05
「そういえば、貴女にも名前を言ってなかったね。というか、話をするのも初めてだったかな? ナアレさんに色々と聞かされてたから変な感じだけど。……ボクは、ティティスって言います。短い付き合いになる人が殆どだと思うけれど、よろしくね」
俺の知り合いという事で部屋に通した彼女の事を、どういう風に説明しようかという考えが過ぎったところで、彼女は感情の読めない笑顔を浮かべながら言った。
それからミミトミアの背中で目覚めた柊さんに視線を向けて、
「おはよう、サヤカ。貴女があのヒトと離れ離れになってしまった時はどうしようかと思ったけれど、健やかそうでよかったわ。貴女になにかあったら、ボクはもう一度人生設計を作り直さなければならないところだった」
「……あ、あの、え、ええと、ここは?」
きょろきょろと周囲を見渡し、こちらを見て少しほっとしたような表情を見せてから、柊さんが訪ねてきた。
二人きりならすぐに答えられるのだが、今この場には俺の正体を知らない人間がいるのである。安易にその秘密を晒すのは避けたいし、変に不審を抱かれたくもない。
それを察してくれてか、
「状況が分かっていない感じだね。そういえば、貴女が寝ている間に色々と起きたんだっけ? 今日は後継祭だよ。そして貴女が元の世界に帰れる日」
と、ティティスさんがこの世界の言葉で、俺の代わりにそう答えた。
もちろん柊さんには伝わらないわけだが、彼女はそんな当たり前の事を再確認するように呟く。
「やっぱり言葉が違うというのは不自由だね。ということは、ボクも日本語というものを勉強しないといけないわけか。それはそれで大変そう。ちょっと心が揺らぐなぁ。まあ、それでもヲレンにいるよりは全然いいと思うから、結局答えは変わらないんだろうけど――」
「そんな事より、どうして此処が判った?」
微かに目を細めて、レドナさんが話を遮った。
そこにあるのは、ティティスさんに対する強い警戒だ。
「あらら、なんだか怖い空気ですね。ボクは敵じゃないですよ? まあ、別に貴女たちの味方でもないけれど、警戒する必要はないと思うな? 大体、ボクってとっても弱いし」
「それは一目でわかる」
「――む、ここって普通、お世辞を言うところだと思うんだけどなぁ。貴女ってもしかして酷い人?」
むっとしたように、ティティスさんは軽く唇を尖らせた。
それに対し、レドナさんは淡々とした口調で言葉を返す。
「貴女の対応次第では、そうなるな」
要は拷問の示唆だ。冗談の色は一切ない。
そういう相手に話題を引き延ばすのは、さすがに不味いと感じたのか、ティティスさんはため息を一つついてから、
「ボクの眼は魔力とは別の、個人を示すものを見る事ができるんですよ。それがなにかはボクの魔法に関わる事なので言いたくはないけど、だからこの場所を見つける事が出来たというわけ。嘘はついてないわ? これで納得してもらいたいな。あぁ、あと、レニさんとサヤカの二人だけに大事な話があるから、出来れば他の人達には席を外して欲しいかも」
「……」
その要求を前に、レドナさんの視線がこちらに向けられた。
一応意見を尊重してくれるみたいだけど、教授は怪我しているし、まだ敵の警戒が解けているわけでもないのだから、無闇に外に出すのはよろしくない。
となれば、今用意出来る状況は、この部屋を二分する事くらいだろうか。
「レドナさん、こちら側を借りてもいいですか? 壁を作ります。……それで構わないですか?」
「うん、内緒話が聞かれないのなら」
俺の提案に、ティティスさんが安堵するように頷く。
もとより、こちらの都合を汲んで拵えた流れだろうに、なかなかの役者ぶりである。
「……医者を呼んでくる。くれぐれも外には出ないように」
「え? ちょっと、許可するわけ?」
「敵ではないと判断した」
困惑気味なミミトミアにそう告げて、レドナさんが部屋を出て行く。
そうしてドアが閉じるやや大きな音が響いたところで、
「内緒話ってなんだよ?」
と、ミミトミアは不審げな眼差しをこちらに向けてくるが、それは五秒程度で消沈して、
「……まあいいけどね、別に。あんたらなんかに興味とかないし」
そう言いながら柊さんを降ろして、ベッドに乱暴に腰かけた。……てっきり食い下がってくると思っていたんだけど、ずいぶんと控えめだ。
セラさんとラヴァド教授の反応も一応窺っては見るけれど、興味はあれどいちいち口を挟むほどではないといった感じだった。
それならと、ティティスさんの手招きによって柊さんが傍にやってきたところで、俺は部屋を半分にするように、三十センチほどの厚さの壁を具現化する。魔力の密度をあげ、盗み聞きがされないようにもしておいた。
一応、それが機能しているのかの確認として耳を澄まし、ミミトミアの呼吸音を拾おうと試みる。
……うん、まったく聞こえない。これなら問題ないだろう。
「すみません。お膳立てまでしてもらって」
「堅苦しい言葉はいいよ。ボク、そういうのあんまり好きじゃないし。まあ、無理強いはしないけどね。出来るほど偉くもないし」
左手をパタパタと振りながらティティスさんは可笑しそうに微笑み、それから不意に真剣な表情を浮かべて、
「それで、決まった?」
と、問いかけてきた。
元の世界に戻るか否か。可能性に掛けるか否か。
「……」
この胸に渦巻く迷いは、どうせ時間をかけたって消えはしないだろう。そして、これ以上引き延ばすのも建設的ではない。不毛だ。彼女がここに来たという事実が、それを物語っている。
なら、俺が選ぶべきなのは――
「…………ええ、今決めました。貴女の力を借してください。私は、無くしたものを取り戻したい。なにがあっても」
次回は三~五日後に投稿予定です。いつもより少し間隔が空くかもしれませんが、よろしければまた読んでやってください。




