第31話 大筒グループ
横浜ファン同士の喧嘩のせいで応援歌の演奏がいつまで待っても始まらないなんてバッターボックスにいるわたしがわかるはずがない。ただ勝負に集中すればいいと臨んだ打席であれこれ考えてしまう。
(応援拒否?いくらあんな展開の直後だからってまだ六回、点差は3点しかないのに。となると原因はチームじゃなくてわたし!)
どこかで失言をしていたか、狂スポの陰謀か……それともまさか!
(みやことの関係がバレたんだ!お前なんかがふざけるな、ファンの思いが一つになった!オールスターでちょっと目立ったからって許されるわけがない、身の程を知れと………)
新人なのにグッズ売り上げナンバーワン、声援やファンレターの数は断トツ。日本中が注目する十年に一人の逸材が熱烈に愛する相手が三流選手……確かにみんな怒るのも当然だ。
「………」
ならわたしはどうする?みやこと距離を置いて、狂スポじゃないまともなところ相手に弁明すればいい?いーや、違うね。
みやこにふさわしい選手だと認めさせればいいだけだ。誰にも文句は言わせない、それを見せつけたらいい!
「仕方ないとはいえ球場全体……いや、私たちのファンが座る側だけか。殺伐としているわね。応援歌すら歌われないなんて」
「でもみっちゃんはやけに気合いが入っているわ。まるで全身を包むオーラみたいなものが見えるような……」
ミルルトの先発、棚橋は左投げで、昨日の福井さんと同じだ。でも投手としては全く違うタイプ、ノーコンの速球派で、ブラックスターズ打線は早打ちするからこういう投手に弱い。
3点先制してもらった後の最初のバッター。四球だけは嫌だな、と思う制球難の投手は、意識しすぎてますますコントロールを乱すか、甘い球を投げてしまうかのどちらかだと思う。これだけいい球を投げるのに棚橋がミルルトのエースになれる見込みがないのはその両方だからだ。
「ボール!ボールスリー!」
三つ続けて外角低めにボール。ベンチからサインは出ていないけれど、普通なら一球待つ。でもいまは違う。どうしてもストライクが欲しい棚橋の次の球は、絶対にコースも球威も打ちごろの甘い球、今日の傾向からして球種も制御できている直球に絞れる。
『ピッチャー棚橋……代打太刀川に4球目を投げました!』
「たぁ―――――――――――っ!!」
ヤマを張ってフルスイングした。ジャストミートの感覚だった。
『いった――――――――っ!打球はまだ伸びる!』
川田のホームランよりも上段にボールは消えていった。後で聞いた話だけど、ちょうど横浜ファンの喧嘩の輪に飛び込んでいったんだとか。騒ぎは収まって、ファンの関心を試合に戻した。
歓声のなか、第3号ホームランを振り返りながらベースを一周する間、ついニヤけてしまった。わたしだって頭を使ったホームランが打てたじゃないか。これまでの根性や気合いの力で打ったホームランとは違う、狙いすました一打だった。
「みち!最高のホームランだった!初の代打ホームラン、必ずボールはスタッフたちに回収させるから!」
「あはは……無理はしないでね」
「あの完璧な打球が証明してくれた!あなた以上のバッターはいないと!殻を破ったあなたに勝る者はこの球場のどこにもいない!」
わたし以上に興奮し喜ぶみやこ。そのせいで余計な言葉を言ってしまった。対象を敵のミルルトだけにすればよかったのに、この球場の、つまり横浜ベンチを含めてしまったんだ。
「こら〜!生意気だぞ、みっちゃん!天狗になってるな〜?」
「うにゅにゅ!違いましゅ!わたしは何も言ってません!」
ほとんどの選手たちは怒るふりをしながらわたしのほっぺたをつまんだり頭を軽く叩いたりしながら笑っていた。でもチームの主砲、大筒さんとそのグループの人たちは表情を変えず、この輪に加わることもなかった。その後の試合中のベンチ内でも、何とも言えない違和感があった。
『試合終了!6ー1!ペンギンズ連勝!』
わたしのホームランで棚橋を降板させたまではよかったけど、強力なリリーフ陣に手も足も出ず、最後は逆に突き放された。
「打撃陣に元気がありませんが……?」
「逆に考えるなら二日間眠っていたぶん明日は必ず爆発する。そして繰り返しになるが連敗の後は連勝がくる」
