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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第7章
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第76話「生き残りへの招待状」

11月中旬の朝、ひんやりとした空気が頬を撫でる。

昨日までの11人制大会の熱気が嘘のように、いつもの静かな朝が成磐中学校に戻ってきていた。


緋色は少し早めに学校に着いた。

グラウンドを見渡すと、青い人工芝が朝露に濡れて輝いている。


11人制の広いフィールドとは違う、いつもの6人制コート。

でも、なぜか狭く感じた。


「おはよう、ひいろくん」


振り返ると、えみが笑顔で立っていた。

心地よいえみの明るい声が、静かな朝に響く。


「おはよう、えみちゃん」


緋色は少し照れくさそうに挨拶を返した。

えみは緋色の隣に並んで、一緒にグラウンドを見つめた。


「昨日の試合は惜しかったね。あと一歩だったのに…」


「うん...でも、藍人のプレーとか、虎徹くんの変化とか、皆の成長に凄く刺激がもらえたんだ。」


「ふふ♪でもひいろくんもすごかったんだよ?いろんなパスでみんなを、試合を動かしてたもん!私にはできないから、試合見てるだけハラハラ、ドキドキしたよ~」


えみの言葉に、緋色は少し驚いた。

自分では「まだ足りない」としか思えなかったから。


部室に向かうと、すでに照と焔が準備運動をしていた。

二人とも、昨日の疲れを感じさせない動きだった。


「おー緋色!ちゃんときたなー!」


照の声には悔しさが滲んでいたが、前を向いている様子が伝わってきた。


「昨日はお疲れじゃったなー。まあ、結果は悔しいけど収穫はあったけんな」


緋色も頷く。

確かに負けは悔しい。

でも、得たものは大きかった。


「藍人先輩のボールをもらう動き、本当にすごかったです!今の僕にはまだマネできない、絶妙なタイミングでの飛び出しは参考になりました」


焔が目を輝かせて割り込んできた。

彼の瞳には、純粋な憧れと闘志が燃えていた。


「そういや虎徹も変わっとったなー。最後のパスなんか、前の虎徹なら絶対に自分でシュートを打ちにいっとったのになー!」


「ああ、あれは驚きましたね!」


照の言葉に緋色も同意する。


「相手も成長しとるってことじゃなー。俺らも負けてられんでーー!!」


そこへ蒼もやってきた。


「おはようございます。何の話してるんですか?」


いつもの朝練メンバーが揃う。でも、どこか雰囲気が違った。

みんな、何かを掴んだような、そんな表情をしていた。



---




放課後になり、いつもの練習時間。

部員全員が集まったところで、みち先生が前に立った。


「11人制大会へ参加した選手の皆んさん、お疲れ様でした」


みち先生の優しい声が響く。


「結果は2回戦敗退と残念でしたが、得るものは多かったはずです。特に他校の合同チームとの連携や、岐阜選抜との対戦は、皆さんにとって大きな経験になったのではないでしょうか」


