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幕間2/貴族として

 ナアレ・アカイアネさえどうにか出来れば、この問題は全て解決したようなものだ。たとえレニ・ソルクラウやグゥーエ・ドールマンという腕利きが障害になったとしても、所詮は彼女の添え物。同等以上の冒険者をあてがえば処理する事など造作もない。

 我々は恙なく異世界への足掛かりを手に入れて、純然たる貴族には住みにくいこの地を後継者たちに預け、新天地を手に入れる。

 ……今、捲し立てるように届けられている援軍要請を前にするまで、ゼラフ・ガッドナイドはその未来の訪れを欠片も疑っていなかった。

『銀色は残り二名! 応援に駆けつけた騎士たちも壊滅です! 紫以外じゃ話にならない! もっと応援を寄越してください! こんなんじゃ足りないんですよ! 早くっ!』  

 音の魔法を使って、地上に最も近いこの冒険者組合に戦況を報告してくれている冒険者の声は、殆ど悲鳴に近いものとなっている。

(ランドたちがやられたというだけでも、信じられないというのに……)

 単純な戦闘能力だけなら優秀だと断言できる騎士団の連中すらも歯が立たないとは、これは一体なんの冗談だろうか?

(――いや、現実逃避をしている場合ではないか)

 敵は間違いなく余所者だが、無名という事もないだろう。

 紅の髪をした長身の男。魔法の種類はまだ確認できていないが、度を越した身体能力をもって、得物は使わずに素手で戦う特化戦力。

 そういった特徴を持った人間の話を、どこかで聞いた覚えがある。

 だが、果たしてそれは一体どこでだったか? 最近でないのだけは確かだが……

「……間違いない。皆殺しの紅だ」

 隣で同じように報告を聞いていた組合の幹部職員でもある貴族が、微かに震える声で呟いた。

 その言葉に、ゼラフは眼を見開く。

「まさか、ヘキサフレアスの紅色だとでもいうのか?」

「ええ、あのトルフィネで三本の指に入ると云われている化物ですよ」

「……化物、か。たしかに、それが事実ならそうだろうな」

 トルフィネという都市はかなり特殊だ。

 ルーゼ・ダルメリアという国家の中にあって、ほぼルーゼの干渉を受ける事のない半独立都市。

 それが許されているのは、そこの貴族たちの影響力と、なにより戦争になった場合ルーゼでは勝てないという厳然たる事実にある。

 ルーゼの軍門に下った過去においては不明だが、今現在においてそれは貴族なら誰もが知っている常識だった。

 なにせ、特化戦力の数が違いすぎる。

 この世界の戦争において絶対的なのは、そういった上の存在の数だ。

 最上位に該当するの戦力が一人でも多ければ、高位の戦力が十人以上いてもそれを埋める事は難しいし、最上位と上位ではそもそも天秤が成り立たないとさえ言われている。

 事実、レフレリにおいて唯一満場一致で最上位に挙げられているナアレ・アカイアネを相手に、そこそこ戦える程度の人間が一万人以上集まったとしても、打倒する事はまず無理だろう。まあ、彼女の魔法は広範囲を殲滅する事に長けたものではないから、時間稼ぎくらいは出来るのかもしれないが、それだけだ。

 当然、中位や下位に属する人間など論外である。彼等では消耗という役目すら果たせない。

 そんな、残酷すぎる個体差の世界において、トルフィネは五人もの最上位を有している都市だった。そしてラウ・ベルノーウは、その中のトップスリーに位置する存在なのだ。

 今、こちら側で対等に渡り合えるのは、同格のナアレだけだろう。

 しかし、彼女の力を借りる事は出来ない。他でもない自分たちが今拘束してしているのだから当然だ。更に言えば、それを維持する為に、高位に該当する冒険者たちの何人かも身動きが取れない状態にあった。

「……だが何故だ? ヘキサフレアスやゼルマインドは『無法の王』の件で外に干渉する暇などない筈だろう?」

「ゼラフさん、それは半年以上前の話ですよ。今、無法の王はトルフィネにはいません。そんな事も知らなかったんですか?」

 苛立ちと呆れを滲ませた声で、幹部職員は言う。

 十代前半の少女ほどに背が低いこの男は、時々露骨なまでにゼラフを見下してくる。立場は下でも、血筋としては自分の方が優秀であり、正しく純血の特徴である低身長を引き継いでいるからというのが理由なんだろうが、さすがにこの件で批難を受けるのは心外だ。

「余所の都市の、まして犯罪組織の事情などそうそう把握しているものか。むしろ、貴様はどうしてそんなに詳しい?」

「我が家の執事の親戚がトルフィネに住んでいるのですよ。当然、貴族のね。そして私は周りの人間が齎す情報の重要さを知っている」

 だからこそ、貴族にとっては最悪の代名詞であるヘキサフレアスの近況にも精通しているという事のようだ。

 それこそ、限定的な者しか得られないような幸運である。レフレリの人間が知らないのも致し方ない事で――

「もっともそんな背景抜きに、今グゥーエ・ドールマンはトルフィネで活動しているんですよ? 彼は昔から顔が広かった。それは貴方もご存知ですよね? それならヘキサフレアスと繋がりがあり、そこに助けを求める可能性は十分考えられた筈です。レニ・ソルクラウがやったと信じる理由など、彼にはありませんしね。どちらにつくかなんて想像するまでもない。……仮にも、組合の最高責任者がそんなことすら想定出来ていないというのは、いささか杜撰すぎではありませんかね?」

「この事態は、想定しておくべきだったと?」

「ええ、これは貴方の落ち度です。ついで言うと、ナアレ・アカイアネを早々に封じる事を決めたのも貴方だ。おかげで対処できない事態になっている。さて、これはどのように責任を取るつもりですかね?」

