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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第38話 暴走王・太刀川みち

 二戦連続大敗、もう負けられない日曜の試合。中盤まで2ー2のいい勝負だった。わたしは試合中もみやことの結婚のことばかり考えていた。


(本気の顔だったなぁ。でも籍はまだ入れないとか言ってたし、どうなるかわからないけど……)


 もちろん嫌なはずがない。だけど話が急すぎる。もうちょっとお互いをよく知って慎重に決めるべきだから……なんてことで頭がいっぱいだった。ところがそんなの吹っ飛ぶ大荒れの試合になった。



「あうっ!!」


 七回裏、この回からマウンドに上がったエス子が先頭打者の近田の足にデッドボール。近田は倒れたまま動けない。


『これは大丈夫でしょうか……治療のためベンチに戻ります』


 新人ながら盗塁王争いをしていた近田に代走が送られた。エス子の速球が足の先に直撃だ。骨折したかもしれない。


 エス子がコントロールを乱しただけだった。でも西宮ベンチは、みやこの新人王のためにわざと近田を潰しに来たと思い込んだ。八回表、長崎さんの打席だった。



「いっ!!うあぁ〜〜〜………」


 バットを持つ左手にぶつけられた。嫌な音が聞こえてきた。 


「…………」


 西宮の先発、富士見はノーコンで有名だ。でもあのヘラヘラした様子を見るとわざとぶつけたように思えた。でも絶対確実とは言い切れないからこの場は何も起きず、長崎さんもやはりプレー続行は無理だった。大筒さんがいないのに長崎さんまでいなくなったらどうなっちゃうんだろう。



 そして事件は同点のまま迎えた九回表、1アウト走者なしで6番みやこの打席だった。2ボール0ストライクとなったところでみやこが間を嫌って、


「タイム」


 バッターボックスから出た。主審も認めてタイムをコールした。ところが富士見は信じられない暴挙に出た。



「はっ!!」


 打席を外したみやこの頭を狙って速球を投げてきた。みやこが間一髪避けたからよかったけど、大惨事寸前だった。


「…………」


「アハハ、ゴメンゴメン。ほら、私コントロール悪いから。ちょっと手元が滑っちゃったんだわ」


 倒れたみやこは起き上がって、何事もなくバットを持つ。だけどこんなものを見せられて平然と座ってはいられなかった。




「ばかやろ――――――!くたばれ――――――っ!!!」



『おお―――――っ!?三塁側から太刀川がマウンドへ猛突進だ!しかも武器を持っている!』


 わたしはバットを手にベンチから飛び出した。大事なみやこの選手生命……いや、ほんとうの命も危なくなるような真似をしたんだ。絶対に許せなかった。


『あ〜〜!!横浜の一塁コーチが捕手の松野を殴った!松野も反撃!ああ、だめだ!一気に選手コーチが殺到!乱闘です!』


 ホームやマウンドを中心に大乱闘になった。みやこは早々にその輪から外れて安全なところに避難していた。真っ先に走り出したわたしは悲しいことに足が遅すぎて、すぐにみんなに追いつかれ取り押さえられていた。



「まあまあ、落ちついて」


「顔の形変えてやる――――――っ!!」


 怒り収まらないわたしのもとにみやこが近づいてきた。


「みち……私のためにそこまで怒ってくれるなんて……素敵。あなたの勇ましい姿、確かに私の力になった」


 こんな騒ぎのなか、一人とても嬉しそうにしていた。わたしのことを勇ましい、なんて表現するのは世界でみやこくらいだろう。わたしの暴れる様は滑稽で珍プレー特集のネタになるに違いない。でもみやこだけは違う。いまに始まったことじゃないけど。


「あなたの溢れんばかりの愛、確かに受け取った」



 結局わたしたちの一塁コーチは退場、相手の捕手松野とコーチ一人も退場になった。投手の富士見はなぜかお咎めなし、わたしも特に処分はなかった。


『ピッチャー富士見の悪質な投球が乱闘のきっかけでしたが続投、それも変な話ですがなぜ太刀川は退場ではないのでしょう?武器を手に襲いかかる気満々でしたが』


『ただ騒いで吠えていただけで乱闘の輪にすら入ってませんから当然でしょう』




 なんだかんだあって試合再開。警告試合になって、危ない球は即退場だ。さすがの富士見ももう内角攻めはできない。


(頭に投げてやったんだ。腰が引けてるはず)