部員たちは真剣な表情で聞いている。

緋色も、昨日の試合を思い返していた。

藍人の動き、虎徹の変化、そして自分の「まだ足りない」という感覚。


「さて、次の大きな目標についてお話しします」


みち先生が少し改まった口調で続けた。


「全国大会の時にも話がありましたが、12月にU15およびU14日本代表選考会が開催されます。すでにお知らせしていますが、我が成磐中からは4名が招待されています」


みち先生は一人一人の名前を呼んだ。


「朝比奈 照くん、相原 緋色くん、福士 蒼くん、駿河 焔くん」


部室がざわめいた。

山田と中村が「やっぱすげー!」と声を上げる。


「照くんは3年生としてU15候補、緋色くんと蒼くんは2年生としてU14の主力候補、そして焔くんは1年生ながら将来性を評価されての選出だと思います。」


みち先生の説明に、それぞれが複雑な表情を見せた。

照は闘志を燃やし、緋色は緊張と期待が入り混じり、蒼は不安そうで、焔は純粋に喜んでいた。


「選考会まで約1ヶ月。しっかりと基礎を固めて、岡山の代表として恥じないプレーをしてきてください」


蒼が緊張した様子でつぶやく。


「選考会か...全国から集まるんですよね。緊張するな」


すると照が力強く立ち上がった。

スティックを握りしめ、熱い眼差しで仲間たちを見渡す。


「何をビビっとんじゃー!俺たちが岡山代表じゃけんな!全国の奴らに岡山の力、見せつけてやろーでぇーーー!!」


その言葉に、みんなが笑顔になった。

焔も目を輝かせて拳を握る。


「そうですね!僕も1年生で選ばれるよう、全力でプレーをしてきます!」


練習が始まると、みんないつも以上に集中していた。

パス練習、ドリブル練習、シュート練習。

一つ一つの動作に、これまでとは違う意識が宿っていた。



---




夕食時、相原家の食卓は和やかな雰囲気に包まれていた。

けいが作った肉じゃがの香りが食欲をそそる。

みっちゃんも一緒で、いつもより賑やかだった。


「緋色、昨日の試合どうだっのー?」


みっちゃんが聞いてきた。


「負けちゃったけど、すごく勉強になったんだ。相手チームの子の意識の変化だったり、特に藍人が...」


緋色は箸を止めて、昨日の光景を思い出しながら話した。


「同じチームの藍人がね、『引き出す』パスっていうのを実践してて。僕がパスを出したくなるタイミングで走り出すんだ!」


巧真が興味深そうに聞いている。


「それで、僕も自然にパスを出してた。でも後から考えると、藍人に『出させられてた』って感じでさ...」


緋色は父を見つめた。


「お父さん、パスを『出させられる』ってすごいね…。でもまだせめぎ合いに勝つって、まだよく掴めなくて...」


巧真はゆっくりと箸を置いた。

少し考えるような間があって、それから静かに話し始めた。


「どのパスにも、正解はないんじゃないか?」


緋色は父の言葉に耳を傾ける。


「お前が『ここだ』と思ってパスを出す。藍人は『今だ』と思って走り出す。それがたまたま合うこともあれば、合わないこともある」


「合わないことも...?」


「そうだ。お互いが信じたプレーをぶつけ合う。それが『せめぎ合い』だ。成功することもあれば失敗することもある。でも、その繰り返しでお互いの感覚が研ぎ澄まされていく」


緋色は父の言葉を噛み締める。

正解を求めるのではなく、信じたプレーをぶつけ合うこと。


「信じたプレーを...…か」


その時、けいが思い出したように言った。


「あ、そういえば今日、神門さんから電話があったわよ」


巧真の表情が一瞬変わった。箸を持つ手が止まる。


「神門...烈真から?」


「ええ、あなたに話があるって。携帯の番号がわからないからって家に電話があったの。何か大事な用件みたいだったけど…神門さんの番号は聞いてるわ」


みっちゃんも興味深そうに巧真を見つめる。

巧真は深呼吸をしてから立ち上がった。



「ありがとう。……ちょっと電話してくる」



---




巧真は書斎に入り、ドアを閉めた。

緋色は気になって廊下で聞き耳を立てようとしたが、けいに「大人の話よ」と制された。


書斎の中で、巧真は携帯を手に取り少し震える指で、烈真の番号を押す。


コール音が二回鳴って、電話が繋がった。


『…巧真か?電話ありがとう』


烈真の声が聞こえてきた。

懐かしくも、どこか緊張感のある声だった。


『久しぶりだな。中国大会以来か』


「ああ...あの時は、いろいろとありがとう」


短い沈黙があった。

お互いに過去の因縁が解けたとはいえ、まだぎこちなさが残っている。


『単刀直入に言う』


烈真が切り出した。


『U14日本代表の技術コーチ、引き受けてくれないか?』


巧真は息を呑んだ。

予想していなかった提案だった。


『俺が...?でも俺は、もう現場から離れてずいぶん経つ...』


『お前の息子を見た。あの子の技術、パスセンス、そして何より心の成長。それを導いたのはお前だろう』


巧真は黙って聞いている。


『11人制での岡山県選抜への指導の話も聞いていた。あの短期間での指導で、選手達の成長している姿を見させてもらった。』


烈真の声に熱がこもる。


『過去のことは…もう済んだ話だろ?俺たちももう前を向いて進むべきだ。お前のその卓越した戦術、技術を次の世代に伝えていってほしいんだ。』


巧真は窓の外を見つめた。

夕暮れの空が、オレンジ色に染まっている。


『U14には、緋色くんも颯真もいる。全国にいるこれから日本を背負って立つ才能ある子供たちが集まる。彼らを導くのを手伝ってくれないか?』


長い沈黙があった。

巧真の中で、様々な感情が渦巻いている。


不安、恐れ。そして少しの光。


「わかった。…...少し、考えさせてくれないか?」


『もちろんだ。でも、長くは待てない。来週までに返事をもらえるか?』


「ああ、必ず連絡する」


『良い返事を期待している』


電話を切った巧真は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


(俺に、そんな資格が...)


