第49話 全日程終了
2ー2の同点となった八回裏、わたしは長崎さんの代わりにそのままサードに入ることはなく、試合から退いた。目が真っ赤になるまで泣き続けたいまのわたしにプレー続行は無理と判断された。マウンドには今年の前半だけ一軍にいた浜家さんが上がった。来季の生き残りを賭けたテスト登板だったけど……。
『打った!大きい、大きい!入ったホームラン!代わった浜家からバッターの川田いきなりホームランだ!』
あっさり打たれて勝ち越された。わたしが暗黙の了解を破ってホームランを打ったお返しなんじゃないかって言われたらしいけどそれは違った。この八回裏は大変なことになった。
『抜けたっ!!山本もタイムリー!5ー2!』
『この回二人目のピッチャー平目の制球が定まりません!明らかなボール球でストレートの押し出し!まだ1アウトだぞ!?』
お詫びにしてももういいよ、とミルルトのファンですら思うほどの打線爆発、木更津さんのピッチングが寒いはずの消化試合に火をつけた。ブラックスターズにとっては大火事だ。
『木更津まで打順が回り代打のガイエスは満塁ホームラン!平目は降板!アウトを奪えずKO!』
終わってみればこのイニングだけで10失点!延々とペンギンズのチャンステーマが流れ、傘が上下していた。
「………あ〜あ、平目さん、また打たれてるよ。こりゃあ来年はいないかな」
「あのコントロールじゃ無理でしょ……」
それでも九回表、ブラックスターズ打線も粘って4点返した。12ー6、終盤の2イニングだけで両チーム大量点が入った。勝ち投手はまさかの木更津さんで、今年初勝利、そして最後の勝利になった。
そしてペンギンズの最終戦セレモニー。横浜の選手たちが次々と帰っていくなかで、わたしとラメセス監督はベンチに残るように言われた。木更津さんに横浜側から花束を渡す役として。ちなみに誰にも頼まれていないけどみやこもいた。
「何か間違いがあるといけない。すぐに止められる場所にいないと………」
「何もないから。まあ好きなようにしてよ」
まずはペンギンズの今年一年を振り返る動画、監督や選手会長の挨拶があった。このへんは明後日のわたしたちの最終戦後も同じ流れだ。決定的に違うのは、セ・リーグの覇者としてプレーオフも頑張ります、と意気揚々に語るのと、声援に応えられず申し訳ありませんでしたと頭を下げながら謝るところだ。
そして木更津さんの引退セレモニー。引退会見のシーンから始まり現役生活の華々しい活躍シーンをまとめたビデオが流される。その途中でまさかの偶然が起きた。
「みち!あの右端にいるのはあなたでしょう!」
みやこが突然大声を出すからよく見てみると、外野席のファンに手を振る十年以上前の木更津さんに飛び跳ねながら声援を送るやはり十年以上前のわたしがいた。
「ほんとうだ………よく見つけたね。いや……自分で言うのもアレだけど変わってないなぁ、ほとんど」
監督も確かに、と笑っていた。あまりに成長していない外見のせいで、後々ファンも気がついたようだ。狙っていたわけではなく、たまたまわたしが入っていたらしい。
木更津さんがファンへの感謝とお別れの言葉を言うときが来た。それが終わったところでミルルトから二人、横浜からわたしと監督、そして最後に家族が花束を渡すという流れになっていた。しかし、その展開は大きく変わった。
「えー……さっき監督とも話し合ったんですが、あんな球が投げられるなら十分に戦力になるということで、この先も一軍登録を抹消せずにベンチ入りすることになりました」
「え……?」
「今年限りでやめるというのは変わりません、一日で15球くらいが限界だとは思いますが、それでもクライマックスシリーズ、日本シリーズとブルペンにいます。少し寿命が伸びました……まさに延長戦です、もうしばらく応援よろしくお願いします」
「やった――――――っ!!」