 2ボールからの3球目、外角やや低めにストレート。みやこは完全に読み切っていた。思いきり踏みこんで流し打った。



『打った――――――っ!木谷のうまい流し打ち!打球は伸びて伸びて………ライトがフェンスについた!あ、入った!入った――――――っ!第10号ホームランは値千金の勝ち越しの一打!』



「やった!正義の勝ちだ!」


 わたしはベンチの中で何度も飛び跳ねながら大喜びしていた。まだみやこが三塁あたりを走っていたところで、次の次で代打に出るように言われた。


「みち……このホームランはあなたが打たせてくれた。私たちの愛と絆が普通以上の力を私に授けた」


「それはよかった。暴走も無駄じゃなかったよ」


「今度は私がみちに力をあげる番………頑張って」



 こうなると狙いは一つだ。7番の荒川さんが凡退して二死走者なし、まだ富士見が投げている。ショックは残っているようだけどこんなものじゃ終わらせない。わたしも怒りじゃなくて愛の力でこの打席に臨もう。


 そういえばこの一週間の最初も怒りをうまくパワーにできるかできないか、選手によって違うって考えてたな。冷静さを失って力んじゃう人がほとんどで、わたしも怒ったままだったらだめだったかもしれない。でもいまのわたしは………。



「いけえぇぇ〜〜〜っ!!」


 156キロストレート、早くこの回を終わらせたいという富士見の油断にまみれた球を力いっぱい振り抜いた。



『うわ―――――っ!!凄い打球がレフトスタンド、その二階席最上段だ―――――――っ!!太刀川の超特大、第5号ホームラン!横浜のリードは2点に広がりました!』


 

 これ以上ない手応え。これまでのホームランのなかでも一番の飛距離、感触、爽快感。いつもはやらないガッツポーズが二塁を回ったあたりで自然と飛び出した。




「木谷に太刀川………クソが―――――――――っ!!」


 富士見は八回と3分の2、完投までアウト一つでマウンドを降ろされた。そして裏の守りは何事もなく三人で終わらせた。ただし最後の打者を三振に仕留めたときに川崎さんが派手に喜びすぎたせいでまた不穏な空気になり、観客席でも両チームのファンが喧嘩を始めてしまったのでヒーローインタビューすら行われず早々に撤収を余儀なくされた。



「あなたと私の愛の結晶……うふふ」


 今日は珍しく自分のホームランボールも回収していたみやこ。わたしのボールと並べて微笑んでいた。ジャガーズ戦は負け越し、しかも後味悪いラストだったことなんて忘れているのか、もともと関心がないのか……終始ご機嫌だった。


 西宮の近田は試合後、右足の甲骨折が判明した。こんな形ではあるけれどみやこの新人王の相手はこれでミルルトの村下に絞られた。低打率、エラー多めながら規定打席到達で長打率の高い村下か、規定未到達でも3割5分もの打率で捕手としても文句なしのみやこか。この先の活躍次第だ。



「残念なことに長崎は小指を骨折していた。このままチームから離脱する」


 長崎さんも明日、登録抹消になる。横浜と西宮、両チーム主力が一人いなくなり、共に残り二ヶ月厳しい戦いを強いられることになった。二週間でクリーンナップの二人が消えたわたしたちは特にきつい。ラメセス監督の真の采配力が試される。






「みやこ、もっと食べないと夏バテしちゃうよ。体重落ちてるんじゃない?」


「確かに……さすがにみちと同じほどは食べられないとしても意識して食事をしないとシーズン終わりまで完走できないかもしれない」


 いくらみやこが即戦力の新人離れした天才とはいえ、プロ野球選手として一年過ごすのは今年が初めて。夏の乗り切り方に失敗すると成績ががくっと落ちても驚かない。人間である以上、天才も二流も同じように疲れは溜まり調子が悪くなる。


