58句 皇の花
「晩餐会とは名ばかりで、要は腹の探り合いだ。相手に不快感を与えず、上手く躱すことが大切だよ」
旭の言葉にふむふむ、と皆が頷く。今日も8人は書斎へと集まっていた。
「ここまではいいかな? それじゃあ、少し実践を交えてみよう」
「おっしゃー!!」
「……この人、座学嫌いすぎでしょ」
「じゃあ、漣と夕梨からやってみようか」
「よし! 頑張ろうぜ夕梨!!」
やる気に満ちあふれている漣とは対照的に、夕梨は不安気な顔をしていた。
「大丈夫かな、私晩餐会なんて出たことないから……」
「大丈夫大丈夫!! 俺に任せとけ!!」
「それが1番心配なんだよ」
ノリノリの漣を見ながら、朔夜が呆れた声を出す。
「じゃあ、始めるよ」
旭の合図で、漣と夕梨ペアの実践が始まった。
「細小波くんは特務部隊に所属しているよね?」
「そうっすけど」
「もうダメじゃねぇか」
「夕梨さんは細小波くんから、何か特務部隊について聞いていたりしないかな?」
朔夜のつっこみは旭によって流された。
「お、恐れ入りますが、細小波閣下の公務に関することは、何も存じ上げません……」
「あら、夕梨ちゃんとっても上手だわ!」
和の言葉に、旭も大きく頷いた。
「うん。夕梨は問題なさそうだね。ただ、もう少し自信を持って答えてくれるといいかな」
「わかりました! 頑張ります!」
「すげえじゃん夕梨!! 合格だな!!」
「夕梨はね。漣はダメだよ、補習で」
相変わらず軽い調子の漣に、旭が語気を強めた。
「マジかよ!?」
「当たり前だろう? それで合格できると思っていたのかい?
漣だって晩餐会に出たことがあるんだ。あの世界のことはわかっているはずだよね」
「悪かったよ……、ちゃんとやっからさ……」
旭に本気で叱られ、漣・夕梨ペアは補習が決定した。
「じゃあ次、朔夜と和やってみよう」
「朔夜くん、頑張りましょうね!」
「頑張らないでくれ、頼むから……」
「あら、ひどいわ」
「じゃあ、始めるよ」
朔夜と和ペアの実践が始まった。
「杣くんは、相楽邸に身を詰めているようだけれど、随分と親しい間柄なのかな?」
「総司令閣下とは公務での付き合いにございます。ご厚意に預かり、そのまま邸に詰めさせていただいております」
朔夜の完璧な回答に、旭はうんうんと首を縦に振る。
「和さんは相楽中将閣下のご令妹だったね。兄君や杣くんから、何か聞いてはいないかい?」
「恐れながら申しあげますと、兄も閣下も公務のお話は一切いたしませんの。
私も芸花魁の身。これ以上の詮索は、お互い野暮ではございませんこと?」
「お前、それ言う気か……?」
和の回答に、朔夜は静かに頭を抱えた。
「えぇ。何か問題ある?」
「問題しかねぇだろ!!」
「和、喧嘩を売りに行くわけではないんだよ?」
「喧嘩なんて売っていません。探り合わない方が身のためよって、教えてあげているだけじゃない」
妹の屁理屈に、旭はため息をついた。
本当によく回る口だ……、手に負えない……。
これだから和は連れていきたくないんだ……。
「公務の話はしない、だけでいいからね。余計なことを言って、相手の気を立てないように」
「わかっています」
「絶対わかってねぇだろ……」
朔夜の完璧な回答により、ギリギリ合格。
「じゃあ、千歳と憩やってみようか」
「千歳さん、頑張ろうね!」
「……うん、いつも通りでいいからね」
「じゃあ、始めるよ」
千歳・憩ペアの実践が始まった。
「寒凪くんは若いのに、北門を任されているんだってね」
「……はい。総司令閣下より、拝命いただきました。若輩の身ではございますが、光栄に思っております」
流れるような千歳の回答に、旭の顔が綻ぶ。
「そちらは相楽中将閣下のご令妹だね。兄君や寒凪くんとは、普段どのような会話をされるのかな?」
「はい! えっと、お兄様……じゃなくて、兄とは久しぶりに本を一緒に読みました! 千歳さ……じゃなくて、寒凪閣下とは先日博物館に行きました! 次のお休みは、2人で動物園に行く予定です!!」
一生懸命答える憩の姿に皆の顔が緩む。
――1人を除いては。
「2人で動物園に行くのかい!?」
旭は思わず大声を出して立ち上がった。
「お兄様、素に戻ってるわよ」
「あ、えっと……、憩は呼び方に気をつけようね。特に千歳のことを名前で呼ぶのは控えるように。近しい関係だと知られると、後々面倒なことになるからね」