 酷薄な笑みを浮かべて、幹部職員は微かに語気を震わせた。

 それを聞いた周囲も、同意といった空気をちらほらと漂わせてくるが……くだらん戯れだ。

 まだ目的も果たせていないというのに、この男は向こうに行き、勝利した際に起きるであろう派閥争いを意識しているのである。

「……それならば問題ない、解決策は思いついた」

 ゼラフは嘲笑を返しつつ、自身の中にあった迷いを断ち切るように言った。

「内部の人間で対処できないのであれば、外部の人間に助力を乞えばいい。幸い今は祭りの最中、転移門は開かれ、多くの力ある貴族たちもこの都市に訪れている。まあ、多大な見返りは求められるだろうが、今なによりも優先されるべきは異世界への進出。……あぁ、私も覚悟を決めたよ。くだらん保身を捨てる覚悟だ」

 そして、それを決めたのならば、足を引っ張る要因を生かしておく理由もない。

 おもむろに幹部職員の顔面を鷲掴みにしたゼラフは、そこで躊躇なく自身を象徴する石化の魔法を用いて、

「な、きさ――」

 喋る間もなく、幹部職員の顔を虹色の半透明な石へと変え、そのまま仰向けに倒して頭部をバラバラに破壊した。

 この魔法の本来の用途は、魔物の骨などを特殊な性質をもった建築資材に変えるものだが、こんな風に人体に行使すれば一撃必殺の凶器ともなる。実践したのは久しぶりだが、どうやら支障なく機能してくれたようだ。

「ゼラフさん、い、一体なにをしてるんですかっ!?」

「騒ぐな。不穏分子を処理しただけだ」

 この場にいる冒険者や職員たち全てに向けて、ゼラフはため息交じりにそう答え、彼等を冷たい視線で一度ゆっくりと見渡してから、静かな口調で続けた。

「我々はこれから、この世界を一度捨てて異世界へと赴く。そこにはどのような苦難が待ち受けているか判らない。そんな危険に身を投じるというのに、内輪揉めがしたいだけの輩など害悪でしかないだろう?」

「ですが、いくらなんでも――」

「先程も言ったぞ? これは覚悟の提示だ。悪い流れを覆すためのな。この計画は何をしてでも成功させる。私は新しい可能性に全てを賭けたのだ。……はは、まったく、貴族とは思えない暴挙だな。ドゥークの奴の熱でもうつってしまったか」

 もっとも、ゼラフは既に当主ではなく、後継者の問題もおおよそ片付いているので、一般的な貴族とは少し違う。

 要は、役目を果たした命なのだ。

 今殺した奴もそれは同じで、死んだところで大きな影響を及ぼす事はない。ここは貴族が全てのシュノフのような都市ではなく、どれだけ生活の基盤を貴族が支えていようと冒険者が主役になってしまう、哀しきレフレリなのだから。

「……さて、どうする? 度し難いというのであれば報告しても構わない。まあ、よく考えてから決める事だな。誰につくのが正解かを」

 この計画に参加した者達は、死んでもさほど困らない貴族と、中途半端な冒険者たちが殆どだ。

 ちなみに、前者にはいくらでも逃げ道がある。そもそも出資程度しかしていない奴等も多い。上手くいけばそこに噛んで利益を貪り、分が悪ければ尻尾を切って知らぬ存ぜぬを徹す。実に貴族的な、消極的賭け事。

 反面、後者は切実だ。なにせ参加をした時点でナアレ・アカイアネに反目している。

 ナアレは一部の者達には死を望まれるくらい疎まれているが、そんなものが霞むくらい圧倒的な数の冒険者に崇拝されている存在なのである。

 当然、失敗をしてこの世界に留まる事になった場合、冒険者が今まで通り生きていく事など許される筈もない。よほど特別な力でもない限り、その先の人生に大きな影を落とす事になるだろう。

 それでも彼等が参加を決めたのは、自分に夢を見ているからだ。

 冒険者という職業を好き好んで選んだ人間が等しく野心家なのは道理であり、それ故に凡百である事を彼等は嫌い、自分が特別であるという理想を望む。

 それは、この世界ではおおよそ叶わない夢物語だ。

 だが、異世界ではどうかわからない。凡百の力がこの上ない特別に価値を変える可能性だって十分にありえるし、参加者の少なさを見ても、成功すれば間違いなくレフレリより優遇される未来が待っている。

 それは彼等にとって、人生を賭けるに足る理由ということなのだろう。

 実に愚かしき尖兵。まさに最高の手駒だ。

(……もっとも、愚かなのは私も同じだがな)

 不確定な未来を勝手に確かなものだと認識していたあげく、今の行動で本当に引き返せなくなった。

 無論、そうなるための殺しでもあったので後悔はないが、やはり無様な進行には苛立ちがある。

 こんな調子で、新たな土地を手に入れ、そこで得た利益をレフレリに還元する事が出来るような状況にまで、自分はもっていけるのか……。

(……弱音も今更だな)

 決断したあとも消せない不安を胸に抱えながらも、ゼラフは誰一人この場から離席しなかった事実を前に、落ち着き払った微笑を貼りつけた。

「正しく利口な選択だ。私は諸君を見捨てない。もとより、見捨てるという選択がもうないからな。だから安心するといい。私が責任を持って諸君を必ず異世界へと連れていく。――さあ、そのための障害の一つを排除するために、さっそく働いてもらうとしようか。私の護衛を頼みたい。さすがに、トルフィネの大貴族相手に、声だけで話を徹すというのは失礼が過ぎるのでな」


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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