17
……どうやら、魔法の効果は期待と不安の両方を実現した形になったようだ。
凄まじいほど虚無感と、呼吸すら許さないほどの肉体への負荷。
当然、そんな状態で意識を保つ事は出来ず、その数秒後に俺は気絶した。
それを今、こうして目を覚ましたところで認識したわけだが、一体どれくらいの時間が経過したのか……懐中時計を取り出したいところだけど、後遺症でまだ身体が上手く動かない。
「く、そ、一体、なにが、どうなっている……?」
ランドたちも意識を取り戻したのか、よろよろと立ち上がろうとしていた。
やはり先に拘束を受けていた分、こちらの方が復帰には時間がかかりそうだ。ただ、魔法陣が自壊した以上、同じ展開を繰り返される心配はない。何度か一方的に攻撃を受ける事にはなるだろうが、そこさえ凌げば反撃の機会はある。
そういう意味では、この賭けは成功といってもいいだろう。
「……なるほど、拘束できなかった魔法があったようだな。レフレリの人間の誰にも適性のない魔力か。厄介な例外だ」
忌々しげに吐き捨てながら、重たい足取りでランドが近付いてくる。
向こうにも後遺症があるのか、水の弾丸は撃てないようだ。
他の四人に到ってはまだ立ち上がる事も出来ていない。この分だと、回復は俺よりも遅いかもしれない。だとしたら、一対一の状況が少しの間生まれる事になる。
勝負は、その時間をどう使うかによって決まるだろう。
「……く、うぅ」
疲労感に鞭を打って、ランドと同じ目線に立ち、右手に力を込める。
こちらも具現化の魔法はまだ使えそうにないので、徒手空拳で戦うしかない。
ランドは腰にぶら下げていた剣を抜いてきたのでかなり不利ではあるが、一応こちらにも義手がある。魔法陣の特性から考えて消滅していてもおかしくはなかったが、起動キーとして使われたために拘束を受けなかったのか、それともすでに発現した魔法を消す事は出来なかったのか、理由は不明だが、とにかく気軽に盾に出来るものがあるのは幸いだ。
「仕掛けた側だっていうのに、そっちもずいぶんと辛そうだ」
思いの他早く感覚が正常に戻ってきている事を把握しながら、挑発的な言葉を吐いてみる。
それに対しランドは怒りに歯を軋ませ、構えを取ろうとしたが、その身体はまだふらついていた。軽く押すだけでも崩れてしまいそうな不安定さ。
演技には見えない。だとしたら、こちらの方が先に動ける可能性も見えてきた。
彼が真っ先に立ちあがったのは、ある種のハッタリだったというわけだ。相当に無理をして、イニシアチブを取りに来ただけで、実際は他の連中と大差のない状態だったのかもしれない。
もちろん、罠の可能性も否定は出来ないが、逃げてばかりではジリ貧になるのが見えているのだ。厄介な相手を一人潰しておくことは、今後の展開のためにも重要だろう。
だから逃げるより先に、ここで彼は潰しておく。
その結論と共に、俺は敵目掛けて踏み込んだ。
「――ちっ!」
焦りと苛立ちに歪むランドの表情。
かろうじてこちらが突き出した右の拳を受け流してみせるが、それが精一杯だったようで、間髪入れずに振り抜いた左のローキックは、この上ない手応えと共に彼の右足をへし折った。
そうしてバランスを崩したところに義手を振り下ろして、武器を持っていた肩も潰しておく。
これで満足な戦闘はしばらく不可能になった筈だ。あとは二、三人まだ動けない奴を無力化してから、ミミトミアを回収してこの場を離脱すればいい。
「――させないわ」
次の標的に身体を向けた時、その間に紫色の煙が割って入ってきた。
無視して突っ込むべきか迷ったが、最初の印象通り、これに触れるのは避けた方が良さそうだという直感から、俺は行動を中断して十メートルほど後方に跳び退き、その源であるドレスの女に視線を向ける。
「まったく、あまり疲れる事をさせないで欲しいものだわ。汗は掻きたくないのよ。化粧に瑕がついてしまうでしょう? 同じ女なのだから、そのあたりは考慮して欲しいものね。そして使えない男共。大事な出会いの機会を削ってまで、こんな奴等と一緒にいなければならないなんて、どうかしているわ」
実に投げやりに、女はそんな愚痴を零しながらキセルを吸い込み、こちらに向かって、吐息を吹きかけるような弱さで煙を撒いてきた。
迫る速度は遅いが、非常に濃い紫色のそれは、明らかに毒性を持っているように感じられた。
あげく、放射状に広がり、接近を徹底的に拒む姿勢も見て取れたが――飛び道具を使えばどうだろうか?
