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プロローグ

 ザザーンッ


 ザザーンッ


 まだ少し肌寒い春の日。穏やかな青空と目の前に広がる青い海。

 繰り返し聞こえる波音が心地よい。


 私の目が赤いのも、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃなのもきっと全部花粉のせいだ。


 カバンを砂浜へと放り出し、パンプスを脱ぎ捨て、波打ち際へと近づく。

 ストッキングなんてしったこっちゃない。


 足が浸水していく。波が引いたところから足先がじんわりと砂に埋まっていく。


 気持ちいい…


 冷たい海水が心地よくって、一歩また一歩と沖へ進む。波が打ち寄せスカートの裾を濡らしていく。

 このまま進み続ければ死ねるのかもしれない。

 全てを投げ出して終わらせることが出来るのかもしれない。


 ……でも


 うん。大丈夫。私は大丈夫だ。

 自分の意思でここまで来た。生きてる。

 大丈夫生きてる。何処へだって行こうと思えば行けるのだ。


「私は、じゆうだーーーーー!!!!」


 叫んだ。

 波音に声が打ち消されないように全力で叫んだ。繰り返し叫んだ。

 途中涙が止まらなくなった。花粉のせいだ。そうでなければ潮風のせいだ。


 喉がほぼほぼ限界を迎え、声がかすれはじめたころようやく決心がついた。

 スーツのポケットからスマホを取り出し下書きフォルダから一通のメールを上司へと送る。


 これで、机の中の退職届も見てもらえるはずだ。

 いくら訴えても減らない仕事。短縮される納期。増えない人員。あなたには期待しているからっていえばなんでも許されると思っていませんか?

 私は繰り返し無理だと伝えたのだ。積まれた仕事をなんとか終わらせたのは午前3時のこと。そのまま始発を待って気がつけばここ、海にいたのだ。もう私は会社へは戻らない。


 くるりと方向を変え、砂浜にあがる。


 あはは……

 さてと、これからどうしようか。

 とりあえずまずは、ハロワかな……雇用保険入ってたよね……


 そんなことを考えていたらふと目があった。


 イカと。


 潮が引いてうちあげられてしまったのだろう。なかなかのお間抜けさんか、それとも陸へと上がりたかったのだろうか。

 普段なら見なかったふりをするところなのだけれど、今の私は仕事を辞めた勢いで吹っ切れているのだ!


 気持ち小ぶりなそのイカを波の届く位置まで運んであげる。あっでもごめん、素手は無理。さすがにちょっと気持ち悪い。クリアファイルって万能だよね。

 そのままイカは波に抱かれて海へと戻っていった。


 達者でな!もう打ち上げられるなよー!


 心の中でエールを送り、カバンを拾い上げると海を背にして歩き出した。


 ……つもりだった。


 うごけ……ない?


 足元を見ると海藻が足首に絡みついている。

 そのままスルスルと動き出すと、足首を起点に足全体にどんどんと絡みつきそのまま海へと引きずり込もうと引っ張ってくる。


 やだっ、なにこれ……気持ち悪い!こわい!!


 悲鳴をあげようとしたら、先程まで叫んでいたせいで既に声は枯れていた。


 なんとか抵抗しようと、倒れこみ全身で踏ん張ろうとするも砂地にはひっかかるところがなく引きずられた跡が残っていくのみ。気がつけば足どころか腕のあたりまでがっつりと海藻に巻きつかれている。


 こわいこわいこわいこわい


 やだやだやだやだ


 せっかく明日から新しい生活を始めると決心したのに。それなのにこのまま海に引きずり込まれて死んでしまうなんて。そんなのってないよ。こんなのってないよ。


 先程止まったはずの涙がまた溢れ出す。


 ザッパーン


 ひと際大きな波が打ち寄せ、塩水が口から鼻から体内へ押し寄せる。さよなら世界。

 薄れゆく意識。哀れな末路。


 こうして私、水島エリナは社畜生活と共に人生までも終わらせてしまったのでした。


 チャンチャンっ


 〜BAD END〜








 ……だと思っていたのですがここは一体どこですか?


 起きた瞬間は、一命をとりとめ救急搬送でもされたのだろうかとも思ったけれどすぐにその考えは打ち消された。

 目が覚めたのはフカフカの巨大な丸いベッドの上。

 部屋は小さく、ベッドを除けばなにもない。窓もなく扉さえも見当たらない小さなドーム型の部屋。


 こんな医療機関あってたまるか。まだカップルズホテルか何かと言われた方がしっくりとくる。

  唯一の照明が枕元にある丸い間接照明だけだというのがさらにそれっぽい。まぁ、それにしてはシャワーも見当たらないし、なにより出入り口が見当たらないっていうのはおかしいけどね!


 ドウイウコトナノ


 あっ、そっかー!もしかして死後の世界っていうやつだったり?そういえば、小説やら漫画やらでたくさん読んだわ。この後神様的な人が出てきて異世界に転生させてくれるんでしょ?