「はい、わかりました。気をつけます」
慣れない言い回しを必死に繰り返す妹を見て、旭は痛む胸をさすった。
本当はあんな汚い世界、見せたくはない。
純粋に千歳を好いている気持ちを大切にしてあげたい。
やるせない気持ちに包まれる。
だが、連れていく以上は完璧な状態で参加させなければならない。それが、この子護ることにもなる。
旭が苦悩する側で、漣は憩を褒め称えていた。
「憩の解答完璧だな!!」
「探り入れて出てくる話が、一緒に本読んだと博物館って笑うしかないよな」
回答を思い出して、朔夜が肩を揺らして笑っている。
「……憩、当日もそれでよろしくね」
「う、うん。寒凪閣下って言えるように練習するね!」
千歳・憩ペア、少々課題は残ったがあっさり合格。
「うん、これで全員終わったね」
「いや、旭とぼたんちゃんがまだだな!!」
「旭たちは別にいいだろ。聞く奴いねぇし」
「あら、私が聞けばいいんでしょう?」
和と漣がやる気に満ちあふれている。
先程の仕返しであろうことは、旭もわかっていた。
「和に質問できるのかい?」
「できるわよ、失礼しちゃうわ」
「ぼたん、悪いけれど付き合ってくれるかい?」
「私は構いません」
「じゃあ、始めるわよー!」
和と漣の希望により、旭・ぼたんペアの実践が始まった。
「相楽くん、ご結婚のご予定はないのかしら? 名門の長兄であり、若くして中将であれば、引く手も数多だと思うけれど、どのようにお考えで?」
「お前……。なんだ、そのふざけた質問……」
「あら、お兄様ならされてもおかしくないでしょう? それで、お答えは?」
本当に口も頭も回る妹だ……。
だけど、実際この手の探りは入れられている。
娘を紹介されるまでがセットだ……。
「恐れながら、私には心に決めた女性がおります。公私ともに、未熟な私を支えてくれる優秀な女性が。今日は是非とも、彼女を紹介させていただければと存じます」
「あら、かわいらしいお嬢さんですこと。どちらのご令嬢なのかしら?」
その問いに、旭の顔が強張った。
何故ここで、その質問を選んだんだい――?
「……和、その質問は取り消して」
「実際、聞かれると思うけれど?」
「だからって、ここでする必要はないだろう!?」
わかっている。
ぼたんを連れていけば、心無い言葉を吐きかけてくる奴がいることも。
だけど、何も身内でする必要はないじゃないか……!!
声を荒げる旭を、ぼたんは手で制す。
本来であれば、目上の者にするべき行動ではない。
しかし、その後に発せられた凛とした声に、旭は釘付けになった。
「私はご令嬢などと呼ばれるような育ちはしておりません。この場に相応しくないことは存じております。
……ですが。尊敬する相楽中将閣下を愚弄するようであれば、貴方様がどのようなお立場であれ、私は容赦いたしません」
本当なら、相楽の長兄で、総司令の孫で、東門である僕がぼたんを護らなければならない。
なのに僕は今、彼女に護られた――?
呆気に取られる旭の目を見据え、ぼたんは静かに続ける。
「和さんが言うように、この手の言葉は吐きかけられるでしょう。ですが、私は痛くも痒くもありません。
旭さんが、私を右腕だと誇ってくださるので。そんな貴方を愚弄する者を、私は絶対に許しません」
なんて、かっこいいんだ。
普段は穏やかなぼたんから発せられる圧倒的な存在感に、旭は強い安心感を覚えた。
「ぼたん……、キミはとても強い女性だね」
「ありがとうございます。ですが、これでは喧嘩を売るのと変わりませんね」
くすくす、とぼたんが肩を揺らして笑う。
「構わないさ。キミの良さがわからない奴らなんて、その程度の価値なんだから」
「あら、私には喧嘩を売るなって言ったくせに。お兄様は、ぼたんちゃんには甘いんだわ」
「お前だって、どうせ当日喧嘩売るだろが」
「売っているわけじゃないわ、口から出るだけよ」
「だからそれが問題だって言ってんだよ!!」
おそらく晩餐会は、平和に終わらないだろう。
問題は山積み、課題も多いけれど、それでも構わない。
白銀が白銀でいられれば、それで充分だ。
旭は改めて皆を見渡す。
書斎には、いつも通り和やかな空気が流れていた。
今日も、予報外れの雨が窓を叩いている。
――ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。




