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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第36話 名女優

 砂川樹美、わたしと同じ23歳。同じ年のドラフトでわたしは最下位、彼女は育成指名だった。でも成功したのは彼女のほうで、去年は6千万円も貰っていた。それが今年は半分以下、しかも育成契約でスタート。本人の慢心か酷使による故障かで以前にも議論になっていた。


 その砂川が皆の予想より早く手術から復活し、今シーズン中の支配下登録復帰を勝ちとった。だからっていきなりリードしている試合、1アウト満塁の場面で出番だなんて……。



「………ちっ、なんでキャッチャーは木谷じゃないんですか。いつもあの外人が降りたらこいつも引っ込んだでしょ?」


 

 性格や言動は相変わらずだった。プロ一年目の早い段階で彼女はわたしを見下し、いつもばかにしていた。投手失格、捕手も素人、打撃だって自分のほうが打てる………一軍に呼ばれるようになるとわたしだけじゃなくて年上の二軍選手たちにも傲慢な態度で接するようになった。


 絶頂期なら何をしても許される。でもそういうときこそ謙虚じゃないと困ったとき誰も助けてくれない。



「今のあなたが采配や組む相手に文句を言える立場じゃないこともわからない?アホすぎて話にならないわ。アドバイスなんかしたって伝わらないだろうしもう行くわ」


「え………そ、そんな!」


 投手コーチは冷たく言い放ってベンチに帰っていく。石河さんや長崎さんもすぐに守備位置に戻り、


「樹美、あんたとみっちゃんの立場はとっくに逆転している。今年はあんたのほうが四倍近い給料を貰っている……でも来年は違う。あんたはきっと1円も稼げなくなる、この世界では」


「お金の話だけじゃないわ。みっちゃんはチームに必要不可欠な存在になった。でもあなたはいらない、そういう意味で立場は逆転した。私からも言わせてもらうわ」


 

 ちょうど去年の前半戦に二軍に落ちてそのままシーズンを終えた彼女にとって一年ぶりの復活、誰も歓迎してくれなかった。スタンドの横浜ファンもそれは同じで、


「ここで終わったポンコツ……ゲームも終わった」

「引退前にあの憎らしいクソ生意気な顔が歪むのを見てやるわ!」


 ざわざわと悲嘆や諦め、怒りや罵りの声が響くばかり。極めつけは、


「こんなゴミをリードする太刀川がかわいそうだわ。きっとラメセスに責任を押しつけられちゃうのよ、いつもみたいに」 


「太刀川が投げたほうがまだいいんじゃない?」


 完全に決着がついたはずのわたしより下だという、容赦のない会話の声が聞こえてくる。プライドの高い彼女には耐えられないだろう。マウンドにはわたしたち二人だけが残った。




「………こうなるのはわかってた。実力主義のプロ野球……落ち目の投手には用がない。皆が正しい」


「……でも二軍で結果を出して戻ってきたわけだから……」


「いや、防御率がよかっただけ。イースタンのクズ打者たちや二軍の見る目がない首脳陣は騙せた。でもピークの6割も球のキレは戻ってない。肩はまだ庇いながら投げないと苦しい」


 だったらなんで今年はリハビリに専念しなかったの、と言いたくなった。でも彼女の場合は素行がよくないことが災いして、今年復帰できなければクビだと言われていたらしい。週刊誌にもいろいろ書かれてしかもぜんぶほんとうのことだったからなぁ。



「太刀川も知ってるでしょ?結婚したんだ、私。調子がいいときだけそばにいた女どもじゃない、最悪だった去年の後半からずっと支えてくれた………このまま終わりたくない」


 まるでわたしに頭を下げているかのようだった。助けてくれと。すっかり自信喪失って感じで、最初の悪態は必死の意地だったみたいだ。


 でもどうしようかな。ヒュウズのときは好きなようにやってと言ったらうまくいった。渡久地さんと江頭さんにはリラックスしてもらって緊張を吹き飛ばしたら大成功、三人とも一軍の大事な戦力になっている。砂川には………。