「みちは最初の年は平気だったの?」


「二軍の試合にもほとんど出られなかったからね。じっくり身体を強化していいって言われていたからプレッシャーもなかった。もうちょっと焦るべきだったのかもしれないけどね」


 わたしの経験は参考にならないだろう。同期たちがコンディション維持に苦労していた真夏も試合で活躍するために頑張る必要がないから、よく言えばマイペース、悪く言うならのんびりと構えていたおかげで調子は上がっていた。試合に出ないからあまり意味はない好調だったけど。



「砂川はハングリー精神があったからね、苦しくても食べ物を詰め込んでた。だから一年目から活躍できた」


「ただ、それが長い目で見てよかったかどうかは疑問。先発のままなら問題なかった。しかし中継ぎ転向、いきなりフル回転……それでは潰れる。みち、あなたは幸運だった。あなたも彼女のように酷使されて寿命を縮めていたかもしれない」


 ラメセス政権では先発でちょっとでも結果が出ないとすぐ中継ぎに回される。若い投手はまだ体が完成していないのに無理を続けたせいで故障したり急に劣化するパターンも多かった。


「でもわたしは延長戦で200球くらい投げても平気だったしケガ知らずだから中継ぎとして大成できたかも」


「いいえ、先発としてのスタミナと連投能力はそもそも違う。毎試合ブルペンで肩を仕上げ、年間60〜70試合を投げるとなるとあなたは30歳を前に一度は手術することになった」

 


 わたしが即戦力投手になるにはこの低い身長を生かしてサイドスローかアンダースローにするという手もあったかも、以前みやことのピッチング練習のとき話したら強く否定された。


「あなたがそんなことをしなくてほんとうによかった。あの連中は喜んで右のワンポイントだけに留まらない雑な使い方で一年目からあなたを使い倒していた。おそらくあなたは砂川と同じ道か、もっと悪い結果、戦力外からの引退もありえた」


「しっかり身体を作り上げたいまならどうかな」


「先発や中継ぎを抜きにして、あなたにサイドやアンダーは向いていない。やはりあのダイナミックなフォームから気迫たっぷりに投げ込むのが一番。おそらく150以上は勝ち星に差が出る」


 150?150キロを投げるとかじゃなくて……150勝?



「来年からあなたは日本球界のエースとして最低年間20勝………いや、25勝はできる。それを十五年続けると375勝になる。しかしそこから約150マイナス……つまり200勝をやや超える程度で終わってしまう。メリットが何一つない」


「………いやいやいや、200勝できれば万々歳でしょ」



 近代野球で通算200勝達成は高すぎる壁となった。100勝投手ですら減っているのに200どころか375、しかも来年24歳、まだ公式戦で投手として出場すらしていない選手ができるわけがない。みやこの期待に応え夢を叶えてやろうと誓ったけれど、さすがにこれは非現実的すぎる。




「みやこ………富士見の球、頭に当たってないよね?」


「……?しっかり避けた。なぜ急にそんな話を?」


「何でもない。さ、食べよ食べよ。いま調子を崩したら来年はないかもしれないからね……わたしは」


 とりあえずいっぱい食べて飲んで、お風呂に入ってぜんぶ忘れて寝た。来年や十五年先よりもまずは目の前の明日からだ。

 200勝への壁


 この世界でも現実のプロ野球同様、分業化や中6日が定着し、投手の200勝達成は非常に困難な状況になっている。2021シーズンから楽天に復帰する田中将大投手が日米通算で達成できるかどうか、というくらいで他の投手はもう無理だろう。ヤクルト石川が5勝×6年か3勝×10年でいけば達成できるが、達成したときには先に200敗到達、岩田鉄五郎みたいな感じになっていると思うと………。



 もし筆者の筆が乗ってみっちゃん投手編をやるとなったら25勝できるような無双モードか、それとも勝ったり負けたりか、どちらが面白いでしょうか?自分でも考えています。



 

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