裏(side界悠)
客席は既にその殆どが埋められていた。それでも入場口から入ってくる人々の列が途切れないのは、立ち見でも良いと考える者の数がそれだけ多いということだろう。これが開演間近というなら話は分かるのだが、実際には、開演まではまだまだ時間がある。想像以上の賑わい振りに、私は思わず苦笑した。
人気だ何だと聞いてはいたが、やはり百聞は一見に如かずということか。これなら父のやけに偉そうな講釈にも半分程度は頷けるかもしれない。帰国したその日の夕食の席でくどくどと語られた時には流石に閉口したものだけれど。全く、ついこの間の手紙では、芝居など庶民の娯楽だ、などと言って忌避していたくせに、座長がちょっとおべっかを使ってきただけで態度を変えるのだから。
まあ、父の言は信用ならずとも、耀刺が――あの淡泊な男が二回も観に行ったというのだから、面白さは折り紙つきなのだろう。彼女だって気に入るに違いない、と心の表面で考えた。その言葉の、あんまりといえばあんまりな嘘臭さに、我ながら笑えてくる。
残念ながらこの観劇は彼女を呼び出すための口実に過ぎないのだ。聡い彼女なら、それも重々承知しているだろうが。
私が今いるのは、普通の観客席よりも一段高いところに設けられた桟敷席だ。これはお忍びの貴人達が利用するための席で、外からは内部が窺えないよう上手く布を張り巡らしてある。つまりここは、人に聞かれたくない話をするには持ってこいの場所なのだ。
ああ、でも、幾ら布で仕切ってあるからといって安心しきるのも問題か。いつかのように、布のすぐ後ろで誰かが聞き耳を立てていることもあり得るのだから。その時のことを思い出して、私は密やかに笑った。
暫くは頬杖を突いて下界を見下ろしていた。暇を持て余し始めた頃になって漸く、遠くから聞き覚えのある声がした。老人の声と年若い女の声。――彼女が来たのだ。柄にもなく気分が高揚しているのを感じる。
若様、と執事が声を掛けてきた。入れ、と私は返す。
桟敷を仕切っている幕がめくられて、彼女が執事の後について入ってくる。それを迎えるべく私は立ち上がった。
彼女の名は明碕。この国一番の豪商、たった二代で頭の固い貴族達でさえ無視出来ないほどの経済力を持つに至った商家の、大事な大事な一人娘である。
彼女の足は少しばかりふらついているようだった。桟敷席に繋がっている梯子が登りづらかったからか、それともここに来るまでに乗ってきた駕籠に酔ったのかもしれない。そういえば彼女は駕籠に酔いやすい性質だった。緊張していれば尚更だろう。
眩暈でも起こしたようで、彼女は幕内に入ってすぐのところで目元を押さえ立ち止まった。丁度良い機会だったので彼女に近づき、腕の中に抱き込んでみた。久し振りの感触。顔を寄せなければ気づかないほど微かな、複雑に調合された香の匂い。
「危ないな。体調でも悪いのですか?」
「……平気ですから離して頂けません? これでは動けません」
「これは失敬」
減らず口が叩けるなら大したことはないな。微かに笑い声を漏らすと、強張っていた彼女の身体が諦めたようにゆっくりと弛緩していった。この瞬間が好きだったのだ。そんな些細なことを思い出して、私は漸く異国から帰ってきたことを実感する。
彼女が長いため息を吐く。黒々とした髪の中に、かつて私の贈った簪を見つけた。
「禪有、ご苦労だった。下がって良い」
私は彼女を抱き込んだまま執事に声を掛けた。禪有は挨拶をしてすぐに退出していく。
揺れる簪の飾りを何とはなしに見つめる。一番初めの贈り物だったにも関わらず、彼女がこの簪を私の前につけてきたことはなかったはずだ。それを覆したのは、今日だからこそなのだろうか?
