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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第30話 応援歌誕生(リサイクル)

 オールスターも終わり後半戦が始まる。いきなりヒュウズが先発、わたしのスタメン試合だ。オールスターでのわたしの活躍もすでに過去のこと、それ以上に熱いペナントレースの再開だ。


「みっちゃん、知ってた?今日からみっちゃんにも専用の応援歌ができたって」


「えっ、ほんとうですか!?嬉しいです!」


 今までは捕手汎用歌という、キャッチャーで応援歌がない選手用の歌が打席のときに流れていた。応援歌を作ってもらえるというのはチームに必要だと認められた証だった。



「こんな感じなんだけど………」


「なるほど……あれ?どこかで、それも昔聞いたことがある」


 ミルルトファンとして、神宮のライトスタンドにいたときによく聞いた歌だった。なんとなく覚えているけどわたしがブラックスターズに入ってからは一軍で使われてないんじゃないかな? 


「十年前くらいでしょ、確か最後は。いい曲なんだけどね。応援団もまたコレが演奏できるって喜んでたわ。ただ………」


「……ただ?」


「縁起が悪すぎる曲なのよ。呪いの応援歌とも呼ばれている。外国人選手によく使われたんだけどみんな一年で消えた。だから最近は怖くて自重してたらしいわ」



 ああ、だから誰の応援歌なのかわからなかったんだ。毎年のように違う『ハズレ外人』にこの曲を使うから。わたしなら成績が伸び悩もうがどうでもいいと思われているのか、それとも不吉なジンクスを破れって期待なのか。あまり考えないでおこう。



 後半戦最初は神宮球場での外苑ミルルトペンギンズ戦。アウェーだけどわたしにとっては初ホームランを打ったこともあって大好きな球場だ。7番という打順も前回と同じでいい感じだ。


「あれ?あの演歌歌手……雰囲気変わりました?」


「そうね………いいか悪いかは黙っておくわ」


 ミルルトの村下が始球式を務める演歌歌手の姿を見てバットを持ちながら唖然としている。テレビを見ないわたしでも知ってる演歌界のプリンセス、それがいま、小学生が着るような服に身を包んでいる。するとみやこが何度も頷きながら言った。


「きっと彼女は自分を解放した。周囲の求める姿、社会からどう思われるか……ついに我慢するのをやめて限界を突破した。だからこれは祝福すべきこと……私はそう思う」


 いい歳の大人の幼児スタイルを否定しなかった。みやこがこんな意見だったのは、石河さんの解説を聞いて納得した。



「ああ、似たようなものだもんね。木谷もみっちゃんのことが好きでたまらなかったのにそうじゃないフリをしばらく続けたんだから。前回の神宮の初日といまを比べてごらん」


「…………」


「私や事情を知ってる人たちからしたら早く素直になれば話が早いのにって思っていたけど。みっちゃんがホームランを打ったとき一人こっそりトイレで泣いてたでしょ?」


 みやこの顔がどんどん赤く染まっていく。あのときハイタッチの輪にみやこだけいなかった理由、そういえばまだ聞いていなかった。なるほど……わたしって鈍感なのかもしれない。 


「みやこってイメージと違って感情豊かだよね」


「………誰のせいでそうなったと………ばか」 


 うひゃあ。みやこみたいな美人が照れながら『ばか』って言うだけでこんなに破壊力があるなんて。このみやこと恋人みたいな手の繋ぎ方をしたり抱きあって寝たり……ぎゃー。



「みっちゃんも有名になったんだから恋愛関係は気をつけなよ?純粋だから簡単に悪いやつに騙されそうで心配だわ」


「それなら大丈夫ですよ、石河さん。みっちゃんのそばには常に木谷がいますから。誰も寄ってこれませんよ」


「確かに。私たちみたいな失敗はしないかもね」


 演歌界の姫、『布川清代ふかわきよ』の始球式が終わって

いよいよ試合開始だ。好調ミルルト相手に勝ち越せばわたしたちもまだまだ優勝が狙える。



 ミルルトの先発はベテランの福井さん。背が低くてもプロで成功できるって勇気を与えてくれた人だ。速い球はなくてもパワー自慢の強打者を手玉に取る、お手本にしたい投手だ。


『長崎バットに当てただけ!平凡なショートゴロ』


 ブラックスターズが福井さんと対戦するとき、毎回両極端な展開になる。序盤でノックアウトするか全く打てないかのどちらか。だから福井さんは横浜戦だと必ず勝ちか負けがついている。

 

 なぜそうなるかは誰もわからない。今日は果たしてどちらに転ぶやら。 


「ストラ〜イク!バッター、アウト!」


 登板間隔が空いたヒュウズも素晴らしい立ち上がりで、互いにランナーを出さないピッチング。そして三回表の先頭打者はわたしだ。念願の専用応援歌が聞ける瞬間がやってきた。



「かっとばせ、かっとばせ!太、刀、川!」

「かっとばせ、かっとばせ!太、刀、川!」


 演奏の前に何回か太鼓に合わせてファンたちが叫ぶ。そしていよいよ………ん、ちょっと待った!これはいきなり甘い球………!