「いや、どうでもいいよ。興味ないから、結婚したとか。抑えればいいだけじゃん。プロに残りたければ」


「…………え?は、は?は?」


「わたしだって砂川のことは嫌いだから正直ここで打たれちゃえばいいって思ってる。散々ばかにされたの、覚えてるからね」


「はぁ〜〜〜〜〜!?」


 そろそろ投球練習を始めないといけない。わたしはホームベースに向かって歩く。ダメ押しでぼそっと呟いた。



「どう頑張っても試合後には横須賀に帰るんだから何でもいいよ。一応サインは出すけど………」



 ぷるぷると砂川が震えている。これでよし。きっと怒りで120パーセントの投球ができる。普通は怒るとさっきの行田みたいに力が発揮できないものだけど砂川は違うタイプ、うまくパワーにできると知っている。いまの彼女だとそこまで力を引き出さないとこのピンチは凌げない。




「トライアウトでは普段148キロ程度を投げるピッチャーは150キロを出す必要があります。限界以上の力を出せないと厳しいでしょう」


 ラメセス監督が前に言っていた言葉だ。戦力外通告を受けた選手たちの最後の悪あがきの場、トライアウト。まさに120パーセントの力を出してアピールしないといけない。それくらいの気持ちで投げてくれなきゃ砂川も終わってしまう。


 わたしは数年前のことなんて気にしていない。立場が逆だったらわたしも調子に乗っていたかもしれない。だから砂川への冷たい態度はお芝居だ。相手はわたしを嫌っているからもっと嫌われても構わない。


(この投球練習の球!凄い気迫が伝わってくる!名女優だったな、わたし)

 



 さあ、プレー再開だ。バッターはまだ一軍でノーヒットの新人、野尾。甲子園優勝、期待のドラフト1位は即戦力ではなかった。とはいえそろそろ初安打が出てもいいころだ。


『左対左とはいえ………今季初登板の砂川!ラメセス監督は期待しているのか、それとも非情の見極め目的か?』


 球威は物足りないけれどそれなりに球種はある。何より魂がボールに乗っている。


「……………」


 わたしのサインに素直に応じてくれた。まずは………。



「うっ!」 「ストライク!」


 外角に逃げるスライダー、空振りを誘った。最後までスライダーでも打たれなさそうだけどあえて次は違う、最高の球を使おう。これが決まればそのあといつか三振だ。



『まずは初球ストライク、バッテリーが選ぶ二球目は!』


 砂川の最大の武器、スローカーブ。甘くならなきゃ打たれない。相手が警戒していても………。



「うっ!」


 空振りは奪えなかった。本人の申告通りまだピークには戻っていないからだった。でも、現状での全力は出し切れた。だからそれ以上の結果になった。


『ボテボテのピッチャーゴロ!砂川拾ってホームへ!フォースアウト!』


 これで二死、このチャンスを逃さずに一気に!



「うお――――――っ!ファースト―――!!」


『野尾は俊足!一塁は………えっ!?』


 一塁も間に合ってアウト、ホームゲッツーの完成だ。あんなにいろいろ考えて打者一人、2球で終わっちゃうんだから野球は面白いし怖くもある。マスクを拾って戻ろうとすると、コアラーズのランナーたちが驚きの目でわたしを見ていた。


「あ、あそこから一塁がアウトになる……?」

「あんな強肩ありえないわ」


 

『ダ、ダブルプレー!スリーアウトチェンジになりました。打球が詰まりすぎて砂川の処理も遅かったのですが……ホームアウト後が凄いの一言につきます!太刀川の肩から弾丸のような速さで放たれた送球が野尾を刺しました!』