思わぬ展開にこの場に集まる皆がとても喜んだ。わたしもうれしさのあまり持っていた花束をぶんぶん振り回したら花が全部なくなっていた。
「………いや、胴上げとかはまだ先になりますが花は予定通り渡されるはずだったのですが………」
「あはは………いや、笑ってる場合じゃないか」
その場はまあ何とかなった。当然ではあるけれどわたしと木更津さんの間に何事もなかったのでみやこも安心した。木更津さんの家族も来てるのに大観衆の前で何かあったらみやこが怒る以上にめちゃくちゃな事態になる。
「わたしもみやこに続いてホームラン二桁打てるなんて………やっぱり神宮球場はいいなぁ」
みやことの出会いもわたしたちのプロ初安打プラス本塁打もこの神宮だった。わたしは今シーズンの10本のホームランのうち4本をここで打った。打者有利の狭い球場ではあるけど、本拠地のハマスタで1本も打てなかったことを思うと相性がよかった。
これが今シーズン最後の出場になった。二日連続代打ホームラン、このいいイメージを持ったまま来年に向かうことになる。
4 石河
7 セト
8 音坂
3 佐々野
9 細海
5 長崎
6 倉木
1 来田
2 戸場
ラメセス監督の最終戦、わたしもみやこもスタメンから外れた。引退する選手の出場やセレモニーはなく、アメリカ行きがほぼ確実な大筒さんは代打でセカンドゴロ、みやこはやはり八回に代打、ヒットを打ったところで即代走が出て今シーズンを終えた。
「今日はわたしの出番はないな……」
「延長になれば……とはいえそれは厳しいかも」
3点を追う九回裏、わたしは呼ばれることなく、そしてチームもラメセス監督のラストゲームを飾れずに試合は終わった。全日程終了、借金4で4位。苦しいシーズンになった。
「来年も頑張れよ―――っ!!」
「ラメセスありがと――――っ!」
「レズレイプしてやるわ―――――っ!!」
もっと厳しい空気になるかと思いきやファンの反応は温かく、何事もなくセレモニーは終わった。ラメセス監督は去り、新たな監督が発表された。ラメセス退任のニュースのときにすでに名前は出ていて、内部のわたしたちはもうわかっているとはいえ外には黙っているようにと注意を受けていた。
その新監督は、一昨年現役引退、去年は一軍投手コーチ、そして今年は二軍監督だった『新浦梨世』さん。横浜一筋の女番長の就任が前々から決まっていた。打撃中心のチームから守り勝つ野球への変化を目指す、そう力強く宣言した。
「投手力強化は当たり前でしょう。もちろん守備や走塁も。十一月からの秋のキャンプでは当然そこを中心にやっていきます。もちろん宮崎の教育リーグ、そこから始まっていますよ」
若手中心の教育リーグ、わたしは毎年参加していたけれど今年は初めて呼ばれなかった。一軍でたくさん試合に出たからわざわざここで育成する必要はないと判断された。だからしばらくは寮での自主練習やチームで集まって練習することになった。
「………ラメセスだけでなく一軍コーチもほとんどいなくなった。新体制となって最初のキャンプ、そこが勝負になる。来年からは投手としても起用されるために………」
「新浦さんはラメセス監督と違って一昔前の野球の考えも大事にしているから………球速よりもスタミナをアピールしようかな」
みやことの作戦会議。二人の意見が一致したのは、新浦さんの方針がラメセス野球とはまるで違うというところだ。
先発投手には完投を目指してもらう、送りバントや足を使った攻撃を増やす、スタメンはあまり弄り回したくないがチームから競争心を失わせない。これまで求められていたものとは真逆だ。もちろん8番投手はやめる。
「ラメセスは球速や球種の多さを重視した。しかし新監督はコントロールや一つ一つの変化球のキレを求める。今年は二ヶ月間二軍にいたから確認済み」
「変化球はちゃんと練習しないと厳しいなぁ」
