第35話 殺人鬼は目標を定める
(いつか、誰にも負けない強さを手に入れる)
僕は休暇中に漠然と目標を見つけていた。
伯爵に敗北し、リベンジしたいと考えていた。
その想いがまとまりつつある。
僕は意外と負けず嫌いな性格らしい。
熱血派ではない自覚があったものの、今は強さを求めている。
誰もを超えて、殺したいという衝動が燻っていた。
(これが殺人鬼の本能なのか)
休暇中、エマからノルティアスにおける殺人鬼について教わった。
基本的に二つのパターンに分けられるらしい。
一つ目は国外から参入する殺人鬼。
ロンがこれに該当する。
そして二つ目は、国内で自然発生する殺人鬼。
エマ曰く、突然変異みたいなものらしい。
あの国で暮らす人々は、本来は外交官の獲物なのだ。
放任されながらも管理されている。
栽培されていると言い換えてもいい。
適切な時期に収穫もとい殺害されるための存在に過ぎないのである。
だから生まれてくる人間は、遺伝子的に殺し合いが起きないように調整されているらしい。
外交官の獲物が減らないように工夫が凝らされているのだ。
それでも一定の確率で殺人者が生まれてくる。
高度な技術によるフィルターを破って誕生するのだ。
さらに殺人者の中から、特殊な適性を有する者が出てくる。
そういった人材は国がスカウトして、殺人鬼の外交官として育成するらしい。
僕がその一例であった。
会社員として平凡にやっていたつもりだが、常人とは何かが決定的に違っていたのだろう。
だからこんな風に馴染んでいる。
普通ならどこかのタイミングで死んでいると思う。
(殺人の取り柄があったなんて、素直に喜べないな)
僕は支給された拳銃を触りながら考え込む。
その時、ふと馬車の外の景色に注目した。
荒野の先――進路からややずれた方角から何かが接近してくる。
僕は渡されていた地図を確認する。
現在地は目的の紛争地帯からはまだ遠い。
機械の国とゴブリンの国の中間地点にいるような形だ。
僕は地図を仕舞いながらロンに確認する。
「この辺りはどこの国の領土でもないのですよね」
「荒野は誰の物でもない。だからこそ混沌ぶりが凄まじいがね。治安はどこも最悪さ。それがどうかしたかい?」
「いえ。あれが何なのか気になったもので」
接近してくる影を指差す。
土煙を巻き上げて迫るのは、人型の集団だった。
耳を澄ますと、雄叫びを上げているのが聞こえる。
ロンは露骨に嫌そうな顔をした。
そして、煙草を踏み消して舌打ちする。
「荒野の住人……じゃねぇな。不味いぞ、ゴブリンの軍隊だ」