』、ジャガーズ所属の28歳。守備固めや便利屋扱いが嫌になって人気球団から出ていく決意をしたらしい。『だいわ』を『やまと』と読むと『やまとなでしこ』になるからヤマトっていうあだ名もあるんだとか。


「もしホームランバッターが皆いなくなるってわかったら大和は取りにいかなかっただろうね」


「ええ。しかし必要な戦力。守備を強化すれば順位は上がる。ホームランをいくら打ってもラメセス政権の五年は優勝できなかった」


 横浜の最後のリーグ優勝、それに日本一は二十年以上前だ。でもそのときの打線は誰もホームランを20本も打っていない。打率が高くチャンスに強い、そんな打線ならホームランはいらない。



「また安い外国人が大ヒットするかもしれないし……心配しなくていいか。セトになるかセリアコになるか……やってみなくちゃわからないけどね」


「あなたが先発の日はぜんぶ勝つつもりでいく。1点しか取れなくても完封できるのだから無駄に扇風機を揃えるより確実な守備をしてくれるほうがありがたい」


 わたしが投げるとなったら今年以上にエラーや記録にならないミスに怒るに違いない。ケンカになりそうで怖いな。



「このキャンプが終わったら一度寮へ帰り荷物をまとめ、その日のうちに新居に向かう……それから私の両親に挨拶をしてほしい」


「挨拶………平気かな?二人で暮らすのは断固反対って言われる気しかしないんだけど………」


「心配ない。すでに父と母には話してある。みちがどんな人間でどれほど私の希望の光なのかを。ただの同居ではない、特別な絆を結んだことも許しをもらっている。だからほんとうに顔を見せに行くだけだと気楽にしてほしい」



 ちょっと安心した。修羅場の危険はなし………それにしてもよく認めてくれたな。わたしがみやこの親だったら絶対反対だ。いや、確かみやこの両親は柔軟な人で、子どもがやりたいことは勉強のノルマ達成とかの条件を満たせば自由にしていいっていう家だったとみやこから聞いていた。


「みやこが選んだならわたしみたいなのでもオッケー………いや、なかなかできることじゃないよ」


「そうかしら?確かに息苦しさはなかった」


「わたしの家はけっこう厳しくてね。ああ、そうだ、みやこの家が終わったらわたしのほうに付き合ってくれないかな?」


「……!………………」


 みやこの顔色が曇った。両親や家族、その話題を自分から始めてしまったことへの後悔か、もしくはわたしへの哀れみか。



「……挨拶………というのはつまり……ご両親のお墓に…………」


 この話をしたことはなかったけど、わたしについていろいろ調べていたみやこは知っていて当然だった。


 もうだいぶ前のことに思える。わたしが高校一年生のある日、わたしの両親は事故で死んだ。わたしはひとりっ子で、両方の祖父母まですでにいなくなっていたから完全に一人になった。



「あはは、気にしなくていいよ。それにみやこを連れていきたいのはお墓じゃないよ。死んじゃった人に報告したって無意味だよ。わたしの恩人に会ってほしいんだ」


「みちの………恩人?」


「さすがのみやこでもその人のことまでは知らないかな?まあそのときに紹介するとして………」



 



 秋季キャンプはその後二週間、離脱者なく終わることができた。週の終わりにファン感謝デー、その後は完全なオフシーズンになる。みやこはきっとテレビ番組やCMに忙しいんだろうなと考えていたら、なんとオファーのほとんどを断ってしまった。


「契約しているメーカーのカタログ用の写真撮影は義務。あとは球団から絶対に応じるように言われた取材だけを受けた。プロ一年目で体のケアに専念したいと言えば問題なかった」


「わたしに遠慮しなくていいのに」


「あなたじゃない、私がそうしたかった。せっかくのオフ、あなたとこの新しい部屋で二人の空間を楽しみたい」



 面倒で難しい契約の全てをみやこがやってくれたこのマンションの一室、一回だけ下見に来たときにすでにわかっていたとはいえ家具を置くとますますホテルの部屋みたいだ。いや、遠征で泊まるホテルよりもこの部屋のレベルはずっと上だ。部屋が広いから筋トレのための器具も置けるし防音は完璧だから軽い運動もできる。


「そう、防音は完璧………あなたと私が何をしていても二人の世界は守られ………うっ」


 いきなり鼻血を出して悶えるみやこ……だいたいの理由はわかるけど。ひとまず初日は忙しくて疲れもあったから普通に寝た。野球なら疲れ知らずのわたしもそれ以外の活動は普通に疲労がたまる。よくわからない体だ。



 翌日、予定通りみやこの実家に向かった。わたしが驚かないように先に写真を見せて説明もしてくれたみやこの気遣いは正しかった。かな〜り歴史のありそうな和風の家。どんな商売をしてどう稼いでいるのか、少し気になったけど聞かないでおいた。


「ハハハ、娘から君の話は聞いている。実際に試合も見たよ。今どき珍しい、根性がある素晴らしい選手だ。私の会社の若い衆にも見習ってほしいところだよ」


「………いや………わたしなんてそんな」


「都が太刀川さんと初めて出会った日、あの日に私たちの娘が少女から乙女になったのを私はよく覚えています。太刀川さんにとっては今年から始まった関係でしょうが都にとっては高校三年生の夏からの恋、ぜひ今後も末永くよろしくお願いします」