球種の数よりはキレを磨くべきとはいえ原始的なスライダーとカーブしかないのはまずいかもしれない。最近流行りのボールを何か練習しておいたほうがいい。
「あなたの武器は目に見えない不思議なパワー。佐藤優李や木更津といった初対面の人間がそれに気がつくこともあればラメセスやその下僕たちのように最後までわからないままだったこともある。新監督がわかってくれるかどうか」
「………そのへんは運も味方してくれないとね」
「確かに。考えすぎても仕方ない」
六月にピッチング練習を始めてから、昔以上に球が走っていて、いいピッチャーになれていることを実感する。プロ入り直後にすぐに投手失格と言われたも同然のわたしがこの秋のキャンプで再テストを受ける。不合格ならこのまま引退まで第三捕手、うまくいって代打専門で生き続けるしかない。
「そろそろドラフトだ。監督は代わっても編成部はそのままだからいつものやり方だろうなぁ」
「即戦力選手を中心に獲得する……それでは限界があると球団もわかったはず。今年は………」
新人選手選択会議、毎年くじ引きで喜怒哀楽する様子やいつ自分の名前が呼ばれるか待っているプロ入りを夢見る選手たちの姿がテレビで紹介される。ブラックスターズは話題の選手のくじ引きに参加するよりは素質は高いけど故障持ち、そんな他球団が獲得を躊躇う選手を一本釣りすることが多かった。
だから複数球団の指名確実と言われたみやこが単独指名されたとき、実は肩か腰を壊しているとか反社会勢力と関わりがあるんじゃないかとか、そんな噂が飛び交った。ゴーレムズがグレーな単独指名をすることは珍しくなかったけど横浜がやるってことは何か欠陥があると思われていた。
「まあ……事の真相はシンプルというか………」
「私にとっては譲れない、大事な条件だった。妥協していたら、いまこうしてあなたと肩を寄せ合うこともできなかった。正しい選択をしたことは疑う余地もない」
秋のキャンプ終了後にこの黒星寮を出ることが正式に決まった。二人暮らしの練習とかいう理由づけで、わたしとみやこは同じ部屋で寝る機会が増えていた。頻繁すぎてさすがに皆にバレていた。
ドラフトの話に戻ると、今年のブラックスターズは投手をたくさん指名した。みやこの読み通り数年後に一軍を目指す高卒も数多く獲得し、それでも1位指名はやはり肘を痛めているかもという大学生を単独で選び、他球団を出し抜いた。育成枠で指名された選手を含め、全員が入団する意思を示した。
共に優勝を目指す仲間でありライバルでもある新人たち、彼女たちに寮の案内やルールを教えるのもわたしがやっていたけれどついにその仕事も卒業だ。わたしもチームも大きな転換期を迎えていた。
新浦 梨世(横浜ブラックスターズ新監督)
ハマの女番長として現役時代は横浜一筋。右投右打。リーゼントをバッチリ決めているが実は優しい、ファンからも選手からも愛されたレジェンド。監督初年度となる来季でもまだ40歳、十二球団で最も若い監督となる。長打頼みのラメセス野球を変えると宣言している。中央競馬の馬主でもある。
元になった人物……言うまでもなくハマの番長と呼ばれるあの元投手。近年の一流選手で引退後も含めて横浜だけ、なんて選手はこの人くらいか。満を持して監督就任となった。
実際の監督就任時の年齢より作中で若く設定しているのは、新浦監督が自分と同世代の打者をチームに連れてくる展開を予定しているからです。誰なんでしょうね。
平目 (ブラックスターズ投手)
速球派、ノーコン投手。右投右打。ラストチャンスで炎上して、後日さようなら。
元になった選手……150キロを超える死球と自滅が売りのベイスターズファン、他球団ファンの両方に恐れられるあの選手。毎年のようにクビ候補だが毎年生き残る。速い球が投げられるという理由だけで生き残った気がしないでもない。




