06
再び見知らぬ誰かの姿を纏い、それから外で待たせていた医者の手によって治療を終えた俺は今、儀式が行われる地点の外周をぐるりと回って、周囲の把握に努めていた。
「……それにしても広い空間。たった一つの柱みたいなのを祭るためだけに、莫迦みたいに大袈裟に柵で囲って、凄いなぁ。まあ、あんな小さな柱だけで異世界に行けちゃうんだから、それくらいの価値はあるんだろうけど」
隣を歩くティティスさんが興味深そうに呟くが、その認識は少し間違っていて、
「柱はただの目印なんだと思うよ。それ自体には特になんの効果もなさそうだしね」
だから、気にしなければならないのは床の奥に流れている独特な軌跡の魔力の方だ。そちらに傷がつくような状況は避ける必要があるだろう。
「あ、そうなんだ。ボク、そういうのあんまり感じ取れないんですよね。魔法陣には魂とかないし」
「やっぱり、それを頼りに私達を見つけたの?」
「うん。みんな魔力には気を遣うけど、魂っていうものを隠そうとはしないから。おかげで、離れてても結構判りやすいんだ。ボクがもつ、唯一の強みって奴だね」
どこか自虐的に、ティティスさんは笑う。
そんな大事なことを安易に口にしてもいいものなのか少し疑問だったが、こちらの思考を読み取ったように彼女は言った。
「魂の隠し方なんて、みんな知らないでしょ? ……それより、説明してあげないの? もういいと思うんだけど」
「あぁ、そうだね」
歩調を少し落として、やや後ろを歩いていた柊さんの隣に並ぶ。
それで向こうも察したんだろう。
「……あの、それで、今ってどういう状況なんですか?」
不安そうな表情で、そう訪ねてきた。
一体、なにから話すのが正解で、どこまで話すのが妥当なのか……本当は宿の中で説明するつもりだったのだが『内緒話は外でするといい。時間は有効に使うべきだ。これから二手に分かれる。貴女たちは本番の準備』というレドナさんの発言によって早々に追い出されたおかげで、まだそのあたりは纏まっていなかった。
「……アカイアネさんが捕まった。そして、私も見ての通り追われている身だね」
少し考えてから、俺はそう答える。
とりあえずショッキングになりそうな内容はそれだけに留めておいた方がいいだろう。正直、寝ている間に四肢を切り落とされかけたという情報まで与えれば、敵への警戒心を強めて、より慎重に動いてくれるという期待もあったけれど、別にそこまでしなくても下手な事はしないだろうし。
「……もしかして、私の所為ですか?」
微かに震えた声で、彼女が言う。
「それは自惚れ?」
と、俺は苦笑を返した。
「え?」
「皆自分の都合で動いているだけだよ。よく知らない誰かの為だけにリスクを冒しているわけじゃない。そんな不健全な人はいない。だから、柊さんも余計なものを背負う必要はない。むしろその所為で判断とかが鈍くなる方が問題だ。……悪いけど、こちらの力だけで上手く行く保証も、今はないわけだしね」
既に、当初の予定からはかなり外れているのだ。彼女の行動一つが、結果を左右する事になっても不思議ではなかった。
「そう、ですね。……あの、このあと私たちはどうするんですか?」
「まずはアカイアネさんを助け出す。その次は、儀式場の確保かな」
それ故の下見だ。
間違いなく、ここでの戦闘は避けられない。異世界転移の成功率を可能な限りに上げる必要がある以上、この舞台を利用する必要があるためだ。
果たしてどの程度の数を相手にする事になるのか……レドナさんの話では、そこまで多くはならないとの事だったが。
「ナアレさんは、今どこにいるんですか? 大丈夫なんですか?」
「姿をはっきり見たわけじゃないから絶対とは言えないけど、大丈夫だとは思う。ただ、場所についてはまだ判っていなくて、それをレドナさんたちが今探して――」
と、そこである考えが過ぎった。
いや、考えというよりは、ようやく落ち度に気付いたというべきか。
「もしかして、ティティスさんならアカイアネさんの居場所も判ったりする?」
「この階にいるよ」
さらりと、彼女は答えた。
「……それ、出来れば早く言ってほしかったんだけど」
「必要ないと思ったんだよ。あの怖いお姉さん、もう近いところにいるし。おおよその場所は判ってたんじゃないかな」
「あぁ、そうなんだ。それならいいんだけど……」
でもどうして、この階にいるんだろう?
一緒にいた筈の柊さんをわざわざ切り離したのは、アカイアネさんが自由になってしまった時の保険だと思っていたのだが……どうにも、個人的な都合が働いているような気がする。ドゥーク・ラフシャイナという人物にはそういう我があるような感じがしていたからだ。
まあ、だとしたら考えるだけ無駄という事にもなりそうだけど……。
「ねぇねぇ、そんな事より少しお腹空かない? ちょっと上でなにかを食べようよ。せっかく後継祭してるんだしさ」
気安い笑顔で、ティティスさんが言った。
当然こちらは難色を示すしかないわけだが、彼女はそれをひらひらと手首をふって受け流しつつ、
「あの人は一時間後に合流するって言ってたでしょう? でも、ここには一時間もかけて見るべきものなんてない。つまりはボク達に対する配慮と受け取るべきだ。お互いの中にある距離を埋めて、万全の状態で異世界に臨む。そのためにも英気は養っておくべきだと思うわ。それに、彼女だってお腹が空いているだろうし。……それとも、他に何か有益な時間の使い方がある?」
そう言われると少し困る。
確かに、この辺りを把握するのに一時間も必要はないし、結局儀式が行われる寸前まで敵の情報だって揃いはしないのだ。レドナさんが一時間後と言った以上、そのタイミングに意味があるという事だろうから、早めるわけにもいかない。
けれど、それでもそういう気分になれるかと言われたら難しいわけで……
「あと、忙しくなる前に色々と貴女から訊いておきたい事もあるしね。ボクへの報酬として、それくらいの事はしてくれてもいいと思うけど?」
そこで、彼女のお腹から、くぅう、くぅうう、くぅううう、と三度ほど小動物の鳴き声のような音が響いた。
合計十秒くらいは続いた主張だった。
「ふふ、貴女は、この悲痛な訴えを無視するほど薄情な人じゃないよね?」
まるで、それを待っていましたと言わんばかりの、これ以上ないくらいに勝ち誇った笑顔。
そのあまりに堂々とした振る舞いに、こちらも思わず笑みが漏れた。
「判った。判ったよ。上に行こう。どうせ食べるなら活気がある場所での方がいいだろうしね」
「やっぱり、貴女いい人ね。言葉遣いも変えてくれたし。ニホン人っていうのが、みんな貴女みたいな人だったら、上手くやって行けそうかも。――という事で先生、楽しく食事をしながら基本的な法律とか、使えそうな言葉とか、色々教えてくださいね。ボク、この子とも早く仲良くなりたいし!」
弾んだ声でそう言って、彼女はこの先に望む関係を示すように柊さんに抱きついたのだった。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