強気を崩さないラメセス監督。会見の話題はわたしのことに移った。
「太刀川の評価は上がる一方です。サードやファーストでの先発出場の可能性はありますか?」
「それはないと断言する。彼女はあくまで週一回の捕手、それにピンチヒッター。他の仕事は考えていない」
「投手への再転向も噂されていますが……」
「それもありえない。このチームには本職の優秀な投手がたくさんいる。とはいえ大量ビハインドになり投手を温存したいケース、その登板は否定しない」
シーズンが終わるまではいまのままの起用みたいだ。ちなみに今日、みやこは取材があってもうちょっと時間がかかる。ぼーっとしながら一人で待っていると、音坂さんと佐々野さんが近づいてきた。普段はあまり話さない人たちだ。
音坂さんは大筒さんの高校の後輩、佐々野さんは大筒さんに弟子入りした、二人とも大筒グループの一員だった。
「いや〜、今日のホームラン、凄かった。川田や村下なんかよりずっとホームランバッターの打球!」
「えへへ……どうも」
「昨日から3の3、しかもぜんぶ長打!このままいけば打率3割どころか4割もありえる!あっと言う間に私たち代打勢のトップになっちゃったね。私たちは立場が危うくて首が寒いかも〜……」
「……そんなわけないですよ。佐々野さんはファーストと外野でスタメン、音坂さんはセンターでスタメン出場の試合もあるじゃないですか。わたしの好調は今だけ、お二人とは違いますよ」
にこやかに、和やかに話していたはずだった。ところが急に二人の様子が変わった。周囲に誰もいないことを確認してからわたしを壁に追い詰め、囲むようにして低い声で話し始めた。
「私たちの話は別にいいんだよ。問題は太刀川、あんたが目立ち過ぎて大筒さんの名前に傷がついていることだけだ!あんたのほうがバッティングだけなら大筒さんより上だとか、真のホームランバッターは大筒さんじゃないなんてみんな言っている」
「まさか。そんなのはみやこだけ………」
「いや、オールスター後からコソコソ噂するようになった。大筒には横浜を変える力はないが、太刀川なら何かやってくれる魅力がある、大筒よりも4番やキャプテンに相応しい……球団の偉い連中まであんたを過大評価して、大筒さんを侮るようになった」
信じられない話だけど、結局のところ何が言いたいのかな。
「そろそろ一回休んだらどうだい?代打で3割以上、十分すぎる成績でしょ?私らのリーダー以上に活躍されると困るんだ。チームがめちゃくちゃになっちゃうから……わかるでしょ?」
「横浜の主役は誰か、勘違いしないでほしいのよ。私たちもあまり手荒な真似はしたくないからさ、賢くないと現役生活が短命に終わっちゃう、それだけ覚えておいてね」
遠くから大筒さんがこの光景を見ていた。近づいて様子を知ろうとも、見なかったことにして離れようともせずに。この二人が誰の指示でわたしに『忠告』してきたかを明らかにした。
彼女たちがいなくなってからすぐ、今度は倉木さんがわたしに一人で近づいてくる。大筒さんグループじゃないけれど同じ高校出身だ。鈍いわたしでも偶然じゃないのはわかる。
「倉木さん……今日はツイてなかったですね。明日こそ……」
「明日?フフフ、みっちゃん、残念だけど私に明日はないよ。あのプレーがラメセス監督の怒りを買って二軍落ちが決まった。下で1からやり直してくるように言われたよ」
「え?二軍!?そんな、たったワンプレーで……」
厳しすぎる、と言う前に倉木さんが壁を殴りつけた。ミスを犯した自分に、もしくはこれまでずっと可愛がってくれたのにあっさり見限ってきた監督に怒っているのかと思ったら全く違った。
「監督の決定に不満があるのか!この小娘がァ――――ッ!」
まさに豹変だ。しかもその激怒の矛先はわたしだった。
「いいか、調子に乗るなよ。ラメセス監督は神に等しいお方だ!お前ごときが神の判断に意見できると思うな!」
「………いや、わたしは………」
「明日からしばらく会えないかもしれないから言っておく。間違っても監督の采配やチームづくりに疑問を抱くな。お前は控え、投手へ戻ったとしても活躍できない。それが監督の結論だ」
