*白銀劇場* 〜とある昼下がりのお話〜
※時系列で言うと、第3折中盤あたりです。
本編に関わるネタバレ等はありません。
これは、晩餐会前のとある日の出来事――。
「みんな揃ったかな?」
「あー、やっと夕梨戻ってきたのに勉強かよ……」
旭の言葉で、漣は机に突っ伏す。
昼食後、夕梨は和の手伝いのため席を外していた。
戻ってきたばかりだというのに、彼女と話す暇を与えられなかった漣は拗ねていたのだ。
「和さんのお手伝いは、私の仕事なんだよ? お勉強だけど、一緒にいられるんだから頑張ろう?」
「ごめんなさいね、漣様。たくさん揮毫をしておきたくて、夕梨ちゃんに力を貸してもらっていたのよ」
「そんなに用意してどうするんだい?」
和の言葉に反応したのは旭だった。
和のことだ……。
どうせまた碌でもないことを考えているに決まっている。
「晩餐会が終わるまで、吉原はお休みすることにしたの。揮毫があれば、その間もお金には困らないでしょう?」
「いやそもそも、金に困らねぇだろこの家」
「あら、そんなことないのよ朔夜くん。お兄様ったら、自分の物は自分で買えって言うんですもの」
兄にいじめられているかのように、和は朔夜に報告する。
そんな妹の姿を見て、旭は大きなため息をついた。
「当たり前のことを言っているだけだろう?」
「でも、憩ちゃんには買ってあげているじゃない」
「憩はまだ16で、和は21じゃないか。仕事もしているんだから、自分の稼ぎで買いなさい」
全く……。
これじゃあまるで、僕が憩を贔屓しているように聞こえるじゃないか。
和にも同じようにお小遣いも渡しているし、なんなら憩よりも高価な物を贈っているというのに……。
「そういうことだから、揮毫が必要なんですっ」
兄に軽くあしらわれ、和は少しむくれたようにぷいっと顔を背けた。
「和さんって、意外と子供っぽいんですね……」
和のその行動を見たぼたんが、隣にいた旭に囁く。
「意外も何も、見たまんまだろう? 憩よりも、和の方がよっぽど子供だよ……」
ぼたんが和の方を見ると、呆れた顔をした朔夜になだめられていた。
「旭さんの言葉、納得いかなかったんですね……」
「和は芸花魁をしているからか、金銭感覚がだいぶズレていてね、欲しがる物も高価なんだ。だから、そういう高価な物がたくさん欲しいなら、自分のお金で買うようにと伝えているだけなんだけれど……」
「なるほど……、そういうことですか……」
旭さんも大変だな……。
妹たちに甘いけれど、甘やかしはしないんだな。
「ほら、2人を見てごらんよ」
旭に言われ、ぼたんの視線は千歳と憩へと移る。
「……憩、わからないことがあればなんでも聞いてね」
「うん! ありがとう。晩餐会、いろんな人が来るんだよね?」
「……そうだよ。一般陸軍も来るし、華族も多分来るかな」
「そんなにいろんな人が来るんだ。ダンス、頑張らないといけないね」
「……そうだね。でも、無理しないでやっていこうね」
「うん! 晩餐会のご飯、楽しみだなー!」
「……憩の好きな物、たくさん出るといいね」
「千歳さんの好きなクリームソーダは出るかな?」
「……それは絶対出ないと思うよ」
まだ勉強会は始まってもいないのに、旭に渡された資料を見て、楽しそうに話している。
「微笑ましいですね」
「だろう……? ほら、今度はあっちを見てごらん……」
ぼたんの視線は、朔夜と和へと移る。
「だから、旭の言うことが正しいだろ?」
「簪ぐらい買ってくれてもいいでしょう、って言ってるの!」
「お前は簪ぐらいって言うけど、それいくらすんだよ」
「金額なんて、気にしたことがないからわからないわ」
「旭はそういうところを言ってんだろ?」
「だって、欲しい物は欲しいの!」
「だから自分の金で買えって言われんだろうが……」
「それがわかってるから揮毫を用意したんじゃない!」
「もう、静かにしてくれよ……」
「ちゃんと聞いてよ朔夜くん! 私間違ってる!?」
和の言葉に、朔夜は面倒臭そうに答えている。
「簪が欲しいみたいですよ」
「この間も、蝶々が付いた簪を買ってあげたんだけれどね。おそらく、夏に向けて新しい簪が欲しくなったんだろう……」
「お仕事柄、季節感は大切でしょうし……」
「そう思うだろう? だから、季節に合わせて新調しているんだよ。夏物を買うって言うから呉服屋を呼んだのに、蝶々を選んだのは和本人なんだ」
「そうなんですね……」
この人、本当に苦労人だな。
ぼたんは改めて思ったのだった。