『打った―――!!ストライクを取りに来た初球を見逃さず!打球は左中間!太刀川の足でも余裕のツーベースヒット!』


「打っちゃった……まあいいや。まだ何回か打席はあるし」


 初球打ちしたから応援歌は聞けなかった。しかも次の打者、8番投手のヒュウズが相手投手前、真正面に強い打球のバントを転がしてわたしは余裕の三塁憤死という最悪の形。この回は無得点に終わる。  

 


「鈍足ランナーのときはピッチャーにもバントはさせないって言ってたはず……なのにやらせてしかも失敗………」


「いかにラメセスが一貫性のない采配をしているか、頭を使っていないかがよくわかる拙攻だった」 


 監督たちに聞こえないような小声で戸場さんとみやこが話していた。みやこの右手にはさっきのツーベースのボールがある。


「これは別に何の記念球でもないはずだけど?」


「あなたの活躍の証は回収できる限り回収する」 


 もう何でもいいみたいだ。



 バント失敗で流れが悪くなってもヒュウズは安定している。三回以降はランナーを出しながらも得点は許さない。わたしたちはあれ以降出塁できず、五回表、ツーアウト走者なしというところで今日の第二打席が回ってきた。今度は球を見ていくぞ。


「………!!」


『変化球を流し打ち―――っ!ガラ空きのライト線に落ちる!太刀川、連続ツーベースヒット!また初球だった〜〜っ!』



 当然喜ぶべきだ。皆が全然打てないなかで2安打、両方長打なんだから。しかしまたしても応援歌はお預けとなった。とはいえ次はピッチャーのヒュウズ、あっさり三振してチェンジ。


「8番投手……もはや本来の狙いを忘れ意地になって続けているとしか思えない。あなたのヒットが台無しになっている」


「それはどうかな……ヒュウズが9番ならわたしは8番になるからあまり変わらないと思うけどね。監督のミスじゃないよ」


 話しながらわたしはみやこにキャッチャー装備一式を身につける手伝いをしてもらっている。そばを通りかかった先輩が、


「みっちゃん………注意しないの?」


「………もう諦めましたから」


 胸やお尻をべたべた触る、変な手つきで撫でてくるみやこの姿に驚いていたけどわたしはとっくに慣れた。注意したってすぐにこうなる。



「さて……このままゼロ行進がどこまで続くか……」


 オールスターによる中断でミルルトの好調の流れがリセットされちゃったのか、ヒュウズの調子が今シーズン一番なのか、失点する気がしなかった。1点取れば勝てる。村下は布川清代、本人が言うには『きーちゃん』を見たショックで覇気がなく、今日は怖くない。ミルルトが呼んだゲストなのに自分たちの首を絞めるなんて。 



『七回の表、横浜絶好のチャンスです!2アウトから5番長崎、6番佐々野が連打で二塁、三塁の場面!バッターは太刀川!ここまで一人で福井を打ってきましたがついに仲間たちも続きました!先制点なるか!』


 疲れが見えてきた福井さんを攻略しかけている。この大チャンス、間違いなく試合のターニングポイントになる!


(たぶんチャンステーマが流される。でも最初に一回はわたしのための新曲をやるはず!)


 こんなときだというのにわたしはどうでもいいことで頭がいっぱいだった。でもリラックスできている、いい感じだ。これなら打てる。3連続二塁打……いや、ホームランもありえる!



「え……申告敬遠?わたしを?」 


 いつもわたしたちの指揮官が頻繁にやる、申告敬遠。2アウトでピンチ、一塁が空いているし次はピッチャー。しかもわたしは今日唯一福井さんを苦にしていない。確かに歩かせるかも。


「監督はどうする!動くのか、それとも……」


 ヒュウズは絶好調で余力はたっぷり。あと二回は投げられる。でもこんなチャンスはこの試合、もうないかもしれない。ミルルトは代打を出しなよと誘っている。結果は……。



『バッター、ヒュウズに代わりまして、セト』  


 今日一軍復帰のセトを使って勝負に出た。こうなると裏の守備から下がることが決まったわたしに代走が送られないのは監督が忘れているせいかな。緊張の一瞬、勝ったのはどっちだ!  