一足遅れてだが、具現化の魔法が使える状態に戻ったのを感じ取った俺は、即座に右掌にビー玉サイズの球体を複数顕して、それをまだ満足に動けそうにない褐色と目つきの悪い色白の男に向かって投げつけた。
最初にドレスの女を狙わなかったのは、その二人の射線上には煙がなかったからだ。まずは確実に取れるところからという判断だが、どうやらそれは正解だったのか、こちらの攻撃は見事二人が急所を守るのに用いた両腕を、余すことなく破壊することに成功した。
これで三人。あとはゴスロリ少女と、ドレスの女だけだ。
今まで座っていたドレスの女が舌打ち交じりに慌てて立ち上がったところを見るに、人体以外に干渉する要素は持っていなさそうだし、ここは後者を優先して倒しにかかった方がいいだろう。
俺は再び右の掌に武器を具現化し、攻撃を仕掛ける。
ドレスの女は大きな動作で回避してみせるが、大きすぎだ。望ましくない。そんなに無駄な動きをしていたら、連続した攻撃からは逃げられないだろう。
それは、ただ手足を壊すだけなら好ましい話ではあるんだけど、意識を刈り取るとなれば頭を狙う必要が出てくるのだ。守りが下手だと感じた相手に行うのは、正直殺人のリスクがかなりあるように思える。そもそも相手の頑丈さもよく判らないわけだし、ここは別の方法で煙を消させたほうが良さそうだ。
とはいえ、どういう方法をとるべきか……この場に人質になりそうな人間でもいてくれれば脅して解除させるところなんだけど、いなさそうだし、必要以上に痛めつけて戦意を喪失させるのが、現状では一番妥当だろうか。
正直、気が滅入る手段ではあるが、好みを選べるほど傲慢になれる状況でもなし、やるしかない。
が、その前に、説得くらいはしておこう、と俺は口を開いた。
「次は確実にその足を潰す。その上で、貴女だけには攻撃を続ける。意趣返しのつもりはないけれど、煙を解くまでは痛い目に合う事を覚悟してもらいたい」
「……貴女、まさかそこの娘を助けるつもりなの? そんな事をしてなんの意味が…………いや、でもナアレさんだしね。見限るには早すぎるか。……ええ、そうね、私としてもまったく興味がない命だし、差し出すのはやぶさかではないのだけど」
そこで、ドレスの女は可笑しそうに微笑んだ。
「残念、時間切れよ。貴女は私達にそれを費やしすぎた」
直後、緑色の煙が彼女の背後から顕れて、五人の身体を包みこむ。
彼女のものではない。これは、新たな増援から放たれた魔法だった。
「姉さん! 大丈夫ですか!」
顔から下に一部の露出も許さないという意志すら感じる厚着の少女が、駆け寄ってくる。
その左右には戦いに慣れていそうな気配をした二人の大男がいて、大剣を抜くや否やこちらに向かって跳びこんできた。
体躯に見合わない疾風の如き接近に多少の厄介さを覚えつつ、俺は右手に棍棒を顕現して迎え撃つ。
……能力的には押し切れそうな相手だが、すぐに片付けるのは難しそう。そんな印象をこの二人に抱いている最中に、ドレスの女は妹らしい少女に和やかな言葉を返す。
「私は大丈夫よ。でも、男共はかわいそうにボロボロ。だから、早く挽回できる機会を与えてあげるといいわ」
「これ以上の速度の治療は無理ですよ。遠隔で複数を治すのは、直接と違って大変なんですから。あと二十秒ほど待ってください」
最悪といってもいい情報が耳に届いた。
それを裏付けるように、ランドのへし折れた足がみるみるうちに治っていく。
二十秒は謙遜だ。多分あと十秒もあれば完治するだろう。
その事実に焦燥感を覚えながら、なんとか二人を叩きのめす事に成功するが――
