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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第50話 トレードと契約更改

 今年のプロ野球は正真正銘最後の戦い、日本シリーズが終わった。その二日後にわたしはあの人に会いに行った。信じられないことに、あの人のほうからわたしを呼び出した。


「………お待たせしました、木更津さん!」


「ああ、急がせちゃったかな?まあ座ってよ」


 ここは都内の病院。木更津さんは肘の検査のため入院していた。おそらく大事には至っていない、念のため、だそうだ。


「忙しいのにわたしなんかを……ありがとうございます」


「ははは、私がきみを呼んだんだからこっちがお礼を言う立場なんだよ。日本シリーズで投げられたことへの感謝も含めてね」



 ゴーレムズとのクライマックスシリーズファイナルステージは出番がなかったけど、福岡スーパーコンドルズとの日本一を賭けた戦いで木更津さんは大活躍だった。リリーフとして、その試合で一番抑えなきゃいけない場面で登板して見事に抑えた。


 五回、七回、八回………イニングはバラバラだったけどいずれもピンチ、しかも接戦でマウンドに上がりチームに流れを引き寄せた。


「私はもちろんのこと、チーム全体が熱かったよ。きみたちとの最後の試合で1イニング10得点のあの勢いのままゴーレムズに圧勝できたし、福岡で始まった日本シリーズも敵地でタイ、神宮で2勝して一気に王手に持ち込めた」


「コンドルズが焦っているのがテレビで見ていてもわかりました。圧倒的有利、ほとんどの解説者がコンドルズが勝つって言ってましたから。ペンギンズはみんな生き生きと楽しそうにプレーしていましたよ」


「そうかな?楽勝ムードはなかったし緊張していたよ。相手は慣れている舞台だけど私たちは久々の日本シリーズ進出、私ですら初めてだったからね」


 3勝1敗、王手をかけていても楽じゃなかったという。五戦目の神宮で優勝を決めないと敵地でひっくり返される、予感というよりは確信だったと。




『九回表、ペンギンズ日本一まであとアウト一つというところから大ピンチ!満塁となったところでバッターは3番柳葉!現役日本人バッター最強が打席に入ります。シリーズ3本塁打のバットが起死回生の一打を生むか!』


 リードはたったの1点、それでも簡単に二人アウトにしてこれはもう大丈夫と思っていたのにセンターのエラーから全てが狂った。イライラを隠せない抑えのベネットが乱れた。


「また下田か!ヘタクソ!」


 わたしがテーブルを叩きながら怒鳴ったせいで周りの選手たちがびっくりしていた。みんなでテレビ観戦しているのをすっかり忘れていた。西宮戦で富士見に対してバットを持って襲いかかろうとした前科があるから、実は気性が荒いのかも、でもあの外見だから全然怖くないよねってみんなは試合そっちのけで話していた。


 ちなみにエラーをしたのは下田じゃなかった。いつもミスをやらかしているイメージがあるせいで冤罪だった。



『あ―――っ!ペンギンズ、なんとベネットを代えます!守護神のプライドよりも勝利優先といったところか!そしてマウンドには木更津!これでシリーズ全試合登板、5連投となりますが右腕は大丈夫でしょうか………?』


 

 木更津さんは投球練習のときに察していたという。おそらくもう投げられない、肘は限界だと。この試合を落とせば降板させられたベネットも拗ねて使い物にならなくなる。ここで柳葉を仕留めないとこの日本シリーズは落とす。いままでにないプレッシャー、そして肘との戦いだった。



「2球で2ストライクにしたのはよかったんだけど肘が痛くなってきてさ、まずいなって思ったよ。三球勝負するしかない、このラストボールまでは何とか………そう願った。神さまじゃなくてきみの顔が思い浮かんできて、最後の球を投げたんだ」


 投げた瞬間、激痛が走ったという。でもそのボールはまさにプロ野球選手として最後の球にして最高の一球になったと昨日の記者会見で話していた。わたしのことを思いながら投げたというのは初耳だった。




