59句 芝蘭の友
雨の中の来訪者は、旭が呼んだお針子たちだった。
晩餐会に向けて、ドレスの仕立てが始まる。
「じゃあ、それぞれ仕立てるドレスを選んでね」
旭の言葉で、各々がペアに分かれた。
「夕梨はどんなのが着たいんだ?」
「うーん……。漣さんはどれが好み?」
夕梨はパラパラとカタログをめくる。
「俺が決めていいのか!?」
「うん! 漣さんの好みが知りたい!」
「おいおい、マジかよ!? それなら、俺はこういうのが好きだな!」
漣は、可愛らしい杏子色のドレスを指さす。
明るい夕梨にピッタリだぜ!!
「かわいいね、これにする!」
「では、採寸いたします」
「はい、お願いします!」
漣・夕梨ペア、スムーズに決定。
「ねぇ、朔夜くん。これはどうかしら?」
和は煌びやかな深紅のドレスを指さした。
「いや、それは派手すぎるだろ」
「そう? 私が着るならこれくらいじゃないと」
さも当たり前のように答える和に、朔夜はため息をつく。
「あのな、旭たちより目立つのはまずいんだよ」
「あら、そうなの? どうしてかしら」
「旭の方が階級が上だからだよ。下は上を立てんだ、わかったな」
「面倒ねぇ。じゃあ、これなら派手じゃないでしょう?」
「いや、十分派手だよ!!」
朔夜・和ペア、揉めまくる。
「ぼたんは、どういうドレスが好みなんだい?」
「すみません。私、よくわからなくて……」
「じゃあ、一緒に決めようか」
旭はカタログに視線を落とす。
同じようなデザインのドレスが多く載っていた。
「へぇ、今の流行りはこのタイプなのか……」
「では、そちらにしましょう」
「いや、これはダメだよ。背中が開きすぎているからね」
「では似たデザインで、こちらはどうでしょう」
「それもダメだね。身体のラインを強調しすぎだ」
「では、どうしましょうか……」
隣にいる彼女と、カタログを交互に見る。
このデザイン、ぼたんに似合いそうなんだけれど……。
あ、そうだ!
「このデザインで背中は開けず、身体のラインが出ないように作れないかい?」
旭・ぼたんペア、フルオーダー。
「……これ、憩に似合いそう」
「かわいい!」
「……でも、これも似合いそう」
「こっちもかわいい!」
千歳と憩は、肩を寄せ合いながらカタログを見ていた。
「……憩はどれがいいの? きっとどれを選んでも、憩が1番綺麗だと思う」
「あ、ありがとう……。でも私は、千歳さんに選んでほしいな……」
憩の金色の瞳が、僕の顔を写している。
……嬉しい。
好きでいてくれてるだけでも幸せなのに、選んでほしいだなんて。
「……そっか。じゃあ、これなんてどうかな?」
「かわいいね、すごく綺麗な色!」
「……春みたいな憩のためのドレスだよ」
「えへへ、ありがとう! 千歳さんも春みたいな人だよ!」
「……憩にだけだよ」
千歳・憩ペア、待機しているお針子が尊死。
「明後日の午後には、仕立てが終わるようにいたします」
「うん。急で申し訳ないんだけれど、頼んだよ」
お針子は頭を下げると、作業に取り掛かった。
「じゃあ、午後はダンスの練習にしようか」
「よし!! じゃあ勉強は終わりだな!!」
「漣さん、お勉強も大切なんだよ?」
「わかってっけどよー、つまんねーんだもん」
子供のような漣の返事に、旭が大きなため息をつく。
「漣、夕梨が言うように勉強も大切だよ。当日、彼女を護れるのはキミだけなんだから」
「そうだよな……。おそらく、あいつらも来るもんなあ……」
「あいつら? 漣さん、誰のこと?」
「あ……、えっと……」
夕梨の問いに、漣はガシガシと頭をかく。
旭以外に言ってねえんだよな、このこと。
俺自身、関わりたくもねえ話なんだが、そうもいかねえよなあ……。
だけど、自分から言うのか……?