「ストライク!バッターアウッ!スリーアウト、チェンジ」


 わたしたちの負けだった。先に動いたのに失敗。流れは去って、

 


『あ――――っ!二吉痛恨!ガイエスに押し出しの死球だ!』


『前進守備の頭を越えた!ランナー一掃だ!』



 バッテリー交代後、いきなり4失点して勝負あり。先制できなかったのが痛かった。新応援歌も聞けずじまいだ。


「最終的なスコアは差が開いたがどちらが勝ってもおかしくない紙一重のゲームだった。明日は我々に運が向く」 


 ラメセス監督はいつも通りのポジティブなコメントで会見を終えた。負けが続くと暗くなったり黙ったり、選手に全ての責任を押しつける人もいるからラメセス監督はいい。だけどその楽観的な考えに根拠があるわけじゃないから………。




『平凡なセカンドゴロ……倉木、ゆっくりと処理して一塁へ………あっ、セーフだ!内野安打になってしまったぞ!?』


 普通の打者ならアウトだった。超がつくほどの俊足、美輪が諦めずに全力疾走していた。セカンドが本職じゃない倉木さんが落ち着いて確実に送球しようとしたのも不幸だった。



「怠慢だろ〜っ!さっさと引っこめろ〜っ!」


「ラメセスの愛人め!だから使ってもらってるんだろーが!」


 スタンドから容赦ない罵声やブーイングが飛ぶ。しかもその2アウトから出たランナーが次のバッター、赤木の長打で一気に生還。終わったはずの回で失点までしてしまった。


 こうなるとわたしより年下で、まだプロで未勝利という経験の浅い井塚が堪えきれるわけがなかった。


『横浜ファンの陣取るレフトスタンド中段だ!川田、ツーランホームラン!目標のトリプルスリーに向けて視界よし!』


 チェンジだったはずのところから3点を失い、点差以上に厳しい試合になってしまった。


「八百長だろ、八百長!倉木死ね―――っ!!」


「ラメセスも二軍に落とせ―――っ!」


 ミルルトとのカード2戦目はまだ五回が終わっただけ、それでも初戦より悪い展開になった。



「さすがに今日は倉木を代えないといけない。そして重苦しいムードをどうにかしないとまずい。みっちゃん、頼んだよ」


 先頭打者の倉木さんに代えてわたしが出る。今日もシンプルにいこう。応援歌楽しみだなぁ、そのくらいの考えで打席に立ったほうがいい。


(そうだ……いったん打席に入ってからタイムをかければいい時間稼ぎになるぞ。初球がくる前に応援歌が流れる!)


 わたしの悪だくみ。目に虫が入ったふりをしてタイムに成功した。ところがいつまでたっても演奏が始まらない。


「おかしいな………」



 実はこのとき、レフトスタンドでは喧嘩騒ぎが起きていた。倉木さんはファンも敵も多い選手だから、さっきのプレーの件でファン同士が喧嘩していたそうだ。応援団も巻き込まれていた。


 この日もわたしの応援歌が流れることはなかった。

 みっちゃんの応援歌


 外国人たちに使われてきたという曲。二軍戦では使われていたが一軍で使われるのは約十年ぶり。他球団ファンでもなんとなく覚えている軽快な応援歌なのだが………。


 元になった応援歌……『ニューヒーロー』がいつまでも生まれない、ベイファンからすれば呪いの歌。2009年のジョンソン以降一軍では使われていない。日本人でもいいから誰かに使ってほしいが縁起が悪すぎるから強くは言えない。



 布川清代(演歌歌手)


 演歌界のプリンセスとして若いころからヒット曲を連発。ところが近年雰囲気が変わり、幼女が着るようなデザインの服で公の場に登場するようになった。40歳の衝撃的スタイルはミルルトの村下にはダメージが強かった。


 元になった歌手……よく神宮球場に始球式に来ているあの演歌歌手。長年我慢を続けていたようだがついに限界突破し、「紅組でもあり、白組でもある」ようになった。堂々と歩く彼と彼を見る村上、雄平の写真は奇跡的な一枚。でも悔しいけどきーちゃんは美しいし輝いている、それは否定できない。

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