第20話
短めですがよろしくお願いしますm(_ _)m
「はぁ、はぁ、美しい……美しい姫。そなたをどれだけ探した事か!」
「ひっ……こ、こないで」
わたくしは思わず後退りをしました。けれど、大股に踏み出した一歩であっけなく距離を詰められて抱き寄せられます。
お父さまともヴァイースさまとも違うゴツゴツした冷たい指先が頰に触れ、ゾワリと鳥肌が立ちました。生温かい息が頰を掠め、先ほどから止まらない悪寒がわたくしの体温をどんどん下げていきます。
「いやっ、離して……!」
「あぁ、そなたの瞳に私が映っているのだな……! あ、あぁぁこの可憐な瞳は私だけのものだ。離さない離さないよ、私の薔薇姫!!」
「ひぃっ!」
見上げる男の狂気を含む濁った目に、体を震わせる事しかできずにいました。どうしてこうなったのだろうとわたくしは自分の行動の愚かしさに、ただただ後悔するばかりでした。
* * *
ヴァイースさまを待つわたくしは、ガラス越しから見える侯爵家の庭を眺めていました。
ロウソクの灯りを散りばめた薄明かりが庭の草花を柔らかに照らしています。東屋へと続く道の脇にもロウソクと花が飾られ、おとぎ話の妖精が出てきそうな幻想的な雰囲気を醸し出していました。
東屋で寛ぐ男女の姿が見えます。あんなにロマンチックな所で愛を囁かれたらコロッと恋に落ちてしまいそうですね。求婚にしても“はい”しか言えなさそうです。
知識としてはあるけれど前世も年齢=彼氏いない歴だったわたくしにはまだ恋がどう言ったものか分かりませんが、とても心が躍るモノだと思います。
庭にまで手を抜かない心くばりに、有無を言わさず強制的に連れて来られた夜会ではありますが、来て良かったと思わせてくれました。
そんな素敵な庭を眺めながら手にした淡いピンク色のグラスを傾けます。果実の程よい甘みと酸味を感じて、しゅわしゅわ口の中で弾ける喉越しを楽しみました。こちらの世界でも炭酸が入った飲み物が飲めるとは思ってもみなかったので自然と口元が綻びました。
「ん、美味しい」
思わずポツリと溢れた時でした。東屋から出て行く男女を見てしまったわたくしは、もっと近くで見たいと疼く心を我慢できずにそっと庭へ出ました。
庭へ出て香る花の芳しさに驚きを隠せません。玄関から入った時とは違う甘やかな薔薇の香りと、別の花の香りが調和してずっと嗅いでいたい匂いで。自分の部屋の香りにしたいと思ってしまうほど素敵な香りでした。
「いい匂いだわ」
わたくしは東屋のベンチに座りながら目を閉じ、グラスを返す時に教えてくれた給仕の方が自慢だと仰っていた意味が分かりました。本当にウットリとしてしまいます。
お姉さまとお義兄さまの馴れ初めも聞いてみたくなりました。当時はわたくしのワガママで聞けませんでしたからね。あれだけ仲の良い二人ですもの。どれほどロマンチックな求婚だったのかと興味津々です。手紙で聞いてもちゃんと答えてくれるでしょうか、とわたくしは少しワクワクしながらお姉さまへの手紙に思いを馳せていました。
「あぁ、そんな所に隠れていたのか。私の薔薇姫」
「え?」
急に真上から聞こえた声に驚いて目を開けると、見知らぬ男性がわたくしを見下ろしています。
「はぁ、はぁ。美しい……。そなたは夜毎、姿を変えるのか」
「あ、の? どなたかとお間違えではありませんか?」
「今宵にしてそなたの声が聴けるとは! もっと、もっとその耳に心地よい甘い声で啼いておくれ!」
「きゃっ」
全く話が噛み合わず、大きな声を上げた男性が怖いと身を離そうとしましたがすでに遅かったようです。急に口に布をあてられ、息ができなくて思いっきり吸い込んだら何かの薬品の香りがしました。気持ち悪さと頭がクラクラして立っていられなくなります。
「やっと捕まえた、私の薔薇姫」
意識が薄れていく中でその言葉が強烈に耳に残り、“誰か助けて”と呟くので精一杯でした。




