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07

ミスがあったので、第七章の05の冒頭部分を少し削除しました。

ティティスのフルネームの部分です。

申し訳ありませんでした。



 過去の話をするのはあまり好きじゃない。

 それは俺にとってけして戻らないものであり、空虚なものでしかなかったからだ。

 同様に、未来というか将来というか、そういう曖昧な先の話をするのも苦手で……特に母が死んでしまってからは、そういう事を考える機会は殆ど失われていた。

 十年後に自分が生きている保証なんていらないし、五年後の自分に興味もない。どう足掻いても、思いを馳せる事が出来るのは半年くらい先がいいところだ。

 だからこそ、ヲレンという特異な都市での悲惨な生活を思い出話として語り、ろくに知りもしない異世界での未来に夢を見れるティティスさんは、俺にとっては別の人種といってもいいくらいに離れていて――

「貴女にはないの?」

 居酒屋の奥の席、俺の対面に腰かけていたそんな彼女が、どこか艶っぽい表情でそう訪ねてきた。

「大事なものを取り戻した、そのあとにしたい事。過去の世界に戻るわけだから、他にも色々と先行投資は出来るわけでしょう? まあ、全部が全部貴女の知っている過去の通りにはいかないかもだけど、今なら貴女が生きていた頃に抱いていた夢とか叶わなかった願いだって、叶える事が出来るかもしれない」

「……別に、他に欲しいものはないから。特にはないかな」

「無欲なんだね。或いは後ろ向きなのか。どっちにしても、そういうのは良くないな。――あ、これ、ボクの魔法の成功率にもかかわる話だから、ちゃんと意識して欲しいんだけど、魂を移すっていう行為はボクの力だけじゃ完全には成り立たないんだ。元より、相手に少しでも抵抗されたら簡単に失敗してしまうような極めて微弱な力だからね」

 つまり、こちらの方に揺らぎがあれば、それだけで失敗する可能性が高くなるという事のようだ。

 なら、考えないわけにはいかないだろう。踏み出した以上、成功率は上げられるだけ上げておきたい。

 とはいえ、すぐに浮かんでくるかと言えば、そんな事もなく…………

「これは向こうに着いてからでもいいから、今深刻にならなくても大丈夫なんだけどね。というか、そんなに明確にこうだから戻りたいんだ、とかじゃなくて、戻ったらこうしたいなぁ、とか、こういう事を今回はやってみようとか、そういうものの積み重ねの方がいいんだけど……そういうのもないの?」

 なにやら不憫そうに見られたが、それくらいならさすがに出てくる。

 たとえば、そう、パンや米を食べたいとかだろうか。スナック菓子とかでもいい。

 ああいうのはこの世界ではまず手に入らないので、今口にしたらちょっとした感動を覚えそうな予感があった。

 あとは、ゲームとかネットとか……いや、過去の世界に行くわけだから、それを楽しむのはなかなかに難しいのか。さすがに古すぎると感じるだろうし……けど、当時は埋もれていたが、のちに名作と呼ばれるタイトルなんかはある程度知っていたりするので、そういうものに手を出してみるという楽しみ方はありそうだ。

 と、判りやすい娯楽に関してはこんなところか。それ以外だと、なにかあるだろう?  

 ……やっぱり、家族の事?

 母との未来はもちろんだけど、あの人が生きているのであれば…………うん、今度は、新しい家族とも上手くやっていきたいと思う。

 特に、義父とは色々な話がしたい。

 再婚してすぐに母が亡くなって、殆ど他人同然の俺をそれでも大事にしようとしてくれた人。そんな人だったから、俺も家族という役を最期まで維持しようと思ったわけで、今度はそういう嘘に塗れた関係じゃなくて、本当の身内になれればいいなって。

 まあ、そうなるとそうなったで、義姉とは以前以上に冷えた関係になりそうな気もするが……そういえば、こうして振り返ってみると、ミミトミアなんかはその義姉に似ているような気がした。

 プライドが高いくせに、妙に打たれ弱いところなんかが特にそうだ。

 こう言うとなんだか悪口みたいになってしまっているが、いや、実際悪口みたいなものか。俺は義姉の事があまり好きじゃなかった。

 その所為だろうか、ミミトミアに対しても他の失礼な相手より幾分冷たく当たっていたような気がする。でも、今はそこまで嫌な感じでもないあたり、案外ちゃんと向き合ってみれば、義姉とも上手くやって行けたりするんだろうか? そして、少し短気で、でも姉想いだっていうのが露骨に判る、不良気取りの義弟とも。

