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「そんなの、土間にガツンと言ってやればいいじゃない。あんた、親なんだから、こういう時に助けてやんなさいって」
礼似は簡単に言い放った。やっぱりなー、と御子はがっかりする。
あまりあてにはできないが、礼似にも聞いて見ようと御子は礼似の部屋を訪れていた。
「こういうことはデリケートな事なの。ましてあの二人は精神的に不器用なんだから」
「不器用も何も、気になってるくせに土間がハルオから逃げ回るからうまくいかないんでしょ? いっそ全部バラしてハルオに言いたい事を言わせちゃえば? お互いすっきりさせればいいじゃない」
「言うだけ言ったからって、すっきりするとは限らないじゃない」
んー。礼似には感覚的に理解しにくい世界だったかなあ。御子は質問を変えてみる。
「じゃあ、礼似がハルオだったら土間に文句がある?」
「文句はともかく、言いたい事はあるでしょ? なんで自分のために父親のままでいなかったのか、自分を手放さずに守る方法をもっと考えられなかったのか、組を出る気は無かったのか、どんな状況でも自分を育ててほしかった、とか」
「で、それを言った後はどうする?」
「は?」
「言いたい事を言った後よ。元父親だけど今は女性で、組を一つ背負って立っている土間を自分の親として認めて受け入れられる? それとも突っぱねる?」
「……多分ピンとこないだろうなあ」
「でしょ? ハルオだってそうよ。いきなり親が現れるだけでも動揺するのに、こんなこんがらがった話を聞かされたら、事実として受け止められないわ。で、そういう親から、いきなり指導を受けようって気にもなれないんじゃない?」
「と、言うより、稽古どころじゃないか」女姿の父親をまじまじと見てしまいそうだ。
「土間だって好きで逃げ回ってる訳じゃない。ハルオを育ててやれなかった負い目もあるだろうし、華風組の問題に巻き込みたくもないだろうし、女の姿で名乗る羽目になれば男をやめた事にも、ちょっとは後悔があるのかも」
「でも、自分で選んだんじゃない」
「選ばざるを得ない部分もあったかもしれないでしょ? 他人には分からないわよ。そんな土間に親の責任を振りかざして、ハルオを見てくれなんて言えないわ」
そうかしら? 土間ってそんなに弱いかしら? 確かに「いつ死んでもいい」みたいなところはもってるから、あぶなっかしいのは確かだけど。
「香、あんたも聞いてたんでしょ? この話はこてつ組は勿論、華風組や、真柴組の人間にも秘密だからね。もちろんハルオにも」
御子が台所でコーヒーの準備をしているいる香に声をかけた。
聞いてたも何も、すぐ横で堂々と会話をされたら、いやでも耳に入る。かかわりたくないと思えば思うほど、どうしてこう、ハルオの話が私の周りには付いて回るんだろう?
「解ってます。誰にも言いませんよ」
って、言うよりも、本当にこれ以上かかわりたくない。なまじ、あの二人がどんな顔して真剣を握りあっていたか見てしまっているだけに、その光景が目から離れなくなっている。それなのに、これ以上かかわったら、なにか、逃れようのない物にでも捕まりそうな気がしてしまう。
聞かなかった事にしよう。
香はそう思いながら、無心になるべくカップを睨みつけながら真剣にコーヒーを注いで行った。