『READ SIDE』 ――既読の世界――
目が覚めたとき、世界は完璧だった。
誰も迷わない。誰も間違えない。誰も何かを“見逃さない”。
すべてが正しく、すべてが確定している世界だった。
そのはずなのに、息が詰まるような違和感があった。
スマホには常に一つの画面が表示されている。
それは通知ではない。
世界そのものの“記録”だった。
そこには、あらゆる人間のやり取りが流れている。
誰が誰に何を送り、誰がそれを見て、どう理解したか。
すべてがリアルタイムで更新されていく。
そして、すべてに共通していた表示がある。
READ
この世界では、すべてが既読になる。
未読という状態は存在しない。
情報は必ず読まれ、理解され、確定される。
そのため誤解はない。すれ違いもない。争いも減った。
理屈の上では、理想の世界だった。
だが、その“完璧さ”が逆に不気味だった。
会話は成立するのに、誰も長く関係を続けない。
返事はある。理解もされる。既読もつく。
それなのに、会話が終わると誰も残らない。
まるで“そこで関係が完成してしまった”かのように、全員が離れていく。
主人公はこの世界のログ監視をしていた。
すべての既読を確認し、異常がないかを監視する役目だ。
画面には常に整然としたデータが流れている。
すべてREAD。すべて正常。すべて問題なし。
何も異常はない。
それなのに、胸の奥だけがずっとざわついていた。
ある日、その“異常”は現れた。
ログの中に、一つだけ意味のないデータが混ざっていた。
メッセージ内容は空白。送信者も不明。
しかし既読だけがついている。
READ
意味が分からなかった。
この世界では、内容のない情報は存在できない。
既読は必ず“理解されたもの”にだけ付くはずだった。
だがこれは違った。
理解されていないのに、既読だけが存在している。
その空白データは次第に増えていった。
内容なし。名前なし。意味なし。
それでもすべてにREADがついている。
確定されているのに、存在していない。
存在していないのに、確定されている。
矛盾が静かに広がっていた。
主人公は気づき始める。
この世界では未読は消えたのではない。
最初から存在していなかったことにされているだけだ。
そしてその“消えたもの”は、どこにも行っていない。
ログが一瞬だけ揺れた。
画面に、見覚えのない文字列が浮かぶ。
UNREAD SIDE
その瞬間、すべてのログが一斉に更新される。
空白データは消え、すべてがREADに戻る。
世界は正常に見える。
だが、確実に何かが変わっていた。
主人公は違和感に気づく。
周囲の人間が、同じ話を繰り返している。
昨日の記憶が曖昧になっている。
さっきの会話がなかったことになっている。
関係が、少しずつ削れている。
ログを見ると理由が分かった。
既読とは保存ではなかった。
既読とは“確定と同時に削除する処理”だった。
読まれたものは存在する。
だが存在するために、不要な部分が削ぎ落とされていく。
記憶、関係、余白、曖昧さ。
それらがすべて消えていく。
だからこの世界は完璧だった。
すべてが確定され、すべてが整理され、すべてが正しい。
だがその代わりに、人間の“曖昧さ”が消えていた。
ある日、主人公は自分のログに気づく。
そこには自分の名前がない。
存在データが欠落している。
それなのに、すべての既読ログには“READ”がついている。
つまり自分は。
読まれているのに、存在していない。
存在していないのに、処理されている。
周囲の人間がこちらを見る。
しかしすぐに視線が外れる。
そしてこう言う。
「……誰だっけ?」
世界は正常に動いている。
ログも正しい。
既読も問題ない。
それなのに、主人公だけが少しずつ消えていく。
最後にログが表示される。
最終既読処理完了
その下に一行だけ残る。
未読は完全にREADへ統合されました
誰も気づかない。
誰も疑わない。
世界は完璧なまま続いていく。
ただ一つだけ。
ログの最下層に、消えずに残っている文字がある。
それでも、未読は存在する