『勝負か!?一回外すか!?投げましたっ!!』


「もらった―――――――――っ!!」


 柳葉が豪快なスイングで振り抜いた。見ていたわたしは心臓が止まりそうになる一瞬だった。ところが、


「あがっ!!?」


 木更津さんの全てが乗ったストレートの前にバットは粉々になった。力のないピッチャーゴロが転がり、木更津さんはそれをグラブで捕る。だけどこの右腕じゃ投げられない、走らなきゃ……と思っていると、柳葉は一塁に走っていなかった。



「……ううう………あああっ!」


「………!?」


 手首を抑えながらその場に座り込む。柳葉のほうが重傷だった。それを確認した木更津さんはゆっくりと一塁に向かい、直前まできたところでトス、村下に渡して塁審がアウトを宣告した。

 


『ゲ、ゲームセット―――――っ!!この瞬間!外苑ミルルトペンギンズが福岡スーパーコンドルズを破り!日本一に輝きました!一塁側ベンチから選手たちが勢いよく出てきます!』


 三鶴監督のあとで、木更津さんの胴上げもあった。完璧なハッピーエンドを飾ったシリーズMVPを祝福して、別れを惜しんだ。その後正式に引退が発表された。



 


「きみがいなければわたしは日本シリーズに登板することもなかったし確実にコンドルズに負けていた。いや、チームの余力からしてゴーレムズに勝てていたかどうかもわからない。仮にこの右腕が死んだとしてもきみに感謝していた」


「………い、いやいや……わたしは何もしていませんって」


 苦笑いするわたしの手を、左手で強く握りながら木更津さんはこれまでよりも力強い口調で話し始めた。



「きみがどう思っていようが構わない。今日きみを呼んだのは私の気持ちを伝えるためだ。私はきみが欲しい!」


「わ、わたしが………欲しい!?」


 まさかほんとうにみやこが恐れていた『間違い』が!?とわたしはドキドキした。もちろんわたしの勘違いだった。


「私は来年からミルルトの投手コーチになる。ミルルトの連覇のため、きみをトレードで獲得するように球団幹部に強く進言したんだ。すでにその話は出ていたようだけどね!」


「わたしを………ミルルトに!?」


「リーグ優勝すらきみのおかげみたいなものだ。ゴーレムズの最終戦であの大活躍だ。他の選手たちも大歓迎だよ。ファン代表のあの三人もきみをミルルトに入れろと意見は一致した」


「あの三人………まさか!」



 ミルルトファンの重鎮三人。芸人の出河鉄郎、歌手の佐田政、女流作家の上村春美………あの人たちがわたしを!?


「あとはこの間まで総理大臣だった…ほら、初の女性総理、阿武三枝子、あの人もミルルトのファンなのはきみも聞いたことはあるだろ?阿武さんまでもがきみを高く評価していた」


「も、元総理が………アワワワ」



 これは夢だと何度も目覚めようとしたけど確かに現実だ。わたしは全く関係ないはずのミルルトの日本一、その結果とんでもない展開になり、わたしはついていけそうにない。


「トレードだから横浜が応じなきゃそれまでだし、簡単に決まる話でもないからね、秋のキャンプの終わりくらいに結果がわかると思うよ。本来事前に教えたりはしないけどきみには特別に話しておいた。まだ誰にも言っちゃだめだよ?当然きみと仲のいい木谷にもね」


「………そうなりますよね。わたしは言いません。ただ、横浜の上の人たちは口が緩いですからどこから漏れちゃうか………」


「きっと横浜は喜んでトレードしてくれる。悪口は言いたくないけれどあのチームは選手の真の価値を理解していないし、目先の損得ばかり追っている。今年そこそこ一軍で投げた中継ぎ投手を出せばいける。きみは晴れて子どものころからの憧れの球団に入る」



 そこそこの………若い投手なら植野か沢田、ベテランなら岡松あたりを候補にすれば確かに横浜なら迷わずにわたしを放出するだろう。以前のわたしならうれしい話だった。でも………。