文句を言うのは論外、疑う時点ですでに許し難いようだ。二軍に落とされてもラメセス信仰は変わらない、凄い一途さだ。
(う〜ん……この流れだと……控え選手らしく目立つなって言いたいのかもしれないな。さっきの続きなんだ)
帰りの車のなか、みやこと二人後部座席に座る。また面倒な問題になりそうだから先輩たちに絡まれた件は黙っている。
「あなたの3本目のホームラン……そのボールがここにある」
言葉通りしっかり回収できたみたいだ。わたし関連のグッズコレクションに新たな仲間が加わる。
「わたしはてっきりオールスターのユニフォーム、あのチャリティーオークションもみやこが参加するものだと……」
実際に着用したユニフォームがオークションに出されて、収益は寄付される。スター選手のユニフォームだと150万円くらいまで値段が跳ね上がるみたいで、プロ野球選手のわたしですら手が出せない。
「出品されるのはクリーニングされたもの、しかも出番がなかった一日目のユニフォームで上半身だけ……あなたの汗と匂いが染みついているユニフォームであれば世の変態どもに渡すわけにはいかない。全力で競り落としていた」
今日からネットでオークションが始まっている。みやこのサイン入りユニフォームは100万円超えが予想されていた。わたしのもそこそこ高くなるんじゃないかという声がある。
人気選手だから、ってわけじゃない。珍しいからだ。毎年のように出品される球宴の常連たちと違って、たぶん二度とオールスターに出ないから価値が高まるという、あまり嬉しくない理由だった。
「オールスターはもう終わった。この第3号ホームランすらすでに過去の話になった。あなたがこれから残す数々の大記録と見る者全てが生涯忘れないであろう鮮烈な記憶……その序章でしかないのだから、まだまだ私のコレクションは増えていく。それにあのホテルで約束してくれた、夢の数々も」
「ははは……まずは明日出番があることをお願いしないとね。神宮球場は相性がいいみたいだからまた打てる気がする」
せっかく成績を上げるチャンス、ちょっと脅されたくらいで逃すもんか。どうせそのうち調子が落ちて打ちたくても打てなくなる。だったら誰に遠慮する必要もない。みやこが信じてくれている、その思いに応えるためにも絶好調が続く少しの間だけでもわたしが横浜でナンバーワンのバッターになってやる!
「みち、車に乗ったときから感じていたけれど、なんだか嬉しそう。それにこれまで以上に自信に満ちている」
「………ん?そうかな?」
いまみやこと話をして元気づけられたから……だと思っていたけど、最初からか。あんな出来事の後で嬉しそう、だなんて……。
いや、確かにみやこはわたし以上にわたしのことをわかっていた。無意識のうちに、わたしは喜んでいた。チームの中心選手たちから、放っておくとまずい『脅威』だと認めてもらえた。ようやく子どものころから夢見ていた自分に近づいてきた。
(最初から答えは決まってる……悩まなくていいんだ)
棚橋(外苑ミルルトペンギンズ投手)
ミルルト期待の若手。左投左打。コントロールが悪く一流になれないが、時々好投する。みっちゃんに思考を読み切られて被弾。
元になった選手……元アイドルと結婚したあの選手。チーム事情もあってチャンスはもらっているのだがいまだ成長の兆しなし。日ハムあたりにトレード移籍すれば覚醒しそうだが、ヤクルトは最近日ハムから役立たずばかり押しつけられているので警戒して、もうトレードしないような気がする。
福井(ペンギンズ投手)
ミルルト投手陣のリーダーであり大ベテラン。左投左打。球速はないが変化球のキレとコントロールは健在。みっちゃんよりは大きいがプロではかなり小さいほうで、みっちゃんの憧れる選手の一人。
元になった選手……ヤクルトの左のエースを長年続けるあの選手。正直200勝は厳しいし普通のチームなら引退勧告が出るはずだがヤクルトではまだ貴重な戦力だ。打線と中継ぎはこの人の登板試合はもっと頑張ってほしい。
倉木のセカンド前ヒット事件
元になった事件……2018年楽天との交流戦で起きた例のアレ。横浜ファンはもちろん、全野球ファンを驚愕させた。




