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 屋敷の庭を抜けて、正門に出たところで空から大量の硬貨が降ってきた。

 それを軽やかに躱しながら、リッセがため息をつく。

「この金が誰のものなのか、あの老いぼれに教えてやったらどんな貌するのか見たかったんだけど、護りが緩すぎた所為で台無しね。あんたはあんたで空気読まずにすぐ終わらせるし。降ってくる時間教えてやってたんだから、少しは待ってくれても良かったと思うんだけど? そうすれば、ちょうど足を潰したところでもう一発分、追い撃ち掛けれたってのにさ」

 心をすり潰す気満々だったことがわかる残酷極まりない発言だが、その表情はどこか投げやりで、どうでも良さそうな感じがした。

 おそらく、貴族らしくなかった事が理由なのだろうが……まあ、なんにしたって、こちらにとっては不当な文句でしかない。

「それは貴女の手際の悪さが原因でしょう? 大体、私兵の死体をわざわざあの位置にまで動かすという無駄に付き合わせておきながら、それ以上を望むのは傲慢というものですし、その言いぐさは不快です。そもそも、このような行為になんの意味があるというのですか? 労力の無駄にもほどがある」

 淡々とした口調でミーアはそう言い返した。

 その至極真っ当な疑問に対して、リッセは軽く首を左に傾けてから、左手で降ってきた青い硬貨をキャッチしポケットに突っ込みつつ、

「でも、地上にいる奴等は喜んでる。明日には大々的に新聞で取り上げられることにもなるだろう。宣伝としては上々だ。あたしたちが此処で本格的に貴族飼いを始めたって事を、知らしめるための宣伝としては」

 と、間延びした声で答えた。

「……悪名など、広がれば広がるほど窮屈になるだけだと思いますが」

「それは相手がどうにかできる場合でしょう? 消せない悪名は恐怖の代名詞になるんだよ。そして繰り返されるたびに肥大化していく。影響力と共にね。……まあ、今回は相手が相手だったから、足がかりとしては弱いし、機能するまでには時間がかかりそうだけど」

「たしかに、あの大貴族が剥奪されていたものを取り戻す事は難しそうですね。核を弄られた形跡に当人が気付いていないくらいですし、偽装の質は相当高そうです。私としてはこれが無駄骨でない事を願うばかりですが」

 微かに目を細めて、ミーアは呟く。

「心配しなくても、出資者って部分に変わりはないわよ。あれが今回の件から降りる事を表明したら、目先の利益だけにつられた奴等の多くは退場する事になる。間違いなく報酬と危険が釣り合わなくなるからね。ちゃんとレニの為にはなってるさ。そんな事より、あの貴族を見て、あんたなにか思い出さなかった?」

「思い出す?」

「そうね、初めて会った時の事とか」

 これまたずいぶんと前の話を持ち出してきたものだが……初めてこの女を見たのは、たしか広場で襲撃にあった時で……

「……人間爆弾、ですか?」

「そう。似ていると思わないか? 爆弾の部分は別として、侵入の仕方っていうか諸々のやり方がさ。ああいうのって癖が出るもんでしょう? あんたは同じ奴だと思う?」

「その件はあまり覚えていないので何とも言えませんが、あれだけの技術をもった者は限られているでしょうね。貴女たちがまだ報復出来ていないという事は、保身にも長けているようだ。そのあたりは、さすが都市を束ねる立場にあるルーゼの貴族筋というべきなのかもしれませんが。……貴女は、それが横槍を入れてくる可能性を危惧しているのですか?」

「これがそうなら、すでに二度絡んできてるわけだからな。あたしかあんた達のどちらを見てるのかはわからないけど、ないとは言い切れないだろう? 面倒な第三勢力だ。一応警戒はしておく事ね」

「そうですね。頭には入れておきます」

「あぁ、それでいい。……と、もういい時間だな。ご苦労様。まあ、そこそこ役には立ったわ。アネモーの奴もなかなかいい仕事をしたし、追加報酬はこれくらいでいいか」

 ポケットに入れた青い硬貨を取り出し掌の上で弄びつつ、リッセは軽やかに笑う。

 ちなみに、ここにいないアネモーがなにをしたのかといえば、明日新聞を飾るらしいお金降りそそぎ事件の実行犯をやっていたりした。彼女が魔法を使って、大量のお金を空高くに吹き飛ばしたのだ。

『あ、あの、これ、冒険者の仕事じゃな――』

『破格の報酬だ。上手く行けばあたしの覚えもよくなる。断る理由なんてどこにもない。合図を送ったらすぐにやれ。いいな?』

 という、かなり一方的なやりとりによって。(あと、これは捕捉となるが、そのばら撒かれたお金は別の屋敷の倉の中に保管されていた。ヘリスト・バイエンヴァールは大貴族というだけあってか屋敷を複数所持しており、貴重品も小分けにしてリスクを分散していたようだ)

「ええと、あと、なんか言う事あったかしら?」

「私の報酬について、まだ聞かせてもらっていませんが?」

 ため息交じりにそう言葉を返すと、リッセは愉しげに微笑んで、

「今すぐにでも会いたいって顔だな?」

「……時間は、十分に取れましたから」

 遺憾な事だが、この無駄とも呼べる行為だって、最後の踏ん切りをつけるには良い猶予だったのだ。

 まあ、そういうのも見越してミーアを付き合わせていたのだとしたら、癪もいいところではあったが。

「なんだ、もしかして照れてんのか? 意外。可愛い部分もあるのね、お前にも」

「ど、どういう意味ですか? 返答次第では刺しますよ?」

 ナイフの柄に手をのせて、ミーアは微かに上擦った声で凄んだ。

 リッセはそれをさらっと流しつつ、

「レニは今、地下千四百七十二階にいる。幅の狭い階層だ。同じ階に立てばすぐに感知できるだろう。ほら、あたしに凄んでる暇があるんだったら、早く行きな」

 そう言って、ミーアの背中をとんと押すように叩いた。

「言われなくてもそうします。…………ありがとう」

 その後押しに促されたわけではないけれど、ミーアは誰にも聞こえないような小さな声で感謝を述べ、そこに向かって駆けだした。


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。


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