「――貴女いいよ! そこらの屑とは大違い! 興味出てきた!」
歓喜の嬌声と共に迫っていたゴスロリ少女の後ろ回し蹴りが、間隙を縫うように俺の脇腹に突き刺さった。
凄まじい衝撃。骨がみしみしと音を立てて軋む。
こちらはこちらで小柄な姿からは想像もできないような馬鹿力だった。
「さあ殺し合おうか? ふふふ、誰も邪魔すんじゃねぇぞ! こいつはわたしの獲物なんだからさぁあ! あはは!」
「――っ!」
しかも、かなり荒っぽい戦いを好むようだ。
まさか、続けざまに頭突きをかましてくるとは思ってなかった。
ぎりぎり左腕を差しこんで、顎に叩きつけられるのは防いだが、次はどんな手を打ってくるのか判らないのが不気味だ。
距離を取りたいが、引き離せない。上手く纏わりつかれている。
この間合いでは武器は邪魔なだけ。そう判断して右手を自由にして拳を振り抜くが、その内側に入られた。腰を掴まれて密着状態を作られてしまう。
そして、驚愕と痛みが全身を強張らせた。
遅れて寒気が襲ってくる。
その度し難い恐怖に突き動かされるように、俺は力一杯に少女の脳天目掛けて肘を振り下ろした。
当たれば確実に殺してしまう事になると理解出来ていても、それを止める事が出来なかった。
「――おっと、危なぁ。堪能しすぎて死ぬところだったぁ」
紙一重のタイミングで俺から離れた少女は、くちゃくちゃと音を立てながら口を動かして、
「ごちそうさまぁ。貴女の肉、想像以上に美味しかったよぉ。魔力を纏っている時は凄く硬いんだけど、切り離されるととっても柔らかいの。ふふ、血もいい感じだし、もう最高かも」
と、幸せそうな顔でそう言った。
「さて、次はどこを食べよっかなぁ? 首筋? 胸? そうだ! 目玉なんかもいいかも! あはは、まだまだ楽しくなりそう! やっぱり狩りはこうじゃないとねぇ」
……もしかしなくても、こいつが一番ヤバい奴なのかもしれない。
不安に駆られて、右手で噛み千切られたところに触れてみる。
ちょうど最初に蹴られた箇所。……肋骨がダイレクトに触れる事がわかって、眩暈がした。ついでに吐き気も込み上げてくる。
それを、歯を食いしばって堪えつつ、俺は人食い少女を見据えて――
「よくやった。注意を引くのはもう十分だ」
ランドの冷たい声と、ぶつんと大きなゴムが切れるような音と共に、両足首が感覚を失った。
立っている事が叶わず、膝が地面に落ちる。
「どうやら、形勢は無事に戻ったようだな」
ゆっくりと治った足の感触を確かめるように、爪先で地面を軽く叩きながら、ランドはこちらに向けた右手の人差し指に魔力を込めていく。
「……ねぇ、誰が邪魔していいって言った? お前さぁ、先にぶち殺しちゃうよぉ?」
狙い取りの連携ではなかったのか、大きく目を剥いてゴスロリ少女がランドを睨みつけた。
凄まじい殺気。……奇襲で勝っただけの相手を語るのもあれだが、おそらく少女の方が強いだろうに、功を焦ったのか、それとも宥める手段でもあるのか。
「あとでナアレ・アカイアネの肉をやる。それで堪えろ」
つまらなそうに、ランドはそう言った。
すると、少女は眼を瞬かせて、
「ほ、本当に?」
と、やや上擦った声でそう訪ねる。
どうやら、最適の手段を持ち合わせていたようだ。
「あぁ、もちろん、こちらが彼女に勝てればの話にはなるがな」
「勝算があるだけ上等じゃない。ふふ、わかった。いいよぉ、許してあげる」
あっさりと攻撃性を仕舞いこんで、少女はこちらから大きく距離を取り、
「ほらぁ、早くぅ、わたしの気が変わらないうちにやっちゃってよぉ。見ててあげるからさぁ」