「もうよろしいでしょう? 人目はないのですから、演技の必要はありませんわ」
彼女は嫌そうにそう囁くと、素早く腕の戒めから逃れ出た。人目はない、ね、と私は心の中でひっそりと呟く。
人目があるから、周囲に私達の関係を印象づけなくてはならないから。彼女に触れる理由について、そう思うよう仕向けたのは私だった。
確かにその理由も間違ってはいない。恋人達の秘密の逢瀬に使われるような場所で、わざと下世話な人間に私達の様子を目撃させる。一両日中には、彼らが振り撒いてくれたこちらに都合の良い噂が周知されているというわけで、これは非常に都合が良かった。
――だけど、そういう理由づけをすることで、安心するのは君だろう?
彼女の後を追い、私は用意された席に着く。
私が彼女に触れるのは、周りの人間に私達の関係を誤解させる、ただそれだけのため。そう考えた彼女は私が触れてくることへの警戒を緩めた。少しでも人に見られている限り、彼女は私に従順だった。
しかしひとたび人の気配が消えれば、彼女は呆気なく態度を変える。最初は気にならなかった彼女のその変わり身の早さが、苛立ちの原因となったのはいつからか。
彼女は従順に見えてその実とても頑なだ。それが楽しくもあり、腹立たしくもある。
「今日のお芝居について説明して頂けます?」
彼女があどけなく首を傾げている。
今はまだ、許してあげよう。私は笑い、彼女を見下ろす。
***
貴族に生まれたくなどなかった。もし正直な思いを口にすれば、一体何人の人間に睨まれるだろうか。
あいつは何と言っていただろう。耀刺、我が商会の稼ぎ頭。最下層出身の天才職人。そう、一度だけ、彼に零してしまったことがあった。あの男は呆れていたようだった。言ってみたいもんだな、とだけ呟いて、すぐに作業に戻ってしまったっけ。彼らしいといえば彼らしいのだが。
まあ、耀刺のようなのは珍しい例だろう。たいていの人間は貴族を羨む。もしくは貴族であることを誇りに思う。貴族は持つ者、平民は待たざる者。持つ者が持たざる者を羨むことなどあり得ない。許せない。
感謝していない、というわけではない。自分を育ててくれた家という存在に。
そうだ、感謝はしている。だが、それだけだ。
ほんの幼い頃は、自分の境遇に如何なる思いも抱いていなかったはずだ。何の疑いもなく与えられるものを享受し、また与えられないものの存在には気づかなかった。そのまま育っていれば、今頃私も他の貴族達とさして変わらない思考を持っていただろう。
では、一体何が私をそのような異端の考え――今手にしている特権を何が何でも放すまいとする貴族達の中ではまず間違いなく異端だ――に導いたのかというと、これがはっきりしない。別段他の貴族の子弟と差のある人生を送ってきたつもりはないのだが、現に私の思考は彼らのとは違う。
強いて一つ、私がこうなった理由を挙げるならばそれは、私が書物をよく読む子供だったことかもしれない。
幼い頃の私には、とにかくあり余るほどの時間があった。私は暇だった。本当に暇だった。その膨大な時間に関してだけは、当時の自分が羨ましく感じるほどだ。
幸いにも、というべきか。私の屋敷には、時間と同じく、無意味にも溢れんばかりに存在するものがあった。それが書物だった。私は来る日も来る日も書物を読んでいた。他にすることもなかったのだ。
種々多様な書物を読み進めるうちに、私は微かな違和感を覚えるようになった。歴史上の偉人、小説の主人公。実用書が対象とする人々に、随筆の作者。彼らの知る世界と私の知る世界は、違っていた。
成長するに従って、つまり知識を増やしていくに従ってということだが、その違和感は徐々に肥大していった。
私は気づいたのだ。貴族社会というものの、装われた美しさや豊かさに。そしてその裏に隠された、閉塞や凝り固まった価値観に。
