諸刃の剣
「なぁ、別の店でもよくねえか? ここ、高いんだよな……」
漣は財布を握りしめながら問う。
憩が選んだのは、相楽家行きつけの高級トンカツ屋だった。
「申し訳ありません。別のお店にしましょう」
「大丈夫だ、いこ。先輩が奢ってくれるって言ったんだからな」
「……そうだそうだ、先輩が奢ってくれるって言ってた」
「お前らさー、こういう時だけ先輩扱いするのずるくねえか!?」
「まぁまぁ、落ち着いてよ漣。白銀での食事だから経費になるよ、大丈夫さ」
旭が漣の肩を叩く。
「まじでお前聖人だわ。一生ついて行くぜ旭!!」
「はいはい、感謝は仕事で返してね」
5人が店に入ると、座敷へと通された。
旭と憩と朔夜、漣と千歳が並んで座る。
「憩、経費だから人数分しか頼めないからね。
もっと食べたいなら、お小遣いで頼むんだよ」
「だとよ。お前、金持ってきてんのか?」
朔夜は隊服のポケットを探り、財布があることを確認する。
「うん! ちゃんと持ってきてるよ!」
憩はにっこりと笑うと、ちりめんのかわいいがま口を取り出した。
「……持ってるものまでかわいいのに、買うものがかわいくない」
「何言ってんだ寒凪。食わねぇいこなんかいこじゃねぇよ」
メニューを見ながら楽しそうにしている憩を横目に、朔夜は答える。
「……そうですね。もし憩が財布持ってなかったら、杣さんが出すつもりだったでしょ」
「は、はぁ!? 頼まれてねぇのに出さねぇよ!!」
「……自分の財布あるか、確認してたくせに」
千歳に図星を突かれ、朔夜は今にも怒鳴り散らしそうだ。
そんな朔夜の袖を憩がくいくいと引っ張る。
「ねぇ、朔夜。コロッケ半分こしない?」
「半分こ? いこなら1人で食えるだろ?」
「食べられるけれど、朔夜1人分はいらないかなーって。
さっき助けてもらったお礼! 朔夜、コロッケ好きでしょ?」
憩のはじける様な笑顔に、朔夜は目を奪われた。
「……朔夜? どうしたの?」
「……何でもねぇよ、ありがとな」
「うん! どういたしまして!」
憩は嬉しそうにニコニコしている。
「……コロッケじゃなくて、憩が好きだよって言えばいいのに」
「バカ!! 言っちまったら面白くねえだろ!?」
千歳と漣は2人のやり取りを見ながらコソコソと話すのだった。
旭が料理を注文し終えると、仕事の話となった。
「今日までは交流も兼ねて、自由に過ごしているけれど、明日から白銀として仕事開始だよ」
「なんだ? もう任務来てんのか?」
「……来てなくても、昼間も偵察するべきでしょ」
「千歳の言う通りさ。特務部隊も昼間は大きな行動を起こせなかったけれど、これからは憩がいる。
人通りの多い昼間のうちに吸血鬼を炙り出せるのは、メリットしかないからね」
「だとよ。明日から忙しいぞ、いこ」
朔夜は憩の髪を結ってやりながら声をかける。
「うん! 今度は上手に力を使えるといいんだけど……」
「使ってくうちに慣れるだろ。歩けなくなっても、また背負ってやる」
「ありがとう! でもちゃんと使えるようになりたいな」
憩は両の手のひらを顎のあたりで合わせた。
「なあ、誰もつっこまねえから俺がつっこむけどよ……。
杣がナチュラルに憩の髪結ってんだけど!?」
「何言ってんだ? 結わねぇと食う時に邪魔だろうが」
「いやそこじゃねえよ!! 俺が言いたいのはそこじゃねえの!!」
漣は興奮気味でテーブルをバンバンと叩く。
「……マナー悪。こんな大人になりたくない」
「そうだね、漣。少し静かにしようか」
「いや兄貴として、何とも思わねえのか!?」
漣が大声を上げながら朔夜を指差す。
「朔夜が髪を結ってくれると、憩のかわいさが引き立つからね。兄としては嬉しい限りだよ」
「……確かに。杣さん意外と器用」
「意外で悪かったな」
朔夜は、憩が持って来ていたお気に入りの葡萄色のリボンを、結び目に飾ってやった。
「ありがとう、朔夜。今回はハーフアップだね!」
「任務行く前に、またまとめてやるからな」
朔夜の言葉に憩はニコニコと嬉しそうに笑った。
そうこうしているうちに食事が運ばれてくる。
憩がトンカツの他に、コロッケとエビフライも頼んだのでテーブルはいっぱいだ。
いただきます! と挨拶をして5人は食べ始める。
「朔夜! エビフライ美味しいよ、1本あげる!」
「ありがとな。帰りに甘味買ってやるよ」
「いいの!? ありがとう!」
「……こんなに食べて、まだ食べるんだ」
「食ってんのに、憩は細えんだよなー」
「おそらく、力にエネルギーを使ってるんだろうね」
旭は隣で美味しそうに食べる憩の姿を見ながら答える。
