第4話「現実の壁」
今日はOB対抗戦。
いつもの練習とは違う、ピリッとした空気が人工芝に漂っていた。
「OBの皆さん、お忙しい中ありがとうございます」
みち先生の挨拶に続いて、白髪混じりの大人たちが人工芝に現れた。
卒業してから何年も経っているのに、スティックを握る手つきが様になっている。
「練習から人工芝か…俺らの時は試合の時だけだったのになぁ~」
OBの一人が懐かしそうに足元を見つめながらつぶやいた。
「膝に優しくなったし、ボールの転がりも安定しとる。羨ましいのー」
「うわぁ、みんなかっこいい」
緋色は思わずつぶやいた。あんな風に、自分もいつかは――
「緊張すんなよー、緋色」
誠が肩を叩いてくれた。
でも、緋色の足は震えていた。見学ではなく、実際に試合に出るのは今日が初めて。
しかも相手は経験豊富なOBたち。
「いくぜー!」
審判の笛が鳴り、試合が始まった。
最初からOBチームのペースだった。
正確なパス、的確なポジショニング、無駄のない動き――
すべてが現役の部員たちを上回っている。
緋色にボールが回ってきた。
練習では少しずつできるようになってきたトラップ。
でも、試合となると全然違う。
「落ち着け!」
誠の声が聞こえる。
でも、手が震えていて、いつものようにいかない。
ボールがスティックに当たったけれど、コントロールできずに足元から離れて、相手に奪われてしまった。
「す……すみません」
緋色は小さく謝った。
胸が苦しくて、息が荒くなってくる。
また、ボールが回ってきた。
今度はプッシュパスを送ろうとしたけれど、相手のプレッシャーを感じて力加減が分からなくて、ボールが明後日の方向に飛んで行った…。
照先輩が必死にカバーしてくれたけれど、結局は相手ボールになってしまう。
「緋色、大丈夫か?」
蒼が心配そうに駆け寄ってきた。
「ご、ごめん。うまくできない」
手のひらに汗がにじんで、スティックが滑りそうになる。
視界がぼやけて、鼓動が激しくなってくる。
逃げ出したい。
その瞬間、頭の中にいろんな声が蘇った。
――「落ち着け」(誠の声)
――「リズムが大切よ」(美智先生の声)
――「がんばって」(あの少女の声)
……そうだ、まず落ち着こう。深呼吸。深呼吸。
緋色は目を閉じて、心を落ち着かせた。
周りの音が遠のいて、自分の鼓動だけが聞こえる。
目を開けると、またボールが回ってきた。
今度は違った。
カツッ、シュッ。
きれいにトラップして、照にパスを送ることができた。
照がそのままドリブルで抜け出して、力強いシュートを放つ。
「ゴォォォォル!」
ボールがネットを揺らした瞬間、緋色の胸に確かな手応えが生まれた。
試合は2-4でOBチームの勝利に終わったけれど、緋色にとってはかけがえのない経験だった。
「お疲れさま」
試合後、OBの一人が笑顔で声をかけてくれた。
「最初は緊張してたけど、後半は良いプレーしてたじゃないか。君には可能性を感じるよ」
その言葉に、緋色の心に一粒の自信が宿った。
――この壁を越えた先、緋色を待つ舞台は?
夕暮れの青い人工芝で、緋色の新しい挑戦が静かに始まっていた。