見目良いものが嫌いだとは言わない。毎日背に汗して辛い労働に励まなくても済むことが、幸福でないとは言わない。貴族が恵まれていることは十分理解していると思う。
ただ、私が真に望むもの、私が特別の価値を見いだすものが、ここにはなかっただけの話だ。
数ある書物の中で、私が一等好きだったのは、子供向けの他愛ない冒険小説だった。主人公が、誰も見たことのない土地を求めて船出し、様々な試練に打ち勝ち、宝を手に入れ、最後には暖かな家に帰る。たったそれだけの話、よくある類の話だった。それでも、もし嫡男という立場に縛られてさえいなければ、私は家を飛び出して船乗りになっていたことだろう。それくらいに、その主人公に憧れていた。
――自分がどれほど特殊な思考の持ち主か、ということには、同年代の貴族の子弟達と接するようになってすぐに気がついた。私は自らのこの志向を出来るだけ誰にも知られぬようにした。屋敷外の人間には漏らさぬようにした。
私は異物だった。貴族社会における異物だった。だからこそ、誰よりも貴族らしい貴族であろうとしたのだ。
我慢に我慢を重ね、貴族社会での信用をほぼ完全なものに築き上げた。耀刺と出会ったのは丁度その頃だ。あの男と出会えたのは幸運だったとしか言いようがない。あれだけの才能を持ちながら、最下層民の出というその身分のために彼は冷遇されていた。
耀刺を得て、漸く私は長年の夢だった商売を始めた。それは細々としたものではあったが、幼い頃憧れた異国の物産を扱うのは楽しかった。
多くの貴族は私のすることを理解しなかった。ただ、努力して築いた信用のお陰だったのだろう、それほど非難も浴びなかった。拒絶反応を示す者も勿論いたのだが、覚悟していたほどの数ではなかったのだ。私はこの結果に概ね満足した。
貴族としての社交をこなす傍ら、私は商売に打ち込んだ。有力貴族の嫡男としての人脈も役に立ち――これには若干皮肉なものを感じもしたが――売り上げは徐々に伸びていった。
そして、富裕層の若者達を中心に私達の商会の製品が人気を博し始めた頃。
私は彼女を「見つけた」のである。
その日、私はいつものように、退屈な貴族達の集まりに顔を出していた。
美術品を鑑賞する会だった。それは少々変わった趣向で行われていて、客達が案内された大広間は幾重にも垂れ下がる布で仕切られていた。そうすることで作られた即席の小部屋の中に、鑑賞すべき美術品が一つずつ置いてあった。招待客は布の中を泳ぐようにして、それらを探し、その芸術性の高さに感嘆することになっていたのだ。
死角が多く存在する広間の中、羽目を外す者は当然多くいた。そもそもその屋敷の主人が愛人と堂々と会うために今回の会を開いたのではないか、と噂まで流れたほどだ。いちゃつく恋人達を尻目に、私はいつ辞去しようかと考えながら壁に寄りかかっていて――。
ふいに布地の向こうが騒がしくなった。それはどうやら少女達の集団だったようで、美術品鑑賞はそっちのけにして噂話に興じていた。誰に聞こえているともしれないのに不用心だな、と思わず苦笑したのは、その噂話に私の名前も出てきていたからだ。
それはよくある、恋と憧れの膜に包んだ男達の品定めのようだった。誰々に優しくして貰った、誰々は家柄は良いけれど顔が不味い、誰々は年を食い過ぎ、誰々は女嫌い、誰々はあの娘に懸想している、等々。時に扱き下ろし、時に褒め称えて。結婚相手を自分で決める権限のない彼女達にとっては、自分達の手の中で男達の評判を弄ぶのが、格好にして唯一の鬱憤晴らしなのかもしれなかった。
私の評判は彼女達の間では上々のようだった。顔良し、家格良し。無邪気な少女達はくすくすと笑った。私は特に何の感情も持たず、布越しの話を聞くともなしに聞いていた。
