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春のプールはジャージの季節  作者: 与一
二 やわらかな光
18/51

浮力の原理とジャージの原理

教室に戻ると、中野先生はまだ来ていなかった。俺たちは席に着き、次の授業の準備を始めた。芦川は黙々とノートに何かを書き込んでいる。その姿を見ていると、さっきまでの煩悩が少し収まってくる。

(落ち着け、俺。今は補習に集中しないと)

そう自分に言い聞かせていると、扉が開き、中野先生が姿を現した。今日も紺色のジャージに薄紫のブラウス。相変わらずスタイルが良い。先生が入ってきた瞬間、教室の空気が少し引き締まるような気がした。

「それでは、二時間目の授業を始めますね」

先生は穏やかな声で切り出す。紫色のブラウスの袖口は少しタイトで、しなやかな腕のラインを強調している。濃い紺色のジャージと白いブラウスのコントラストが妙に色っぽい。

(やっぱりこの組み合わせ……最高だな)

先生の魅力的な姿を改めて認識する。ファスナーを上まで上げているところもポイントが高い。ジャージの防御力が高い分、ファスナーの隙間から覗くブラウスの襟元や袖口が、余計に扇情的に見える。もちろん、俺はそんな下世話なことなどおくびにも出さないが。

「この時間のテーマは『身体の浮力と沈下のメカニズム』です」

先生は黒板に大きな文字を書いた。浮力と沈下のメカニズム……理科の時間で習ったような、そうでないような、微妙な記憶。まあ、水泳に関することなら新鮮な知識かもしれない。

「私たちの身体は水中に入ると、水の圧力によって様々な影響を受けます。その中でも特に重要なのが浮力です」

先生の説明が始まる。

「浮力とは、簡単に言うと、水が物体を押し上げようとする力のことです。私たちの身体は水中に浮いたり沈んだりするのですが、その理由がここにあるのです」

先生はプリントを配り、イラストを見ながら説明を続ける。イラストには人の身体が水中に浮いている様子や、沈んでいる様子が描かれている。

「例えば、このように仰向けになって浮く時と、うつ伏せで潜る時では、身体が受けている力が全く違います」

なるほど、と思わず頷く。同じ水の中でも、姿勢や動きによって力の働かせ方が変わるというのは面白い。これは理屈として理解できれば、泳ぎにも活かせそうだと感じる。

俺は教科書を眺めながら、先生の説明に耳を傾けた。浮力の原理……確かに基本的なことだが、改めて水泳に結びつけて考えると、新しい発見がある。先生の解説は具体的で分かりやすい。

(水の抵抗と浮力……どっちも大事なんだな)

そんなことを考えていると、また隣の芦川が気になってくる。彼女は真剣な眼差しで先生の話を聞き、時折ノートにメモを取っている。長い髪がサラサラと揺れるのが目に映る。セーラー服の上に着た臙脂色のジャージのファスナーがしっかり上がっている。その襟元から見えるジャージの布地が妙に艶かしい。特に彼女の場合、ジャージの襟がセーラー服の襟の中にしっかり収まっていて、そこから覗く生地の質感が目を引く。

中野先生が黒板に描く図形を追いながら、俺はさっきの話を反芻していた。浮力の原理。水が体を押す力。先生の説明は科学的で冷静なのに、なぜか妙に体感的に響いてくる。

(水中で体がどう動くか……ジャージを着たまま水に入るのと、水着で入るのとじゃ、ぜんぜん違うんだろうな)

自分の青いジャージの袖に目を落とす。この袖口のリブ編みが水に浸かったらどうなる? ズシリと重たくなるだろうか。それとも逆に、水の抵抗を感じて膨らむのか? 当然水着になるのだろうが、そんなこと、まったく考えていなかった。

「つまり、身体の形状や姿勢によって浮力が変わり、それがスムーズな泳ぎに直結するんです」

先生はペンを握る手に力を込めた。その仕草に合わせて、薄紫色のブラウスの袖口が僅かにずり上がり、紺色のジャージの袖が顔を覗かせる。先生の手首まで隠れたジャージの生地は、ブラウスよりもずっと厚く、硬質な印象だ。そのギャップが俺の視線を捉えて離さない。

(先生のジャージ……ファスナーを芦川と同様に上までしっかりと上げてるけど、中はどうなってるんだろう? まさか……水着とか着てないよな?)

思わず考えてしまう自分に呆れる。先生は指導者であって、水着になるのは生徒である俺たちのはずだ。

隣の芦川に目をやると、彼女は熱心にノートに何か書き込んでいた。臙脂色のジャージの袖を肘まで折り返し、細い手首があらわになっている。セーラー服の白いカフスと臙脂色のジャージの袖口が重なり、そこだけ奇妙に色鮮やかだ。ジャージの襟はしっかりセーラー服の襟の中まで入り込み、その隙間からわずかに生地が覗く。その「境目」が妙に気になる。

(芦川も……ジャージの下に体操服、着てるんだろうな。それなら……ブルマーも?)

さっき見かけた女子の姿が思い浮かぶ。ジャージを着ている芦川も、当然、そういう装備を下に隠しているはずだ。でも、その事実は、ジャージという厚い布地によって完全に遮断されている。見ることはできない。想像するしかない。芦川はスタイルがいいから、体操服にブルマー姿になると、きっと綺麗だろうな。

「佐藤君、聞いていますか?」

突然、先生の声が耳に飛び込んできて、俺はハッとした。いけない、また別のことを考えてた。

「えっ? はい、すみません」

慌てて返事をすると、先生は柔らかく微笑んだ。

「構いませんよ。少し難しい話ですから。でも、この原理を理解すると、水中での動き方が格段にスムーズになりますから、ぜひ頭に入れておいてくださいね」

先生はそう言うと、再び説明を続けた。今度はちゃんと聞かないと。芦川がそんな俺の様子を、しょうがないわねえ、と言うように横目で見て、くすっと笑ったのが分かった。

(ああ、もう! 芦川のせいだ……!)

心の中で八つ当たりしながらも、芦川が楽しそうに俺を見ているのが少し嬉しい。

俺は黒板に目を戻し、先生の説明をノートに書き留め始めた。ペンを走らせる自分の手は、学ランの袖口から少しだけ覗いている。その短い露出が、かえって自分の全身が今は厳重に覆われていることを意識させた。

(みんな、ちゃんと『守ってる』んだな)

それはまるで、見えない約束事のようにも思えた。この閉じられた空間の中で、私たち三人はそれぞれの方法で自己を律し、学ぶことに集中している。

(浮力……かあ)

なんだかんだで真面目に聞いてしまう自分に気づく。先生の話は分かりやすく、興味深い。それに、この水泳の授業が補修だからか、通常の授業よりも遥かに理解できている自分がいる。芦川との二人きりの環境が、妙に集中力を高めているのかもしれない。チャイムが鳴るまでの時間は、きっとあっという間に過ぎてしまうのだろう。その貴重なひと時を、俺は噛みしめるように味わっていたかった。


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