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香を病院に連れていくと、ハルオは外に出ると言って、その場を離れた。御子が後を追うようにと促す。
「私と顔を合わせにくくて、離れたんでしょう。私だって顔のあわせようがないわ」土間はためらった。
「香の事でショックを受けているはずよ。そばにいてあげればいいじゃない。何にも話さなくてもいいから」
そう言われると、やはりじっとしてもいられない。土間はハルオのあとを追った。
ハルオは土間の姿に気が付くと、以外にも、自分から土間に話しかけて来た。
「あ、あなたが、お、俺を手放したのは、こ、こういう事があるからなんですね?」
真っ直ぐに土間を見る。
「お、俺が絡まなきゃ、か、香さんはこんな目には、あ、あわなかった。あ、あなたの時は、お、俺がそういう目に、あ、あう可能性があった。そ、そうですね?」
「……ええ」
「お、俺の母親は、ど、どうなったんですか?」
土間は辛い目の色をして、遠い思い出をたどる。
「私への逆恨みから、刺殺されたわ。華風組の血筋としてではなく、全くの逆恨み。憎い男の女って事だけで殺されてしまったの。私が死なせたも同然よ」
二人はそのまま黙りこんだ。ハルオは自分に課せられている運命を理解するために。土間はハルオに与えてしまった運命に懺悔するために。
「ま、前にあなたは言いましたね。は、刃物を握ったからと言って、だ、大事な人を守りきれるとは、か、限らないって。お、俺は香さんを守りきれませんでした。こ、これからも大事な人を、き、傷つけるかもしれない。お、俺達が俺の母親を、う、失ったみたいに」
「そうね。いつか、また、私達はつけ狙われるかもしれない」
また、訪れる沈黙の時間。
「お、俺は、強くならなきゃいけない。俺を守ってくれた人たちのために」
ハルオは自分に言い聞かせるように言った。
「か、香さんは、お、俺のせいであんな目にあったのに、あそこまでこらえてくれた。お、俺の納得できる行動を取れと言ってくれた。お、俺は強くならなきゃいけないんだ」
そして視線を土間に向ける。強い目の色が宿る。
「お、俺、あなたを追い越したい。あ、あなたは俺をあの時守ってくれた。俺に刃物を持つ勇気もくれた。命懸けで俺の恐怖心をぬぐい取ってくれようとしている。俺、あなたを追い越したいんです」
ハルオはきっぱりと言った。
やはりこの子は強い。私とは違う。愛する人を傷つけられても、その人がハルオを信じている限り、決してゆれたりはしない。信じてもらえる自分をハルオ自身が信じている。
「追い越せるわ。あんたはきっと私を追い越せる。腕だけではなく、いろんな事を追い越していけるわ」 土間はほほ笑んだ。
「あ、あなたに、そういってもらえて、こ、光栄です。あ、あなたは俺の、も、目標ですから。お、親だか、し、師匠だか、ほ、他の組の、く、組長だか、どれだっていいんです。あ、あなたは、ただ、目標なんです」
目標。目指すべきもの。超えるべきもの。
ハルオ、私の方こそ光栄よ。あんたにそんな風にいってもらえて。
「ありがとう。でも、簡単には追い抜かせないわよ。これでも組をしょって立つ身なんだから。私の稽古はまだ必要かしら?」
「い、いえ。結構です。お、俺は俺なりに克服してみます。りょ、良平や御子と、腕を磨きます。い、今まで、ありがとうございました」そういってハルオは頭を下げた。
「お礼はまだ早いわ。これからもあんたを見守るから。ハルオが私を追い抜くまではね」
これで、やっと一つ。私はハルオに、親らしい事を、師匠らしい事を、してやる事が出来たのだろうか……?