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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第一章 前半戦
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第19話 ラッキーガール

 早くも交流戦は今日からの仙台フェニックスとの三連戦で終わる。週前半の幕張戦では一度も出番がなかった。先週の埼玉キャッツ相手に3タテの勢いは続き、幕張にも勝ち越して最後のカードを迎えることになった。雨の中止もなく、順調だった。


「ジャガーズは二つも雨で流れたし、うちとの戦いの前に疲れてくれたらいいんだけど」

「今年もパ・リーグが勝ち越しそうかぁ。でも私たちは五割以上確定だから気楽ね」


 先輩たちの会話も余裕が感じられた。交流戦はミルルトが優勝争い、わたしたちも好調で残りのセ・リーグ4チームは苦戦している。その隙に最下位脱出もできた。



「でも交流戦が終わって一月もしないうちにオールスターだからねぇ。あっという間だ」


 今年は二試合、その最初の試合はわたしたちの本拠地ハマスタで開催される。だから中間発表でも横浜の選手が三人くらいトップだった。そしてファン投票で選ばれなくても監督推薦という方法で出場できそうな選手たちもいた。そのうちの一人がみやこだ。


「投票が始まったときはまだファームだったからね。マークシートに名前もなかった」


 どのチームの捕手もあまり成績は良くない。規定打席到達者も誰もいない。一軍に上がって間もないとはいえ、みやこの活躍、印象、本拠地開催や世間の注目を考えると推薦で選ばれても当然だった。ここまで打率は3割後半、ホームラン4本……他に比べる相手がいない。


「………その間休めると思っていたのに。みちとの練習に費やせると……」


「何言ってんの。わたしはわたしでちゃんとやるからみやこも頑張ってきてよ。きっと来年からもずっと出ることになるだろうけど最初だからね、雰囲気を……」


 まだファン投票の最終結果すら出ていないのにわたしたちの話は進んでいた。交流戦後も二週間くらいはリーグ戦があるのに気が早かったかもしれない。目の前の試合を大事にしつつも常に先のことを考えなきゃいけないのもプロの難しさだ。



「オールスターで対戦したい投手っている?」


「特にいない。交流戦があるから一年に一度しか顔を合わせない相手でもない」


 交流戦が始まる前に全選手にアンケートがあって、わたしたちセ・リーグの選手ならパ・リーグの誰と勝負したいかと聞かれた。そのときのわたしはまだヒュウズとのコンビでスタメンで出る機会をもらえる前だったから、どうせ出番はないと適当に答えていた気がする。悪い意味で他人に関心がなかった。みやこに至っては白紙提出だ。


「ほんとだ。『なし』って書いてあるよ。みやこくらいじゃないの、こんなの」


「誰が相手だろうとやるべきことは同じ。特別なものはない」


 それでも研究を欠かさず敵の弱点や癖を見抜く才能は凄い。変に感情が入っていないぶん冷静にデータをプレーに生かせる。それがみやこの強みだ。


「……でもあなたが力を発揮しようとして私を真似てはいけない」


 そのまま同じことをしたって失敗する。わたしだけの強みを見つけよう。



「じゃあストレッチしよっか。そろそろおしゃべりは終わりにしないとね」


 二人一組でやる練習の時間は決まってみやこが相棒になっていた。自然とこうなっていて、誰も異論はなかった。わたしはともかくみやこはいろんな人と組んだほうがいいと思うんだけど、いまのところそういう流れにはならない。


「……?あれは………」


 チームメイトたちの練習の様子を見ていたみやこの動きが止まった。


「あはは、参ったなぁ、汗で滑っちゃったよぉ」

「いきなりびっくりしたわ、気をつけてよね……」


 二人して絡まるようにして寝転んでいた。ふざけているわけではなかったみたいで、偶然こうなってしまったみたいだ。それを見たみやこがベンチにいったん戻っていった。きっとああならないようにタオルで汗を拭きにいった……かに思えた。


「時間もないし始めよっか」

「ええ!」


 これまでになくいい返事のみやこはやけに肌がてかてかと光っていた。正体は油だった。この後わたしがどんな目に遭ったか、言うまでもない。みんなの前でとんでもない姿を晒しちゃった……いや、人前じゃなきゃいいってわけじゃないけど。



