終句 金霞の五星
「……憩、そろそろ休んだら?」
「もう少しだけ、お外見ててもいい?」
「……もちろん。ただ、無理はしないでね」
「ありがとう。見て千歳さん、星が綺麗だよ!」
憩が窓の外を指さすと、隣に座る千歳がそれを見上げる。
「にしてもよー、なんか旅行みてえだな!!」
「テメェは本当にバカだな。空気読めよ」
「はいはい、喧嘩しないでね」
「でも本当に旅行みたいよねぇ」
いつもの如く、漣と朔夜が喧嘩し始めると、旭が仲裁に入り和が穏やかに乗っかった。
「ぼたんちゃん、北領ってどんなところかな?」
「さぁ……。私も行ったことはないからなんとも……」
まだ見ぬ世界に夕梨が目を輝かせ、ぼたんが困ったように笑う。
8人は夜行列車に揺られていた。
今宵、帝都を脱して北上するために――。
刻は数時間前に遡る。
一瞬にして千歳の背後へと回った冬至は、娘である憩に純銀のナイフを振り下ろした。
彼のあまりのスピードに、現役の四門でさえ間に合わない。
憩は咄嗟に腕で顔を覆った。
「どうして……、どうして邪魔をするんですか!? お義父さん!!」
冬至のナイフを止めたのは、特務部隊の総司令であり、旭たちの祖父である黄山だった。
腕でナイフを受け止めたため、大礼服は血に染まっている。
「お祖父様……!!」
「憩……、大事ないか?」
「わ、私は大丈夫です」
「そうか、よかったよかった」
黄山は、いつものようにカカッと笑ってみせる。
そんな義父を見て、冬至は心底ガッカリしたような顔をした。
「あーあ。お義父さんは味方だと思っていたのに」
「儂もそう思っていたよ、昨日まではな……」
黄山のその言葉に冬至は顔を歪めると、壊れたように喚き始めた。
「ならもう、全部言ってやるよ!! いいか、よく聞けお前ら!! この国にはな、人間を貪り喰う吸血鬼がいるんだ!! 政府はそれを秘密裏に処理させるため、特務部隊を作ったんだ!!」
冬至の告発に、会場は騒然となる。
そんなこともお構いなしに、男は言葉を続ける。
「この娘、憩にはな! 忌子の血が流れてる! 吸血鬼の唯一の弱点である純銀を、無力化する血がな!! 総司令の立場を使って私的な部隊を作り、この娘を囲ってるんだ!! 国を支える五神族のトップが、とんでもねぇ話だよな!! 何が神子の血だ!!」
陸軍たちは、冬至を取り押さえようと少しずつ距離を詰める。
正面からでは絶対に勝てないことは、先ほどの動きで明らかだった。
「冬至、言いたいことはそれで終わりか?」
黄山が問いかける。
その言葉を鼻で笑うと、冬至は笑みを浮かべた。
「名門相楽も、もうこれでおしまいだよお義父さん」
「そうじゃな。なら、名門らしく散ろうかのう!」
カカッと大声で笑うと、信頼のおける孫へと視線向ける。
「旭!! 皆を連れてここから出るのじゃ!! 目指すべき場所は必ず示される!! 今は早く行け!!」
その言葉が何を意味するのか、彼は瞬時に理解できた。
全てが暴露された今、この世界は敵になったのだと——。
「みんな、行くよ!!」
ぼたんの手を取りながら、旭が走り出す。
その言葉に、漣も夕梨の手を取り後を追う。
今にも泣き崩れそうな和を、朔夜は抱え上げた。
「お祖父様!!」
「憩、たくさんのものを見ておいで。千歳、頼んだぞ」
「……はい、総司令」
「お祖父様!!」
千歳は泣き出す憩の手を引くと、会場の出口を目指す。
他の四門たちも、それぞれ出口を目指していた。
しかし、冬至の暴露によって会場は大混乱に陥っている。
なかなか先へは進めない上に、少女を政治や軍事に利用するために捕らえようとする者もいた。
「……どうすれば」
憩の背後に立ち、辺りを見渡す千歳の口から本音がこぼれる。
そのとき、誰かが彼の肩を叩いた。
「北門!! こっちです!!」
「旭さんたちは先に行ってますよ!」
「お前ら! 憩ちゃんを護れ!!」
「絶対に負けないでくださいよ!!」
2人を人集りから護るように、特務部隊の隊士たちは壁となる。
彼らの協力もあって、千歳たちは無事会場を後にした。
8人はこれからのことを話すため、一旦相楽邸へと戻ってきていた。
重苦しい空気が流れる中、白銀のリーダー・旭が口を開く。
「みんな、巻き込んでしまってすまなかった。僕たち兄妹は、どこかにしばらく身を隠すことにする。みんなには迷惑をかけた――」
「おい! 俺たちも行くに決まってんだろ!?」
抱え込もうとする彼の言葉を漣が遮った。
夕梨も力強く首を縦に振る。