「……よくよく考えてみれば、結構あったかな」

 苦笑気味にティティスさんに答えて、俺はテーブルの上にある料理を軽くつまんだ。

 牛とも豚とも鳥とも、もちろん魚とも違う肉の味。

 こういうのを食べるのも、今日限りなのかと思うと、少し寂しい気持ちが芽生えたりもした。

 悪くない傾向だ。決断した効果が出ている。

 その事実に奇妙な安堵を覚えつつ、俺はなんとなくティティスさんの隣に腰かける柊さんに視線を向けた。

 最初のうちはある程度消化されていた彼女の目の前に置かれた料理は、俺とティティスさんの二人で話をするようになってから、まったく減る気配をみせていなかった。

 こちらに気を遣って食べていたけれど、やっぱり不安が原因で食欲の方は湧いていなかったという事なんだろう。

「……ところで、サヤカの方はどうなのかな? 出来れば訊いてくれない?」

 やや困ったような表情で、ティティスさんが言った。

 好奇心から来ている、というわけではなさそうだが。

「彼女にも必要なの?」

「それはわからないけど、今回の異世界転移と魂移しは結構似ている感じがするんだよね。だから、サヤカの意識というか、気持ちも案外大事なんじゃないかって思って。まあ、帰りたくないとかはないと思うけど。不安要素を解消しておくに越した事はないでしょう?」

 確かにその通りだ。そしてそれが出来るのは、この場に置いては言葉が通じる俺くらいしかいない。

 とはいえ、デリケートな内容でもあった。

 単純に成功するかどうかに不安を覚えているというのなら、それほど問題ではないんだけど、彼女はこの世界で友人を失っているのだ。下手をするとそのあたりに触れる事にもなりかねない。

 いわゆるサバイバーズ・ギルドの可能性だ。自分だけが生き残ってしまった事による罪の意識が、元の世界に帰る事への罪悪感となってしまっていたら……

「あ、あの、ティティスさんはなにを話していたんですか?」

 こちらの視線に気付いた柊さんが、躊躇いがちに訊いてくる。

「あぁ、元の世界に帰ったら何がしたいかだって。……柊さんは、帰ったらまずなにがしたい?」

 こちらも平静を装うとしたが、どうしてもそこには躊躇が滲んでいた。

 その引け目をどう捉えたのか、彼女は寂しそうに笑って、

「わかりません。どうしようかなって。今日帰れるかもって話を聞いてから、ずっと考えてはいるんですけど、私、なんて言えばいいのかなって……」

 そこで水の入ったコップを両手にもち、その中で揺れる自身の姿を思いつめたように見つめながら、静かに話し始めた。

「私と一緒だった子、真奈美って言うんですけど、幼馴染で、家族ぐるみの付き合いで、私、真奈美のお父さんの事もお母さんの事も、弟の事もよく知ってて……帰りたいけど、帰ったらここでの事伝えないといけなくて、でも正直に話したって信じられるわけないし、だけど嘘とかつきたくないし、本当、どうしようかなって。ごめんなさい、明るいこと言えたら良かったんだけど」

「そんな事、気にしなくていいよ」

「ごめんなさい」

 もう一度謝る彼女に、一体なにが言えるんだろうか?

 君は何も悪くない。だから気にするな? ……他人事も過ぎる発言だ。でも、それでも言い聞かせるべきなんだろうか? 

 仮に俺が彼女の立場なら、どういう言葉が救いになるだろうか?

 ……残念ながら、そんな都合のいい答えがすぐに出てくる事はない。俺はカウンセラーでもなければ聖職者でもなく、何より彼女の事をよく知りもしないのだから。

 けれど、他人事でいいとも思えなかったのだ。そういった痛みに似たものを、俺も知っていたから。

 だからこそ、自分にもなにか返せる言葉がないだろうかと模索し始めたところで、不意にその気配を捉えた。

 ミミトミアと、これはザーナンテさんの魔力だ。

 それを理解した瞬間、猛烈に嫌な予感がした。

 今の今まで姿を見せなかった、捕まっていたと思っていた人物がこのタイミングで現れるなんて、あまりに意図的すぎる。

 俺は思わず席を立ち、突然の事だったからか微かな驚きをみせた柊さんに、これ以上ないくらいの歯がゆさと罪悪感を覚えつつ、

「ごめん、少し席を外す。すぐに戻るから、ここに居て」

 と言ってから、視線を隣のティティスさんに向けた。

「ミミトミアが少し不味いかもしれない」

「……わかった。大人しくしてる。彼女の事は任せて。っていっても、特に心配はないと思うけどね」

「ありがとう」

 苦笑する彼女に軽く頭を下げて店を後にし、俺は二つの気配に向かって駆けだした。

 戻ってくるまでに、今生まれた後悔だけは拭えるようにしておこうと、強く心に決めながら。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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