「……言われずともそうする」
ランドの指先に、紅い球体が浮かび上がる。
それは彼の血液で生み出された弾丸だ。乾坤一擲という奴だろう。いかにレニ・ソルクラウといえど、これを防げるだけの頑丈さは持ち合わせていない。
当然、両足が死んでいる状態では回避なんて不可能だ。ただ、具現化を使えば問題なく防ぐことは出来る筈。
「ダメよ、魔法を使うのはね」
艶っぽい声と共に、紫の煙が真上から降りそそいできた。
途端に心臓が激しく脈打ち、呼吸が出来なくなった。意識も朦朧としていく。こんな状態では、魔法なんてとてもじゃないが使えない。
……やってしまった。翻弄され過ぎだ。全体がろくに見えていなかったからこうなった。いや、それ以前にアカイアネさんにまで気を回したのが失敗だったか。高望みをし過ぎたのだ。一人で逃げるべきだった。……逃げたところで、同じような痛みを味わうだけだと判っているだろうに、醜悪な後悔が胸を締め付けてくる。
それを唾棄するように、俺は足を無理矢理地面に叩きつけるようにして煙から離脱し、
「――終わりだ」
完全にその動きを読んでいたランドの指先から、真紅の弾丸が放たれた。
瞬き一つで到達する死。それは生への執着を奪うには十分なもので、俺はあの日車にはねられた時と同じように、結局無駄なあがきだったか、と他人事のような感想を抱いて――
「……すぐにやられ過ぎだ。あまり急がせるな。身体は音より速くはないんだぞ?」
どこまでも素っ気ない、冷たく乾いた男の声を聞いた。
と同時に、引き締まった背中が視界を占拠していた事に気付く。
長身痩躯。そして、真紅の髪。
「……ラウ?」
他にこの特徴を持っている人物を俺は知らない。
リッセが助っ人に寄越してくれたんだろうか? だとしたらこの上ないタイミングだが……敵の回復はもう済んでしまった。俺は戦えそうにないし、回復役を入れて六対一、いくらなんでも分が悪すぎる。
「おいおい新手かよ?」
目つきの悪い色白男が、嘲るように笑った。
褐色の男も目を細めて、憐れむようにため息をつく。
余計な時間が増えただけだと、彼等は思っているんだろう。状況に揺るぎがない事は、両者にとっての共通認識だったのだ。
だが、この場に蔓延していたそんな常識は、次の瞬間に消し飛ぶ。
「まあ、一人くらい増えたところで――」
ぐしゃっ、という音と共に、突然色白男が前のめりに倒れたのだ。
一体なにが行われたのか、誰もそれを把握する事は出来なかったらしい。
「それで、どうするんだ?」
そうして誰もがラウ・ベルノーウという存在に釘付けにされた中、当の本人は拳を握りしめ、ぴくぴくと痙攣をしている色白男に視線を向けながら言った。
思いがけない事態に、少し思考が停止してしまっていて、彼の問いかけの意味をすぐには理解できなかったが「早く答えろ」という言葉に急かされたところで、殺すか殺さないかを決めろと、選択を任せられている事に気付く。
……これも、リッセのお膳立てなんだろうか? なにかちょっと違う気もするが、まあ、なんにしたってこちらが望む結末は決まっている。
「小娘を嬲ることくらいしか能のない、見ての通りの小物達だ。殺すほどの価値はないよ。それよりも、医者の手を煩わせるほうが、ずっと私たちへの貢献になってくれる」
「お前の理由はどうでもいい」
つまらなげに言いながら、ラウは照準を褐色の男に変えた。
握りしめられた拳が、無造作に振り抜かれる。
魔力の込められた一撃。
「音塊による打撃か!」
攻撃の正体に気付いたのか、褐色の男は左前方に回避しながら叫び――
「――はしゃぐな、ただの挨拶だ」