そんな私の耳に、その声は鮮烈に飛び込んできた。
『あの方の凄いところは家柄でも顔立ちでもない、あの方のなさっている商いですわ。あの商会だけは、あの方が自分の力で手に入れたものですもの』
本当に、息が止まるかと思ったのだ。
何がそれほど私を驚かせたのか、後に幾度も考えたのだが、どうやらそれは、あろうことか貴族の集まりで、私の価値を商才のみと断ずる言葉を聞いたことにあったのだろう。どうせ貴族の若様のお遊びだと、正当に評価されるはずもないと思っていた私の商売が、真っ当に評価された瞬間にあったのだろう。
少女達の戸惑った空気は布越しに息を殺している私にも伝わった。でもあれは家を継ぐまでの、言うなれば暇つぶしでしょう、と少女の一人が聞いた。声の主は答えなかった。私はもどかしく思った。
やがて違う少女が、明碕様は延商会のご息女でいらっしゃるから、と場を取りなすように言った。そこで私は初めて声の主の正体を知った。彼女は軽やかに笑い、ええ、そうですわね、と同意した。
彼女達が次の小部屋に移動するまで、私は硬直したままでいた。
そうして私は久し振りに、何かが欲しいと思ったのだった。
***
横顔だけを見つめているのにも、いい加減飽いてきた。私は芝居に集中している彼女に声を掛ける。
「楽しそうですね」
芝居は丁度最後の山場だ。舞台上、役者達は大声を張り上げ、足を踏み鳴らしている。わざわざここに来るのを待って彼女の耳元に口を寄せた意味は、嫌がらせ以外の何ものでもない。
「誘った甲斐があったようで、良かったです」
芝居の幕が上がった途端に、彼女は私のことなどそっちのけで話の筋を追い始めたのだ。これには少々拍子抜けした。ここへ来て、私の隣で、彼女は確かに緊張していた。分かっていないはずはないのだ、今日が決断の日であるということ。にも関わらず、彼女の意識は完全に芝居の方に逸れた。
全く、この少女はことごとく私の予想を裏切ってくれる。
「ええ。誘って下さって有り難うございます。予想以上でしたわ」
彼女の返事は素っ気ない。芝居の邪魔をされたのが心底煩わしいのだろう。想像してはいた反応だが、それでも少なからずむっとしてしまうのは、致し方ないと思うのだ。
「明碕殿」
私は彼女の名を舌の上で転がした。わざとゆっくりと、思い知らせるように。彼女の横顔が一瞬で強張るのを見て、少しだけ溜飲を下げる。
「……何でしょう」
「そろそろ、返事を頂けませんか。もう十分でしょう」
私は彼女の身体に手を伸ばした。腕を引っ張り、体勢を崩した彼女を横から包み込むようにして抱き取る。びくり、と彼女の身体が大きく震えた。
舞台から聞こえる叫び声。あれは悲しんでいるのか、怒っているのか。それとも、喜んでいるのだろうか。
「貴女の答えを聞かせて下さい。考える時間が欲しいというのはなしですよ。二年も差し上げたのですから」
囁きながら背筋をなぞると、彼女は僅かに仰け反った。その仕草に、私の中に衝動が湧き起こる。簪の飾りがぶつかりあって微かな音を立てている。
「……とりあえず、腕を離して頂けません?」
彼女は掠れた声で、それでも私を拒もうとする。駄目です、と私は即答した。
「離して下さい。別に逃げたりしませんから」
「駄目ですよ」
もう一度、幼子に言い聞かせるように繰り返す。彼女の身体は先程から小刻みに震えている。
私は彼女の耳朶を食み、その細い首筋に顔を埋めた。彼女が小さく声を上げた。彼女の息づかいの一つ一つが鮮明に聞こえる。
「い、今は誰も見てる人なんていませんよ」
「そうですね。皆さん芝居に夢中でしょうし」
