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香が治療を終える頃、バタバタと処置室の前に駆け込んできた人物がいた。倉田だ。良平は立ち上がって倉田に詫びた。
「倉田さん。申し訳ない。香に気が回らずに、怪我をさせてしまった。俺達の失態です」
「いや、あんた達のせいじゃないのは分かってる。出来ればあの子には足を洗ってほしかったが、それをさせられなかったのは俺だ。とても強制はできなかった。俺たちみたいな後ろ暗い人間には、どうする事も出来ないさ」
倉田は深く息を突いた。走ってきたせいばかりではないだろう。
すると香が処置室から出て来た。治療は終えたようだ。頬のガーゼや、腕の包帯が痛々しい。倉田は悲しげな顔で香を見ていた。
「香。お前さん、とうとうこんな目にまであっちまって」
そういう倉田に、香は笑顔を見せて言い返した。
「倉田さん。もっと私を褒めてくれない? 私、負けなかったわよ。あいつらの持つ見栄にも、欲にも、脅しにも。人を傷つける道具にもね。みんなに助けてもらうまで、とうとう折れなかったんだから」
そう言って胸を張った。
「この傷は私の勲章よ。私みたいな折れない人間が一人でも増えていけば、ちょっとは世の中もマシになるってものじゃないの?私は本能なんかに振り回されないわよ」
おそらくはカラ元気だろう。後で鏡を見れば、やはりショックは受けるのだろう。それでもここで、香は自分のプライドがどこにあるのかを宣言した。あの危機的な状況の時でさえも、「心の愛きょう」で勝負すると言った。
「ああ、そうだな。お前さんの言うとおりだ。俺達はあきらめちゃいけないんだ。あんたみたいな娘が一人でもいる限り。えらいぞ。よくやった。よく頑張ったな」
そういいながら、香の頭を子供のようになでてやった。香はくすぐったそうな顔をしながら、礼似、御子、良平の顔を見回した。みんな暖かい目をしてくれていた。
「土間さんとハルオさんは?」二人がいない事に気付いた香が聞いた。
「二人とも外に出たわ。うまく話が出来ればいいんだけど」
御子が心配そうに言う。ハルオにも土間にも急な展開だっただけに、二人の精神状態が心配だった。
そんな話をしているうちに二人は戻ってきた。香の姿を見て、ハルオは足を止める。罪悪感が表情に表れている。
それを見た香はつかつかとハルオの前に歩いて行った。
「あ、あの。そ、その。か、香さん」しどろもどろになったハルオを香は睨みつけた。
「ちょっと! あんたのせいでひどい目にあったじゃないの!」
香はストレートにハルオを怒鳴りつけた。
「す、すいません」ハルオは消え入りそうな声で謝る。
「ごめんなさい、香。私達のせいでこんな目にあわせて」土間が慌てて謝るが
「土間さんは関係ありません! 私はハルオに話してるんです。口を挟まないでください!」
関係ない事は無いのだが、香の勢いに土間は思わず口をつぐんだ。
「こうなったら、あんたには責任とってもらいますからね!」
「せ、責任って、い、いわれても」
「当面は私の家事当番は、あんたがやる事。何かあったら礼似さんのアシスタント業務もね。当然でしょう? 私、けが人なんだから。怪我の保証はしっかりしてもらわないと」
「は、あ」ハルオは内心のがっかり加減が顔に出た。すかさず香は続ける。
「それから、私の怪我が良くなったら、私に護身術を教える事。あんたにはこれから稽古に付き合ってもらうわ」
「お、俺にって。俺、ま、まだ半人前ですよ。そ、それに香さんが、は、刃物を持つなんて」
「誰が刃物を持つっていった? 私は刃物使いが大っきらいなの! そんなもの持たなくったって、身を守る方法は教えられるでしょう? 出来るの?出来ないの?」香は一方的にまくしたてる。
「か、香さんは、お、俺が、ちゃんと守りますから」
「冗談! 四六時中私を追っかけまわすつもり? そんなのまるでストーカーじゃない。自分の身くらい自分で守るわよ。あんた私を馬鹿にしてんの?」
「そ、そんなこと、ぜ、絶対にありません!」殆んど反射的にハルオが答える。
「だったら、今から私達の部屋のお風呂を洗って沸かして頂戴ね。あ、部屋に行く途中で買い物もするから、荷物持ちもお願い。病院と警察の後始末は、礼似さん達がうまくやってくれるでしょ。ああ、傷が痛む。帰るからさっさとついて来てよ」
そういいながら香はハルオを連れて帰っていく。土間は頭を抱えてしまった。
「土間、大丈夫?」思わず礼似が声をかけた。
「ああ、あれは私の血筋だわ。気の強いはねっかえりの娘に、まるっきり振り回されるのは。私の若い頃にそっくり。これは相当根深い事になりそうだわ」
「香もあの気性だからね。ハルオは相当こき使われそうね」礼似も唖然としている。
「ハルオに稽古を付き合わせるって。こりゃあ、うちの組もしばらく賑やかになりそうだな」
良平はやや面白がっている。人に教える事は自分が上達する早道にもなるだろう。これは楽しみだ。
「賑やか程度で済めばいいけどね」
二人の様子を見て、御子は香がハルオを怒鳴り散らす姿が想像できてしまった。どうやら土間も同じらしく、御子と土間は目を合わせて軽いため息をつく。
「なあに。若い時はあの位の元気があった方がいいもんだ。ああいう子たちと付き合うと、こっちも若返った気分になれるってもんさ」どうやら倉田が一番ほほえましく思っているようだ。
こっちはあの二人に、しばらく気をもむ事になりそうだと、土間、礼似、御子は倉田ののんきさを羨ましく思ったのだった。
完




