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012 十七歳になりました

 今日はこの領地に辿り着いて初めて迎える私の誕生日。


 去年は屋敷の使用人達祝いの品や葉書が沢山寮に届いたし、親友二人から可愛い文房具とユーゴ様をデフォルメした縫いぐるみをもらった。そして、テオドル様からは新しいネックレスとピアス。戦地からユーゴ様のレアな魔法写真と共に手紙も届いた。そこには誕生日の祝いの言葉の他に、戻ったら二人で行き付けのお店でささやかなお祝いをしようと書かれていて、私はそれが叶わないなんて思いもしなかった。


 今年は馴染みの使用人達もテオドル様も二人の親友もここにはいない。けれどマンドラゴラの休息亭に顔馴染みの常連さんが集まってくれて、私の十七歳の誕生日をみんなで盛大にお祝いしてくれる事になった。


 実は最初にその話を女将さんから聞いた時、私は恐縮して断った。


『そんな、悪いです。そうじゃなくてもお世話になりっぱなしなのに』


 お金もかかってしまうしと、日頃ユーゴ様のグッズ購入の為節約の鬼となりなんとかやりくりしている私はお金の大切さを身にしみて理解していた。だから女将さんからの有り難い提案を断固拒否したのである。


『いいのよ。去年は国中が戦没者の喪に服していたでしょう?あれからもうすぐ一年が経つし、そろそろみんなも理由をつけて騒ぎたいだろうし』

『お前さんにとっちゃ忘れる事の出来ない戦いだっただろうけど。でもあの戦いで国の為に戦ってくれた軍人さん達のお陰で、俺らはこうして平和な日々を送れている。そういう感謝と弔いの意味も込めた飲み会だ。だから気にすんな。それにアーチも楽しみにしているしな』


 マンドラゴラの休息亭の女将さんと旦那さんに尤もらしい理由を口にされ、それならばと、私はみんなの好意を有り難く受ける事にした。


 確かに戦後一年が過ぎ、戦後処理に動く軍部はどうであれ、世の中は落ち着いているように思える。私としても伯爵家の娘という生き方を捨て、身寄りのない未亡人として歩み始めた新たな人生が馴染んできている。そしてこれからは、一番辛い時期に手を差し伸べてくれたこの町の人達の為に生きていく。その事を決意するいい機会なのかも知れない。


 私は自分の誕生会という名目の宴会にそんな決意で臨む事にした。


 そして今日、まさに私の十七歳の誕生日。

 マンドラゴラの休息亭は私の誕生日と理由をつけて飲みに来た常連さん達で賑わっている。


「おめでとう、ルミナ!!」

「よっ、未亡人!!」


 テーブルにエールを置くと、馴染みのお客さん、ロブさんにそう声をかけられた。


「もう、その呼び方はやめて下さい」

「なんだよ、いつもは自ら口にする癖に」

「今日はお誕生日ですから」

「じゃ、無礼講だな」

「ロブは万年無礼講じゃない」


 衣料品店のベアタさんの鋭い指摘は本日も健在。


「ちょっと、もう座りなよ。ルミナが今日は主役なんだから」


 グイグイと有無を言わさぬ勢いでベアタさんに腕を引っ張られ、私はベアタさんの隣にストンと腰をかけた。


「おめでとう、ルミナちゃん」


 席にお尻をつけた途端、向かい側から祝いの声が飛んできた。声の主はトマスさん。ベアタさんの旦那様だ。トマスさんは如何にも鍛冶職人といった感じ。とても体格の良い赤髪の青年だ。しかしその見た目とは裏腹に手先が恐ろしく器用。衣料品店で「うわ、綺麗な刺繍」とつい目を止めてしまう商品の刺繍は大抵トマスさんの作品である。いわゆるギャップ萌えを具現化したような人だと、私はトマスさんの事を密かにそう思っている。


「ありがとうございます、トマスさん」

「ルミナおめでとー」


 ベアタさんはそう言いながら、私にエールの入った木製のジョッキの取っ手を握らせた。


「はい、持って。そしてカンパーイ」


 ベアタさんがジョッキを高く掲げた。私も真似をしてジョッキを高くあげて、それからコトンとそのままエールをテーブルに置いた。果たしてこれは飲んでもいいものだろうかとしばし悩み、私はエールの上に浮かぶ泡を眺める。


「やだ、もしかして初めて飲むの?」

「ええ、まぁ」


 驚くベアタさんに私は軽く頷く。


 この国では特に飲酒に関する年齢制限等はない。とは言え、幼い子には飲ませないのが一般的。特に貴族女性の間では「飲酒は二十歳を超えてから」というのが暗黙の了解になっている。というのも大抵二十歳くらいになればどんな人も結婚しているからだ。それまではお酒で失敗する事のないよう、あまり人前では飲まない、飲ませないというのが暗黙の了解なのである。


 だけど私はもう貴族ではない。

 だから堂々と飲んでもいいのだ。そう割り切った私は思いきってグビッとエールを口に含み喉に流し込んだ。


「うわ、喉がカーッと焼けるような感じ!!」


 私は初めての感覚に驚き、思わず喉に手を当てる。


「それがたまらないのよねぇ。でもここのエールは柑橘系の香りで飲みやすい方なのよ?」


 エールについて解釈してくれたベアタさんは、私の隣で美味しそうにグビグビと、それはもう男前にエールを喉に流し込んでいる。それを見て私もグビグビと飲んで、やっぱり喉が焼けるようだと顔を顰める。