私は気のない声で返した。彼女は絶句する。こういうところが彼女は興味深い。皆に私達の関係を広めるという名目があったならばこれくらいの行為は気にも留めなかったくせに、名目を失った途端こんなにも動揺する。
私は柔らかく彼女の名を呼んだ。
「明碕殿、答えを」
さあ、決断を。
「私は言いましたよね? 貴女との婚姻を望むと。二年前、私がこの国を出る前に」
「……ええ」
彼女の声は酷く歪んでいた。顔を背け、早口で言う。
「望むようになされば宜しいのでは? もう父に話は通してあるのでしょう」
愚かな少女。
愛しい女。
思わず笑いが込み上げる。
「それでも、承諾を頂きたいのですよ」
私は彼女を捕まえた。広い檻に入れたのだ。周囲の評判、彼女の両親、そして彼女自身の思い込み。何でも使った。何でも利用した。
しかし、彼女はいつだって私から離れたがっているような素振りを見せていた。露骨に嫌な顔をし、つれない返事を繰り返す。人が見ているという理由づけをしてやらなければ、手を取ることすら許さない。本当は私が離れることなど望んでいないくせに、それを恐れているくせに、そう振る舞うのだ。
彼女ほど思い通りにならない女はいない。彼女のような態度は私にとっては新鮮で、楽しく、そして憎らしい。
無理矢理私のものにすることも容易く出来た。しかし、それでは彼女に言い訳を与えてしまう。私を拒む口実を与えてしまう。それは面白くない。だから私は少しだけやり方を変えることにした。
檻の中、飛び回る彼女に手を差し伸べる。最後は彼女自身の意志で、私の腕の中に入ってきて貰う。
彼女は私の望みが彼女自身にはないと思っている。人目のあるなし云々でもそうだったが、その方が安心するようなのだ。だから誤解を解くつもりはない。そんなもの、後で如何様にも出来る。
一度手の中に入れてしまう方を優先する。自分の意志で決断させて、彼女の逃げ道を塞いでしまう。
「分かりませんか?」
「必要ありません」
「明碕殿」
私は薄暗がりの中彼女を見つめる。唇を噛みしめ、身を震わせ、それなのに瞳の力は失われない。
それはとても美しい姿。
ぐるぐると感情が渦を巻く。こんなにも渇望したのは初めてなのに。
私は笑った。笑って見せた。
早く、早く。
決断を。
「貴女の承諾が何よりも重要なのです。貴女に認めて貰えねば意味がない」
本当の意味で彼女を手に入れる。これはそのために不可欠な一段階。
「知っているでしょう? ――だって私は、貴女が好きなのです」
彼女の目を見て囁いた。彼女の感情の揺れが闇に拡散した。
「人目があろうがなかろうが貴女に触れたいし、貴女につれなくされれば悲しい。どんなに自分が辛くとも、 貴女の意に添わないことは、したくないのです」
私は見下ろす。彼女は見上げる。
「愛しているんです、貴女のことを」
欲しい。
欲しい。
欲しい。
この少女が。
この女が。
――早く、おいで。
「自分でもどうしようもないくらいに、貴女を愛しています」
強い力で、私は彼女を抱きしめる。
「そんな、こと……本当は、思ってもいないくせに。嘘を吐かないで」
「酷いことを仰いますね。私は紛うことなき本心を述べているのですよ」
おいで、おいで。
ここにおいで。
堕ちておいで。
逃がしてなんか、やらない。
「ねえ、明碕、殿」
彼女の唇を見つめる。それが答えを紡ぐのを。
さあ、決断を。
「…明碕……」
何も考えられなくなるくらい、甘やかしてあげるから。
だから、おいで。
沈黙の中、私は待った。
やや暫くして、界悠様、と彼女は細く名を呼んだ。
「何?」
私は首を傾げて彼女に問うた。
――彼女の瞳が、ゆっくりと閉じられていく。
舌が唇を舐めるのを私は魅入られたように見つめた。白い歯がちらりと見えた。
目を閉じたまま、彼女は改めて、酷くゆっくりと唇を開いた。
「界悠様、私の答えは――」