 となると、私はどこに飛ばされるのだろうか。RPG的なファンタジーの世界?中世ロマンか乙女ゲー?この際社畜じゃなければなんでもいいです。自分の意思で新しい生活とはならなかったけれど、まぁそれもありでしょう!


「どうせ死んでるんでしょ。神でも仏でもなんでもいいからさっさと転生させてくださいな!」


「神でも仏でもなくて来るのはイカだけどね」


 !?


 ヤケになり、叫んだところでヒトの声が聞こえて思わずフリーズする。

 漫画だったらギギギッと効果音がつきそうな具合にゆっくりと首を動かすとさっきまでは何もいなかったはずのその場所に()()がいた。


 イカ。


 ほんと、なんでイカ。


 つぶらな瞳で私を見つめるザ・イカ。


「忙しそうなところごめんね。でも、目が覚めたみたいだから様子を見に来たんだ」


「えっ……ご…ご丁寧にどうも…?」


 しかも喋る。あと別に忙しくはない。これは夢なのか現実なのか。天国なのか。死後の世界でイカに会うとかはさすがに聞いたことないけれど。ついでにウィーン少年合唱団もびっくりな綺麗な少年声。


「なんにせよ、目が覚めたみたいで良かったよ。10時間も寝ていたから死んじゃったんじゃないかとドキドキしてたのだけど叫んでいるのをみて安心したよ。それにしても随分信心深いんだね。」


 あああああ……ばっちり聞かれてましたよね。そうですよね。ツッコミも入れてくださいましたものね。ええ。喋るイカとか未だになんだかよくわからないけれど言葉が通じる相手に独り言的なものを聞かれていた羞恥心に顔が真っ赤になりそうです。

 顔を手で覆い指の隙間からチラッとイカを見てふとあることに気づく。

 死んじゃったんじゃないかと、ということは……


「もしかして、私死んでないの?」


「うん。」


「それじゃあ、転生したりも……」


「うん。しないと思う。」


「じゃあ、ここは夢の中だったり「しないね」」


 じゃあ、ここはどこなんですか。そして、イカが喋るこの状況どう解釈すればいいんですか。

 誰か教えてください。もうこの場合の誰かっていうのは目の前のこのイカしかいない気もするけれど。


「さてと、そろそろ説明させてね!僕はロリオルス・ヒイカ。今朝は危ないところを助けてくれてありがとう。海に戻してくれて助かったよ。あのままだと、干からびて干物になっちゃうところだったよ!」


 ……!!砂浜に打ち上げられてたのおまえか!!そういえば、それっぽいような気もする……?だめだ、イカの区別なんかつかない。


「それでね、君にお礼とあと別にお願いがあったのだけれ「ヒイカ!まだ説明は終わってないのか」」


 部屋の外からかぶせるように今度は女性の声が聞こえてきた。


「せっかちだなぁケンは。これからするところだよ!とりあえずエリナももう元気みたいだから開けて大丈夫だよ!」


 部屋の外の誰かとヒイカが会話している。しかし、なぜ私の名前を知ってるのでしょうか。自己紹介した記憶とかないのだけれど。

  ……いや、ごめん不思議でもなんでもなかった。私社員証首から下げたままじゃないか……ほんとどうかしてる。とりあえずこれ投げ捨てていいかな。


 社員証を首から外そうとしたその時……部屋の下から光の線が走り、壁がアーチを描くように持ち上がって貝のように開きはじめた。明るく青い光が波のように流れ込んできて、その眩さに思わずぎゅっと目を瞑った。


 ゆっくりと目を開けると目に飛び込んできたのはどこまでも続くような青。差し込む光がきらめくエメラルドがかった美しいブルー。全面ガラス張りの海底ドーム。なにこれ綺麗。上を見上げると、ゆったりと泳ぐカメのシルエットなんかも目に映る。語彙力がなくて上手く説明できないのがもどかしすぎる。

 そして、正面に待ち構えていたのは燕尾服のよく似合うオールバックの女性。まるでT塚歌劇団の男役の様なその姿に見惚れてしまいそうだ。


「水島エリナさん、ようこそ竜宮省へ。突然ですが、あなたをヘッドハントさせてくださいませんか。私たちにどうぞ力をお貸しください。」


「ケンってば、まだ説明が終わってないのに気が早いよ!」


 抗議をするように隣でピョコピョコと跳ねるヒイカ。その様子がなんだか可愛くってつい少しにやけてしまったのだけれど、私の顔はそのまま硬直することとなった。


 ドームの向こうからゆらりと現れた大きな二つの影。あれは紛れもなく私を海へと引きずり込んだ海藻(アヤツラ)で、体に巻きつかれた恐怖を思い出し、私は再び意識を手放すことになったのでした。


「どうしようケン、レイナまた寝ちゃったよ」

「困りましたね。一刻も早く仕事を覚えてもらわないと、地上でフライドチキンが食べられないじゃないですか!」


 薄れゆく意識の中で、私が最後に思ったのはKネルおじさんすごいな……ということでした。

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