 遠くからこの光景を見ていた影があった。わたしたちを見て激しく苛立っていた。


「………やっぱり……あの狂スポの記事はほんとうの……クソが……」




 三連戦の初日、フェニックスの先発、野本を打てずに中盤までほとんど走者が出せず厳しい展開になっていた。明日の予告先発が球場で発表されると重苦しさが増した。


「ローテーション通りか。今年調子が悪い野本を打てないのに根津か……」


 すでに8勝、交流戦でも二回登板していずれも勝利投手になっている仙台の若きエース、根津が明日の相手だ。わたしやみやこと同い年なだけでなくみやことは甲子園で対決した因縁もある。エリート集団のみやこたち令嬢実業と雑草チームと呼ばれた根津の金手農業。準決勝で当たるのがもったいないとまで言われた好カードだった。



『打った~!二打席連続ホームラン!息詰まる投手戦に終止符~~~~っ!!』


「くっ……木谷……都!いつかボクの靴を舐めさせてやる……!」



 3-2、予選からずっと投げ抜いてきた根津はその場に崩れ落ちた。夢を打ち砕いたみやこを永遠のライバルと認め、必ずリベンジすると誓って根津はプロの世界に入った。


 最初の二年間は1勝どまり、でも一昨年に10勝すると去年は15勝。最多奪三振のタイトルに輝き、パ・リーグを代表する投手になった。それでもみやこへのライバル心は強いまま、


「交流戦で勝負したい打者?横浜の木谷都!それ以外にいないよ。あいつさえいなきゃ甲子園で優勝できていた。大学野球とプロの違いを思い知らせる。必ず屈服させて今度はむこうがボクに執着するくらいの完璧な勝利をしてみせるさ」


 根津は高校時代のわたしと似たようなピッチャーだ。武器はストレートと底なしの体力。調子がいいとコントロールが完璧に決まり、誰も打てなくなる。仙台フェニックスの『根津ねず智絵理ちえり』。愛称は下の名前をカタカナ読みした『ジェリー』。


「鼠が木谷都キャットを翻弄するのも面白いだろ?あの無表情を屈辱で歪ませてやる」


 ジェリーのみやこへのライバル心は相当だ。わたしと似ていると言ったけれど、身長や投球スタイルも同じ……そのレベルが段違いなだけで。わたしはもう投手ですらない。


「ま、残念なことに明日はわたしがキャッチャーなんだけどね!」


 せっかくブラックスターズとの試合に登板できるのにみやこの休養日に当たるなんて、敵ながら同情しちゃうね。わたしの知ったことじゃないとはいえ。



『フェニックス、好投の野本の後にマウンドに上がるのは抑えの松木!2-0で迎えた九回表、完封リレーとなるか!ブラックスターズの攻撃は5番の木谷からです!』


 すでにクリーンナップを任されるまでになったみやこ。今日はノーヒットだけど、打率を考えればそろそろ打つ、そんな予感がした打席だった。


『木谷の打球はショートとレフトの間に……落ちた!ヒットになった!』


 当たりはよくなかった。でも高打率のバッターはこんな打球がちゃんと野手の間に落ちる。狙ってこれができるという天才もいるらしい。でもコツを聞いたところでわたしにできる技じゃなさそうだ。ただでさえ下降気味の打撃の調子がますます狂っちゃう。


「……みっちゃん、代打の準備を。9番の楠のところまで回ったら」


「ああ……わかりました……ええっ!?」


 この競った展開なら4試合連続で出番のなかったわたしは今日も最後までベンチだと決めつけていた。9番まで回るなら同点、逆転のチャンスということだ。右バッターがほとんど残っていないこの状況だからわたしに声がかかったんだ。松木はサウスポーだ。


(……この後一人でも出たらわたしに回る。それまでに最低でも追いついてくれていたら楽なんだけどなぁ……)