「これが大人の味か……」


 思わず私が率直な感想を口にするとトマスさんが大笑いをした。


「旦那は飲まない男だったのか?」

「えっ!?」


 トマスさんに笑顔で問われ私は固まる。そんなの知らない。だって書類上の夫であるユーゴ様とは一緒に飲んだ事がない。というか、住んだこともないし、何なら会話らしい会話すら交わした事がないのだ。


「私もトマスも毎晩の晩酌が楽しみで働いているようなもんだけど」


 ベアタさん、トマスさん。二人の視線が私に集中する。


「えーと、私の旦那様は魔法部の第一部隊に所属する魔法使いだったので、長期休暇の時しか飲みませんでしたね」


 私は咄嗟にユーゴ様をテオドル様に置き換え返答する。軍の規定でお酒を飲んではいけないとは決まっていないはずだ。けれど、お酒にそこまで強くなかったテオドル様は翌日の事を考え、確実に連休が取れる日にしかお酒を嗜んでいなかった。そう、嗜んでだ。

 少なくともテオドル様はマンドラゴラの休息亭に足繁く来店する人達のように、まるで水を飲むかの如くお酒を飲んではいなかった。


「なんかルミナっていい所のお嬢様って感じだったけど、本当にお嬢様だったんだ」


 ベアタさんが頬杖を付きながら、私の方を見て探るように目を細めた。


「え?何でそう思うのですか?」

「だって魔法部の中でも第一なんて言ったら、もの凄いエリートで高給取りって有名じゃない。そういう人が妻に選ぶのは上流階級のお貴族様って相場が決まってるし」


 しまったと私は焦る。魔法部で止めとけばよかったと後悔する。私にとってテオドル様もユーゴ様も彼らが第一部隊である事は自慢の一つだったので、いつもの癖で思わず誇らしげに口にしてしまった。


「そ、それは過去の話ですし。い、今はここが私の全てですから!!」


 誤魔化すようにそう口にして私はグビグビとエールを喉に流し込む。


「ま、いいじゃないか。人にはそれぞれ色々な事情があるだろう?」


 トマスさんが私にとって不都合な話題を流してくれた。私は全力で感謝し、エールをまた胃の中に流し込む。


「まぁそうだよね。ごめん。変に探るような言い方しちゃったね。所で今日は彼氏はどこ?いないようだけど?」


 ベアタさんが言う彼氏とは、クロード先生のことだ。完全に勘違いしている。というかこの町の人は同じ職場の年頃の男女をお節介気味にペアにしようとする傾向がある。そしてその恋の進展を酒のつまみにするのだ。もはや、この町における娯楽の一部。そして現在その餌食が私とクロード先生というわけ。


「ベアタさん、クロード先生に失礼ですよ。それに彼氏じゃありませんし、私は未亡人ですし」

「未亡人って言うけど、ルミナはまだ十七歳でしょ?この先の人生の方が長いのに何言ってんのよ」


 ベアタさんの口から何気なく発せられた言葉に私はハッとする。


「この先の人生の方が長い」


 口にして、とても重く感じた。


「そう。前の夫を忘れろとは言わないけど、まだ子どもだって諦めるには早いし、しわしわな老人になって夫と仲良くのんびり暮らす事も願って良くない?それに何より、一生恋しないってのは無理だと思うけど」


 一生恋をしない……それは無理だ。既に私はユーゴ様を尊敬し、そして大好きだ。これは恋。絶対に恋である。とは言え、その思いが強すぎて近づく事すら出来ない状態ではあるが。

 だけど私の抱える事情の数々。それを思えばこうして離れた土地で魔法写真を眺めたり、トレカを集めたり。そのくらいがユーゴ様にも迷惑をかけない距離で丁度いいのである。


「天国の旦那もルミナちゃんがいい人を見つけて幸せになってくれている方が嬉しいと思うけどな。少なくとも俺は何かあって明日にでも死ぬことがあれば、ベアタにはきっぱり俺を忘れ次に進んでいってもらいたいけど」

「馬鹿、縁起でもないこと口にしないでよ。あたしはあんたが生きてる限り、永遠にコバンザメのようにあんたにまとわりついてやるんだから」

「すまん。俺はお前が好きだ」

「あたしだって、あんたが好き」


 お酒の力は恐ろしい。何かのスイッチが入ってしまったベアタさんとトマスさんは片手にエールを持ちながら、空いた手を握り合ってお互い見つめ合っている。

 そんな熱々な二人に私の方が恥ずかしくなり、一先ずエールをチビチビと飲んで耐える。


 しかし、この先の人生は長い。その通りだ。そしてそれは何も私に限った事ではなく、ユーゴ様にとっても同じだという事。


「しかも婚約者の美人なエースがいるわけだし」


 ユーゴ様に抱きつく金髪碧眼。誰が見ても私よりあっちが魅力的だと口にしそうな魔法部で会ったユーゴ様の婚約者。彼女は明らかにユーゴ様の事が好きそうだった。となると二人が結婚するのは時間の問題……。


「あ、やばい」


 離婚してなかった。というか、貴族間の結婚はパワーバランスの調整もあり国王陛下の許可が降りなければ許されない。つまり離婚もまた同じ。つまり陛下に離婚も承諾してもらう必要がある。


 無理だ。いや、ユーゴ様の為にここは申請だけでも。だめだ。私の所在がバレてしまう。叔父に見つかるのは避けたい。だけどユーゴ様が幸せになるなら……。というか、そもそも本当に私はユーゴ様と結婚しているのだろうか。それをちゃんとした証書で確かめたい。でも確かめる為には王都に行かなければならない。無理だ。怖い。いけない。そしてここは居心地がいいし、何だか頭がフワフワする。とりあえずエールを飲んでおこうといつも通り、厄介事を頭の隅に押しのけ私はジョッキを口に運んだのであった。

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