すんげー恥ずかしいんだけど……。
「とりあえず、ダンスの練習しませんか? 千歳さんに迷惑をかけているので、練習したいです!」
微妙な空気が流れる中、それを断ち切ったのは憩だった。
「……迷惑なんて思ってない。でも晩餐会まで時間もないし、練習はしないとね」
憩、細小波さんが言いにくそうにしているのを察して、話題を変えた。
本当によく人を見てる。
この子はいつも、人のことばっかりだ。
「それなら、提案があるのだけれどいいかしら?」
和が小さく手を上げると、朔夜はあからさまに嫌そうな顔をした。
「怖くて聞きたくねぇよ」
「もう、朔夜くんったら失礼ね!」
「はいはい、落ち着いてね。それで、和の提案っていうのはなんだい?」
正直、僕も和の提案は聞きたくない。
どうせ、突拍子もないことを言い始めるに決まっている……。
「男女で練習するのではなくて、同性で練習するのはどうかしら?」
「お前……、何言ってんだ?」
「だーかーらー! 憩ちゃんは私と練習して、千歳くんはお兄様と練習すればいいでしょう?」
「僕と千歳が踊るのかい!?」
「えぇ、そうよ! それなら千歳くんはお兄様からリードを学べるし、憩ちゃんはヤキモチ妬かなくて済むでしょう?」
その案を聞いて、千歳は内心納得していた。
たしかに、和さんの案は理にかなっている。
ただ、男同士で踊るっていうのがちょっと……、あれだけど。
でも、旭さんはリードも上手いし、学べることは間違いなく多い。
「寒凪と旭が踊るのか!? じゃあ、俺と杣で踊るのかよ!!」
「はぁ!? ふざけんじゃねぇよこんな奴!!」
「それなら、夕梨は私とだけれどいい?」
「ぼたんちゃんと踊るの楽しそう!」
「漣と朔夜は置いておいて……。とりあえず、和の案で練習してみようか」
同性同士での、ダンス練習が始まった。
各々が挨拶を済ませ、位置につく。
「音楽は俺が流すからなー!!」
漣は蓄音機の側で待機していた。
朔夜が踊るのは絶対に嫌だと拒否をしたのだ。
旭の合図で、漣が曲を流す。
それに合わせて、3組は踊り始めた。
「千歳、上手い上手い! どこかで習ったりしていたのかい?」
「……いえ、特には。軍に入った頃、教養で教わったくらいで」
「そうか、さすがだね。千歳は本当に優秀だから、上官として鼻が高いよ」
「……いえ、僕なんて全然」
旭さんの評価は嬉しい。
でも北領育ちで土地勘があるから、北門になれただけだ。
僕には他の四門たちのように、誇れるものが何もない。
「僕はね、千歳が白銀に入ってくれて本当によかったと思っているよ。千歳と出会って憩は、仲間を、友を、恋を知ったんだ。
やっとあの子は、年相応の女の子になれたんだよ。千歳のおかげさ、ありがとう」
僕も朔夜も、どうしても憩を危険から遠ざけてしまうけれど、千歳はその道を一緒に歩いてくれる。
同じペースで、同じ目線で、隣を歩いてくれる。
憩にとって、千歳以上の人なんていないのだろう。
「……感謝されるようなことは何も。それに、仲間、友、恋を知ったのは僕も同じですから」
千歳の表情が柔らかくなったのを見て、旭は微笑む。
憩が千歳と出会って変わったように、千歳も憩と出会って変わったな。
若い2人が成長していく姿は、眩しすぎて見ていられないくらいだ。
僕も、もっと努力しなければならないな。
「当日も憩のこと、よろしくね」
「……はい、絶対に護ります」
僕が絶対に護る。
吸血鬼だけじゃない。
人の悪意からも――。
千歳は静かに、心に誓った。
「お、お姉様すみません!」
「いいのよ、どんどん踏んでちょうだい」
旭と千歳が話している頃、和は憩に足を踏まれ続けていた。
「憩ちゃん。踏むことは気にしないで、踊ることを楽しんで?」
「楽しむ……」
お兄様も言ってた。
ダンスは心で踊る、ステップは後からついてくるって。
「そうよ、楽しむのが大切なの! 千歳くんと踊れるのよ? 楽しみでしょう?」
「千歳さんと……」
千歳さん、当日は大礼服を着るんだろうなぁ。
きっとすごくかっこいい!
そんな千歳さんにエスコートしてもらって、ダンスをする……。
手を握って、顔も近くて……。
「は、恥ずかしくて無理です……!!」
「あらあら、想像だけで照れちゃって。でもね、千歳くんもきっと同じだから大丈夫よ!」
「同じ、ですか?」
「えぇ、そうよ! ドレスを着た憩ちゃん、絶対かわいいもの! だから、それも含めて楽しんで踊ればいいの」
「なるほど……、さすがお姉様です!」
ふふっ、ほらちゃんと踊れているじゃないの。
憩ちゃんは考えすぎなのよ。
あとは当日も、同じように踊れれば完璧ね!
「ねぇ、ぼたんちゃん。漣さんの言ってたあいつらって誰だろう……」
「さぁ……。でも言いにくいこともあるだろうから」
ぼたんと夕梨も踊りながら話していた。
「私に言えないことなのかな?」
「そういう人には見えないけれど。夕梨が信じなくてどうするの?」
「……そう、だよね」
漣さん、何か隠してる……。
すごく、言いにくそうにしてた。
無理に聞き出すのもよくないよね。
私には、何もできないのかな……。
暗い表情で踊る夕梨に、ぼたんは厳しい言葉をぶつけた。
「夕梨、当日もそんな顔で踊るつもり? 私たちは異分子なのよ。完璧な状態で行かなければ、みなさんに迷惑がかかる」
そうだ……。
きっと私も、ぼたんちゃんが質問されたようなことは言われる。
しっかりしないと。
私が漣さんを護るんだ――。
「そうだよね! ありがとう、ぼたんちゃん!」
「ううん。頑張ろうね夕梨」
夕梨が気にするのも仕方のないことだけれど、私たちは隙を作るわけにはいかない。
大丈夫。きっと細小波さんなら、必ず夕梨に教えてくれるときが来るから。
未だ止まぬ雨の中、それぞれの想いとともに時間はすぎていった。