 みやこの両親は二人とも穏やかで話しやすい人だった。帰るころには緊張もなくなっていた。別れ際にみやこたちだけで話すこともあるだろうとわたしは先に外に出ていた。




「お前の願い通りあのアナウンサーを破滅に追い込んでおいたぞ。可愛い娘の頼みだ、他には……」


「いまのところは大丈夫。ヒュウズが来季も残留するならあの通訳は怪しかったけど退団しそうだから。みちを狙う蛇やハイエナがいたらまたお願いするかも」


「都の幸せのためだもの、何でも言いなさい」





 出てきたみやこと車に乗り、わたしの地元に向かう。みやこはしっかり変装しないと街がパニックになるけれど、わたしはブラックスターズのものじゃない帽子を被るか半ズボンでも履いておけばそのへんの中学生と思われるから楽だった。



「このへんでいいかな………運転手さん、ここで」


 わたしの母校、今和野高校から少し離れた川沿い。夕方ということもあって下校する学生たちがそばを通っていく。でも川で遊んだりはしないから釣りをしている人たちが数人いるだけで、それも帰り支度をしているところだった。


「夕焼けがいい感じね………で、この川が私を連れてきたかった場所?あなたの恩人がいるという」


「うん、そうだよ。でも少し待っててね。まだいないと思うからちょっと寒いかもしれないけど我慢してね」


 みやこは辺りを見回し始めた。もしかしたら川で寝泊まりしている人たちの誰かのことを言っていると思ったのかもしれない。すぐに答えを言う前に、少し昔のことを教えてあげよう。 




「わたしのお父さんとお母さんがいなくなった後………わたしはこの川で死のうとした」


「!?」


「ちょうどいまの季節だった。珍しく激しい雨が降っていて、そうなるとこの川もとんでもないことになるんだ。飛び込めば簡単に死ねたと思う」


 

 絶望の日々がわたしにその決断をさせた。傘も持たずに川に近づいて、わたしも二人の後を追うつもりだった。だけどいざやろうとすると怖くなってやめた。どうしようもない意気地なし、生きていても仕方ないのに自分で死ぬこともできないのか。


 だけど、この雨のなかでわたしの肩に優しく触れてくれる手があった。激しさを増す雨のせいで顔は見えなかったけど、声の様子からおじさんだというのはわかった。



『………怖いからやめる、それでいいんだ。生きたくても生きられないヤツだってたくさんいるんだから』


「………お、おじさん…………誰?」


『君は今和野高の生徒だろう?俺は数十年前の先輩、卒業生だ。まあ俺も何回か死のうと考えたことはあったからな、説教なんかできねーししたくない。だから…………』


 そのとき、ただの川がステージに変わり、バックバンドが現れた。そしておじさんが中心に立つ。もしかしたらわたしは実は川に飛び込んでいて、死の間際に幻を見ているんじゃないかって思った。



『久々だなぁ、だけどイケそうだな、始めるぜ!こんな激しい雨の夜に俺たちのコンサートによォ〜〜こそ〜〜〜!!』



 どこかで聞いたことがあるヒット曲から、ヒットはしなかったみたいだけど心に響く曲、平和を願う歌も頭がおかしい過激な歌も、気がついたらわたしは元気と活力に満ちていた。



『どうもありがとう!今日は気分がいいから最後にも、も、もう一発いくかい!?』


「イェ―――――――――っ!」


『OK!世界が幸せになるように!ジャ〜………』



 

 

 後で調べてみたら、おじさんは有名な歌手で、ほんとうに今和野高校をずっと昔に卒業していた。歌ってくれた歌もぜんぶほんとうに存在する歌だった。でもわたしがいままで一度も聞いたことがない全然知らない曲も正確にそのままだったから、ただの夢や幻じゃないことは確かだ。



「………そんな歌手が………大雨のなかここに?」

 

「不思議でしょ?でももっと不思議なのは………わたしが高一のときにはすでに亡くなっていた。その数年前に病気で」



 夕焼けが川に反射する時間だというのにみやこの顔は青ざめていた。わたしの話を疑わずに信じているからこそ、聞いちゃいけない話を聞いちゃった、と怯えている。みやこでもこんな表情になるなんてね………新たな発見だ。


「あのコンサートの最後に歌ってくれた歌、それがいまのわたしの打席に入るときの歌だよ。来年から先発投手になったら試合のはじめにちょっと長く流れるんだよね………楽しみだな」


「………みち、あなたは私をその人物に紹介しようというのでしょう?」


「うん、もう他に人が誰もいなくなるからね。でも川の上の歩道を歩いている人は多いから5分くらいが限界かな」


「それはどういう…………っ!?」



 

 わたしだけにしか見えないおじさん、でもみやこにも見えたみたいだ。あの日、愛し合っている人ができたら連れてくるように言われていたからだ。いつもの笑顔で迎えてくれた。


「こんにちは!久々に会いにきました。元気そうで何よりです」


『一年ぶりだなベイベー。俺は絶好調だぜ!今年は活躍したそうじゃないか。で、彼女が君の………』


「そうです。いっしょに暮らすことになりました」


 いまだ目の前の光景を受け入れられていないとはいえ、みやこは軽く頭を下げる。わたしにとっての恩人二人が対面できたのはとても嬉しかった。おじさんがいなければわたしは死んでいたし、みやこがいなければプロ野球選手として腐っていく一方で、いずれ戦力外通告という名の死刑宣告を受けていた。二人のおかげで今日もわたしは元気に生きている。

 第56話で第2章終了となります。これからというところでまた休載、およそ………チームに、水を差すっ!こいつが悪い作者でございますが………ひたすら水差し野郎と呼んでやりたいような……評価ポイントやブックマークが減っても誰も、同情しない、声をかけない、かけたくないというような…………



 

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[一言] 清志郎さんだったとは。 今和野高校だったんだぜ〜べいべー。
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