「私もついて行きます。だって、旭さんの右腕ですから」
ぼたんがにっこりと微笑む。
「でも、これからはもっと大変なことに——」
「つーか、行かない選択なんか最初からないですよ」
狼狽える旭に、朔夜が当たり前のように答えた。
「……とりあえず、北領に行くのはどうでしょう? 領土も広いですし、僕の実家でよければ身も隠せます」
「え……? 千歳さんも一緒に来てくれるの……?」
「……もちろん。一緒に行ってもいい?」
「うん……!! うん……!!」
溜め込んでいたものが全てあふれ出し、憩が千歳に抱きつく。
それを包み込むかのように、千歳は力強く少女を抱きしめ返した。
「ここから先は、さらに危険な旅になるかもしれない。それでも、一緒に来てくれるかい?」
旭の言葉に、姉妹を除く5人が首を縦に振る。
「みんな、本当にありがとう。まずは千歳の故郷・北領を目指すよ。10分後にここを出る、いいね?」
旭の言葉に、今度は全員が首を縦に振った。
準備を整えた8人は、屋敷を出発する。
「みんなもすぐにこの屋敷を出るようにね」
使用人たちに迷惑がかからないよう、旭は全員に十分な退職金を支払い解雇した。
長年働いてくれていた者は、その最期に涙していた。
「憩様、私はずっと無事をお祈りしております」
「矢桐さん、たくさんご迷惑をおかけしました」
「本当ですよ! 今度お会いする際には、素敵なレディになっていてくださいね」
「はい、努力いたします」
使用人たちに見送られながら、8人は屋敷を後にした。
時計が22時を知らせる頃、皆は列車へと乗り込んでいた。
いよいよ帝都を脱し、千歳の故郷に向かって北上する。
「ねぇ、千歳さん。前に北領に行きたいって話したの覚えてる?」
「……うん、もちろん覚えてるよ」
「夢、叶っちゃうね!」
にひひ、と笑ってはいるが、目元はまだ赤い。
あんなことがあって、また数時間も経っていない。
明るく振る舞おうとしていることに、千歳は気づいていた。
「……憩、次はどんな夢を叶えたい?」
「えっと、千歳さんのお祖母様に会いたい!」
「……それもすぐに叶っちゃうよ」
「あ! そっか!」
くすくすと、隣で肩を揺らす愛しい子。
この子はもう知っている。
僕たちが隠してきた血の秘密を。
だからこそ、変えなければいけない。
その金色の瞳が映す宿命を、共に歩く運命に——。
走り出す列車の中、千歳は窓の外を見つめる。
「……久しぶりの北領か」
「楽しみだね、千歳さん!」
「……憩がいるからね」
「えへへ、私も千歳さんがいるから平気!」
にっこりと笑う少女につられ、泡雪の青年の頬が緩む。
故郷である北の大地で、彼は向き合うことになる。
自らの『寒凪』という名に隠された使命と。
そして『黄麟の神子』である、少女の力の真実と——。
白銀が護りし緋の神子 —金霞の五星—【完】
『全てが敵に変わるとき、泡雪の青年は少女を護る盾となる――。』
名門相楽のお嬢様・憩は、窓から脱走を繰り返すおてんば娘。
閉ざされた世界で生きてきた少女の願いは、
みんなと同じように『普通の生活』を送ること。
しかし、憩に宿る神子の血は、そんな願いを許さなかった。
晩餐会で明らかにされた、相楽家の秘密――。
世界が敵へと変わる中、
8人に残された道は、千歳の故郷・北領への逃亡だった。
新たな地で、憩は知ることになる。
穢れを視る、神子の力の真実を。
そして、北門である寒凪 千歳の使命を――。
誰を想うのか。誰を護るのか。誰を救うのか。
そして、何を選ぶのか――。
帝都から脱した7人は、覚悟を改める。
少女が持つ金色の宿命を、運命に変えるために――。
白銀が護りし緋の神子 —銀嶺の秘鑰—
晩夏、北領での新たな戦いが幕を開ける——。
おはにちばんわ、おやまみかげです。
白銀が護りし緋の神子 —金霞の五星—
第1帖完結のタイミングで、サブタイトルの発表となりました⭐︎
この物語は、5人の出逢いから始まりました。
この出逢いが憩ちゃんにとっての金霞であり、
旭・漣・朔夜・千歳、そして憩は白銀の五星です。
ここからは舞台が北領に変わります。
また、主人公が憩ちゃんと千歳くんの2人になるため、
1度ここで区切りをつけたく、サブタイトル発表と同時に完結させていただきました。
しかし、憩ちゃんたちの『選択』は、これからが本当の始まりです。
第2帖でも、8人の選ぶ道を見護っていただけますと幸いです*\(^o^)/*
それでは、北の大地でお会いしましょう!