 わたしの願いは叶わず、最高に緊張する痺れる場面でわたしは打席に立つことになった。



『九回表、2アウトまできました!ここで横浜は代打です、スタメン抜擢もノーヒットの楠に代えて……、右の太刀川が出てきました!一打同点の大きなチャンスです!』


 ノーアウト二塁、一塁から7番の倉木さんの送りバントが成功してそれぞれ進塁。でも先に代打で出た音坂さんが浅いフライ、ランナーはそのままだった。ほぼ一週間ぶりの打席、150以上をバンバン出してくる直球と大きく曲がるスライダー、追い込まれるまではどちらかに的を絞ったほうがよさそうだ。それなら打てるかもしれない。



「ストラーイク!0-2!」



 駄目だった。最悪なことに、狙いは当たったのに空振りした。簡単に追い込まれる。


 こうなると余裕を持って次の球は外してくるかもしれない。高めの釣り球か落ちる球を使ってフルカウントになるまでは空振り期待のボール球で勝負が当然の攻め方だ。だったらわたしもそこまでは見送って相手の思い通りにならないように………。


(………ちょっと待った。ほんとうにそうかな?バッターはわたしだよ?)


 わたしを相手に万全を期すかな?そこまでする価値があると思われているかな?答えはノーだ。何を投げても抑えられる、打たれっこないという顔じゃないか。


(これまでピンチだったのに変なのが代打で出てきて楽勝ムード……だったら早くこの緊張感から解放されたいと普通は思う!それなら……!)


 三球目。わたしの読みはまたしても的中した。遊びなしの三球勝負できた。



「たぁ――――――っ!!」



 真ん中低めのストレート、今度はしっかりバットに当たった。しかも芯で。ところが!


『打ちました~~~~!!強烈な打球が三塁線!サードの真正面だ!』


 せっかく会心の当たりだと思ったら野手の正面、万事休す。これが低打率バッターとみやこたちアベレージヒッターの違いか、と思い知らされた。ところがところが!


「……あっ!?」


『あ~~~~っ!!打球がベースに直撃!大きく跳ねた~~~~~っ!!』


 強い当たりだったぶん、三塁手の頭を越えた。サードゴロのはずがレフトへのタイムリー。2アウトだからランナーは打った瞬間スタートを切る。一気に二人生還した。



『同点!ブラックスターズ、同点に追いつきました!またしてもラッキーです!先週の幸運な内野安打に続き、太刀川今日もラッキーなヒットでチームを救いました!』


 土壇場で最高の結果になった。あまり数の多くない東北の横浜ファンに、今日球場に来てよかったと思ってもらえる一打になった。


 え?よく見るとハマスタにいるファンとだいたい同じ顔で、そのファンたちが関東から遠征に来ているだけだって?そんな細かいことは気にしちゃダメ。ここから逆転したらきっとお立ち台でヒーローが叫ぶだろうから。『仙台のファン』を相手に。



「仙台にも熱心なブラックスターズファンが大勢いることを嬉しく思います!今日は応援ありがとうございました!残り二試合も全力で頑張ります!」



 ほら、やっぱり誰がやってもこうなるでしょ?地方に行くとこういう言葉は外せない。試合は延長十回に勝ち越して4-2で勝った。わたしも不調気味だった流れを一変させて明日のスタメンに臨むことができた……と思っていると、とんでもない話が聞こえてきた。ラメセス監督の試合後の談話、明日の根津対策についての質問だった。


「明日はストーリー的にも木谷を使う。ファンの皆さんもそれを待っている」


 ラメセス監督のストーリー打線がまた始まるのか。去年、相手投手が横浜女子学園の桜坂だったからスタメンに同じ高校の後輩たちをずらりと並べた。結果は惨敗で、打ったのも全然関係のない助っ人だったというオチまでついていた。


(……明日わたしを出さないから今日使ってくれたのかな?)