 たまたまうまく動いてうまく投げただけのはず。わたしの肩よりも最高の形で打ち取った砂川が褒められるべきシーンだと思う。完璧な火消しになった。


 ベンチに入る直前で砂川に肩を掴まれた。あ、そうだった。怒らせていたのをすっかり忘れていた。まあ監督やコーチ、他の選手たちの前で殴ったりしてはこないだろうけど、何かしらのいちゃもんはつけられるかな、そう思って身構えていた。




「………あの私を怒らせた発言とナメた顔は……」


「あ〜……あれは演技だよ。本心じゃない。怒りの力で抑えてもらおうと………でも結果オーライだったよね」


「そんなことはわかっていた!下手クソな大根役者が!あんたが私を助けるために慣れない芝居までした、そのことに私は胸が熱くなって今年一番の球が投げられた。怒りなんかじゃない」


 あれ?バレてた。確かに全然怒ってなかった。となると投球練習前、そしていま震えているのは…。



「恥ずかしい……情けない。あれだけダメ選手だのバカだのイモだの罵倒したやつに……気遣われ力づけられ救われて………」


 今度ははっきりと、しっかりと頭を下げていた。



「ほんとうにありがとう……そしてごめんなさい」


「いいって、そんなの。いつもみたいに堂々としてくれたほうが安心するよ。一年ぶりの復活登板……ナイスピッチングだった」


「……太刀川…………」



 彼女は涙を流しながらわたしに抱きつこうとする。わたしもそれを拒まない。すっかり残り少なくなってしまった貴重な同期とようやく仲よくなれた。友情の始まりの証に抱擁を……。





「……危ないところだった……もう少し私が気づくのが遅れていたら……いや、進路に障害物が一つでもあったなら…!」


 よく知った感触、みやこの体だった。寸前で乱入してわたしと砂川の間に割って入っていた。


「みちの美技によるダブルプレー、その記念ボールを受け取っている隙を突くなんて……しかしあなたの思惑通りとはならなかった」 


「……?き、木谷?何を言っているの?まるでわからない」


「とぼけなくていい。あなたが自分の気に入った女を次々と手籠めにしているのはわかっている。みちをその一人にしようという企み、私が生きている限りは不可能と知りなさい」


 わたしが砂川に奪われるって勘違いしている。いや、わたしはまだ完全にみやこのものってわけでもないんだけど。


「手籠めって……確かに遊びまくってたくさん泣かせてきたけれどそれは昔。いまはもう結婚もしてるから。こいつよりずっと美人でスタイルもいいモデルだよ。だからこいつに手を伸ばすなんて……」


「は?みちを侮辱し貶す………どういうつもり?」 


「あああああもおおおおお〜〜〜何なんだよこいつ〜……どう言えばわかってくれるんだ………太刀川、どうにかしてよ!」



 すっかり感極まった涙も引っこんで別の原因で泣きそうな砂川が助けを求めてきた。結局誤解を解くのは試合後までじっくりと時間をかけないといけなかった。




『抜けた――――――!!太刀川の打球はセンターオーバー!二塁ランナー中園ホームイン!打った太刀川は悠々二塁へ!連続ツーベースヒットで横浜、ピンチの後すぐに追加点!』


 わたしは3打数2安打2打点。久々に勝利に貢献できた。この回は8番の砂川の代打、みやこもタイムリーヒットを打って試合を決めるイニングになった。わたしの代わりにみやこが裏から守備に入って、その後三回を無失点で終えて試合は完勝だった。

 なぜブックマーク登録をしない?できないのか?したくないのか?する度胸もないのか?


 また素通りした!なぜポイントを入れない!なぜ変化球ばかりに頼るんだ読者ァ!!ライトスタンドの作者は怒っています!



 ………………………………相川もおかしいよ





 この元ネタの実況をリアルタイムで聞いていた人はどんな気持ちだったのでしょうか。私なら自分の耳を疑います。しばらくしてから冷静に振り返り、笑うことでしょう。

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