逃げ出した自分にだからこそ、日本の未来ある選手たちに何か大事なことが伝えられるかもしれない。

そんな思いが、心の片隅で芽生え始めていた。



---



その頃、緋色は自分の部屋に戻っていた。

宿題を始めようとした時、スマホに通知が届いた。


【U15/U14日本代表選考会 候補選手発表】


緋色は震える指で通知をタップした。

画面には、長いリストが表示される。


まずはU15候補から。

3年生が中心のリストだ。


<U15候補選手>

- 原田勇樹(島根・出雲帝陵中)

- 朝比奈照(岡山・成磐中)

- 宮儀迅牙(島根・出雲帝陵中)

- 皐月融吾(栃木・加来偉中)

- 浦崎廉(福井・陽翔院中)

- 篠原翔馬(岐阜・岐阜日夕館中)

     ・

     ・

     ・

     ・

計62名


照先輩の名前を見つけて緋色は嬉しくなった。

そして画面をスクロールしていく。


<U14候補選手>


2年生中心のリストが始まる。

緋色の心臓が早鐘を打つ。


- 神門颯真(島根・出雲帝陵中)

- 河合瞬(栃木・加来偉中)

- 百舌鳥楓(栃木・加来偉中)

- 桜虎徹(岐阜・岐阜日夕館中)

- 織田翼(岐阜・岐阜日夕館中)

- 桐島藍人(岡山・青刃中)

- 兵動天音(岡山・青刃中)

- 福士蒼(岡山・成磐中)

-相原緋色(岡山・成磐中)

- 藍・ウォール・功多(鹿児島・涌陽中)

- 北村凜太郎(北海道・海衛学園)

     ・

     ・

     ・  

     ・ 

     ・


知った名前が次々と現れる。

全国大会で戦った選手たち、そして約束を交わした仲間たち。


「颯真...瞬...虎徹くんも...」


そして、功多の名前を見つけた時、あの鉄壁の守備を思い出した。

凜太郎の名前には特別な感情が湧いた。


(凜太郎...約束、守れそうだ)


震える指でスクロールを続ける中で自分の名前を見つけた瞬間、緋色の胸が熱くなった。

正式に選ばれたんだ、という実感が湧いてくる。


さらに下には1年生の飛び級組も載っていた。


- 駿河焔(岡山・成磐中)

- 石峰土紋(島根・出雲帝陵中)


焔の名前もしっかりと刻まれている。




---




緋色は窓を開けて、夜風を感じた。

秋の夜空に星が瞬いている。オリオン座がくっきりと見えた。


(12月...みんなが集まる)


全国で戦った選手たちの顔が次々と浮かんでくる。


颯真の冷静な眼差し。

あの決勝点を決めた時の、本気の表情。


瞬の飄々とした笑顔。

でも試合になると豹変する、あの瞬発力。


虎徹の挑戦的な表情。

そして最後に見せた、仲間を信じる姿。


功多の圧倒的な守備。

一人で中央を支配する、あの存在感。


そして、藍人の真っすぐな瞳。

「引き出す」プレーで、新しい境地を見せた姿。


(きっとみんな次に会う時には、もっと強くなってるんだろうな)


緋色は拳を握りしめた。


「僕も...もっと強くならないと」


そして、ふと父のことを思った。

父さんに今以上に指導してもらって「白い魔術師」に近づきたい。父さんの技術を学びたい。


階下から、けいの声が聞こえてきた。


「緋色ー、お風呂入りなさい」


「はーい」


緋色は最後にもう一度、選考会のリストを見た。

この中から、日本代表が選ばれる。


そして来年のU15-JaPTへの道が開かれる。


「必ず……生き残って見せる!!!」


世界への戦いが、今始まろうとしていた。


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