 もしみやこがスタメンなら早くヒュウズの特徴とかを伝えておかないと。配球は誰が決めるんだろうと少し焦っていると、監督の言葉には続きがあった。


「これまでヒュウズが先発の日は太刀川が先発マスクですが?」


「そこは変更しません。木谷にはDHで出てもらう予定です」


 ああ、そういうことか。ちょっとほっとした。いまから忙しく動かなくてすんだというのもあるけれど、みやこがヒュウズと組んでわたし以上の結果を出したらわたしの居場所がいよいよなくなっちゃうところだった。指名打者か。それなら負担も少なくていい。明日は先週に続いて屋外のデーゲームだ。早くホテルに帰って寝ちゃおう。




『九回の同点劇を生んだヒット、そして延長十回には追加点となるタイムリー、終わってみれば今日も木谷は大活躍でした。この勢いはいつまで続くのでしょうか』



「明日終わるさ……ボクが終わらせる。あの目障りな邪魔者も排除してやる」





 先週は埼玉の木森がわたしに突然勝負を仕掛けてきた。初対面の人間にいきなり、よりは今回はましなのかもしれない。でも二週連続でこんな展開になるなんて。


「ついにこの時を迎えたぞ!木谷都!ボクと勝負しろ!」


 根津智絵理が現れて堂々と胸を張りながら叫んだ。しっかりポーズを決めている。


「お前に負けてから四年間!対決の日をずっと待っていた!あえて進学しないで先にプロの世界で揉まれることでお前を倒す準備はできた!」


 わたし並に体が小さいのに声は大きい。みやこを倒したいという熱気が伝わってくる。木森と違うのは、純粋だというところ。ただ勝ちたいという気持ちだけだ。余計な賭け事がないからわたしも二人の勝負を心から楽しみだ。



「………勝負、というのは………」


「そんなの簡単だろ!ボクはピッチャーでお前はバッターじゃないか!ボクがお前より強いことがわかれば話は早い。ボクにメロメロになるんだろ?自分より強い者こそ愛するにふさわしい者の資格を持っている、狂スポに書いてあったのを見たぞ!」


 狂スポ?みやこがわたしへの想いを隠さずに語ったけれど『どうせ狂スポだから』って理由で誰も相手にしなかった記事を信じちゃった人間がいたんだ。


「いまならお前相手に完勝できる自信がある!大人しくボクのものになれ!」


 単純に勝敗を競うだけじゃなかったんだ。純粋だとか思っていたわたしの見る目のなさが明らかになった。熱血に見えてしっかり下心がある、声に加えて欲望も大きなジェリー。しかし狂スポか……あれ?ってことはまずいんじゃ………。


「じゃああとはお二人で。わたしはここで………」


「待てよ。お前だろ、どこにでもいる雑魚のくせに運だけはあるせいで高校時代の木谷都に勘違いさせたのは!『みちこそ私のパートナーにふさわしい』だとぉ?ふざけやがって……今すぐ爆死させてやりたいところだけどそれじゃ気が済まない。木谷都の前でレベルの違いを見せつけて目を覚まさせてやる……覚悟しろっ!!」



 逃げられなかった。憎しみの炎を燃やして宣戦布告してくるジェリーの横でみやこは全くどうでもよさそうにしていた。自分が争いの中心にいるとは思っていないのか。


 しかし木谷都、と毎回フルネームで呼ぶのは癖なんだろうか。指摘して怒りを買うと最初の打席の初球で頭にぶつけられて終わるかもしれなかったからやめた。同い年のパ・リーグのエースとの勝負は早くも大変なことになりそうな予感がした。

 桜坂 (名古屋コアラーズ投手)


 大ベテラン投手。全盛期は過ぎているが速球派から軟投派にチェンジ、そのギャップで敵を欺き勝利を重ねる。


 元になった人物……平成の怪物として有名なあの選手。ラミレスは彼との対戦時に横浜高校の後輩たちを並べ、完敗。何がストーリーだ、無能。


 しかしその翌年は大成功。怪物を粉砕したストーリー打線最高だ!さすが名将。



 松木 (仙台フェニックス投手)


 フェニックスの抑え投手。入団後早い段階からストッパーを任されるが勤続疲労のせいか失敗も目立つようになる。それでも並の投手よりずっと上。


 元になった人物……横浜育ち、若き日本を代表する抑えの一人であるあの選手。先発挑戦はもうやめたほうがいいと思う。とはいえまだ若いうちに、という気持ちもわからなくはない。


 余談だが、彼の年のドラフト1位は主役の彼を筆頭にハズレ1位、ハズレハズレ1位も含め大豊作。横浜DeNAベイスターズのアレ以外は。

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