「みち、秋季キャンプ終了直後から私たちが暮らすことになる部屋が決まった。あなたが第一候補にしていた物件に!」


 みやこがいるいま、ミルルトに移籍することになったら大変だ。この同居の話もパー、みやことの関係すらなくなってしまうかもしれない。敵として戦うんだから。


「車も用意するって言ってたけど免許あるの?」


「運転手を用意する。父に雇われている人で、大学時代の運転手だった信頼できる女性がいる」


「専属運転手!一流選手でもなかなかないよ」



 不自然なところがないようにこれまで通りみやこと接した。トレードがまとまらない場合もある。そのためには新浦新監督をはじめ、首脳陣にわたしは手放したくない大事な戦力と認めさせなくちゃいけない。期限は半月、キャンプの間が勝負だ。





「はい、はい!もちろん!よろしくお願いします」


 キャンプの直前に契約更改があった。年俸を決めるだけじゃなくて要望を言ったりもできる。でも会話が長引くと余計なことを言っちゃいそうだから短い時間で終わらせた。


 みやことのこと、知らないはずのトレードの話……もしトレードが成立したらどうせ質問やお願いをしても意味がない。すぐにサインして交渉は終わり。



「みっちゃん!どうだった、今年の600万ちょいよりはだいぶ増えたでしょ?」


 狂スポの賀瀬さんを先頭に記者たちが近づいてきた。選手が正確に来シーズンの年俸を教えたりはしないけど、話をしながら導き出した推定の金額が世間に広められていく。

 

「一年間一軍にいたわけだから実際には1500は貰ったわけでしょう?オールスターや東京ドームの看板直撃弾のボーナスもあった………それよりは上じゃないと怒るよね」


「いやいや、今年は出来すぎでしたよ。来年どうなるかわかりませんから。危機感を持ったまま頑張らないと」


「あれ?その感じだと思ったような額じゃなかった?」


「そうですね……2億円くらいだと思っていたんですが少し足りなかったです」


 不思議なのはわたしがどう言おうが結局ほぼ正確な額が新聞に載っているということだ。翌日には2000万円と書かれていた。とはいえ実際には2222万2222円、面白いからこれでいこう、と言われた。



 年俸630万円だったはずが記者たちの指摘通り1700万円以上も貰った今年、実感がまだない。野球しかできないわたしが引退後も生きていくために貯金、と思っていたけどこんなにあるんだからちょっとくらいぜいたくしても………という悪い心が出た。


 もともとがプロ野球選手としては安い給料だったから三倍以上アップしても話題にならなかった。狂スポだけは大きく取り上げてくれたけれど………。



『ブラックスターズの貧乏神が不満を隠さなかった。今季より大幅アップの2000万円(推定)を提示されサインこそしたが、自分の価値は2億円だと怒る姿は幼稚極まりなく、見ているこちらが恥ずかしくなった。来年どうなるかわからないと語るのは謙遜だとする見方もあるが、来年どころか明日のことすらよくわかっていないアホなだけではないだろうか』


「……………」


『年俸が上がったぶん活躍できなければ戦力外リストの上位、後先考えず飲み食いに金を散財するのは目に見えているが、いまのうちに第二の人生を考えたほうが身のためかもしれない』



 たとえチームやポジションが変わろうが狂スポとの戦いは来年も続くようだ。

 ミルルトファンとして名前が出た方々


 芸能界、音楽界、政界などの大物がいる。


 元になった人物たち……ヤクルトファンの著名人たち。当然チームには強くなってもらって巨人を倒してほしいが、あまり調子がよくて神宮が満員になるとそれはそれでのんびり観戦できないという悩みもある。


 

 22222222円


 みっちゃんの来年の年俸。もしトレードが成立した場合はミルルトペンギンズがそれを支払う。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ばんてふや上層部がみやことの関係を知ってるかどうかが鍵ですね。 もし成立してしまったらやる気無くなって怠慢プレー凄いしそう… [一言] 下田さんはこの世界線でもまたやらかしてしまう人だ…
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