「はい、これ朔夜の分のコロッケ」
「ありがとな。いこ、衣ついてんぞ」
朔夜は憩の口元についた衣を取ってやると、それを自らの口に運んだ。
「おい!! 今の見たかよ寒凪!!」
漣は千歳の肩を思いっきり揺らす。
「……痛いんですけど。さっさと付き合えばいいのに、この2人」
「そう簡単には進まないさ、もう4年も前からこうなんだから」
旭は少し呆れながらも、微笑む。
その目線の先には、仲睦まじく肩を寄せ合う憩と朔夜の姿があった。
「美味しかった! ご馳走様でした!」
憩は外に出ながら、満足そうににっこりと笑う。
「いこ、甘味買って帰ろうな。食って帰ってもいいしよ」
「ありがとう! ぜんざいとみつ豆食べたい!」
「旭、支払いありがとうな!! 明日から一文無しになるところだったぜ!!」
「……計画性なさすぎでしょ」
「何だよ、かわいくねえ後輩だな!!」
「うん、いいチームになりそうだね白銀は」
旭は4人を見ながら笑う。
それぞれの個性がいい感じに調和している。
このメンバーに心地よさを感じるくらいだ。
「じゃあ、一旦解散で。朔夜、憩夕方までには戻ってきてね」
「分かりました。いこと甘味処に寄ったら戻ります」
「ではみなさま、1度ごきげんよう」
2人は仲良く並んで歩いていく。
旭はその後ろ姿をじっと見つめていた。
「どうした旭。憩なら杣がいるし大丈夫だろ」
「そうだね。……漣と千歳に話しておきたいことがあるんだ」
「何だ? 珍しいな、お前がそんな難しい顔をするの」
「……確かに。旭さんはいつも穏やかな顔をしているから。何かありました?」
旭はふぅ、とため息を吐くと
「憩の神子の血について、2人に話しておきたい」
と伝えた。
3人は相楽家の客間へと移動し、ソファに腰をかけていた。
テーブルにはコーヒーとクッキーが用意されている。
旭は深いため息を吐くと、静かに口を開く。
「憩はこの間まで、お祖父様から許可が下りないと屋敷を出られなかった。これは神子の血が関係している」
「それは知ってるけどよ、その神子の血が何だってんだ?」
「神子の血は吸血鬼にとって脅威であり、薬でもある」
「はぁ? 言ってる意味が分かんねえ」
漣は頭をがしがしと掻く。
「……脅威は分かります。憩の力があれば、どれだけ擬態しても見破られてしまいますから」
「さすがだね、千歳」
旭は千歳の顔を見ると優しく微笑む。
「じゃあ、薬ってのはどういうことだ?」
「……神子の血は、西洋から来た吸血鬼にとって、特効薬みたいなものでね。純銀さえ弾く程に、肉体を強化させる」
「はぁ!? それ本当かよ!!」
「本当だよ。それを調べるために、お祖父様の指示で倒した眷属たちを運んで来てたんだからね」
「……なるほど。後処理とは、体のいい検体運びだったわけですか」
「その通り。だからこそ、僕は憩を絶対に特務部隊になんか入れたくなかった……」
旭は俯くと、手をきつく、きつく握りしめた。
「まあ、そうだよな。言い方は悪いけど、エサじゃねぇかよ……」
「……だから杣さんあの時、囮に使うのかって聞いてたんですね」
「はあ!? 杣は知ってんのかよ!!」
「うん、朔夜はこの事実を知っているよ。だから4年前も今も、憩から片時も離れない」
「そういうことかよ……。ただの過保護じゃねえんだな」
漣は既に冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干す。
「……僕たちをわざわざ呼んで話したってことは、憩は知らないと言うことですね?」
「そうだよ。それに、これからも話すことはない」
「何でだよ!! 言ってやった方が自衛しやすいだろうが!!」
「……細小波さんて、憩が小さい時から知ってるんですよね?」
千歳が呆れたような、諦めたような視線を送る。
「ああ? まあな、旭と知り合ったのが15の時だから、憩は8つの時から知ってるぞ?」
「……それなのに、分からないんだ」
「はあ!? 何だよ、分かるように言えよ!!」
漣はたまらず、大声を上げながら立ち上がる。
その顔は怒りをも含んでいた。
「もしあの子に、その血は吸血鬼の肉体を強化してしまうから気をつけて、なんて伝えてみてごらん。
憩のあの優しい性格だ。僕たち……いや、大好きな朔夜に迷惑をかけたくない一心で、自ら命を絶ってしまってもおかしくはないだろう? だから、あの子には伝えられないんだ……」
そう答えると、旭はとても悲痛な顔で笑ってみせた。
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