まったく視認できない速度で目の前に踏み込んでいたラウの軽いジャブを喰らって、鮮血を咲かせながら色白男と同じように前のめりに崩れ落ちた。
「……嘘でしょ?」
渇いた声がドレスの女から零れる。
それと同時に、彼女の身体が左に傾いてそのまま地面に倒れた。
「え? 姉さ――」
妹の少女の言葉も最後まで続かない。
軽い身体が崩れ落ちる音が、代わりに虚しく響く。
「……ふふ、あはは、なにこの化物! 信じられないっ! もしかしてナアレ以上とかなのかなぁ!」
歓喜に震える声をもって、ゴスロリの少女が地を蹴った。
だが、その身体は踏み込んだ方向とは全く反対の方に凄まじい勢いで弾け飛ぶ。
蹴り飛ばされたのだと理解出来たのは、たまたまピントが合っていたからだろう。……もはや呆れるしかない。性能が違いすぎるのだ。
特に速さが異常だった。下手をすると全力のレニ・ソルクラウよりも、ラウの方が速いかもしれない。
「ごほっ、ごふ……あ、あはは、歯が立たないなんて最高ねぇ。……ねぇ、貴方さぁ、名前教えてよ? わたしはね、わたしは――」
五感を集中させていた事によって鋭敏になっていた聴覚が、遙か彼方にふっとばされて血反吐を吐きながら笑う少女の言葉と、問答無用でそれを黙らせたラウの拳の音を捉えた。
容赦の欠片もない暴力である。一応、殺してはいないみたいだけど、死ななければそれ以外はどうでもいいといった感じだ。
「……貴様、一体何者だ?」
あっという間に独りになってしまったランドが、震えた声で訪ねる。
ただ、ラウはそれに答える事なく、静かに拳を握りしめ、ゆっくりと腰を落とし――その姿が掻き消えるや否や、ランドの身体を天井に磔にした。強烈なボディーブローで曲がった身体を、真下から蹴り上げたのだ。
それでも手加減はしたんだろう。天井を突き抜けることなく、完全な磔になることもなく、ランドの身体は重力に従って落ちてくる。
その様子を呆然と眺めていた俺に、
「立てるか?」
と、いつのまにか傍に戻ってきていたラウが訊いてきた。
アキレス健が駄目になっている身としては、首を横に振るしかない。
「頑丈な割に、自己治癒能力には乏しかったか。……まあいい」
ため息交じりに言うと、ラウは俺の身体を抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこである。今までこの世界に来て、何度か他人にした事はあるが……うん、なんだろう、非常に居心地が悪い。
まあ、絵面としては男が女を抱き上げているわけだから、そこまで変でもないんだろうけど……
「――って、ラウ、ちょっと、それはさすがにどうかと思うんだけど」
「なんだ、これも持っていくんだろう?」
いきなりしゃがんだと思ったら、おもむろにミミトミアの足首を掴んで引き摺りだしたラウは、面倒くさそうにそう言った。
「それは、そうなんだけど。その、もう少し扱いを考えてもいいというか」
「男が優しくするのは、いい女にだけだ。……もっとも、お前は及第点だろうがな」
「……それは、適切な評価だね。特に異論はないよ」
僅かではあるけど、引き摺り方を優しくしてくれたみたいだし、それが原因で死ぬ事もないだろうと、若干投げやりな思考と共に俺は苦笑を返して、
「医者の所に連れていく。それまで大人しく荷物にでもなっていろ」
「うん、そうさせてもらう。……ありがとう」
少しだけ彼に甘える事にして、身体を脱力させ目を閉じた。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




